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学園祭三日目-中

「ローレンスのご家族は、全員がお仕事なんでしたよね?」

「ええ、貧乏くじを引いたと嘆く手紙が送られてきていましたので」


 魔法科校舎への移動中の会話である。


 学園祭の見学者は、何も仕事でスカウトに来ているばかりではない。

 学園都市に住む一般人もいるが、その多くは子供の活躍を見に来る純然たる保護者である。


 まあ、今いる三人の保護者は誰も来られてないのだが。


 親がやすやすと国境をまたげる状態にないナディア。

 ここに来るのに馬車でも数か月かかるところに家族がいる俺。

 それから、奇跡的なくじ運で家族全員が領地の留守番役のローレンス。


「ローレンスはお父様や、お兄様方も騎士でしたね」

「はい、今年は三年生に子供がいる同僚が多いそうで」


 ローレンスの家族、父親と二人の兄は、三人とも彼らの領主に仕える騎士である。

 騎士はいくら娘息子が学園に籍を置いているとしても、そうほいほいと見学に来られない。

 領地の戦力は、非常時ではないにしてもそう薄くできないのだ。

 学園祭に来られるのは、上級生の親が優先で、あとはくじで決められるそうだ。


「レイのご家族は……」

「さすがに、この国のはずれの方から学園祭のためだけには来られませんね」

「連絡は取られているのですか?」

「ええ。距離が距離ですので、ままなりませんが」


 ここに来てから、ちゃんと家族への手紙は書いていた。

 出発した時の約束である。

 学園都市に到着して一通、合格して一通、入学して一通、夏休みに入って一通だ。

 それに対する返信も届いている。

 そういえば、夏の分の返信は届いていない。

 片道二か月はかかるとみていいから、まだもう少しかかるだろうか。



 ****



 アリスが相手をすると言っていたのも、貴族達の保護者達だろう。


 そんなことを考えていたのだが、少々事情が違うようだ。

 いや、おそらく保護者もいるのだが。


「……エルフと、これは……」

「なんですか? カミーユ」

「……少々、得体の知れない気配が……消えた?」

「気配が、消えたのですか?」


 校舎に近づくにつれて、顰めっ面になっていたカミーユが呟いたのを、ナディアが拾う。


「レイ、あなたは何か分かりますか?」

「いえ……エルフがおそらくアリス様ともう一人いるというのは分かりますが……」


 ナディア、それからカミーユに視線を投げかけられる。

 俺の気配察知が鋭いことにカミーユだけでなく、ナディアも気づいているようである。


 適当な演技をしながらそれに応じた。

 先程消えた気配がなんなのか、もちろん分かるのだが、答えてはいけない。


「エルフがもう一人いるのなら、精霊様じゃないか?」


 俺たちの会話を聞きながら、目を瞑ってなにかに集中しようとしていたローレンスが言った。


 その推理はずばり正解だ。


「まあ、精霊様ですか!」

「なるほど、それで……」

「そうか、精霊様か」


 精霊様と言う声が平坦にならないように気をつける。

 うちの精霊たちに聞かれていたらおかしいと笑われたり恐縮されたりする呼称だ。


 今はもちろん限界までパスを薄めているから、その声が届くことはないのだけど。


「やはり、学園祭ともなると色々なお客様がいらっしゃるのですね」

「エルフが来るのは特例だと思いますが……」


 エルフは独立心や自尊心が高く、他のヒトとの交流をほとんど持とうとしない。

 こんなニンゲンばかりの場に現れるのは特例中の特例だ。


 ……なんで、俺がいる時に来ちゃうかなあ。


 そのエルフの相手をしているアリスに、そんなぼやきを送ってみる。



 ****



 自分一人でいるのなら、適当に気配を薄め、出会わないようなルートを辿って歩くのだが。

 残念ながら今は、四人での行動中である。

 しかもこの魔法科の区域は大体一本道だ。

 逃げ場がない。


「あら、レイじゃない。それから、ローレンスとナディアも」

「これはアリス様。ご機嫌いかがでしょう」


 自分の両親たちを連れて魔法科校舎を案内していたアリスに出会う。

 声をかけてくれずに済んでくれればとは思ったが、そうはいかない。

 三人で挨拶を返す。


 とはいっても、とりあえず挨拶したはいいが……


「って、今は私だけじゃないんだったわ。お父様、お母様、それから先生。彼らは友人の──」


 アリスの口から、直接に俺たちが紹介される。


 アリス・イル・ウォルコットの名が示すとおり、彼女の両親は侯爵と侯爵夫人である。

 粗相のないよう、細心の注意を払って初対面の挨拶をした。

 特にローレンスはガチガチだったが、学園の中で何とか受け答えにも慣れてきて、問題は無かったと思う。


 アリスの両親からの返事も終わり、気になる最後の一人、"先生"と呼ばれたエルフの女性から自己紹介がなされる。

 先程から、俺たちの方も彼女のことが気になっていたが、彼女も俺の方をじっと見ている。

 なんとも身動きが取りづらい。


「私はジークリンデです。初めまして」


 彼女は、その目を俺から離しはしなかったが、ただ淡々と名を述べただけだった。

 表情も一切動いていない。


「……先生は、エルフの魔法や森のしきたりを私に教えてくれているのよ」


 アリスが空気を読んで説明してくれなければ、関係すら分からなかったところである。


 どうやら彼女は、エルフとして生まれたアリスをエルフの森と繋ぐ役割をしてくれているらしい。


