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勧誘




 測定を見て分かったこと、周りの反応から分かったことがある。

 子どもの魔力というものは将来的にだいたい今の三倍くらいまで増えるということだ。


 そのために、「あの子は将来攻撃魔法も使えるんじゃないの?」とか「魔法は使えなさそうね」とか「まあ! もう基本魔法が使えてもおかしくないわ」みたいな段階に分かれて評価される。ちなみに今のは俺の後ろに並んでいる、高そうな服を着た母親達の会話から聞こえてきたものだ。


 そんな訳で大いに目立った。


 ラスという俺の幼馴染が。


「まあ! あの子の魔力を見て! なんてすごいの!」

「もう攻撃魔法も使えるレベルじゃない!!」

「一流の魔法使いになれそうね」

「火と光のダブルであの魔力だなんて⋯⋯羨ましいわ」


 覚えているだろうか? ラスは俺の住むトルナ村で俺の次に魔力量が多かった。大人たちを含めての話だ。

 それが将来は今の三倍になるとすると相当なものなのだろう。そうなれば洗礼式であれだけ綺麗な魔力儀式を行った神官たちですらラスの半分にも届かないほどである。

 その上、火と光の属性というのはこの世界で語り継がれる英雄によくある属性だし人気もあるのだ。


「えっ、俺」


 いきなり注目されたラスが挙動が怪しい。

 母さんもシェルファさんも目を丸くしているし、神官たちもこの魔力量には感心していて感嘆の声が漏れていた。

 神殿内で気にしていないのは実に俺ぐらいのものである。

 それほどまでに目立っていた。


 そんなお陰で俺が風、闇、水のトリプルでありながら将来的に攻撃魔法が使えるレベルの魔力でもあまり目立たず、ラスの隣でさっさと測定を済ました。

 トリプルは俺の前に二人もいたし、これぐらいの魔力量のやつも他に一人二人いたのだ。


 というわけで、俺の魔力制御は日頃の努力が実を結んだ。


 魔水晶の吸い出しが精霊達より幾分か緩いものだったので百点満点とも言える出来だろう。

 ただ、ラスの魔力が思ったよりも大きいと分かったせいでラス基準に設定していた魔力を街に入ってから極限まで弱める必要があったから面倒だったが。

 これ以上弱めるのは将来性に影響が出そうだったので無理な話であった。


 魔力測定の後は俺たちに、というか母親たちにメダルが渡された。

 このメダルは俺たちの身分データが詰まっていて、ウォーカー伯爵家の家紋が施されたこのメダルを魔法装置にかざすだけで領内の街には自由に出入りできるらしい。

 身分証明書かつ入街フリーの電子パス、もとい魔動パスといったものだろう。本人の魔力でしかフリーパス機能は作動しないらしく、悪用されることもないとのことだ。

 羊皮紙の魔力と魔法陣、それから魔水晶にセットした理由がなんとなく分かった。


 こうして俺たちの洗礼式が終わった。

 突然魔力量がやばいと知ったラス以外は恙無く終わった洗礼式だろう。



****



「俺ってそんなに凄いの?」


 神殿から出たラスの第一声だ。


「すごいわよ、びっくりしちゃった」

「ほんとね」


 シェルファさんと母さんがそれを肯定する。


「そっか……レイは知ってたんだろ?」

「まあね。大人に比べても多いなあって」


 知っていたが洗礼式まで魔力のことは教えちゃいけないと言われていたし、ラスも楽しみが減るからと言って聞いてこなかった。

 それを覚えているラスは普段しないような難しい顔をしている。単純に喜ばないあたりは、ガキ大将に見えて悪知恵以外にも頭の回るラスらしくもある。


「それにしても二人ともすごいじゃないの」

「ほんとね! ラス君はダブルで魔力もすごーく多いし、しかも属性も火と光。レイもトリプルで魔法使いにもなれそう!」


 ラスばかり注目されていたが、俺の魔力でも確実に今日の上位五パーセントに入る優秀さである。


「魔眼でトリプルの魔法使いなんてやっぱり凄いわね」

「ラス君の魔力量の多さも凄いわよ」


 仲のいい二人が互いの息子を褒め合う時間が始まったが、俺はまだまだ秘密を隠していることが申し訳ないので聞かないようにしているし、ラスも難しい顔のままだ。


 ラスはきっと、木こりをしているテッドさんの後を継ぐかどうか考えている。そうしたいと以前から言っていたし、いきなり魔力が人よりずっと多いですと言われても困るのだろう。

 ただ、木こりはたかだか六歳での夢だ。魔法使いや冒険者、騎士といった職業を目指すのは今からでも遅くない。

 というか普通は逆だろう。今の時点で木こりが夢だとは現実主義者なものだ。さっき言った三つの方がよっぽど子供らしい夢である。村を出て世を知るためにそのどれかになれたらと思っている俺の方がよっぽど子供ではないか。

