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晩餐会

 翌日の学園祭四日目、カイルの予想通りにシャーロットが俺を探し回っていたから、自分から投降した。


 今日一日なら逃げ切ろうと思えば逃げきれたとも思う。

 けれど、次の日の晩餐会当日になって捕まれば、準備も何も無く向かうことになる。


 晩餐会などに出席するための礼服は、制服などの例の如く学園側から用意されているが、その他に何か必要なものがあれば、聞いておく必要があった。


 まあ、答えは特に何も無いというものだったが。


「それにしてもウィルフレッド様は強いな」

「そうだな」


 四日目の午後、トーナメントの準決勝があって、そこでもまたウィルフレッドは勝利した。

 相手はローレンスとの戦いを制した"爆風剣"である。


 自分を倒した相手が倒れるのを見て、苦いローレンスは言う。


「あれだけ間合いを詰めて戦えるのは……剣の腕があってこそだな」

「ローレンスも悪くなかったけど?」

「詠唱する間すら与えぬ剣には及ばん」


 ウィルフレッドは最後まで相手に良いところを出させなかった。

 限界まで近い間合いで戦うことにより、派手な魔法、更には詠唱をする隙を与えなかったのだ。


 故に繰り広げられたのは、素の剣術による攻防だ。

 そこでの実力は、天才ウィルフレッドが大きく上回っていた。


 彼の剣は、もはや王国のエース級とも言われている。

 そして実際にそのレベルだと俺は知っている。


「それで、決勝の相手は三年の首席か」

「一年生で、優勝してしまうのでしょうか。レイはどう見ていますか?」

「今日のように魔法が無いとなると、予想が難しいですね」

「……それはつまり魔法があればウィルフレッドということか?」

「それはもちろん」


 ウィルフレッドの無詠唱転移からの切り込みは、転移先を把握できなければ防御不可能だ。

 魔眼を持っていたり、魔法に関する察知能力がずば抜けていなければ、それで終わりである。


「ということは、実質レイは準優勝か」

「そうなりますね。すごいです」

「こいつの実力は認めざるを得ない」

「お師匠様の薫陶の賜物なのでしょうか?」


 そうはならないが、ナディアとローレンスが勝手に話を進めるので放っておく。

 相性というのがあるのだ。

 物理的にも精神的にも。

 三年生が相手だったら、魔力はもとより剣にも本気なんぞ出してやるものか。



 ****



 それから最終日の午前も終了し、中央塔で閉会の運びとなった。


 学長や、王立学園ということで第三王子などからの挨拶や言葉を戴いて、受賞者の発表となる。


 侍従科は、来客者からの評判が特に良かった者。

 治癒師科は、トーナメントの救護で活躍した者。

 魔法科と薬師科は論文の出来が評価された者。

 騎士科はトーナメントの上位者だ。


 貴族科はまた別に、全員へ卒業試験に使うブローチが授与される時間がある。


 それで、騎士科の受賞は上位者のはずなのだが……


「敢闘賞、1年10-B組、レイ」

「っ、はっ!」


 突然名を呼ばれ驚きながらも、何とか返事をする。

 ざわめきの後に拍手が送られた。


「五年ぶりくらいか?」

「今年は一年生が取ったのだな」

「あの戦いは納得だ」


 拍手の中から、教師達の声を拾う。


 稀にある賞らしい。

 俺のように存在を知らない生徒も多くいるようだ。


 ……ありがたく受け取っておくか。


 こちらを見て、嘆息を漏らす声の横を通り過ぎながら、壇上に上がった。


 視線には慣れたつもりだったが、流石に鎧もない状態で注目されると戸惑う。

 それでも平静を装って、続く、騎士科の受賞者達の名を聞いていく。


 そして、最後の名が呼ばれる。


「優勝、ウィルフレッド・アル・チャールトン」


 今日一番の拍手が大講堂に鳴り響いた。

 もちろん、祝福を込めて手を叩いた。


 彼は泰然とした所作で壇上に上がり、俺の前を通り過ぎて優勝者の位置に付こうとする。


 が、その前に、俺の前で少し立ち止まった。


「来年は、お前も魔法を使え」

「それは命令でしょうか?」

「友としての言葉だ。お前とは本気で戦っていきたい」

「分かりました、ウィルフレッド」

「……ふんっ」


 それから、また、何も無かったかのように歩き出す。

 講堂内からも、何も文句は出ない。


 とっくに、俺と彼は友人認定されていたようだ。



 ****



「これは……少し違うのではないでしょうか?」

「あら、レイは女性一人のエスコートもできなくて?」

「たしかにこういった場は初めてですが、そういうわけでは……シャーロット様」


 晩餐会で俺の隣を歩くシャーロットは抗議もどこ吹く風で、楽しそうに微笑んだまま。


 後ろから俺たちを見ているローレンスとナディアの哀れみを含んだ視線が辛い。

 ついでに貴族男子からの妬みの視線が痛い。


 どうしてこうなったかは簡単だ。

 シャーロットの我儘である。


 晩餐会の会場に到着して、ローレンスと共にナディアと落ち合った時のことだ。


「レイ、今日はお父様も弟も来ておりませんの」

「はあ」

「わたくしに恥をかかせるつもりですの?」


 そこからはトントン拍子というか、為されるがままというか、彼女からの断れないお願いを聞いて、貧民が伯爵令嬢をエスコートする羽目になったのだ。


 婚約者がいない間は自由が許されているからと言って、俺がエスコートするのは絶対におかしい。

 貴族界で許される行為ではないだろう。


 なんといっても、カイルが信じられない目でこちらを見ているのだ。

