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洗礼式

 


 洗礼式に参加する子供たちの乗った馬車が街に入るのに列を成していた。

 しばらくの間その列に並んでいるとラスがようやく話しかけてきた。


「なあ、レイ」

「なんだ?」


 俺がいつもの話し方で返事をすると、ラスがほっとしたように息を吐いた。


「よかった、誰かと入れ替わってたとかじゃなくて」

「似合うでしょ?」


 女言葉にすると嫌そうな顔をする。ちょっと高くした声も悪くないから本当に似合うと思うんだけど。


「そんなことよりラス、初めての街だぞ。建物が高い!」

「お前のせいで思ったより感動もできなかったんたけど!?」


 キレのいいツッコミだ。奇遇だが俺も同感である。


「……まあいいや、レイだし」


 ぼそりと呟いていたけれど何がいいんだろうか。


 その後はラスもいつもの調子に戻って魔物を阻む高い壁の穴を見つけたり、二人でおのぼりさんをしていた。まだ街の中に入る前から至るところに興奮して、田舎者丸出しである。後ろを歩く母さんと父親代理としてのじいちゃん。ラスの両親と、村を代表して来た村長の家の次男氏が微笑まし気に見下ろしている。

 お似合いの二人ね、という母さんの声は聞こえなかったことにした。



****



「「すげぇ」」


 俺とラスの声が重なった。

 街へ入ることが許され、馬車から降りて門をくぐったタイミングだ。


 目の前に広がっていたのは、俺達が入ってきた門から神殿までを繋ぐメインストリート。洗礼式を迎える子供たちを祝福するように、たくさんの人が通り沿いで見守っている。

 ここからだと奥に行くほど建物が高くなっているのが分かり、神殿らしき白い建物も奥の方に見えている。


「人がいっぱい……」


 初めてこんなに多くの人を見るラスが目を輝かせている。


「すごいな」


 叶斗時代には東京にも行ったことあるし、地元でも繁華街があったし満員電車だって経験していたが、六年ぶりの人だかりには少し圧倒されていた。


「じゃあ、教会へ行きましょうか」

「レイ、手を繋ぎましょう」


 他の子供たちもそうしているように、洗礼式を迎える子供は母親に手を引かれながらこの通りを歩いていくらしい。

 ラスも俺も自分の母親と手を繋いで通りを歩き出す。


「ラス、緊張?」

「し、してねーよバカ!」


 歩くのを大勢の人に見られるせいで、人目に慣れていないラスがガチガチになっていた。


「もう、この子ったら。あなたもちょっとくらいレイ君を見習いなさい」

「そんなの無理だよ!」

「知らない人なんて石ころだと思えば大丈夫だよ」

「石は喋んないだろ!」


 ちなみに俺はというと街並みを見物しながら沿道の声援に応えるため手を振って、愛想を振りまいている。

 俺を知らない人は俺のことを確実に女だと勘違いしていて、いちいちリアクションが面白いのだ。

 気づかれないように聴力強化をすると人だかりから色んな声が聞こえてくる。


「あの母娘はえらい綺麗だな」

「あの子の将来が楽しみね」

「ここを歩いてるってことは外の村だろ?どこだ?」

「まあ!あんなに良さそうな素材を使って!」

「あそこの二組、母親が綺麗すぎないか?」

「僕、あの子と結婚する!」

「あんな奥さんもらえたら一生幸せだろうな」

「「「旦那が羨ましい」」」


 みたいな感じだ。

 残念だがこの世界は同性婚が認められている世界ではない。


 ちなみにラスの母親のシェルファさんは母さんの二つ上で二十八才。ラスとリーナと同じピンクの髪をしている。シェルファさんも可愛らしい人だから、ラスとリーナの母親であってもシェルファおばさんとは言いづらい。



 街並みの見物にやや飽きてきた頃に左目の魔眼を開く。言っていなかったかもしれないが、魔眼は普段は閉じれるようになった。

 魔力に注意が行き過ぎるのもあれなので必要な時以外は閉じている。


 街の防壁や足下に張り巡らされているのは話に聞いた魔物避けの魔法陣だろう。周囲十数キロまで魔物を遠ざけるこの魔法陣のおかげで、トルナ村のような周辺の農村も落ち着いて生活をしていられるのだ。


