組み合わせ発表
「レイ、今日の放課後に特訓だ!」
学園祭とトーナメントが近付いたとなって、俺の周りで一番張り切っていたのはローレンスだ。
お茶会の最後に、俺に申し出てくる。
もうちょっと早く言ってほしい。
「んー……」
「レイは乗り気じゃないのですか?」
「自分の勉強も、したいですからね」
定期的に技専に行っていて、今も、満足行くほどの勉強ができていない。
夏と違って冬には学園が閉まってしまうから、今の間にできるだけ多くの本を頭の中に入れておきたいのだ。
「やっぱり、レイは少し不思議ですね。騎士科の方は全員、トーナメントのために学園に来ていると思っていました」
「はは、不思議ですか……でも、そうかもしれませんね」
俺が、剣で戦うことしかできなかったり、騎士になることを心にきめていたならもっとトーナメントにも積極的だったと思う。
特に、魔法に関しては。
学園の図書館には、呪文そのものが書いてある魔導書があるわけじゃないけれど、各属性の魔術体系や魔術理論が載った魔道教本が置いてあって、とても役に立つ。
やろうと思えば、俺には理論だけで魔法を完成させることもできるし、できるだけ読んでおいて損は無いのだ。
なんなら、その為に学園に来たと言われても、あながち間違いでは無い。
じゃあ、魔法科に入ればということになるのだが、将来的に宮廷魔術師になるつもりは毛頭なかった。
この世界では彼らは研究者みたいなものだし、魔法をバンバン使っていると隠しているものからボロが出そうだ。
「それでレイ、どうなんだ?」
「分かった、今日はやってやる。けど、今度からは断るかもしれないぞ」
「……わかった」
****
騎士科トーナメントについてざっくり説明すると、いつか俺がエリオットとやった決闘がトーナメント形式で行われる、学園祭の花形行事だ。
学園祭が行われる五日間で、三学年の騎士科学生の計千二百名が頂点を目指して争う。
「ハア、ハア、ハア……レイと当たる上級生は災難だな」
「……そうでもないと思うけど」
熱が入っていつもより激しくやり合ったから、ローレンスの息は絶え絶えだ。
「少なくとも私は、初戦でお前に当たらなくていいと思うと一安心できる。ふう……」
学園祭まで二ヶ月を切り、トーナメントの組み合わせ発表が数日中に近付いていた。
教師同士の話し合いで決められるそれのおかげで、最近は担任であるジェロームはよく会議に出ている。
今もおそらくその途中だろう。
トーナメントの結果が将来に大きく関わってくるから、最後の見せ場になる三年生が強い下級生に当たらないようにされているとか、色々と組み分けは考えられているらしい。
それから、手の内を知り尽くしているクラスメイト同士が当たらなかったり、A組の一回戦の相手はB組と決まっていたりもするそうだ。
「当たるまでお互い上がれるといいけどな」
「……お前はともかく、私は難しいだろう」
ローレンスからその言葉が聞けるとは。
「なんだ、その目は」
「いや、ちょっと安心してるだけ」
夏の危なっかしかったローレンスから、随分と変化した。
この年頃の子どもの精神というのは、思ったより成長が早いのかもしれない。
俺が感心していると、照れたローレンスが咳払いをして話を戻す。
「ん、んん。とは言っても、レイも残れるかは分からんがな」
「だよなあ。あのハンデ、破っちゃダメかな?」
「知らん。年上からの非難は食らうだろうがな」
ローレンスは、俺がそれを良しとしないことを分かった上で、そう告げる。
というのもこのトーナメント、完全なフェアな勝負ということは無い。
学園側が決める組み分け同様、生徒側でも思いやりというか、気遣いというか、忖度というかがある。
「流石に、魔法も使う相手に剣一本で互角には……」
一、二年生は三年生との戦いで魔法を使わない。
それが、トーナメントの暗黙の了解だ。
教師も、みんなも、それを前提として話す。
ついでに言うと、来年以降に手の内を隠すため、低学年同士でも魔法を使うことはほとんどないらしい。
「それでも勝ち進む者は、勝ち進むらしいがな」
ローレンスの言葉には、頷くしかない。
俺の知っている所では、まず師匠。
三年生の時に優勝しているが、一、二年生の間には八強だったり、準優勝を成し遂げている。
もっとも、二年生での準優勝時は対戦相手の要望により魔法も行使した全力で戦って、史上稀に見る激闘を繰り広げたそうだが。
