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「……」

「くっ……」


 風を切る音がして、目の前で切っ先が止まった。


「……負けです」

「集中」

「はい……」


 剣を下ろし、核心を突く一言だけ告げると、マーガレット・Iイル・ハートは立ち去った。

 女子グループの中では最も身分の高い彼女だが、特に無口な彼女らしい行動だ。


 ……はあ。


 本当にため息が零れそうなのを、なんとか心の中だけに留め、その場で天を仰ぐ。

 これで模擬戦は四日連続での負けだ。


 なんという体たらくだろうか、マスターや導師に今の姿を見られたら、心行くまで笑われるだろう。

 師匠は……困った顔をされるか叱られるか、どちらだろうか。


「マーガレットは強いからねえ」

「カイル……」


 慰めか、それとも挑発か。

 くつくつと笑いながら通りかかったカイルが一言だけで済ませたのがどちらなのか判別はつかない。


 もちろんマーガレットは、武芸に名を馳せるハート侯爵家の娘で、王家の近衛候補として育てられているらしいから、決して弱くはないむしろクラスでも上位争いに食い込んでくる実力だ。


 しかし──。


「?」


 ウィルフレッドの言葉がよみがえる。


「何を恐れているんだ?」


 そしてあの時、この学園で最も身分の高い彼は続けていた。


「隠すならもっと上手く隠せ」

「父上から常々聞かされた"聖壁"が……王国の真の英雄がお前のような中途半端な弟子をわざわざ学園に送るはずがないだろう」

「失望させてくれるな」

「一目見た時から、お前も気付いていただろう」


 誰も止めないまま、誰にも止められないまま、ウィルフレッドは俺に言いたいだけ言い放ち、その場を後にしていった。


 それからずっと俺のしょうがない頭は、一言一句、周囲の雑音までも違わずにその場面を何度も再生し、ひたすらに考えさせる。


 ……これが正解か?


 残念なことにこの世界で俺がありのままに過ごすことはできない。


 人外の魔力を持ち、異世界での記憶を持ち、精霊と通じ合う。

 そんなおとぎ話の存在だ。


 だから、隠す必要があるのかという問いにははっきり答えられる。当たり前だと。


 けれども、入学した時からずっと考えていた。


 自分さえ押し殺して過ごすのがいいのか?

 もっと上手く立ち振る舞う方法は?

 手を抜く今この時間は無駄でしかないんじゃ?


 人生が限られた時間の中にしかないのは、嫌という程に分かっている。

 その中でわざわざ手を抜いて、マーガレットやグレンなんかに負ける必要はあるのか。


 頭の中は考えている。


 運良く与えられた能力で優秀になっても、決断をする自分はいつだって成長しないままだ。



 ****



「元気が無いな」

「ん、ああ、まあ……」


 山盛りのご飯を平らげ、さらにおかわりも考える素振りを見せていたローレンスが、薄黄の瞳を俺の方に向けていた。


「当ててやろう。ウィルフレッド様のことだな?」

「……それ、一昨日も言ってたからな?」

「っ!」


 ぎくっ、という音が聞こえそうなぐらいわかりやすいローレンスのリアクションに思わず笑ってしまう。

 するとそれを見て、ローレンスがニヤついていた。


「ふっ」

「……なんだよ」

「バカを演じた甲斐があったようだ」

「……」

「演じるまでもないだろという目を向けるなっ!」


 ローレンスの声が大きくなり、食堂の端の方に座る俺たちの方へ目が集まった。慌てて声が小さくなる。


「ナディアも心配していたぞ」

「!」


 事情を知らない彼女の前ではいつも通り振る舞っていたつもりだった。

 けれどしっかりと顔に出ていたようだ。


 ローレンスは律儀に食事の手を止め、俺の目を見て続ける。


「誰だって一つや二つ、秘密や隠し事を持っている。私だってそうだ。言えていないことぐらいある」


 ウィルフレッドの言葉を、俺の隣で聞いていたローレンスは語る。


「しかし、それが本当に隠さなきゃいけないことなのか、考え直してみるのもいいんじゃないか? ……私たちは、その、あれだ、友人だ。秘密があっても構わないが、教えてくれるなら嬉しい」

