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開幕前

 握っていたカイルの手を離してから、貼り出されたトーナメント表の隣に立ったジェロームに目を向けた。

 すると、「帰りに話がある」と唇が動いた。


 彼の表情には、申し訳なさが浮かんでいて、やはり会議で何かしらの意図が動いたということらしい。



 ****



「君にはすまないことをしたと思っている」

「いえ、あまり気にしていませんので」


 放課後の教室で、ジェロームに謝罪される。

 だが、正直なところピンと来ない。


「だが、学内でも君の噂が……」

「はは、今更ですよ、先生」


 そう、正直今更なのだ。

 確かに今日一日の学内はトーナメントの話題で持ち切りであり、その中でも俺とウィルフレッドがぶつかることはしきりに話されていた。


 だが俺は、貧民で、聖壁の弟子で、誰が呼んだか双剣姫なのだ。

 噂されるのはもう慣れている。


 だから別に今回の勝負が決まって、立ち回りが面倒ではあるけれど、怒りなんかは感じていない。


「まあ、ですが、理由を聞かせていたただけるとありがたいです」

「ああ、それなんだが……」


 思ったよりあっさりとジェロームは答えてくれた。

 会議の内容は別に秘密ではないらしい。


「まず、君も感じているように、三年生達に配慮した」

「……その時点で過大評価にも思えますが……」

「謙虚は美徳だが、嘘は悪徳だ」

「……」


 ジェロームの指摘に唇を尖らせてみる。


 俺が知り得る情報を用いて全力でシミュレートした時、身体強化と魔法を十全に使いこなす三年生の上位者、それから二年生以上に強いウィルフレッドやカイル以外には、余程のことがない限り負けないという結果に至っている。

 その最低限の結果が、三十二強というローレンスに伝えたものだ。

 騎士科だけでも各学年に四百人ずつ生徒はいるのだから、十分な程に上位だと言える。


「まあその実力があるからこそ、ウィルフレッドと当たることになったのだが」

「そうなんですか?」

「ああ、君の強さには私たちにも気が付いていたし、何よりオークスから聞いている……オークスのことは知っているのだったな?」

「はい」


 ……あ。


 今思うと、自分が力を隠すのが不自然でないと思っていたのが馬鹿らしい。


 俺は現役の王国騎士で、元学園十組だったエリート、オークスに勝利してこの学園に入学したのだ。


 ……まさか、カイルもそれを知ってたのか?


 俺が聖壁の弟子であるという噂がしっかりと流れていたなら、受験中の守秘義務があったようには思えない。

 正騎士に勝利する学生、いわんや受験生など、注目されるに決まっていた。

 学園内にも、そんな生徒はほとんど存在しないのだから。


 自分の顔が紅潮しそうになるのを、沈静効果のある水の魔力まで使って鎮める。


 ……なんだ、最初から間違ってたのか。


 過去の自分の愚かさに、ため息が出る。


「それで、理由はそのくらいですか?」

「確かに君が強く、上位に割って入ることは確実だったが、それだけではない」

「他の理由は?」

「聖壁と無敗、近年の王国で最も誇るべき二人の後を継ぐ学生達の勝負を観たいという声が大きくてな……」


 ……オッサンどものワガママじゃねーか!


「……」

「すまない、私もそう思ってしまった一人だ」


 流石にふざけているのではないかと、抗議の意思を目に込める。

 ジェロームは目をそらし、自白した。


「それで、なぜ一回戦ということに?」

「まあ、そう怒るな……いや、違うな、悪い」


 おっと、声色が少し冷たくなってしまっていた。


「……君の実力は高く評価されている。だがこれまでの行動を見るに、君は明らかにその力を制限していて、本気を見せ始めたのは夏が始まる前あたりからだ。決闘でさえ、本気でなかっただろう」