その試合の対戦相手だったのが"無敗"の二つ名を持つ現王国騎士団長である。
今日まで続く二つ名を定着させたのは学園時代の話。
一年生から三年生までの間、トーナメントを含めた全ての戦いにおいて勝利したのが彼だ。
この数十年、王国の最強戦力として君臨する男は格が違う。
あとは父さん……後に一部から"剣鬼"と讃えられたレン・タウンゼントも結果を残している。
父さんは攻撃魔法が使えなかったから、最初から割り切って全力を出せていたそうだ。
三年で四強まで行くが、二年でも十六強だったと師匠がいつか教えてくれた。
魔力が極端に少なかったと聞くが、とんでもない結果だ。
「……私の見立てでは、組み合わせと、本人のやる気次第では八強に三人は一年生が進むと思っている。……あとは三年生でな」
向けられた視線に、肩を竦めた。
「ウィルフレッド、カイル、それから……入試トップのA組のやつか。パトリックだったっけ」
A組の情報はあまり流れてこないが、入試成績でトップだったやつが向こうにいる。
きっとそいつだろう、うん、きっと。
「……分かりづらくボケるな」
「実力順が知名度順というわけじゃないさ」
「それは確かだが、三人目は自分でも分かってるだろう?」
「……行けて三十二強ぐらいで終わる予定だったんだけど」
ローレンスの期待では、俺が準々決勝あたりまで進む予定だったらしい。
特にプライドも無いし、身体強化のさじ加減とか無駄なことを考えなきゃいけないから、あまり勝てると思っていないのだが。
「ならば断言しよう。パトリック某はさておき、お前達三人は十年に一人いるかいないかの天才達だ」
「現に三人揃ってるけど」
「……そ、それはあれだ、表現の問題だ」
ローレンスの言わんとすることは分かる。
グレンやローレンス、それから首席のはずのパトリックなんかが実力者であることは確かだろう。
だけど、常に本気は見られないのにB組最上位に位置するカイルに、"無敗"の息子にして、莫大な魔力量に加えて圧倒的な剣技を持つというウィルフレッドは、上級生と比べても格が違う。
俺も自画自賛のようでなんだが、そこに並び立っている自覚が無いこともない。
なんてたって"聖壁"である師匠の弟子だし、入試では正騎士であるオークスに勝っているわけだし。
「と、ともかく! 私の期待を裏切ってくれるなよ!」
「はははっ、なんだそれ」
そう言ってくれるなら、ちょっとだけ頑張ってみるのも悪くはないかもしれない。
****
そして、朝のホームルームで、教室の前方にトーナメント表が貼りだされる。
クラスメイトの二十人が、千二百の人名の羅列の中からひとまずフルネームで書かれた自分の名前があることを確認してから、順に他のブロックを確認していく。
そして、その視線は、最後の最後、右端のブロックに書かれた名前たちに向けられ、止められる。
「ははははは、これは面白いや」
「随分あからさまに思えるが……」
「うわあ、ひどいわねー」
「妥当……?」
当事者の一人であるカイルが笑い、グレンもジェシカも眉をひそめ、マーガレットは首を捻る。
それから、他のクラスメイト達の視線も、名前の短さからすぐに見つけられるどこかの誰かの方に向けられる。
「ローレンスの見立ては外れたな」
「……そうだな」
八強に特定の三人が行けると、ローレンスは言った。
けれど、それは、トーナメントが開かれる時点で不可能になった。
「レイ、ぜひ三日目の午前に会おうじゃないか」
普通は三十二強、三日目の午後の試合に行くまで同じクラスの生徒は当たらない筈であるのに、俺が勝ち進めばその一つ前でぶつかることになるカイルが、俺に手を差し出す。
「……そうできれば良いですが」
「君ならきっとできるさ、と言いたいところだけど、確約はできないね」
俺はおずおずとその手を握った。
いつもは、過剰なまでに俺を評価するカイルにそう言わせる理由はただ一つだ。
騎士科トーナメント、一回戦
レイ VS ウィルフレッド・A・チャールトン
かつてトーナメントで熱戦を繰り広げた、一つ違いのライバル、"聖壁"ジョゼフ・スターリングと"無敗"フランク・A・チャールトン。
奇しくもこの一回戦、その弟子と息子が激突することになる。
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