 というのも、アリスは先祖返りによる純粋なエルフであるため、彼女の両親には全くその特徴は現れていない。

 強いて言うなら、父親の瞳がアリスの新緑の色に似た翠の目であるぐらいだ。

 魔力も、髪色も、顔立ちも、エルフのそれではない。


「家族のような付き合いをされているのですね」

「ええ、まあ、そうね」


 学園祭にジークリンデ先生が来ていることに、ナディアが感心した。

 しかし、アリスの反応はなんとも歯切れが悪い。


 すると、無言のジークリンデ先生が一瞬俺から目を離し、空を見た。

 何かを考えたかのような素振りである。

 それからまた俺の方に視線を戻し、口を開く。


「来年から、ここで教員をしますので」

「えっ!?」

「まあ」


 後に嘆息を上げたのはナディアだ。

 けれど、驚嘆したのは俺でもローレンスでもない。

 アリスと、彼女の両親だった。


「何の心境の変化があったんだ、ジークリンデ」

「あれだけ娘のためと申しても決断してくださいませんでしたのに」

「目的ができました。それだけです」

「目的……」


 呟いたアリスがばっと俺の方を向いた。

 濡れ衣である。

 特に何もしていないというのに。


 しかし、俺の内心の主張も虚しく、ジークリンデ先生は俺を見つめたまま。


「来年から、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いいたします、先生」


 少しだけ、彼女の表情が動いた。

 浮世離れしたエルフの容貌によるそれは、とても美しい笑顔ではあった。


 けれど、一瞬背中に鳥肌が立ったのは秘密だ。



 ****



 ウォルコット家一行は、三年生に領地の騎士の息子がいるということで去っていった。

 結局、精霊は見れずじまいに終わり、ナディアやローレンスは残念そうにしていた。


 普通、精霊様を直に拝むことができる機会は、一生に一度あるかないかのことだからだ。


 とても共感しにくく、話を合わせづらい。


「ふう……」

「……レイはやはり、魔法が上手ですね」

「お前、いつも手を抜いてないか?」

「狩りで攻撃魔法に慣れただけだよ」


 所変わって、魔法科の運動場にある射的会場である。

 たった今、俺が【風弾ウインドバレット】で的を撃ち抜いていたところだ。


 正方形になるよう九つ並べられた的に十射撃って、八発が的中している。

 トップではないが、相当に上位の成績だ。


 ちなみに、ナディアが三つで、ローレンスは六つだった。


「周りの客も、お前の魔法に見蕩れていたぞ」

「ローレンスもか?」

「馬鹿を言うな」

「私も、見入ってしまいました。外したのが不思議なくらい、すごかったです」

「ははは、それはありがとうございます」


 カミーユからの視線が痛いから、適当にはぐらかして話を終わらせる。

 彼が本気で打ったならば、パーフェクトも狙えるんじゃないだろうか。


 やってみるか、と視線で伝えるとそっぽを向かれたが。


「さて、ここからどうする?」

「他にもいくつか参加できるものもあるようだが、魔力がもたんな」

「どうしましょう?」


 俺としては卒業研究が並べられている校舎内に入りたいところだが、二人にそのつもりは一切無さそうだった。


 まだ目に映えるものがいいだろう、そういうことで騎士科の方へ戻って演舞を見に行くことになる。


 その、道中だった。


「……! ようやく見つけた!」


 魔法科の敷地で、男性の声が聞こえた。

 混雑の奥の、相当に遠いところだ。


 けれど、俺にはそれが無視できなかった。


「どうした、レイ?」

「……ここから、ちょっと別行動でいいか?」

「え?」


 二人は困惑していたが、後ろに控えているカミーユは気がついてくれたようだ。


「知り合いか?」

「……そんなところです」

「今のところ、危険は感じられない。行ってくれて構わない」

「ありがとうございます」


 二人への説明は、カミーユに任せた。


 面倒になる前に、離れた方がいい。

 そう思って迅速に二人からは距離をとる。


 男性の、おそらく六十前だろう彼の声が無視できなかったのは、それが、俺と目が合った瞬間に発せられたからだ。


 表情を変え、様々な感情を顔に映して、彼は言ったのだった。


 そして今、彼は人混みをくぐり抜け、俺の前に立つ。


 彼の従者と、家族なのだろう女性や学生が後ろから追いかけている。


「……」

「……」


 彼が誰なのかは、学生の顔を見て確信した。

 文官科三年の彼の名前は耳にしたことがあるから、覚えている。


「……君と会うのは、初めてなのだな……」

「そうです。初めまして」


 俺がここで、彼のことを知らないという建前を演じることは簡単だろう。

 けれど、そうするつもりにはなれなかった。


 紳士然とした格好に身を包んだ初老の彼の目には、年甲斐にもない涙が小さく浮かんでいる。


「名乗るより先に、君には言わなければならないことがあるのだ……」

「……」


 そのまま、膝を着きそうな勢いだった。

 彼は、深い後悔を表し、頭を下げる。


「君と、君の母親には、本当に悪い事をした」


 たった今、頭を下げる彼に追いついた生徒の名は、ジョージ・ミルナー。


 そう、彼の姓はミルナーだ。


 そして、頭を下げる彼の名は、スティーブン・ミルナー。


「頭を上げてください」


 俺は言う。

 正真正銘の、血縁上の祖父に向けて。

ありがとうございました。


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