レイが去った後
今回はラス視点で、この秋~夏の話です。
「行っちゃったな……」
「寂しいかい?」
「それは、はい」
高く上げて振っていた手を下ろした時、いつの間にか声に出ていた。
ジョゼフさんの問いには素直に答えられた。
生まれた季節も同じだった幼馴染がいなくなっちゃったから、やっぱり寂しい。
けど、どっちかっていうと、寂しいってより……
「不安、かの」
「……」
「ほっほっほ、図星じゃな」
アルノーさんにズバリと言い当てられた。
あいつはいつも文句を言ってたけど、ちょっと不気味なこのおじいさんにオレはあんまり強く言えないから、つい黙ってしまう。
けど、言われた通りだ。
「あれだけすごい存在がいなくなったわけだからね」
「まあ、そりゃしかたがねえな。お前にとっちゃあ、レイ以上なんていねえだろ?」
マスターにはコクリと頷いた。
王国の騎士様に、Aランクの冒険者、二つ名の付くようなすごい人たちにそう言わせるあいつに、オレはずっと助けられてきた。
一番はやっぱり、あの森の中で、リーナと一緒に命を救われた時。
それから、その夜に、オレの言葉を聞いてくれて、ギルドに連れてきてもらった時。
今こうしてここで、”風爪”と”聖壁”と”常闇”と一緒にいられるのが、全部あいつのおかげ。
それ以外にも、初めて森の中に狩りに行ったときもあいつが誘ってくれなかったら、オレはギブさんの所へ行けてなかったと思うし、冒険者になった後も依頼主とのやり取りの仕方とか話の聞き方とか、仕事が上手く行くようにとたくさんアドバイスをくれた。
レイにはどれだけ感謝しても足りないぐらいに助けてもらって、そんなやつがいなくなっちゃったんだ。
あいつにはカッコつけて「安心してろ」なんて言ったけど、俺一人でトルナ村を守れる自信はまだ、無い。
……だけど。
「にしては、悪くないツラしてんじゃねえか」
「頑張らなきゃ、いけないから」
オレは頑張るしかないんだ。
生まれた月は同じでも、転生、ってのをしたらしいレイは、最初からオレより先を進んでいた。
もちろんそんなあいつを羨ましいとは思うけど、ずるいとは思わない。
あいつがそんなのに関係なくずっと頑張ってきたことを、オレは知ってる。
「頑張らないと追いつけないんだ」
「そうだな」
マスターに口調戻ってるぞ、って指摘されて、慌てて口を抑える。
身分が上の人、何かを教えてもらっている人、依頼主、初めて会った先輩なんかには、ちゃんと丁寧な話し方をしろってレイにはよく言われた。
流石にあいつみたいに、村の大人にも敬語を使うなんてのは堅すぎると思うけど、仕事をしていくうちにオレも礼儀ってやつが大切なんだと分かるようになってきた。
隣で鬱陶しいくらいにチェックしてきたレイが居なくなった後にも、ちゃんと気をつけようと思うぐらいに。
「うっし、それじゃあ、ギルドに戻るか」
「はい!」
「今日からは私も、ラスの訓練に本腰を入れようかな」
「っ……お願いします!」
「ラス、その間はなんだい?」
「はんっ、ジョーのありがてえ訓練に喜んでんだろ、なあ?」
前にやったジョゼフさんとの訓練を思い出してしまったオレに、マスターがニヤニヤした。
だけど、すぐに顔を少し引き締めてしまった。
「?」
「訓練で思い出した。じじい、あんたはどうすんだ?」
「あ」
闇のシングルであるアルノーさんに、オレが習えることは少ない。
属性ごとに魔力を扱う感覚は微妙に違うらしいし、まず、オレはまだ習えるレベルに達していないと言われたし。
レイのいない今、他の冒険者にも剣を教えたりもしているジョゼフさんと違って、アルノーさんがここに残っても、あんまり得にならない気がする。
「そうじゃの。レイがおらんくなったらここを出るとは決めておったよ」
「……やっぱりか」
「一度、母親の元へ帰ろうと思ってな」
「えっ?」
「フランクールか」
……母親?
