基地作り
「ここでいいかな」
学園が終業した数日後の夜、西の山脈に転移して、加減を付けずに走ること十数分、山の中腹部にやや平坦な場所を見つけた。
街の守りもはるかに遠く、山越えの街道からも外れている。
人が容易に足を踏み入れる場所では無い。
距離的にも家から直接転移しても、そう負担にならない悪くない場所だった。
足を止めて、後ろに付いてきた精霊たちに尋ねる。
「ここにするけど、ほんとに切り倒しちゃってもいいの?」
『私たちは何も思わないわよ』
『別に、森がワタシたちの住処ってわけじゃないもの』
「ならいいや」
俺が精霊と触れ合うのが森だったから、彼女らにとって大切な場所だと思っていたが、そういえばそうだ。
彼女たちは基本この世界に偏在する。
自然環境が変わるほどなら咎められるかもだが、家を一軒建てるぐらいならいいらしい。
俺の納得に、ヒスイが付け加える。
『それに、これぐらいの範囲なら、ドラゴンが動くだけで今も潰れてるわよ』
こちらの世界の自然保護基準はまだ良く分からない。
人が住む場所以外は魔物の山林なのだから、あまり気にすることでもないか。
『オレがやっていいですか!』
『抜け駆け、ダメ……』
「じゃあ二人でよろしく」
『やった!』
『えー、ワタシは?』
「じゃあ最後に切った木を集めて」
『分かったわ』
俺が行動を取ろうとすると、フウマとナギがずいと目の前に飛んできた。
二人がやっても結果は同じだから、素直にお願いすることにする。
ヒスイに頼んだのは雑用だが、不満は無さそうだ。
……まあ、ヒスイにとっては全部雑用か。
風の中精霊が本気を出せば、この山の木を全て消し飛ばすことぐらい難しくない。
木材集めなど片手間の作業だ。
「やってくれ」
『とりゃあ!』
『えい』
「おおー」
子供っぽいかけ声だが、小精霊二人の力は子供らしい可愛らしさはない。
俺が切り開こうと思っていた範囲の三倍程の面積で木が倒れた。
感心していると、轟音が鳴り響く。
「あ、やば」
『気づいてなかったの?』
「……ありがと、ヒスイ」
慌てて俺が音の指向性を変えようとしたら、とっくにヒスイが手を回してくれていた。
よく気がついてくれる精霊だ。
『ねえレイ、切りすぎた木、治した方がいいんじゃない?』
「あー、そうだな」
『でしたら我々におまかせを』
『すぐに癒しをかけます』
ヒスイが木々を風で巻き上げ、それを俺が【亜空間収納】にしまっていると、ルリたち水精霊が申し出てくる。
風精霊のみんなに負けていられないという顔だ。
「じゃあお願い。そこから……そこら辺まで」
カイトとシズクが水を操って切り株の上に切られた幹を立てながら、ルリが癒やしの魔法で繋げていく。
どうしてかは未だに解明できていないけれど、水の魔法は癒やしの魔法に深く関わる。
人の腕一本を繋ぐことも難しくないと彼女は言うから、木の幹を治すことは造作もないようだった。
「それじゃあ俺も働くか」
精霊達に全部任せてもいいけど、働いてもらってばかりじゃつまらないからな。
****
『あなたがニンゲンだって、信じなくていいかしら』
『うーん、私も同感かも』
数十秒後、切り株だらけだった地面を初級の土魔法で掘り、均していると、二人にそう突っ込まれた。
トーナメントの際、学園のグラウンド整備に使われていた魔法に魔力を注ぎ込み、拡大解釈している。
「でも、二人には敵わないよ」
『それはワタシたちは中精霊だもの』
『けど、この子たちには負けないでしょ? 今のも、全然本気じゃなかったみたいだし』
『レイ様すっげー!』
「ありがと、フウマ」
この世界の当然として、精霊は人より大きな力を持つ。
例えばエルフの小精霊との契約にしても、名を与えるからエルフが上というわけではない。
魔力総量に関して人が上に居ても、魔力の扱いで精霊に勝ることはまずないからだ。
『いつかも言ったけれど、レイの魔力の扱いはもう精霊と一緒だもの』
『そうね、魔法の構築を全部自分の操作でできる人なんて、この世界にもひと握りよ』
「最初から真剣に向き合ってきたからね」
多分、生まれた時から魔眼と自我があれば誰だってこの域にたどり着けると思う。
俺にとっては、この身体を動かすのと魔力を動かすの、どちらも難しさに相違はないのだ。
しばらくしてから魔法の手を止める。
「ひとまずこんな感じか」
日本の一般的な一軒家ぐらいの土地より広いくらい、おそらく二百平米ほどの土地を開いた。
ここまでなんやかんやしながら、到着からの所要時間は十分もない。
全て魔法と精霊のおかげである。
笑えるぐらいのスピード感だ。
「さて、ここからは……」
何を隠そう、秘密基地作りは初挑戦。
そうそう効率的には作業できない。
だが、準備はそれなりにしてきたと言える。
秘密基地の間取りや、設備に関する情報も頭には入れてあった。
「よし、それじゃあ建てるか」
基地作りも楽しいだろうが、サクサクッと終わらせてしまおう。
****
「完成!」
そして、数時間ほどで外装が完成した。
『箱みたいね』
『ここに住むの?』
「ほら、ここはあくまでも作業場だから」
普段、家というと大工や専門の魔法使いが作ったものしか見ていない精霊たちには不評だった。
