三日目-前
「いたっ……! ……く……ありがとう」
「頑張れよ。応援はちゃんと行くから」
「……無様を晒さないようにしなくてはな」
今日の応援は、しっかりと気合いが入るように強めのデコピンだ。
時は学園祭三日目である。
ローレンスは昨日の二試合を勝ち上がり、六十四まで進んでいた。
魔法を駆使した三年九組の相手を倒しての殊勲である。
火属性の遠距離魔法を使う相手に勇猛果敢に間合いを詰め、最後は気持ちで持っていった試合だった。
実力的にはここまで最大の番狂わせだったんじゃないだろうか。
俺も知らずに手の汗を握っていた。
さて、ローレンスの他に未だに勝ち残っている一年生は、このラウンドで対戦をするウィルフレッドとカイル、それからA組のパトリックともう一人、ローレンスとグレンしかいない。
だが、そのうちで今日の午後に試合をできるのは、おそらくウィルフレッドかカイルのどちらかだけだろう。
残りはローレンスも含め三年の十組との対戦になっている。
はっきり言って、勝利は厳しい。
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ。行ってこい」
それを分かっていて、ローレンスは気持ちの入った顔で会場へ向かった。
誇り高き騎士として、模範のような態度だ。
……まずはナディアと合流かな。
トーナメントの試合数ががくんと減る今日から、一年生のナディアに治癒師科の仕事は無い。
ナディアと二人、正しくはカミーユも含めて三人で学園祭を回ることになっていた。
****
「……本当に私と一緒でよろしかったのでしょうか?」
「いいのですよ、レイ」
相変わらず可愛らしく、慈愛に満ちた微笑みだ。
「私の友人が認められている、証拠ですから」
「……ありがとうございます、ナディア」
どうしても注目を集める俺の横にいながら、彼女はいつもと変わらず歩いていた。
誰にだってできることじゃない。
特に彼女は、難しい立場にあるのだし。
広く顔が知られている訳では無いが、国の違いは容姿に特徴として現れる。
「ナディア様に注目が集まるのは避けたいが……」
二人と合流した時、カミーユはそう前置きして、俺に耳打ちをした。
「何かあった時、お前が居てくれればありがたい」
珍しく素直な言葉で驚いていると、続きがあった。
「お前なら十分盾にできて、その間に逃げられる」
一切冗談めかすことなく、しれっと言ってのけた。
彼は不審な者達が侵入していても判別しにくい今の状況を、それなりに危険視している。
ナディアはいつだって危うい状況にいるのだ。
それは、事情を知る俺としても危惧していることだ。
彼女の存在を厭うフランクールの保護者に出会う可能性もあるし、下手をすると刺客が送り込まれていてもおかしくない。
「まずは、どなたの試合でしたか?」
「クラスメイトのグレンです。……厳しい試合になると思いますが、きっと頑張ってくれるでしょう」
そうなれば、喜んで盾役ぐらい買って出よう。
数少ない、大切な友人のためにも。
****
「ローレンスが出てきましたね……」
「はい。気合いは十分ですよ。……些か相手は悪いですが」
「そうなのですか?」
一年生が出る試合は残すところ二試合となっていた。
ここまでに俺たちは、休憩を挟みながらいくつかの競技場を巡っていた。
午前の試合で残るのは、ここで立て続けに行われる、ローレンスの試合と、ウィルフレッド対カイルの試合である。
他の一年生の試合も見学したが、全員負けてしまっている。
さて、ローレンスはどうなるか。
ローレンスが入場したフィールドの両脇には、次の試合に待機する二人の姿も確認できた。
この二人は、同学年対決でまだ楽なほうだろう。
「相手は三年生の次席です。今見ると……魔力量も十分ですね」
「……」
ナディアも、真剣な表情で押し黙った。
三年生の次席ともなれば、この学園において最強の一角だ。
貴族の出で魔力も多く、"爆風剣"という仰々しい二つ名まで戴いていたりもする。
「それでも、応援しましょう。ローレンスならきっと、全力で立ち向かうでしょう」
「はい、そうですよね」
大声で名を叫んだりはしない。
けれど、きっと通じる。
……頑張れ。
きっと隣のナディアも、同じ言葉を念じていると思う。
そんな、友人の心の声が届いたのかもしれない。
スタジアムの中央で、鎧を着て立つローレンスが、こちらを向いた。
それから、何かを考えたような素振りを見せて、審判の合図がされる前に剣を抜いた。
マナー違反とも取れる行動に、客席がザワつく。
それでも、ローレンスは動きを止めなかった。
その場で真っ直ぐと腕を伸ばし、切っ先を伸ばす。
向いているのは、俺の方だ。
自然、客席の自然もこちらに集まった。
「見ていろ、ってことか……」
「ふふふ、ローレンスらしいですけど」
「……そうかもしれませんね」