 ちなみに、魔力の多い少ないで身の振り方、有用性が大きく変わるこの世界の村では親の役職が必ずしも一家相伝というわけでなく、だいたい十二歳くらいから始まる見習い制度を通して村の中で適任があてがわれることも多い。もちろん、それより前から家を手伝う子が継ぐことも多いのだけど。


「そこのお嬢ちゃんとお母さん」


 後ろから声がかけられたが、ここにお嬢ちゃんはいないので母さんたちも声を掛けられたと思わず反応しなかった。

 俺だけチラリと後ろを向けばいかにもよく仕立てられた紺の服を着た、三十を過ぎたぐらいの男性がいた。形がどこかスーツのようにも見える。


「君だよ君! 花飾りのお嬢ちゃん!」


 視線を前に戻された男性が俺を呼び止めた。母さん達も俺が呼ばれていることに気がついたらしい。


「お嬢ちゃんだって、レイ君」

「なんでお嬢ちゃん? って、ああ」


  シェルファさんが楽しそうに笑い、ラスがそういえばそんな格好をしていたなというようなリアクションを見せた。あれだけ驚いていたというのに慣れすぎではなかろうか。


「うちの子になにか御用ですか?」


 母さんがそう言うけど、うちの息子と言わないあたり少し楽しんでいる。


 改めて振り返ってみれば、背後には神殿で測定の観察をしていた母親とその息子がいる。さらに後ろには白の衣装を着た子供を連れた家族が何組か見える。

 誰も彼も仕立てのいい服を着ているので裕福な家庭だろう。


「ああ、自己紹介をさせてもらおう。私はダグラス・マグワイア、この街で商会を営んでいる者だ」


 名字を持つのは貴族と、その貴族にお目通りが叶う裕福な商人や、認められた職人、貴族に仕える騎士階級といった一部の人間だけである。貴族が自分たちの識別のために苗字を与えるらしい。

 そんな人がどうして俺に、というところで思い出した。スカウトだ。

 モルドじいちゃんが商人は闇属性持ちの魔法使いを欲しがると言っていた。

 闇にも十分な適正がある俺を勧誘しに来たのだろう。母さんも合点がいったような顔をしている。


「ご息女の魔力もとても素晴らしかったと妻から聞いたのだが、ご息女の見習い先はまだ決まっていないのではないだろうか?」

「今は旦那がいませんので、決められる話では⋯⋯」


 母さんに旦那はいないが、嘘は言っていない。今はいないし、今後もいないだけだ。断るための文句だろう。


「ああ、それは分かってる。まずは話だけでもということだ。今度旦那さんも連れて話し合いの場を設けよう。お嬢ちゃんも、美味しいご飯が食べたくないか?」


 無邪気に食べたいと言えば丸め込まれていくだろう。


「え、いや⋯⋯」


 傍から聞くとすごく儚げな少女に聞こえる声が出てしまった。


 それを聞いたダグラスが困ったような顔をして、仕方がないと呟いてから次なる一手を打った。

 歩み寄って、声を潜める。

 俺たちにとって、それは爆弾発言とも言える一言だった。


「息子のためにあまりこれは言いたくなかったのだが、実はお母さん、うちの息子がご息女に一目惚れしてしまったそうでね」

「「「ぶふっ」」」

「え?」


 俺はため息をつくことしかできなかった。

 マグワイア氏の息子君の顔はよく覚えている。神殿の前で、目が合うと真っ赤になって目を逸らしていた少年だ。


「いえっ⋯⋯そうなるとさらに⋯⋯まだ早すぎるお話ですので⋯⋯」


 母さんがぷるぷるしている。

 自分の招いた失態だろう、自分で収集を付けてほしい。


「ど、どうかしたか?」


 ダグラスは困惑顔だ。

 当たり前である。村育ちだろう子どもを、マグワイア家に迎え入れるつもりもあるという特別待遇の話をしたらいきなり顔を背けてぷるぷるされ始めたのだ。きっと理解できない。