 まさかエスコートまでさせるなんてと言う目だ。


 俺としては可能性としてあるんじゃないかと思っていた部分もあるが、カイルとしては無いと思っていたのだろう。

 貴族の常識から離れた行動なのは確かだ。


「ふふふ、落ち着いてお話ができますわね」

「……他の方とお話されなくてよいのですか?」

「そのようなことを言ってしまうのですね。今はあなたしか見ていませんのよ?」

「これは失礼しました」


 おかげで俺たちは貴族達からは遠巻きにされている。

 そういった面では気楽ではあるのだが、婚約前の彼女がここで要らぬ噂を立てられるのはいいのだろうか。


「ふふ、ちょっとした遊びみたいなものなのですから、気にしなくてもよろしいのです」


 俺の内心に答えてから、ちょっと合わせたい人がいるだけですわ、とシャーロットは言った。


 それから、俺がエスコートしながらも彼女に先導されて、とある一角へとお邪魔する。

 そこには老婦人と老紳士達が集まっていた。


「まあ!」

「本当にそっくりですね」

「懐かしいのう……」


 侍従科の先生達だ。

 ベテランが多いのは、俺を、かつての教え子の息子の顔を、近くで見るためだろう。


「初めまして、先生方。リーンの息子、レイと申します」


 恭しく挨拶をすると、先生たちからも返事が来る。


 かつての担当だった者、かつては王城に勤めていて先輩だった者、それから同級生だったり同僚だった者。

 それぞれに間柄はあるが、誰もが母さんの知り合いであった。


「エレナとモルドが居なければ、リーンはわたしの家で面倒を見ていたな」

「あら、息子がいるあなたの家はダメだったでしょう。私が娘と一緒に可愛がっていたわ」


 皆が母さんの昔話に花を咲かせる。

 聞いたことのない母さんの話だったり、城勤めだったじいちゃんとばあちゃんの話だったりもあって、耳を傾けているだけで楽しい。


「向こうでの様子を聞かせてくれないかしら?」


 だがもちろん聞いているだけでなく、話を振られ、答えていくこともあった。

 その時、些細なことを話すだけで目を細めて頷いているのを見て、改めて母さんが愛されていたのだと実感する。


 しばらくすると、聞き役に徹していたシャーロットが一度辺りを見回した。

 すると、誰かを見つけたようで、満足そうにまた聞き役に戻る。


 一体誰が来るのか、身構えたら、すぐに答えがわかった。


「大変お久しぶりです、先生方」

「おおっ、セシリー!」

「これはこれは、よくいらっしゃってくれました」

「皆様がお元気そうで何よりです」


 従者を連れながらやって来たのは、美しく波打つ翠の髪をした、セシリー・ウル・ファーディナンド。

 シャーロットの実の母親だ。

 それから、母さんを学園の中で庇護した、その人である。


「……本当に、よく似ていますわね」


 先生方への挨拶を終えると、セシリーはこちらに目を向けた。

 懐旧の念が深々と伝えられる。


「リーンの話を、聞かせていただけますか?」

「はい、喜んで」


 そしてまた俺は、母さんとの思い出を一つ一つ伝える役目を果たすのであった。



 ****



「随分と話し込んでいたな」

「……ファーディナンド伯爵夫人が……手強くて、な」

「お疲れ様です」

「ありがとうございます。ナディア」


 それから、随分と話をし、聞かされた後、俺は解放された。

 まだ晩餐会は終わっていないが、どっと疲れが込み上げてくる。


「何を言われていたのだ?」

「……聞くか?」

「あ、ああ」


 セシリーが母さんとの思い出話以外に俺に言ったことは、そんなに多くない。


 ただ、話の合間合間に、「今からでもリーンごとあなたを引き取りますのに」だとか、「あなたなら、シャーロットの護衛に付いていても不思議ではないですわね」だとかを入れてきたのだ。

 シャーロットもサラリと肯定するし、頭痛の種が倍になった感じだった。


「……それはよく乗り切ったな」

「何とか有耶無耶にして、な。最後はダンスまで一緒というのは少しまずいだろうって言って、帰って来れた」


 二人もそれに反論せずにあっさりと帰してくれたから、その判断で良かったのだと思う。


「ダンスか……」

「ローレンスは踊れるのか?」

「いや、基礎は教えてもらったが、ここでは無理だろう……レイもだろ?」

「もちろん、と言いたいとこだけど、踊れるな」

「何っ!?」

「俺の師匠を誰だと思ってるんだ」


 パーティの最後の方にダンスがあるのが、この世界の常識であるらしかった。


 師匠の教えはその辺も抜け目はないし、母さんやばあちゃんも教えてくれた。


「教えてやろうか?」

「いや、それはまた別の機会でいい」

「なんだ、男役でも女役でも教えられたのに」

「!?」


 ちなみに、もちろん男役でも踊れるが、女役でも踊れる。


 母さんやばあちゃん、それからじいちゃんもノリノリで教えてくれたから、甘んじて知識として受け入れたのだった。


「それじゃあ、俺が行くよ」

「……頼んだ」


 ダンスのくだりからは、ローレンスと小声で話していた。

 ナディアも空気を読んでいてくれて、ありがたい。


 くるりと後ろを向いて、にこやかな笑顔で、きざったらしく彼女に声をかける。

 折角の初めての機会だ、そういう役を演じるのも悪くはない。


 カミーユが眉をひそめたのも気づかなかったことにしよう。


「踊ってくださいませんか、ナディア様」

「……はい!」

ありがとうございました。


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