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虎狩り

『レイ、レイ』

「……ん、んん……」


 流石にローレンスが及び腰になる値段の宿であった。一人部屋でも心地の良い肌触りと温度感のする良質なベッドが用意されていた。


 魔力を渡して意識を飛ばしてから、あまり時間が経っていないように思う。もうちょっと寝ていたい。


『アナタが起こしてって言ったんでしょう?』

『うん……だね……』


 ヒスイの言葉はごもっともだ。ぼーっとする頭にじわじわと魔力を流して意識を完全に覚醒させる。回復量は三割程度だから今は日付がちょうど変わった頃。夜明けまではあと五時間ほどある。

 自分で日程を考えておいてあれだが、あまり時間に余裕は無い。


 急いで森の下見に行こう。


 導師直伝の早着替え魔法……【亜空間収納アイテムボックス】に直接収納して直接身に着ける早着替えで音を立てずに準備を済ませる。


 気配を消し、静かにベッドを抜け出して、昨晩のうちに自分が通れることを確認しておいた窓へ向かう。


「……っと」


 普通に開けるとギシギシと音を立てたはずの木窓を静かに開けた。ここまでやってビュウと風が吹き込む、だなんてことも起こらない。


 そのままサッシに足をかけて、四フロア下の地面へと途中で減速しながら着地する。


「あ」


 閉め忘れたドアを、空を踏んで舞い戻ってから外からも開けられるぐらいに軽く閉めておく。


 これで準備は完了だろう。


『ありがとう、二人とも』

『おう!』

『……はい』


 音の方向指定、風の管理、飛行の補助をしてくれたフウマとナギの頭を撫でて、街を出る。


「よし、じゃあ行こうか」

『かしこまりました』

『今日はそのままでいいの?』

「……ありがとう、ルリ。【変装ディスガイズ】」


 身長も人相も、光を歪めて誤魔化す変装の魔法である。


 ……これで準備は完了だ。



 ****



 翌朝、集合を予定していた食堂のテーブルに何食わぬ顔で着席していた。


「おはようございます、カイル。よく眠れましたか?」

「うん、こういう所も悪くはなかったよ」


 ここの寝心地は最高だと思ったのだけど、カイルには大満足というわけではなかったようだ。


 すぐ後に跳ねたままの髪を揺らして足早にやってきたローレンスはカイルの言葉を疑っているようだった。


 そりゃあ貴族の中でも裕福なカイルと、俺たちのような平民では普段の環境に違いが生まれて当然だろう。


「おはよう、ローレンス。よく眠れたみたいだな」

「……うるさい」


 そのまま和やかなムードで先に頼んでおいた朝食を取る。

 カイルの口に合うか分からないが、吐いて捨てるようなことはしないだろう。


「着替え次第森へ」

「冒険者ギルドには行かないのか? 登録とか」

「狩った魔物の素材を売買するには必要ではなかったかい?」


 ローレンスとカイルの疑問に肩を竦める。


「登録してもFランク見習いだとメリットはありません。売買は私が代行すればいいので。口うるさいギルドの受付に命知らずの子どもたちだと罵られるよりマシです」


 今から俺達が行う狩りは、普通なら多くの危険が付き纏うものだ。傍目からすれば、蛮勇に溢れた愚行である。

 二人の冒険者登録より、今回は楽な方を選びたい。


 ウォーカーの街のギルドでは俺の実力を理解してくれていたが、Cランクであることを明らかにしても、旅の途中の他の街では色々面倒だったし。


「君がそう言うならそれでいいんだろうね」

「そうですね」

「ありがとうございます。それでは、部屋に戻り次第各自の準備をしてください。装備と、心を。すぐに森に向かいます」


 神妙な調子で俺が伝えると、二人は何も言わず、コクリと頷いた。



 ****



 山や森といった、平地ではないフィールドでの魔物狩りに適した装備を纏いながら、俺は二人を今朝の間に調べておいた狩場へと誘導する。


 装備は学園から支給されたものだ。

 普段の模擬戦で使う簡易鎧や、決闘に際して装着した重装備ではなく、特に細かい肌の傷と急所を守ることだけを優先したものである。


 重装備では森での機動に適さない。騎士団が元々開拓任務のために結成された世界だから、森に踏み入るための装備も洗練されている。

 一般的な冒険者が同等の装備を揃えようとすると見習いの間では手の出ない代物であった。


「……はあ、はあ……」

「……なるほど、慣れが違うね……」


 後ろで二人の荒い息や呟きが聞こえるが、構わず突き進む。

 疲れているようだが、多少の試練が無いとフィールドでの魔物狩りの難しさに気が付けないだろう。


 それに、狩りの前の休憩ぐらい考えている。

 川べりにある、鬱蒼としていた木々の間隔が比較的狭い所で足を止める。


「ここで少し休憩を取りますが、気を抜かないように。ここまで来てしまえば、魔物はいつ現れるか分かりません」


 町にある効果範囲数キロの魔物除け結界からは随分離れた。トルナ村近くの森の中深層~深層といったところだろう。

 つまり、この森の奥の奥、魔物の巣窟である山脈からはぐれてきた魔物がいつ現れるか分からないところだ。


『みんな、様子はどう?』

『遠くにしかいないわね』

『ワタシの所もね』

『私の所もです』


 事前にこの場からの周りを六方向から監視をしてくれていた精霊達と連絡を取る。


『見つけました! 大きな猫の魔物です。体高は、レイ様の腰あたり』

『シズク、柄は分かる?』

『茶色に、白と黒の歪んだ縦縞です』


 ……小殺虎レッサーキラータイガーか。


 以前読んだ図鑑に参照すると、Dランクの上位にいる魔物だ。体高六十センチ、体長一メートル五十センチほどで、地球のに比べるとちょっと小さい虎である。木々を走り渡る身の熟しは尋常ではないけれど。