 俺が、今も本気ではないだなんて言ったりすることはないから、話が続く。


「そのために、我々教師の間でも意見が割れた。誰かは真に実力があるかが分からないと言い、誰かはどこかでわざと負けるような真似をするかもしれない、と」


 後者の可能性については否定できないところがある。

 三十二強以上に行ける可能性も十分あるのに、そこまで考えていなかったのがその証左だ。


「そうしたら、三年の主任が言い放ったのだ。一年生同士でも一回戦からぶつけてしまえばいい、と」


 別に一年生同士でぶつけてはならないという規約はないらしく、それが鶴の一声となって、一日目午前の最終試合になったらしい。


 なんだかなあ、と心で考えていると、ジェロームが口を滑らせる。


「そもそも君自体が異例だからな、入試組のトップがB組にいるのだ」

「え」

「そろそろ気づいていると思っていたが?」

「いや、はい……ええ?」


 ……どういうことだ?


 A組の一番上に名前が書いてあるのが入試においての一番の栄誉だということは、それなりに有名な話だ。

 それなのに、俺がトップ?


「断トツも断トツ、魔力量ではトップレベルというだけだが、筆記でも、体力でも、実技でも、魔法でも、満点や首位。模擬戦では今回の担当した部隊で最も難関であったはずのオークスをあろう事か倒しての入学だ。記録的な入試結果だったぞ」

「あははははは……」


 ……あれー、抑えてたつもりなんだけどな。


 筆記や体力に関しては分かっていたが、魔法と実技でも満点に近かったのか。

 いや、試験官の反応を今思い出せば、当然だったのかもしれない。


 そこで、一つの懸念事項が浮かんだ。


「……そのことを、パトリック・エヴァンズは知っているのでしょうか」

「……」


 ……おおっと、これは?