マスターは納得してるし、アルノーさんは頷いているけど、アルノーさんはどう見てもおじいちゃんだ。
お母さんがいるようにはとても……
「言っておらんかったか、ワシはハーフドワーフじゃよ」
「そうだったんですか!?」
****
アルノーさんのお母さんがドワーフで、お父さんがニンゲンだった。背が低いのはそのせいだと、いつもの変な笑い方で笑いながら言ってた。
「見た目は老いぼれじゃが、おかげでまだしばらく先がある。おぬしらとも後生ということにはならんじゃろう」
あれから何日かしてから、アルノーさんはウォーカーの街を出発して、隣の国へ向かっていった。
あの人にも一人旅の心配なんて必要ないのだろう。
靴紐を結びながら、アルノーさんの隠密術を思い出す。
オレだと、正面に来られても気付かない時あるからなあ……。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
「気をつけろよ」
母さんと父さんに見送られて家を出る。
朝も結構早い時間だけど、そこにリーナの声は無い。
レイが居なくなった後も、ほとんど毎日レイの家に行って、リーンおばさんとレイナおばさんに色々教えてもらってるんだ。料理とか、作法とか。
成人が近付くにつれて村のみんなは恋愛とか、結婚のことを考え始めて、一度は年回りの近いリーナのことを気にするけれど無理だと思う。家の中でも姿勢を伸ばしたリーナに釣り合うやつなんて、年中敬語で話していても疲れないようなやつくらいだ。
……寒っ。
秋にレイが村を出てから、もうとっくに季節は冬になっていて、今日も外に出ると風が冷たかった。
ジョゼフさんとかマスターとの特訓と、Cランクに上がるための仕事を頑張っていたら、季節一つなんてあっという間だ。
……走れば暖まるかな?
体力は大事だぞーって言ったレイの声を色々と思い出す。
今思うと、本当に何から何まで教えられてたんだな。
****
「ラス、すまないが私もそろそろこの街を出ようと思っているんだ」
「ついに、ですか……」
「あー、ちくしょう、そんな時期か」
ジョゼフさんの言葉に、残念な気持ちでいっぱいになる。
……もう剣を教えてもらえないのか。
ジョゼフさんと打ち合う度にボコボコにもされるけれど、それでも上達していると感じられた。ずっと引き留めたがっていたマスターも眉間にシワが出来ていた。
前々から、「レイが試験を受けたら私の居場所がバレてしまうだろうね」って言ってて、貴族様の生活から逃げてるらしいジョゼフさんは「この街を離れることになるだろう」とも言ってた。
仕方がないことなんだろうけど、本当に残念だ。
「だからあと数日、みっちり君に剣と魔法を教えるとしよう」
いつもの優しい笑顔と何一つ変わらないように見えたのに、背中に鳥肌が立った。
多分、冬のせいだと思う、きっと。
「よ、よろしくお願いします……!」
……最後だから、頑張れる、はず。
****
ジョゼフさんは最後にオレをボコボコに、は優しいからしなかったけど、二日ぐらい歩くのがやっとの身体にして、愛馬のジークと一緒にウォーカーの街から出て行った。
どこに行くかは聞いていない。だけどアルノーさんと同じように、きっとまた会えるとは言ってくれた。
「おい、ラス、置いてくぞ!」
「はい!」
アルノーさんとジョゼフさんが居なくなってからはこの街の冒険者の誰かに依頼へ連れてってもらうようになってる。
今日はこの街で三本の指に入る実力がある、Bランクパーティー"紅蓮の双剣"のロイさんたちについていく。
オレは森に入るのに慣れていて、解体もそこそこ上手いらしいから、ほとんど雑用に近いけど、よく連れて行ってもらえるんだ。
ちょっとだけ、ギルドで声がかけられるのを待ってる他の見習いには悪いかなと思うけど、オレは少しでも早く、ランクだけでもあいつに追いつきたいから、嫉妬されるのも気にしない。おかげでギルドには友達が少ないけれど。
それで、依頼のあった村に歩いて行くため、いつも通っている街の北門を出ようとした時だった。
「!!」
「! ……なんだこりゃ」
とてつもない何かが、背中の方にいるんじゃないか。