「やっぱり、女の子にしか⋯⋯見えないもんね⋯⋯」

「はははは、レイよかったな!玉の輿だぞ、ぷふっ」

「ラス、こういう時は黙ってろ」

「だって」


 ぷるぷるしているだけのシェルファさんはまだいいが、ラスは酷い。

 完全に笑っている。先程までの難しい顔が嘘のようだ。


「な、なんだ?」

「あのですね⋯⋯、ダグラスさん」

「は、はい、何でしょう」


 母さんは事実を打ち明けるつもりになったらしい


「実は⋯⋯うちの子、男なんです」


 母さんは笑いながら、ダグラスだけでなく困惑するマグワイア一家全体にそうカミングアウトした。


 ポカンとした顔になったマグワイア家の皆さんの中で一番最初にリアクションを起こしたのは、ほかならぬマグワイア少年だ。

「う、嘘だ!」と叫んでどこかに走り去っていった。それを母親が急いで追いかけていく。


 彼には少し悪いことをしてしまったと思うが、これは全部母さんのせいなので文句なら俺でなく母さんに言ってほしい。


 その言葉に後ろの一団にも動揺が広がった。後ろにもマグワイア少年と同じような子がいたらしく、中には泣き出す子までいる始末である。

 我ながら少しモテすぎじゃなかろうか。


 なかなかの騒ぎになって通りにはなんだなんだと見物人が出来てきた。


「そ、その話は、その、本当なのか?」

「ええ、すみません。」

「ごめんなさい、おじさん。俺、男です」


 母さんが謝ったのでなんとなく俺も謝っておく。

 ダグラスは先程までの威厳が崩れてしまっている。できる商人にも俺が男だという事実は驚きだったらしい。


「そ、そうか⋯⋯、いや、むしろ好都合だ。君、マグワイア商会に来ないか?」


 しかしもともとスカウトの部分もあったらしく、一度襟元を正したダグラスは再度、次はもっと直接に問いかけてきた。

 街と街を行くだけで長旅になるこの世界では、色々と男の方が都合がいい。


「あの、お話は今度で⋯⋯」

「ごめんなさい、おじさん。行けません」


 母さんは少しくらい話をするつもりだったらしいが、俺には全くそのつもりは無い。


「どういうことだ?」


 ダグラスの目線が少し厳しいものになった。だが、俺は胸を張る。


「俺は冒険者とか魔法使いになって強くなりたいんです。だから、行けません」


 俺の発言に母さんも少し驚いている。以前から憧れを話したりしていたがこう断言することはなかった。

 それを聞いて、ダグラスは少し驚いたようだがニヤリと笑い、それを優しく見える笑顔に変えた。

 透かして見ていた彼の黄色の魔力が動き、彼が本気になったのが分かった。


 この世界の魔力は魂と紐づいていて、感情の動きと共に魔力も動く。

 魔眼ではそれが見て取れてしまうのだ。


「ふむ、そうか。なら僕はちょっと待っててくれ、お母さんとお話をするよ」


 ダグラスさんは母さんの方から懐柔することにしたらしい。

 金の話も分からない夢見る子どもより、話の通じそうな大人と交渉することを選んだのだろう。


「いえ、この子がなりたいと言うのであれば私はそれを応援しますので」


 母さんはきっぱりとそう言い切った。先程までのぷるぷるしていた母さんからの変化にダグラスも驚いたようだ。


「そう言われてしまえば取り付く島もないな」

「ごめんなさい、おじさん」

「⋯⋯しっかりした子だ。今回は諦めよう」


 おお、案外簡単に引き下がってくれた。


「マグワイア商会はあそこの角を曲がってすぐのところにある。訓練に疲れたらいつでも来てくれ、歓迎しよう」


 そう言ってダグラスさんは去っていった。子どもに対して高圧的すぎず、俺や母さんを馬鹿にせず、悪い印象を最後まで抱かせない人であった。結構なやり手なんじゃないだろうかと思う。


 なぜ今こう思っているのかというとダグラスさんがいなくなった後にも、ラスが際立っていたこと、俺が男だと分かったことで勧誘がいくつか続いて、その殆どが粘着質であり、いやらしく高圧的で、挙句の果てには母さんたちを馬鹿にしたからだ。

 母さんは毅然として馬車が待っているからと振り切っていたが、ストレスが溜まって仕方がなかった。



****



 帰りの馬車の中でラスと今日の洗礼式や街の様子の話をした後にちょっとだけ将来の話になった。


「レイは冒険者とか、魔法使いになるのか?」

「なるよ」

「どうして?」


 理由は簡単。交通事故では滅多に死なないこの世界で、馬車事故はあるかもしれないけど、代わりに多く発生するのは魔物による被害だ。高二の秋で突然死んだ叶斗時代を思い出せば突然死のリスクは減らしておきたい。

 その職業に就くことでリスクも増えるだろうけれど、だからこそ抗う術も知ることができると思っている。それ以降の身の振り方はその時に考える。ずるいけれど、それに合わせて魔力を引き出せばいいだけだろうから。


 分かった風に俺はラスへ言う。自分も大してこの世界のことを知らないのに、偉そうに。


「強くなりたいから。強くなって悪いことはないだろ?」

「そっか⋯⋯」


 突然の力を手に入れたラスへのちょっとした後にアドバイスである。どうなるにしろ強くて悪いことはないはずだ。強さに溺れるのはよくないだろうけれど。


 さあ、強さを手に入れる為にまずは特訓が必要だけれど、どうしようか。

 どうすればいいだろうか。

ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「強くなりたいからだよ。俺も、お前も強くなって悪いことはないんじゃないかなって思うんだ」このセリフおかしすぎるので修正してはどうでしょうか。失礼しました。
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