若き鍛冶師
「それでレイ、用件は何かな?」
大柄なドワーフゆえに生まれる身長差から腰を屈めたアレッサンドロ理事長に、俺たちの言葉であるエグラント語で尋ねられて、答えを窮した。
鍛冶師科の生徒を紹介してほしい、元々はそれだけなのだが、俺がそれを理事長に頼み出るのは何か違う気がする。
「えっと……」
困った顔で、俺の豹変に驚いていたシンディの方に目を向ける。
「……! ここにレイを連れてきたのは、さっきも言いましたけど私でしてえ……」
俺の意思を正しく汲んでくれたらしい。
自分が勝手に連れてきた旨、剣の修理をしてほしくて俺が鍛治科生を探している旨、報酬はきちんと渡すつもりである旨をきちんと伝えてくれた。
「私から紹介できる生徒にはアテがないのだが……」
「えー」
「えー、ではない」
「じゃあ学長さんが打ってくださいよお」
考えてみれば当然の話で、理事長と直接の繋がりを持つ生徒などそうそういないだろう。
俺だって学園のケヴィン学長とは一切の関わりがない。
……やっぱりダニーに聞いてみるか。
今日のところは諦めて二、三本の替えの剣を買って帰ろうかと考える。
この人に修理を任せるわけにもいかないだろうし。
「私が打つのは魔剣だけだ。鉄剣の修理などせん」
やっぱり魔剣が打てるらしい。
彼の老成した魔力を一目見た時から、只者ではないとは分かっていた。
「ごめんねえ、レイ」
「いえ、あまり急ぎではないので。今日のところは諦めます」
「ごほんっ、私がいつ誰も紹介できないと言った」
すっかり退散ムードが漂っていた会話に、アレッサンドロ理事長の咳払いが割って入った。
さっと思い返してみると、彼は生徒との繋がりが無いと言っただけである。
「……どういうことですかあ?」
「教師とは全員と盃を躱している。そちらに聞けば暇な若い者を適当に見繕ってくれるだろう」
仁義的なものではなく飲み友達とかそういうのだろう。でもどうやら教師側からの伝手で俺の頼みを受け入れてくれるらしい。
「若いと言っても、ここで教えている者の補佐で、今日もここにいるような者だ。腕に覚えのないものはおらん」
休日である闇の日、それでも止まずに響くカーンカーンという鉄を叩く音が、彼の言葉が信用に足るものであると思わせた。
****
『丁度いいところにいた。フェデリコ、暇な奴はいるか?』
『アレッサンドロ? わざわざ理事長様が何の用だ?』
そんなやり取りがされたのだと思う。
フェデリコと呼ばれた、おそらく鍛治科の教師で、俺達がやって来た技専内の工房の親方らしき人物も理事長も捲し立てるネイティブのドワーフ語で話したものだから、今聞き取れたのはそのくらいだ。
暇そうな奴を探すからついてこいと言われ、俺はその通りに偉丈夫の後ろを歩いていた。シンディはあっさりと自分の研究へ戻っているから二人きり、彼が親方と話し始めてからは真っ直ぐ立ち上る煙の行き先を眺めていた。
……理事長は貴族にしては変わってるよな。
変わっているというより、在り方が違う。
平民である、というか貧民である俺相手に目線を合わせてくれるし、初対面の俺と二人きりでも付き人の一人すら付けず、あれこれと学内を教えてくれた。
襲爵と言っていたから元々は貴族じゃなかったのだろう。どういう経緯で王国に来たのだろう。
そんなことを思っていると、二人の話が一旦途切れ、フェデリコ親方が工房の中に首だけ突っ込んだ。
『ジェンナーロ! 手ぇ空いてたろ! 出てこい!』
先程までの二人の会話の流れを頭の中で再生すると、どうやら彼は自分の息子を呼んだらしい。
親方のダミ声に応えて出てきたのは、若いドワーフの青年だった。
無造作に伸びたオレンジの髪を後ろで一つにまとめているが、ドワーフにしては細身だが、筋肉質な腕が格好良く見える。
『……何か?』
