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試合前

 ……すごい活気だな。


 学園祭期間の正装として、きっちりと学ランを着込みながら部屋の外の気配を感じる。


『お祭り、だったっけ?』

『とっても楽しそうだわ!』

『ヒスイ、ルリ……』

『大丈夫よ、エルフにもバレないようにしてあるから』


 それなら安心か。


 今日から学園祭が始まる学園都市には、様々な客が訪れている。

 その中には尋常でない魔力や、異質な魔力の持ち主がいくらか含まれている。

 何があるか分からないから精霊達にはトルナ村のルリの泉に行ってもらっていたのだが、ニンゲンへの興味が勝って戻ってきてしまったようである。


 ……それにしても、ここまで人が集まるのか。


 この街は普段から賑わっているけど、人の移動が完了したここ数日は、いつもの比にならない。


『けど、あなたには、見慣れた景色なの?』

『……叶斗の時には、もう少し人の多い場所もあったからね』


 日本の大都市や観光地みたいだ、と懐かしさを感じていたら、ルリがおそるおそる尋ねてきた。

 普段は叶斗の時の話を聞いてくることは少ないのだけど、今日はちょっと俺の思考が漏れてしまっていたらしい。


『それじゃあ、二人とも、頑張ってくるよ』

『行ってらっしゃい』

『バレないぐらいに頑張りなさい』


 出発の準備を整えて、ドアを開ける。

 街を覆う喧騒が、耳に届いた。



 ****



 見学のための入場手続きをする列の横を通り過ぎて、学園内に入った。

 日本の高校のように学生の出店なんかが出るわけではないし、飾り付けられるわけではないから、風景としてはいつもの学園のままである。

 けれど、満ちた雰囲気が確かに非日常を伝えていた。


「……おはよう、レイ」

「おはよう、ローレンス」


 今日はホームルームも無く、各会場で出場者の出席確認を行ったら、各自の試合時間まで自由となっている。


 そんな中で、クラスの更衣室まで鎧を取りに行くふりをするため歩いていると、寮からそのまま向かってきたのだろうローレンスと出会った。


「顔色、良くないけど。寝不足ってよく分かるぞ」

「レイは、緊張しないのか……?」

「ぐっすり寝てやったよ」

「羨ましい……」


 コンディションは最悪といった様子だ。

 ローレンスの試合時間は午前の終わりだったか。

 そこまでに改善できるとは、到底思えない。


 ……ちょっと手助け。


 周りに誰もいないことを確認する。


「ちょっと目、瞑って」

「いきなり何だ?」

「いいから」


 訝しがるローレンスの目を閉じさせてから、人差し指を眉間にトンと置いた。

 くすぐったそうに目を瞑る力が強まる。


「おい、なにを……」

「◆◆◆◆……【リフレッシング】」

「!!」


 授業で習った水の初級治癒魔法だ。

 一緒に受けていたのだから、ローレンスだって使える。


「どう? 多少はマシになるだろ?」

「…………ありがとう。けど、よかったのか?」

「俺の試合まで時間はあるし」


 けれど、ローレンスは自分には使わなかっただろう。

 決闘前に魔力を消費するのはあまり得策ではない。

 俺のように、そもそも魔力を余らせていたりしない限り。

 まあ、魔力の質の問題とかで、自分でかける魔法は人にかけられるより効果が薄いというのもあるのだが。


 先程の魔法で、見るからに気分が悪そうだったローレンスの顔色はいつものものに戻っていた。

 ルリから習った癒しの魔法を、ほんの少しだけで組み込んだおかげもあるだろうか。


「親も兄弟も来ないローレンスの応援に、数少ない友人の俺もナディアも行けないから、その分だと思ってくれ」

「うるさい!」


 応援が無いからと、ローレンスが二年の三組程度のレベルの相手に負けるとは思わないけれど、念の為だ。


「それじゃあ、健闘を」

「任せておけ……お前の試合は、できる限り見に行こうと思う。お前も、頑張れよ」

「ああ。むざむざと負けてやるつもりは無い」


 別れの挨拶がわりに拳を軽く合わせてから、それぞれ自分の会場へと別れていった。



 ****



 俺の試合は、全体を含めて今日の最終試合で、会場は最終日には決勝戦の会場にもなる第一闘技場だ。

 何か作為的なものを感じないこともないが、きっと気のせいだろう。


 ちなみにローレンスはくじ運がいいのか、いつも俺達が訓練に使っている第六運動場である。

 つまり普通の客席もないグラウンド。

 観客は立ち見である。

 キャパシティに差がありすぎるだろうという突っ込みを学園は受け入れるだろうか。


 そんな反語的な考えを、気配を消しつつ、様々な観客の入り乱れる客席に座りながら、ひとり考えていた。


 オオオオオ!