なんでか知らないけど、分かった。
他のメンバーには分からなかったみたいだけど、リーダーであるロイさんには分かったみたいだ。
二人で顔を見合わせる。
「一旦戻るぞ」
「はい」
「ええっ、なんでだよリーダー」
「何があったんだ?」
「……この街にやべえやつが来た」
「はあ!?」
……やべえやつ、うん、やべえやつだ。
マスターやアルノーさんよりは絶対に強い。
あの日見た本気のジョゼフさんよりも多分強い。
中精霊のルリ様と一緒ぐらい、だと思う。
全部感覚だけど、多分当たってる。勘が良いとはレイもマスターも褒めてくれる。
「とりあえずギルドだ。行くぞ」
歩く方向を変えて早足のロイさんに、オレも着いて行った。
****
「くそう、なぜ引き止めなかったんだ!」
「誠に申し訳ございません。くれぐれも内密にと」
「ちっ………」
「は、はい……」
いつもはうるさいギルドの中では、二人の声しか聞こえなかった。
話しているのはいつもよりずっと丁寧な話し方をしているマスターと、白の鎧に白の服で、銀の髪をした大男だった。
その後ろにはその銀髪と似た格好をした三人が居た。
……後ろの三人も凄いけど、あのでっかいのは……。
「げっ、王国騎士団………」
ロイさんが、向こうに聞こえないような声で呟いた。
あれが騎士団。初めて見たけど、真っ白のあの服はレイに似合いそうだなと思う。
まあ、チビのレイが着たら、背の高いマスターより頭半分もデカいあの人が着ているのとは全然印象が違いそうだけど。
騎士団の偉そうな人は、一度ため息をついてから、マスターに言う。
「まあ、ここにはおらんようだ。失礼する」
何かをあっさりと諦めた大男がくるりと方向を変えて、入口のドア、オレ達の居るところの方へ向かってきた。
「! ほう!」
端に退くのが遅れたオレは、先頭を歩く大男と目が合う。
すると、向こうがオレに話しかけてきた。
……マスターが丁寧に話してたから、オレも丁寧に。
見下ろされる格好で、話が始まった。
「冒険者の見習いか?」
「はっ、はい!」
「なぜ騎士団の見習いに入らなかった!」
「ええっと、あんまり知りません、でしたので」
「今からでもどうだ! 君みたいなやつだったらいつだって歓迎するぞ」
「結構です!」
「はっはっは、即答か! なぜ!」
「そっちはレイが行ったので、オレは、こっちから」
「レイ! なるほど、彼の友人か! ……ならば君もジョゼフは知っているのか?」
「はい」
「私とアイツは友人なんだ。君と彼のように。それでここまで探しに来たんだが、まんまと逃げられてしまったようだ」
ああ、そうか。
こんな田舎に騎士団が来て誰かを探してるとしたら、ジョゼフさんを探しに来る以外無いか。
「まあいい、アイツは十年逃げているプロだからな。……どっちの方角に行ったかも分からんか?」
最後はオレの耳に近づけての小声だった。
オレも小さな声で返す。
「南門から、街道を、馬でとしか」
「……そうか、ありがとう」
それで話が終わって、オレの頭をぽんと叩いていく。
「行くぞ。南だ」
「ちょっと! 団長ぉ!」
それから凄い速さでギルドを飛び出していった。
後ろの三人も急いでついて行こうとするけど、速さが違う。
追いつけるのかな。
「団長?」
「嘘だろあれ、王国騎士団だぜ?」
「てことは、あの"無敗"か!?」
「おいおい、王国最強じゃねえか……」
四人が出ていくと"紅蓮の双剣"のメンバーや、他にギルドにいた冒険者達が騒ぎ始めた。
「災難だったな、ラス」
「……マスターも、じゃないですか?」
「まあな」
嵐のような人だったな、と二人で笑った。
****
それから、冬も春も冒険者としてひたすら働きまくった。もう冒険者見習いになって一年が経ったとは思えないぐらいに、この一年はあっという間だった。
レイの昇格スピードは異常だったけど、オレももうすぐでCランクだ。
周りからも期待してもらっているのが分かる。
そんな夏の日のことだった。
「ねえ、ラス、話があるの」
泊まり込みの仕事から帰ってきて、久々に家で食事をした時、母さんが言ってきた。
……なるほど、それでリーナは。
ありがとうございました。