星の下
星明かりの反射する剣先を、指でつまむ。
軽く振られたように見えたが、思った以上に魔力が必要だった。
さすがは王国最強か。
「気配を隠してもいいと仰ったのはあなたでしょう?」
「……末恐ろしいものだな。息子を追い詰めたのもやはり本気じゃなかったか」
声を聞いて俺だと確かめたのだろう彼は、剣を鞘にしまう。
俺が限界まで、存在すら霞むように、気配と姿を消して近づいたとはいえ、いきなり攻撃するのはどうかと思う。
「それから、ジョゼフに勝ったというのも、本当のようだ」
「! ……誰からそれを?」
「本人からだよ。珍しく手紙が送られてきていた。なんと実に十年ぶりだ」
直感として、彼に力を隠すことは愚かしく思っていた。
どこかで暴かれるという直感的なものだ。
なるほど、それが理由か。
彼の言動の端々から、既に俺の実力を学園で見せているもの以上に評価しているように思えていたのだ。
「手紙には結果も内容も直接的には書かれていなかった。だが、君が、君を教えた三人を越えていった旨が、あいつらしく素直に書かれていた」
「……それ以外に、師匠が言っていたことはありますか?」
「君のことを頼むと。君が良いと言うならば、話を聞いておいてやってほしいとな」
「あなたのことは、信じても?」
「そうだな、信頼はしなくてもいいが、信用してくれていい。我が名にかけて誓おう」
王国最強にして人類最強の一角。
そんな彼が味方に回ってくれるのなら、それ以上に心強いことはない。
けれど……
「困った。ここまで言ってそう不安がられるとは。一体何を隠してるんだ、君は」
「一つ知っておいて欲しいことがあります。俺を利用したり、俺に干渉したりできると思わないでください」
師匠達に秘密を教えられたのは、彼らが俺がどれほどの力を見せても、認めてくれて、自由にやらせてくれたからだ。
俺とフランク団長の間に、その積み重ねは存在していない。
「それはいきなりだな。そうだな……私の力づくでもか?」
「あなたと俺、いえ、この国と俺として、どちらの損害が大きくなるか、今のあなたに見積もれますか?」
大口を叩いて見えるかもしれないが、一つの事実である。
「……保証しよう。私としても最初からそのつもりだ」
「そうですか。ならあとは、誰にも言わないでくださいとか、知っても驚かないでくださいとか、在り来りなものばかりなので大丈夫です」
それならば、あとはあまり問題がない。
俺に有益な契約を結んでいくのもありだが、これ以上心象を悪くしてくのは悪手だろう。
最低限さえ保証してくれたらいい。
「厳重に秘密を隠しているようで、随分とあっさりしているのだな」
「俺の信じた人が、信じている人ですから」
「そうか、そうだな。私もジョゼフは裏切れん」
ニカリと彼が笑う。
さて、どうやって話そうか。
……あ。
「あの、フランク様、場所は変えれますか? ……できれば、この街から離れていて、人のいないところに」
「ああ、分かった。今すぐ行こう。手を掴んでくれ」
二人で【転移】の魔法で移動した。
なるほどこれが生身での転移の感覚。
****
転移から転生、そして今持ちうる俺の力の全てを、彼に伝えた。
「……それで、確かにそれで全てか……?」
『まだなにかあったの?』
『それ以上は私たちも知らないわよ?』
「はは、流石にこれ以上はありません」
難しい顔で頭を抱えた王国最強に、それぞれ小精霊二人を連れているヒスイとルリと共に応じる。
場所を変えたのは、誰かに二人の存在を気取られてしまう可能性があったからだ。
ちなみに今は西の山脈の一角にいる。
転移魔法というのはとても便利だ。
「名前を与えた精霊が増えたことは師匠達も知りませんね。ヒスイとの出会いが学園に来る道中でしたから」
「つまり、ジョゼフの思っている以上の魔力量かもしれないということか?」
「どうでしょう。精霊との契約に魔力のキャパシティの問題があることって、あまり知られてませんよね?」
「ああ、そうだな……」
「ちなみに今のところあと三属性との名付け分は空いてあります。もう少し増やしておく予定ですが」
「君は、エルフ一人の精霊との契約数を知っているか?」
「はい」
それぞれ小精霊一人がエルフの限度である。
大体のエルフが成人までにその程度まで魔力が伸びるし、その程度の魔力で留まる。
今のアリスで、もう少し足りないぐらいだ。
「ふぅ……レンはとんでもない奴を遺していってくれたわけだ」
「俺が入り込んだのは、偶然ですけどね」
「あの男が魔法を使えたらと何度も思ったが……少々やりすぎとはいえ、こうなるのか」
父さんのことを、当時から王国騎士団の上層部に居た彼も知ってくれていたらしい。
師匠からは聞けなかった父さんと師匠のエピソードなんかも聞けたりして、父さんの話をする時は比較的和やかな雰囲気だった。