「知らないんですね?」

「……誰も知らせてはいないと思われる」


 絶対に黙っておこう。

 変な因縁を付けられる気しかしない。




 ****




「ウィルフレッドとぶつかるだなんて、大変ね」

「こんにちは、アリス様。ご心配はありがたく存じますが、騎士科生徒として、やれることをやるのみでございます」

「騎士科の模範みたいな答えね。まあ、それが当たり前でしょう」


 通年で受けている水の治癒魔法の講義の時間に、久しぶりにアリスに声をかけられた。

 ナディアとローレンスは課題を見せに教官の所へ向かっていて、一人で居たタイミングだ。

 エルフであるアリスと俺が並ぶと余程目を引くようで、チラチラとこちらを窺う視線が多い。


「あなた、演武には出ないの?」

「先生にも勧められましたが、あちらは三年生の見せ場ですので、気乗りはしておりません。適切な武器も……」


 学園祭で言う演武というのは、剣でしか闘えない決闘では見せられない、槍や戦斧、弓、体術などの技術を魅せるものだ。

 形式は、同じ武器同士で実戦をしたり、型を見せるだけだったりと色々だ。


 目的はただ一つ、将来の雇い主となる騎士団や貴族に自らをアピールすることだ。

 だから、見栄えする立派な武器を使ったりというのがよくあるらしい。

 残念ながら、貧民の俺はそんな武器は持ち合わせていない。

 相応の報酬を出してジェンナーロに頼めば質のいい武器もできるだろうが、少々時間が足りない。


 実のところ、ジェロームからは初戦で負けてしまうことも考慮され、打診も受けていたのだが、断った。

 わざわざ自ら目立ちに行くことはないだろう。


「そう、なら負けてしまったら魔法科の方に遊びに来ればいいわ。いつも魔導書にかじりついているあなたなら、三年生の研究にも興味があるでしょう?」


 魔法科の学園祭は、三年生の研究発表と魔術による出し物が主体だ。

 この世界の魔術師の扱いは研究者の色が強く、騎士科のように一発勝負で実力を示すという訳では無い。


 イメージとしては、大学の卒業研究が就職に大きく響いてくるといった感じだ。


「アリス様の学園祭のご予定は?」

「あら、誘ってくれるの?」

「……」

「冗談よ。私は射的の運営ね。有り体に言えば大人たちの接待だわ」


 魔術による出し物というのは、決闘に使わない魔法科近くの運動場で、入試の時のような射的などの記録会をしてもらうことだ。

 参加者は手の空いている学生とその保護者達である。

 普段魔法を放てる機会の少ない保護者達が憂さ晴らしをしているらしいとは聞いた。


 そこで、ローレンスとナディアが話しながら席に戻って来た。

 アリスが離れようとする。


「……ぜひそちらも伺わせていただきます」

「あなたの時間が空くとは思わないけれど」


 へえ、アリスは俺に期待してくれるのか。


 去る後ろ姿と、靡く金の髪を見て、彼女に見えているものが何なのか、再び考えさせられる。



 ****



 学園祭も近づいた頃、カイルとグレンに挟まれながら、時たま開催される食堂でのクラス全員食事会に向かおうとしていたら、前方から強大な気配が向かってきた。

 誰が来るかなんてすぐに分かる。

 アリスと彼は、全学園生の中でも別格だ。


「む」

「やあ、ウィル」

「ウィルフレッドではないか、学内で会うのは久しぶりだな」

「……お久しぶりです、ウィルフレッド様」


 A組とB組は学園内で出会うことが少なくて、というか、俺がやんわり避けながら歩いていたから、五ヶ月ぶり二度目の遭遇だった。

 つまり、俺が方向性を変えた、あれ以来だ。


 彼の後ろにはA組入試トップのパトリックもいる。

 体格や魔力から察するに、グレンと同じかやや強いだろうか。

 イメージとしては動きの素早そうなエリオットだ。


「トーナメント、楽しみだね」


 俺たちの邂逅に、何が起こるのかと野次馬が足を止め始めたところで、カイルが火薬を投下していく。

 いや、彼も早い段階でウィルフレッドと当たることになっているから、当たり前の話題ではあるのだが。


「……そうだな、真剣にやるのであれば、お前との対戦も楽しみだ」

「僕も楽しみにしてるよ。ほどほどにするつもりだけどね」

「それで……お前はどうするつもりだ?」


 ウィルフレッドがこちらを向いてお前と言った。

 俺のことでしかないだろう。


 カイルとの会話の中で、お前との対戦も、と強調していたのは煽っていたのだろうか。

 彼の行動基準が見えなくて不可解だ。


「どうするも何もございません。ウィルフレッド様の前でどうして二度も騎士科生として恥を曝す真似はできましょうか」

「……カイル」

「ははは、最近は解れてきたんだけどね」


 不満を示され、肩をすくめるカイル。


「レイは弁えるとこうなるらしいからな」

「……どうにかしろ」


 カイルとグレンの言葉に、俺の態度改善を求める口ぶりだった。

 知ったこっちゃないが。


「それと、そういう言い方じゃレイは分かっていても分かってくれないよ」


 カイルが補足する。

 ウィルフレッドはムッとして、それ以上何も言わなかった。

 冷徹なイメージもあったが、思ったより表情が変わって分かりやすい。


 何となく線引も見えたので、半ばふざけて作ったキャラの仮面を外した。


「……では私から。私たちの間にまだ因縁など一つもありません。ただ一人の騎士科生として、私はウィルフレッド様、あなたに挑戦しましょう。そうしてまた紡がれるものでしょう」


 "聖壁"や"無敗"の名は関係ない。


 精一杯見栄と格好を付けて、俺が宣言すると、周囲が沸いた。

 いつの間にかギャラリーが増えていた。

 心なしか女子の割合が多い気がするのは気のせいか。


 そんな中でも、俺の言葉に彼も答えてくれた。


「その意気ならば、俺も期待していいだろう。楽しませてくれ」

「ええ、楽しめるかどうかはあなた次第ですが」


 バチリと、似た色をした瞳の放つ視線がぶつかった。

ありがとうございました。


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