 結構な道のりを歩いて辿り着いた神殿の前には洗礼式を受ける子供とその母親が大勢いた。

 まだ神殿に入ることはできず待たされている状態だ。

 子供たちだけで百五十人程いるだろうか。


 ここから推測するとこの街の周囲に住む人口は、百五十人が季節四つで一年で六百人、それが六十まで生きても三万六千ほど、ということか。

 このあたりは王国の田舎だというが、人口が多いのか少ないのかはあまり分からない。


「石の家だ! 高え! 屋根も見えねぇ!」


 木で出来た平屋が主流の村で育ったラスは、中心街の建物を見上げてそう言った。

 ラスは興奮がどんどん高まって来ているらしく、先程からずっと元気に驚き続けている。


「こんなでっけぇ建物どうやって作るんだろうなぁ」


 次は神殿を見上げている。土属性の魔力がほかの建物より見受けられるため建築物もしくは外装は土属性の魔法を使って行われたのだろう。


 ラスがこんな感じであるように他の村の子どもも、この街に住む子供も洗礼式ということで一様にテンションが高い。


 俺はというともうそろそろこの世界の「街」というものがなんとなくつかめて来て落ち着いてきたが、俺を見つめる男子諸君の視線の熱さにやや辟易している。

 中には俺と目を合わせると真っ赤になって目を逸らす子も居るのだ。この年齢なので初恋かもしれないことを考えると誠に申し訳ないところだ。次に目が合ったら優しく笑ってさしあげよう。


 ついでに子どもの母親たちからもよく見られている。それは俺の母さんもだ。

 街の裕福な子どもたちにも見劣りしないグレードの服を着ている俺と、それを作っただろうと推測できる母さん。その二人が全く同じ顔でありながら、かつ特段の美人であれば否応なく注目される。それに服のセンスは母さんとばあちゃんが作ったこの服の方がよさそうだ。俺と母さんがここで一番目立っていると言われてもなんの驚きもない。



「入場を始めます。それぞれに集まって並んで入ってきてください」


 そう言ったのは神殿の職員、向こうで言うならシスターか巫女かで表現出来る聖職者の女性だ。こちらで何というのかが分からない。どこか少しだけ和風を感じさせる装束は、それぞれが持つ属性色の布を重ねている。


「母さん、あの女の人誰?」

「あの人は神官様よ」

「じゃああの男の人も神官様?」

「そうよ。レイがそんなこと聞いてくるのも久しぶりね」


 ここでは女性の神職も神官で一括りにしているらしかった。もっと高位の聖職者には他の役職があるのかもしれない。


 母さんが久しぶりと言ったように、俺がまともに喋り始めた二歳ごろから俺はとても知りたがりに思われていた。

 道具の、物の、仕事の、それぞれの名前を覚えるために目に付くもの全てを、母さんやエレナばあちゃん、モルドじいちゃんに聞いていたのだ。

 そのくせ、使い道などは聞いたりしなかったので変な子扱いだったりしたのだが。


 神官に言われた通りに並んで入場していく。

 忘れていた緊張が少しだけ戻ってきた。


「緊張しなくても大丈夫よ」


 優しく微笑む母がほんの少しだけ強く、繋いでいる手を握った。

 取り繕っているつもりだけれど、ばれてしまうか。


「そうかな」


 俺にとっては二人目の母親であるリーンだが、改めて自分の母親であると認識させられる。もしくは、俺ってそんなに分かりやすいのだろうか。


「おお」


 神殿に入った時思わず声が出てしまった。周囲は静かだったので、またしても注目を集めてしまう。

 廊下にあたる道はとてもシンプルで、普通驚くことはないようだ。


「どうしたんだよ」


 隣のラスが声を潜めて尋ねてきた。


「魔力がいっぱいで、ちょっと驚いた」


 ただ俺は魔眼を開いたままであったために他の子どもでは見られない光景を見てしまっていた。

 神殿の中は六色の魔力で満ちていて、とても幻想的な光景が広がっていたのだ。



 祭壇の前に並び終えると、白の衣装を来たお爺さんと、それに続く赤、黄、黒の布を重ねた若い神官が壇上に立った。それぞれの色が彼らの属性を表していて、その魔力は周りとは比べ物にならないほど綺麗な色をしている。


 そうしていると風と闇の魔力が子供たちの周囲を満たした。


「御神に仕えた精霊の恵みによって大きく育った子らよ……」


 すると一切のざわめきが静まって、耳元から光の神官の声が聞こえてきた。

 何かの魔法を使っているのだろう、驚く子供たちの声も聞こえない。


 そうして始まったのは、子供でも分かりやすい単語に噛み砕かれた神殿の教えだ。

 聞いていれば、神が作った精霊と精霊の作る自然を通して神の教えを導き出しているのが分かる。


「……新たなる神の子らよ、恵まれし大地の上に生きる者として、神の下に生きることを誓わん!」


 白の神官がそう高らかに話をまとめれば母親達が両腕を胸の前で交差させて左膝をついた。

 どうやらこの世界での敬礼か、神への祈りのポーズのようだ。子供たちもそれに倣うよう促されたので恭しくそれに従う。

 どこかで読んだ小説のように、笑いを誘うようなポーズで無くてよかった。


「祝福を!」


 そう言葉が聞こえて、下を向いた視界の端に六色の煌めきが映った。思わず顔を上げると、周囲に立っていたそれぞれの属性の神官が杖のような道具を持って魔力を打ち上げ、それが俺たちのところに降り注いだ。