 ラスが初めて狩ったEランク下位の突撃猪アサルトボアより余程強いが、ここら辺にいる魔物ではまだ手頃な方である。

 今朝方奥の方で見かけたCランクやBランクの魔物より余程良い。


「さて、覚悟は整っていますか?」


 問いかけたに、揃って水を飲んでいた二人に緊張が走ったのを感じつつそのまま続ける。


「ここから始まるのは、命を賭ける必要のある狩りです。怖気付いて隙が生まれれば、次はありません。寸止めしてくれる相手でもない」

「……」

「私がいるからもしもは無い、そう言い切りたいですが、絶対はありません。心してかかれますか?」

「もちろんじゃないか」


 敬語で話しかけたが、カイルの方はあまり心配していない。彼には俺以外にも、もしもの味方も付いている。


 俺の目を、揺れる薄黄の瞳の方に向ける。


「…………覚悟なら、剣を持った時からできている」

「分かった。◆◆◆◆⋯⋯【突風ブラスト】」

「!」


 魔物は魔力に敏感だ。今精霊達の視認できる距離にいるなら、発動に気がつくだろう。


「抜刀を。すぐに来ます」

「ああ」



 ****



 六十キロはあるだろうからだがひらりと宙を舞う。


「躱せ! 受けるな!」

「!!」


 登った木から飛び降り、盾役の俺をくぐり抜けた小殺虎が、右前脚でローレンスを狙った。咄嗟に剣で受けようと構えたローレンスに指示を出し、事なきを得た。

 虎や豹と言った猫科系は、小さな足場で方向を変えるのを得意としてくるのだ。盾なんかを振り回しても、側面にさえ乗ってくる。


「さっきと同じ。受ければすぐに左も牙も飛んでくる」

「……くっ」


 俺に蹴飛ばされた記憶が蘇ったのか、ローレンスが苦虫を噛み潰す。

 先程からヒットアンドアウェイを繰り返す小殺虎は再び身軽に木に登った。


「レイはいつもこんなものと戦っているのかい?」

「カイル、集中を」

「……後にしよう」


 冷や汗が見え隠れしているが、軽口を叩ける余裕はあるらしい。やはり心配の通りだということだろう。


 再びの空中殺法を躱し、カイルが後脚へと切りつけた。切り口から血が滲んだが、この程度では足を止められないだろう。


 おそらく痛覚の存在しない魔物に、あの程度の外傷だけでの弱体は望めない。

 完全に機能を破壊してしまうか、大量に失血させて魔力切れを起こさせなければならないのだ。


「力と切れ味が足りませんね、持久戦になります」


 経験と、二人ができることのデータ、スカウティングした相手の力に基づいた推測を冷静に伝える。

 集中さえ続けば負けることは無いだろうが、時間はかかる。


「……分かった」

「ふう……足りないのは切れ味なんだね?」


 ローレンスは素直に従ったが、カイルは俺の予想外の返答を持っていた。

 なるほど、先程からの余裕はそれか。


「出し惜しみですか?」

「少し余裕を持ちすぎてたみたい、………… だね」