あまり社交的な性格ではないらしい彼は、ほとんど黒に近い、深い紫の瞳で、親方、理事長、そのやや後ろに待機する俺を順番に眺めた。
『おう、そこの嬢ちゃんが仕事を持ってきたらしい。暇だっただろ?』
『久しぶりだな、ジェンナーロ。そこの彼の武器の修理を頼みたいんだ。報酬はきちんと払ってくれる』
雑で、なおかつ俺の性別を間違えている親方の説明では足りないと判断して、理事長がジェンナーロに頼んでくれた。
『お久しぶりです理事長先生。彼の、剣の修理ですね?』
彼のという部分を強調したのは、親方が誤認した性別の確認のためだろう。
理事長が頷いたのを見て、ジェンナーロは話を進める。
『……いくらぐらいだ?』
ドワーフ語での問いかけに少しびっくりしたが、そのまま何とか答えていく。
『えっと、少し多いので、このくらいで』
『……もう少し安くていい』
『もう少し?』
『これだけで十分だ』
調べておいた相場通りに払おうと、以前不動産屋のエディに習ったハンドサインで示すと、随分値引きされた額を提示された。
子供だから金が無いと思われただろうか。
『分かりました。それで』
……ドワーフ語の交渉は流石に難しい。
これ以上続けるのも困難だったので、言われるがままに合意する。
値引き交渉なんて以ての外である。
『それで、剣は? 今度か?』
『それは。◆◆◆◆⋯⋯【亜空間収納】』
今日は帯剣すらしていないから、訝しげな目で見られたが、使えなくなった剣もいつでも持ち歩いている。
……こうして見るとバラバラだな。
刀身の長い両手剣、取り回しのいい片手剣、リーチに有利が作れる槍、切れ味の良かったサーベル、一つしか持っていないがハルバードなどなど、片刃も両刃も、片手で持てるものから長柄の武器まで、何でも使えるのをいいことに、統一性は無かった。
これには三人も驚いたらしい。
もっとも、それ以前の部分が気になるようだったが。
『安モンばっかだが、えれぇ量だな』
『学園の一年生で、この使い込み?』
『【亜空間収納】が使えるのか……』
口々に呟きが聞こえてくる。
交渉の途中で数を伝えたから、俺が【亜空間収納】を使えるのにショックを受けているだけらしいジェンナーロは置いておいて、二人の反応を見る限り小出しにしていくのが良かったかもしれない。
ただ、驚かせたまま何も進まないのはあれなので、ジェンナーロに頭を下げる。
『お願いします』
『……ん、ああ、わかった。修理なんだが……』
こういう修理の主な作業は研ぎと柄の調節らしい。
彼が言うには、特に急ぐ他の仕事はないからこの量でも今日中に終わるらしいが、それほどすぐには終わらないそうで、今日の夕方頃になるそうだ。
『分かりました。でしたら、また来ます』
『嬢ちゃん、帰んのか?』
家も近いから食事や買い物をして時間を潰そうと思ったら、未だに俺のことを嬢ちゃんと呼んだままの親方に引き止められた。
『暇なら俺の工房を見てけよ。華があった方が若ぇ奴らも気合も入るってもんだろ。なあ、ジェンナーロ』
色々と勘違いがあるのだが、俺としては彼の申し出はとても嬉しい。
親方に同意を求められた、男だと分かっているジェンナーロと目を見合わせ、お互いに苦笑してから、ありがたく誘いに乗らせてもらった。
****
工房の中は熱気に満ちていた。
右目の精霊眼を開けば、火精達が存在を一生懸命に主張してくることだろう。
「あいつは一昨年ここを卒業したんだ。こっちに来てから出来たから、生まれも育ちも王国でな」
わざわざ案内をしてくれる親方の、話を聞きながら中を見学していく。
今彼が話しているのはドワーフ語だが、俺があまりドワーフ語を得意としていないと感じ取ってくれたり理事長が【翻訳】の魔法をかけてくれた。
そして、ジェンナーロは今十七歳ということらしい。