 何にも魔力を流していない右目でもそれが確認できると気づいた時には周囲の子供たちも顔を上げてその光景に見とれていた。


「私たちが持つこの魔力も神より賜ったものである。常に感謝を忘れずにあれ。神への感謝を忘れないければ君達にもできるようになるかもしれん」


 白の神官が少しニヤリとしてそう言った。


 なるほど、上手いな。

 隣のラスの顔を見れば何やら感動しているのが見える。「神様すげぇ!」と思っていてもおかしくないものである。


 そして、洗礼式でこのあとに行うものといえば魔力測定だ。

 魔力の多い少ないに限らず神に感謝すればどうにかなるかもしれないと思わせることができるだろう。


 最初に案内してくれた女性神官から魔水晶に触れるだけという簡単な説明を受けた後、辺りを満たしていた目に見える魔力が消えていった。

 ざわめきが戻ってくる。


「なあ! すごかったな!」


 ラスが興奮冷めやらぬといった感じで俺の両肩を掴んで揺らす。頭の花飾りが取れそうだ。


「あんなに綺麗な魔力、俺も初めてみたよ」


 自分以外で、という台詞は水を差すだけなので口にはしない。それにそれを言ってしまえば終わりだ。


「そうか、レイには魔眼があるもんな。羨ましいぜ」


 ラスは心底そう思っている様子でそう言った。興奮で普段も大きめの声がさらに大きくなったため俺が魔眼持ちであることが大勢に伝わってしまった。

 村を上げて祝われているから秘匿にすることではないが、こういった場ではやはり目立つ。

 母親たちから「あの女の子、魔眼なの」とか「貰い手には困らない子わ」だとか言われている。俺の声が聞こえているだろう近くの人たちは、俺の一人称が俺なのことが気にならないのだろうか。


 さて、魔水晶での測定が始まり、子供たちがまた列をなす。今日は並んでばかりだ。

 これ以上はあまり目立ちたくないから無駄話をすることでやんわりと誘導して、列の最後の方に並んだ。


 魔水晶というのは俺の思ったよりも大掛かりな装置で、大きさや形からゲームセンターにある子供向けカードゲームの筐体を思い起こさせるものだった。

 手元の高さにある大人の握り拳大の水晶に触れると目の前にある六本のバロメーターの役割を果たす水晶が色付いて、それぞれの属性を示し出す。

 メーターの長さは大人の背の高さ以上あり、子どもだけでなく大人の分も測れるようになっているのだろう。多分俺は頂点まで届けられるけれど、そうしたらどうなっちゃうのか、試してみたい気もしないこともない。絶対やらないけど。


 最初にトリプルが出た時には母親たちが少しだけざわめいた。

 ただ、その子の魔力量としては覚えることができたらささやかな生活魔法が使える程度だろう。少しだけ便利なだけである。


 そしていよいよ俺たちの番。

 最後の方にしたというのに、何故か測定を終えた身なりの良い子供たちが残って測定を観察している。


 母さんたちが隣に控えていた神官に渡された書類へと俺たちの名前や性別などを書いていった。

 戸籍の登録ということがあるので母親が帯同するのだ。


 渡された羊皮紙には僅かな魔力と裏側に魔法陣があることが見受けられた。


 ちなみにこの世界の文字は音を表す基本文字と意味を表す"聖字"という二種類の字が存在していて、基本文字は大人なら大抵の人が読み書き出来るので問題はない。村には掲示板があるから、ちょうど洗礼した後くらいから基本文字については闇の日に村の中で習うのだ。

 基本文字がひらがな、聖字が漢字のようなものだが、書類は全て基本文字で書かれているため問題ない。聖字は貴族様御用達。村でも読めるのは特別な教育を受ける村長家やそれに近い家……それか、高度な学問を習った一部の住民だけである。王城に勤めていた母さんやじいちゃんばあちゃんがそうだ。


 俺の書類を確認した神官が俺に対して見事な二度見をしてから母さんに確認を取り、うふふと頷いたので羊皮紙を魔水晶にセットした。

 いやはや、こんなに綺麗な二度見は叶斗時代を含めても初めて見た。まだ疑わしそうに見ているけれど、ちゃんと付いてるのを確認してもらった方がいいだろうか。


「ええっと、じゃあここに触ってね」


 若い神官の青年に促され、俺とラスが並んで魔水晶に触れる。


 そして、大きなざわめきが神殿に満ちた。

ありがとうございました


全てのなろう作者へ敬意を。神に祈りを!です。

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