 次のカイルの追撃は、深く左後脚を切り込んだ。虎の太い足でも、腱までは届いていただろう。


「今のは一体っ!」

「武器強化ですか」

「んなっ……!」


 武器強化は相当の魔力制御の器用さを必要とする。

 マスターが言っていたように自ら武器を創造する魔法剣士か、トップレベルにいる実力者の一部ぐらいしか使えない。


「ローレンス、集中だ。カイル、話は後で聞かせてもらいましょう」


 事前の打ち合わせでやれることは伝えてくれと言ったのに、という文句は後である。

 今は目の前の敵を倒さなければいけない。



 ****



 カイルが武器強化を使ったことで、一気に勝機を引き寄せられた。


 最初に切りつけた左後脚を重点的に潰せば、木に登られることが無くなり、こちらから攻撃できる頻度が高まった。


 最後は刀傷だらけになった小殺虎が崩れ落ちて決着が着いた。

 それでもまだ動くのではという二人の緊張感を大切にたっぷり間を取ってから、安いナイフを投げた。

 魔物が死ぬと硬かった毛皮も動物程度になるから、上手く投げれば簡単に刺さる。


「素材を剥ぎ取りますが……毛皮はダメそうですね。肉も食べれるものではないので、爪と牙、それから胸にある魔石を取ります。他の魔物が来る可能性がありますので、迅速に」


 指示を出し、それぞれに手を動かしていく。

 一番硬い牙をミスリルナイフを持つ俺、魔石を今回の殊勲のカイル、爪をローレンスが取ることにする。


「……うっ……」

「……これは、なかなか……」


 しかし、二人とも肉を切り開く感覚に、あまりにも慣れていなかったらしい。

 それぞれに手が止まる。


 ……仕方がないか。


 迅速にと言った手前、そちらを優先しよう。


 俺も慣れるまでには、初めて狩ったウサギから、それなりの時間を要したものだし。


「……ここで無理をする必要は無さそうですね。私がやりましょう。二人は川の方で休憩を。ただ警戒は怠らないように」


 二人ともそれぞれに悔しそうな顔をしたが、疲れも尋常ではないのだろう。言われた通りに先程休んだ川べりへと戻っていた。



 ****



 さっさと剥ぎ取りを終えて二人の方に向かうと、カイルは木にもたれて息を整え、ローレンスはしゃがみこんで川の水をすくっていた。


 どちらも森の中で俺と離れていたことから、緊張を切らしていないのはよくわかった。


「お待たせしました。近くに魔物の気配はしませんよ」


 だから少しは楽にして良い、そう言いたかっただけだった。

 そもそも近くに魔物は寄らないようにこっそり手は回している。


 けれど、俺が伝えた情報は予想以上の安堵を産んだらしい。


 厳しい表情からホッとした横顔に変え、その場に立ち上がろうとしたローレンスが、腰を抜かして川へと落ちた。


「ローレンス!?」

ありがとうございました。


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