ちょうど、俺が日本で死んだ時と同じぐらいの年齢だ。
……全く見えないな。
たしかに彼の魔力は若いが、見た目の雰囲気には子供らしさというものが一切見受けられない。顔や姿に若さがないというのではなく、態度そのものがもう子供のものではないということだ。
自由……あるいはやんちゃにやっている十代の冒険者じゃこうはいかないな、と思っていると、刀鍛冶の工程の見学を終える。
かつてサムライが伝えたそれは、使用者もコレクターも多数いる、大変メジャーな武器になっている。
ミスリル合金やミスリルそのものを使えば、多少腕が立たずとも滅多に刃こぼれしないのも人気の一因だろう。
この世界で、唯一名を上げた異世界人であるサムライの知名度のおかげかもしれないが。
……俺も一本ぐらい欲しいな。
でも、作る手間がかかる分やはり高価だ。
父さんの遺産を崩せば質のいいものも拵えてくれるだろうが、あれはできるだけ使いたくない。今のところ使っているのは、自分の冒険者としての稼ぎだけである。
学園にいる間はとりあえず我慢して、大人になったら考えよう。もしくは、学生の間に大金が手に入った時か。
なんてことを考えながら、次に着いたのは早速ジェンナーロが作業している奥のスペースだった。
『ジェンナーロ、これはもういいだろ?』
『ああ』
「ほい、坊主」
鞘に入った片手剣が、親方から投げ渡される。
修理を頼んでいたものの中だと比較的ダメージの少なかったものだ。
「振ってみて、文句があったら言ってやれ」
「ここで、ですか?」
「ああ。おい、お前も見とけ」
俺達が来ても作業している方から一切目を離そうとしなかったジェンナーロに、親方が言い付ける。
渋々、といった風に彼はこちらを向いた。
ちょっと狭いが、人や柱に当たる程の距離ではない。
鞘から抜く。
……あっ。
これはいい、と握った瞬間に感じた。
安い剣でも、修理の腕だけでこれほど変わるのかと、ピカピカの刀身を見つめながら思う。
この握り具合から読み取るに、柄と刀身のバランスなんかも調整してくれたのかもしれない。
興が乗って、右手に持ったそれを頭の高さまで上げてから、一気に振り下ろした。
風だけでなく、場の空気ごと裂くような、気持ちのいい音が鳴った。
『とてもいいです』
『……本当か?』
『はい。嘘をつく必要が、ありません』
表情はあまり変わらなかったが、ジェンナーロの表情に僅かな喜色が見られた。
こちらとしても大満足であるから、俺のドワーフ語がもっと上手かったら褒めるのをやめなかっただろう。
俺がジェンナーロにさらなる感謝を伝えようとすると、隣で年長者二人の声が重なった。
「坊主、刀は欲しくないか?」
「レイ、魔剣に興味はないか?」
「欲しくないと言えば嘘になりますが……私はまだ学生で、お金の方が……」
「そうだったな」
二人の理由不明の問に対して、欲しいですと素直に声を上げるのは簡単だったが、魔剣の鍛冶師兼理事長と、技専の工房長に渡す対価がない。
「もし作る機会があるのなら、ぜひ私のところに相談に来るといい」
「おい、アレッサンドロ、抜け駆けは良くねえぞ。坊主、こいつの魔剣にも負けねえ刀を俺は打てるぞ。坊主も好きだろ? 刀」
いい年の大人が、やけにムキになって、俺を抱え込もうとしてくれる。
ありがたいから、機会があったらその時は是非、と意欲を見せておく。
『……レイ、と言ったな』
『はい』
『修理ならいつでも持ってこい。……腕のいい剣士には、腕のいい鍛冶師が必要だろ?』
『! ありがとうございます!』
何やら彼らに認めてもらえたようだ。
それに、いつでも修理を請け負ってもらえたのはとてもありがたい。
『……堅い喋りもいい。よろしくやろう、レイ』
『分かった、ジェンナーロ』
年が近いというのはそれだけでやりやすかった。
ありがとうございました。