 見下ろす第一闘技場のフィールドでは、学園祭の開幕戦が繰り広げれていた。

 三年生の首席と、厳正なる会議の結果選ばれた哀れな人身御供の二年生である。


 結果が目に見えすぎていて、試合に面白みはない。


 ……それに、びっくりするぐらい強いわけじゃないし。


 三年生の首席でも、剣術ではカイルと互角といったところだろう。

 温存もあるからまだ魔法は使っていないが、魔力の使い方の上手さはカイル以下であるし、魔力量でもカイルと大差はない。


 つまり多分、カイルより強くはない。

 体格があるし、魔法の火力もそれなりに高いだろうと予測できるが、それまでだ。

 そう思うと教員たちの頭を悩ませた一年生の異様な強さが際立つのだが。


 そのまま、試合が終わるまで適当に頭の中の本を読みながら過ごしていると、見知った声と気配が届いた。


「レイはいるかなあ」

「どこにいるんですかね?」

「本当に彼はここにいるのか?」

「初日は自分の会場にいるって、この前会った時言ってたよお」

「……人が多いな」

「ここから探し出すのは難儀しそうだ」

「あいつなら目立ちそうですけどね」

「私もそう思うー、あ」


 シンディを先頭に通路を歩く技専御一行である。

 ダニーはともかく、工房に引きこもっていそうなジェンナーロと、それから何より貴族でもあるアレサンドロ理事長を連れているとは驚いた。


 学園祭の時期は技専も含めてこの街の学校は全て休校となっていで、同年代の観客も大勢集まっていたりする。

 そこで教えている教師もだが。


 彼らが、俺のちょうど後ろを通りかかるタイミングを見計らって気配遮断を解く。

 その前に魔眼があるシンディは気がついたみたいだが。


「おはようございます、みなさん」

「おはよお」

「いつからそこに……いや、気配遮断か」

「??」


 席から立って、彼らとともに歩きながら話すことにした。

 数万のキャパシティでもほぼ満席のスタジアムで、試合を観ない者が座っていても邪魔なだけである。


「君にはぜひ頑張って欲しい。客席から応援している」

「ありがとうございます。試合は今日の最終試合ですので、待たせてしまいますが」

「なに、構わないさ。祭りの空気はいつ感じていても素晴らしい……酒が欲しくなるな」

「学園ですから、我慢してください」


 人が多すぎるから一度スタジアムの外に出ようということになっていた。

 理事長のドワーフらしさの織り交ぜられる会話を聞きながら通路を歩く。


 席を見つけられない客なんかで通りにも人が多い。

 従者を連れた貴族や富裕層、試合の視察に来たのだろう騎士、誰かの保護者らしい精一杯の衣装を用意したらしい平民の女性、理事長を見つけて驚く技専の生徒と様々だ。


 そんなことを感じていた時だった。


 すっぽりとローブで全身を覆った、背の高い人物が隣を通り過ぎていった。

 特に何も思わなかった。


 そう、特に何も。


「!!!」


 ……明らかに怪しいだろうが!


 振り向こうとすると同時に、明らかな殺気を感じた。

 先程の人物から発せられたものだ。

 向かう先は、アレサンドロ理事長。


 ……まずい!


 視界の端に、貫手が映った。

 身体強化が可能なこの世界では、素手での攻撃も十分な致死性を持つ。


 守るための手を伸ばしながら、思考を速め、深める。


 理由は? 考える必要が無い。

 相手は? それもまだだ。

 止められるか? 相手次第。

 相手の力は? 魔眼を開け。


 何倍にも引き伸ばして、スローモーションで迫るソレを対応する。

 そして、魔眼を開いた時捉えたものに答えが見えた。


 ……今なら、大丈夫。


「っと!!」


 相手の手首を捉え、方向を自分の方に捻る。


「……」


 凶器は、静止した。


「……」

「……」


 突然の出来事に、状況が把握出来ていない周囲も沈黙する。

 俺と襲撃者も、そのまま俺が手首を抑えた状態だ。


「……何が、目的ですか?」


 正体も分かっているその男に対して、俺は尋ねた。

 なぜこの人が、この場で、理事長を狙ったのか。


「君を測るため、だな」

「……本当ですね?」

「盟友たるジョゼフの名にかけて」

「そうですか」


 掴んでいた彼の手首を離す。

 ローブの奥から見えた顔に、悪意は一切見られなかった。


「……結果の方はいかがでしたでしょう?」

「今からでも俺の下に呼びたいぐらいだ」

「ありがたいお言葉です、騎士団長様」

「飛んで喜ぶものかと思ったが、また振られてしまったな」


 惚けながら、王国騎士団団長、"無敗"のフランク・アル・チャールトンは着ていたローブを【亜空間収納アイテムボックス】にしまった。

 当然のように無詠唱だった。


「フランク!?」

「悪いな、アレサンドロ。ちょっと利用させてもらった」

「何をされていたのか知らない方が良さそうだな」


 む、この二人は知り合いか。


「お前が剣を打つのか?」

「それもいいが……候補はこちらだ」


 ジェンナーロがフランク団長に紹介される。

 俺も、もし打ってもらうのなら、ジェンナーロのつもりだ。


「それでフランク、何をしに来ていたんだ?」

「友達の弟子の様子を見にだけな」


 そう言うと、フランク団長は俺の前に立った。


「合格だ」

「……」

「今からの試合、楽しみにしてる。……それから、その先もな」


 挑発的な笑みを浮かべ、俺に言った。


 俺は何を言い返そうか考えていると、彼を探す声が聞こえる。


「ったく、あの馬鹿団長はどこに」

「またいなくなって」


 団員らしき者達の声は彼にも届いたようだ。


「悪いな、先に行く。【転移ワープ】」


 先程の【亜空間収納アイテムボックス】に続き、こちらも無詠唱。

 フランク団長は忽然と姿を消したように見えた。


 ……転移魔法……


 光と闇の属性を必要とする、高難易度魔法だ。

 初めてこの目で見た。


「大丈夫だったか、レイ君?」

「はい、全く」


 全く問題は無い。


 ただ少し、とっても便利な魔法を見られて、大丈夫じゃないかもしれないけれど、多少の嘘は許して欲しい。


ありがとうございました。


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