ただ、ここからの話はそうはいかないようだ。
「……君の力は、俺の予想をはるかに越えていた」
「そうですか」
静かに、滑らかに、先程の鉄剣とは違った、魔力を帯びた剣が向けられる。
「そして私は、ジョゼフの友人である前に、王国騎士団の団長だ…………この国の脅威は、脅威となりうる存在は排除しなければならない」
魔力による威圧だけではない。
絶対的強者の存在感が、肌をヒリつかせる。
精霊たち六人が、一気に体勢を整えた。
『いいよ』
『……でも』
「いいんだよ、来るなら、来ればいい」
念話をやめて、俺は声に出す。
フランクの眉根が、さらに厳しく寄せられる。
「けど、できないことは、分かってるから」
「……」
挑発に似た俺の言葉に、一瞬だけその魔剣が振り上げられそうになる。
だがフランクは、俺の言葉通りに剣を引いた。
「挑発のつもりだったか?」
「事実を述べただけでしたが」
「……はぁ……くそ」
彼に、俺を傷付けることはできない。
子供だからとか、友人の弟子だからとか、そんなのは関係なく。
ただ、純粋な実力ゆえに。
魔剣を【亜空間収納】にしまい、勝てるビジョンが見えない、と"無敗"は吐き捨てる。
この時期の夜は随分と冷え込んでいるのに、彼の額には汗が伝っていた。
「だが私は、職務を全うしなければならない。……私がやるべきことは分かるか?」
素直に首肯した。
「俺がこの国の敵にならないようにすること。ひいては、俺の利用策を考えること、ですかね」
「……後ろは余計だ」
それでも、俺の邪推という訳ではなさそうだ。
万全の俺を王国の味方に加えられたらどれだけ良いか。
俺本人を差し置いても、ルリとヒスイのどちらかだけで国家の切り札となりうる。
剣と魔法を十全に操るニンゲンはかつての王国がどれだけの無理をしてでも手に入れようとしたものだ。
「でもそれを実現するのは、案外簡単ですよ」
「……飛びつきたくなるような話だな」
「三つの条件が全てクリアされていれば、吝かではありません」
俺としては、こういった場面を想像しなかったこともない。
国家に必要とされる、そういう日は来ると思っていた。
なんなら、その想像の中で、向こうが強行に出ないというのは、一番楽観的なものだった。
だから、答えぐらいちゃんと用意してある。
「まず一つ、それが他国への侵攻でなく、魔物、もしくは敵国からの防衛であること」
人を傷付けるために、力を振るうつもりは無い。
ついこの間まで俺は人型の魔物すら狩るのが恐ろしかったのだ。
人に攻撃を仕掛けるなんて、あまり考えられない。
「それから二つ目。あなた達が俺の友人や知人を盾に取らないこと」
トルナ村にいる家族や友人、マスター達。
それから、学園やそこに至る道中でできた友人や知人。
俺が力を貸さないことで、彼らに王国が不利益を与えるというのなら、まずはそちらを叩き潰す。
力を貸さないことに、俺なりの理由があった場合のためだ。
「そして三つ目」
これは言っても言わなくてもおそらく守られるはずのことだ。
「王国が、俺の同胞に手を出さないこと、ですね」
守れますか、と問いかける。
「……それだけで、君の力が借りられるのなら。一つ目は、我が国がこれ以上領土を広げようとは考えていないからな」
まずは自国内にある魔物の領域をどう開拓していくかが今の重要なポイントらしい。
隣国との関係なんかについてはよく分からないが、その通りなのだろう。
「二つ目も誓おう。彼らの命も、地位も、もちろん保証する」
一番通って欲しかった願いも認められる。
まあ、誰かを人質に取られた時点でその判断をした人物たちをどうにかするとは思うが。
「それから、三つ目も。王国が国法を持つ限り、二度とその心配はない」
「……禁術指定ですもんね、あれ」
「やはり調べているか……」
「はい。お陰様で全く情報が手に入りません」
ということで、全ての条件が受諾され、俺とフランク団長、ひいては王国との間に一つの協定が生まれた。
といっても、履行されるのが望まれるようなものでは無い。
侵攻があった時というのが前提である。
「まあ、もしもの時だけ、ということですね」
「そうだな……」
含みを持たせた言い方に引っかかるものを感じたが、気にしないでおこう。
「ああそうだ、フランク様、【転移】は、目視できる場所、もしくは転移陣を刻んだ先ならば転移可能でしたよね?」
「あ、ああ」
「ありがとうございます。それでは、おやすみなさいませ」
これ以上聞くべき話も、話すべき話も無いだろう。
俺は、【転移】でそのまま家へと帰り着いた。
ありがとうございました。
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