「……」


 変なところで照れながら、ローレンスは冗談めかしながら笑って、肩で切りそろえた濃紺の髪を揺らす。


「それでも隠さなければ行けないのなら、ウィルフレッド様の言う通り、完璧に隠し通せばいい。それができない隠し事は別にしなくていいと思うぞ。私はな」


 最後に、どうだと言わんばかりの顔をして、ローレンスが言い切った。


「……じゃあローレンスは本当は隠し事できないな」

「っ! 人が親切で言ってやっているというのに!」

「ははは。うん。ありがとう。そろそろ図書館の方に行こう。ナディアももうすぐだろう」


 話の信ぴょう性はさておくとして、なかなかいいことを言ってくれるじゃないか。本当に裏表のないいい奴だ。



 ****



『ただいまー』

『お疲れ様』

『あら、おかえり』

『おかえりなさいませ、レイ様』


 三人でのお茶会と一人で受けている午後の授業を終わらせて、俺は自分の部屋に帰った。


 今日は技専に行く約束も無いが、図書館にも寄らずそのまま家に帰ってきた。

 俺の頭はどんなことを考えていてもちゃんと視覚情報なんかを記憶してくれるが、今日はゆっくりと考える時間が欲しかった。


『ほら、言ったでしょう? 大丈夫だって』

『私は別に何も言ってなかったじゃない。心配ならアナタの方がしてたでしょ?』

『それはそうかも。けど、私はレイならすぐに動くって信じていたもの』

『私だって──!』


 そしてそういうのは、家で、気の緩められる空間の方がよっぽどいい。


 彼女達との繋がりを薄め、声も聞こえなくしている学園の中より、よっぽど落ち着けるのだ。

 だけど、もうほとんど結論は出ている。

 昼のローレンスに言われたことが全てだった。


「別に、あんまり無理しなくていいよなぁ」

『きっと、あなたの選ぶやり方が一番よ』

『やりたいようにやりなさいよ。ニンゲンの三年は長いのでしょう?』


 漏れた呟きを、彼女達が肯定してくれる。


 レイになってすぐから何かを隠し続けてきて、隠すことに慣れてしまっていた。

 得体の知れない貴族を相手に、様子見もすることなく、自分さえ隠す方が楽に過ごせるんじゃないかと期待して、決め付けた。


 だけど、違う。

 俺はどう足掻いても話したがりだ。


 トルナ村やウォーカーの街に居た時から誰かに自分を知ってもらいたかった。

 ルリに出会って、全てをさらけ出せる存在として彼女を求めた。ラスや師匠、マスターや導師にも秘密を打ち明けた。


 いつか、隠し事が下手だと皆に言われた。


 どれだけ慣れたところで、そんな自分が隠せる事なんて限界があることを俺は知っている。


 ……気付くのが遅いな。


 あまりにも。



 ****



「よろしくお願いします、カイル」

「……お手柔らかに頼むよ、レイ」


 翌日、偶然に模擬戦の相手であったカイルは何かを悟ってくれたようだった


 やはり勘が良いな。


 お互いに下がって距離を置く。試合の前の騎士はここで身体強化の準備をしておくのが普通だ。


 が、その必要はない。


「始めっ!」


 ジェロームの号令と共にカイルが動き出したのを、しっかりと目で捉える。


 そして迫る最初の剣閃を確実に捌いて、剣を振るう。


「はっ!」


 俺の手にしていた長剣の刀身が、カイルの首、僅か数センチのところで止まる。


「……はは、はははは」


 笑ったのはカイル。

 このクラスでは圧倒的に腕が立ち、模擬戦が始まって既にひと月が経った今日まで勝ち続けていた少年。


「ははははははは!!」

「ウィルフレッド様の言葉に目が覚めました」


 周りで剣のぶつかる音が響く中で、笑い続けるカイルに俺は答える。慇懃にしていた昨日より、背筋が伸びた気がした。


「"聖壁"ジョゼフ・スターリングの弟子として、誰にも恥じぬ剣をお見せしましょう」


 俺は今度こそ最低ラインを引いた。

 全属性、魔力量、精霊、前世の記憶、記憶力。

 その五つだけは隠し続ける。

 母さんも知らない秘密だ。これらはやすやすと教えられないし、暴かせない。


 ただその代わり、残りの全てを見せる。

 その最たる例は先に示した。


 マスターや師匠からこの世界で培った剣。


「うん、それでいいんだ。だけどレイ、平穏はいらないのかい?」


 挑発じみた言葉で、カイルは尋ねる。


「いえ、もちろん望んでいます。しかし、あのままではそれも遠かったようですから」

「そうとは限らないかもしれないけど?」

「もしその時は……」


 先程鞘にしまっていた剣に、再び手をかける。


「やれるだけのことをやりましょう。そちらのほうが簡単かもしれません」


 俺がにこやかに微笑んでみると、カイルからは一瞬その笑顔が消えたように見えた。



 ****



 かくして俺は学園最強の名をほしいままにし、その名を王国中に知らしめるようになった……という話はない。


 魔法は法外の記憶力に頼っているところであるから今まで通り多用できないし、身体強化も魔力を絞った状態であるから魔眼を持っているから効率が良いというぐらいなのだ。


 "剣鬼"と称えられた父から受け継いだ体と、六歳の頃から怠らなかった修練、そして"聖壁"を師に仰いだ純粋な剣技こそ超学園級の腕を自負するが、それだけでは圧倒的たり得ない。

 今日は出し抜いたけれどカイルの底だってまだもう少し深いところにあるように見えるし、ウィルフレッドもまた超学園級の能力を持つだろう。

 

 でも、世代の頂点に立つはずの彼らに並ぶ。

 並べるだけのことを教えてもらっていると証明する。

 

 もちろん、この選択が正しいのかという不安はある。目立つ機会は増えるだろうし、さらなる軋轢を生む可能性は上がったように思える。

 だけれど、正面から突破することだってできるはずだ。


 それに、師匠だって言ってくれていた。


「君は君の決めた道でしっかり歩いて行け。それがきっと一番だ」

 

 と。


 それなら最初のままでも良かったんじゃないかと思うけれど、何も知らずに貴族にビビっていたばかりの自分の決めたことなんてあてにもならない。

 ずっとどこかで正当化しようとしてきたけれど、ウィルフレッドに切り捨てられてスッキリした気分だ。


 自分が学園を見て、知って、選んだ決断だと胸を張る。



****


 こうして俺の入学後初めての春は過ぎて、太陽が高く登り光と火の精霊が乱れ飛ぶ季節がやってきた。


ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 実力を隠す目的が明らかになっていませんね。本人も、先ずそこを詰めて欲しいです。
[一言] そもそも目立ちたくないなら学園に来るな馬鹿だろ
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