まあ、ヒスイの言う通り、外装にこだわりはなく、ただ土壁を固めただけの建物だから仕方がない。
『土精霊が居ればもっと綺麗に出来たかしら』
「うーん、確かにそうだけど、俺がもうちょっと魔法を知ってればってところもあるかな」
今回使ったのは土の初級魔法である【土壁】と【硬化】が主である。
だが、この世界の建築にそんな雑な力技での魔法は必要なく、【建築】という自由度が高い建築用の魔法も存在することも知っている。
ただちょっと、呪文も魔力の扱いも見たことないだけだ。
それから土精霊が居れば、おそらく思い通りに建てられると思うが、その為だけに精霊を見つけに行くのも気が乗らない。
出会いの無い契約などつまらない。
「いつかまたどこかに新しいのを作る時は、もうちょっと修行をしとくよ」
そこからかつて導師に教えてもらった魔法で秘密基地の外観や気配を隠蔽して、持続効果を持たせた。
人の来ない場所を選んだと言っても、この世界の冒険者はどこに現れるか分からないし、魔物だってやって来る。
念には念を押しておいて損は無い。
「とりあえず、今日のところはこれで終わり」
内装や内部設備の搬入、創造は明日以降にすると決めた。
「帰るか」
作業でついた汚れをルリに落としてもらってから、あっさりと【転移】で家に帰る。
おそらく数十キロの転移だが、気にしなくていいぐらいの魔力で移動できるから、魔法というのは楽なものである。
****
基地で行うのは、生産を主にするつもりだった。
鍛冶、工作、調合など、場所や属性の問題で作れなかったものを色々作りたい。
というわけで、必要になるのはその器具である。
「高い……ですね」
「先生とかならともかくだけどお、学生が自分で持つものじゃないからねえ」
「でもシンディもダニーも持ってるでしょう?」
「私のはお下がりだからねえ。ダニーもきっとそうだと思うよお」
学園都市には、やはりこの都市の性質上、調合器具や魔法具作りの工具の専門店がいくつもある。
話によると、王都でも学園都市ほどの品揃えは無いらしい。
そんなわけで、最低限の工具を見に来たわけだ。
技専の卒業生であるシンディと共に。
工具街も一通り回ったことはあるが、誰かに付き合ってもらえる方がありがたかった。
「君が技専に来てくれたら、私の研究をもっと手伝ってもらえるのになあ」
「それは難しいですね」
「分かってるよお。あんな戦いを見せられちゃったらねえ」
「シンディが技専に残る限り、手伝いには行きますよ」
シンディはこの秋で技専を卒業した。
けれど、それでこの街を出てお別れということは無い。
「それはありがたいよお。君みたいなパートナーはなかなか見つけられないからねえ」
「就職のお祝いと今日のお礼に、今度技専へ行く時は多めに魔石を持っていきますね」
「やったあ」
彼女は技専を卒業したが、研究員としてそのままこの街に残り、技専の土地と設備を使ってこれからも研究に励んでいく。
技専研究員の資格は、学科の中でも特に際立った研究を残した生徒に与えられるものらしい。
シンディの飛行機研究はアイデアと完成度の共に文句無しで、満場一致での研究員採用が決められたと理事長は言っていた。
「それで、レイ。買うの?」
「はい。自分でも魔法具を組んでみたいと思ってましたから。……このセットとこれと、これを」
水、風、闇の魔法具作りに合った、初歩的な道具を選んで手に取る。
「レイはお金持ちだねえ」
「お金は、必要な時には使わないとダメですからね」
カッコつけてそう言ったが、高いと言っても学生基準で、金貨何百枚を持っている俺にはそう高くはない。
稼ごうと思えば、そう時間もかからない。
テリン山で得た報酬よりもはるかに少ない。
それに、必要最低限の経費で済むよう、他の属性のセットや上級者向けの工具の作りは、しっかり記憶させてもらった。
あとは土魔法なんかで代替品を作れば問題は無いだろう。
もしくは、魔力を直接注いだりもできる。
その後、シンディには興味が無いような調合用の瓶や器具も同じようにして買い揃え、その日の用事を終える。
「それじゃあこれはサプライズプレゼントということで」
「わあ、やっぱりレイは気が利くよお」
【亜空間収納】から今日の対価分の魔石を渡すと、最後の方は興味なさげに、おそらく研究のことを考えていた彼女が、ぱっと喜色を見せる。
何かお礼にプレゼント、と考えた時にシンディの喜ぶものを考えたら魔石しか思いつかなかった。
「これでやっと、操縦型に着手できるよお」
「手を広げすぎて、あまり無駄遣いしすぎないようにしてくださいね? ここから俺も出かけたりするかもしれないですから」
「はあい」
シンディの研究も進んでいて、今は飛行から着陸までをプログラミングしていた以前の機体だけでなく、ラジコンのように手元で操作を行える機体の開発にも着手している。
俺が、ぽろりとアイデアを口に滑らせたのが、彼女の耳に届いてしまったのだ。
シンディの最終目的は乗り込み型の飛行機を作ることだったはずなのだが……
まあ、彼女のことだからいつかそう遠くないうちにそちらも実現させるのだろう。
夕方になったが一度技専に寄ると言ったシンディと別れる。
それから、今日買った道具を持って、俺はまた基地へと転移した。
ありがとうございました。