俺がその意をしっかりと受け止めたことを悟ったのか、ローレンスはキビキビとした動作で再び剣をしまった。
審判も文句を言う程ではなく、気にせず試合開始の準備をする。
……頑張れ。
****
「なかなかどうだ、よくやったとは思わないか?」
会場整備に時間がかかり、次の試合が始まる前にローレンスが客席までたどり着いた。
最初は一発殴ってやろうかとも考えていたが、そうする間もなく、ナディアから声が飛ぶ。
「ローレンス、あなたは馬鹿ですか!」
「……そうかもしれないですね」
「自分は、もっと大切にしてください……」
「無茶をしたことは、自覚しています」
ローレンスの先の試合は、見ているこちらの肝が冷えるようなものだった。
隣に座っていたナディアなんかは試合が終わり、ローレンスが負けを認めた頃には顔を真っ青にしていた。
治癒師科で学ぶ彼女だからこそ、治癒魔法が万能でないことをよく知っている。
「けれど、瞬間にやれることを尽くしただけです」
相手はローレンスが魔法を使わないと知っていて、容赦なく魔法を叩き込んできた。
"爆風剣"の名の通り、火と風の魔法と、混合し爆風を生み出す魔法をだ。
熱波は観客席にまで届くほどであったを
彼がそうまで容赦ない攻撃に出たのは、最初の打ち合いで予想以上にローレンスが押し込んだことが原因だった。
「いくらある程度の抵抗ができるとはいえ、あの火の中に突っ込んだ時は全員が黙り込んでたぞ」
水の魔力を持つローレンスは、火の熱に対する抵抗はしやすい。
だからといって、守りのために展開された相手の魔法による火の壁に突っ込むのは、はっきり言って蛮勇である。
「元はと言えばお前が悪いんだ、レイ」
「言いがかりが過ぎないか?」
「あの試合を見せられて、お前に私が無様を見せられるわけがないだろう」
「……はあ」
ローレンスの、悪い癖だ。
夏にはちゃんと理解していたと思うのだが、人間そう簡単に完全な成長ができるものではないか。
「言っただろ、次を無くすような真似をするなって」
「……無茶も、ほどほどにしてください」
「はい」
爆風に削られた地面が土属性を持つ魔法科の生徒によって整備されていき、次の試合の準備が終わる。
本当に、ローレンスはよく無事に帰ってきたものだ。
****
それから、カイルとウィルフレッドの試合が始まり、案外というか、予想通りというか、決着はすぐに着いた。
「カイル様とレイだと……レイの方が強いのですか?」
「いつもは、どちらも本気かどうか分からないので、なんとも言えませんね」
結果はウィルフレッドの勝利である。
試合終了後、実につまらなかったとウィルフレッドがカイルに堂々言ってのけた。
カイルがそれを笑って受け止めていたから、彼は一切本気ではなかったのだろう。
というか、見ていてやる気、と言うより勝つ気が無いのがわかった。
「カイルとローレンス、二人の間を取るぐらいで丁度いいと思うけどな」
「ローレンスの頑張りは、もう少し評価しても、いいのではないですか?」
「私は私の正しさでやっている。丁度いいなどない。ふむ、でも間か。ちょうどお前ぐらいじゃないか?」
カイルの態度は二人には少々不評だったようだ。
まあ、全力の姿勢を見たいという思いは当然かもしれない。
それで午前を終えて、いつものお茶会をしている図書館付近のテーブルで軽食を取ることにした。
学園祭の期間は食堂が開いていないから、持ち込みの昼食を食べることになっている。
俺も、おそらくローレンスも、昨日までは適当な軽食だったが、今日はナディアがいるからそうはいかない。
「カミーユが二人の分も、用意してくれました」
「ありがとうございます」
カミーユの【亜空間収納】から、籠バッグが取り出された。
中身は几帳面に作られた、美味しそうなサンドイッチである。
「午後はどうするか、二人は希望がありますか?」
「試合を見る、気分ではないかもしれません。行くとしたら、演武でしょうか」
らしくない言葉だった。
ローレンスなりに全力でやっての敗退が堪えたのかもしれない。
さて、行きたいところか。
「ああ、そういえば、アリス様に魔法科の方へ伺うと言っていたのでした」
「それは、行かなければなりませんね」
「魔法科か、論文なんかを見せられてもな……」
「射的とかもあるだろ?」
「射的……」
含みのあるローレンスの言い方にナディアが首を傾げている。
これまでに、受験の時の話はしていなかったか。
結局、魔法科の方へ向かうことが決まった。
午後も時間に余裕はある。
ゆっくりと談笑しながら食事を摂ってから、騎士科とは離れたところにある魔法科の方へ向かう。
「……ん」
「どうした、レイ」
「いや、なんでも」
……今日行くのは失敗だったか。
まだ距離はあるが、魔法科の校舎付近の一角。
そこに、違和感のある二つの気配を感じた。
……さて、気を引き締めるか。
ありがとうございました。