技専へ
翌日、ダニーに案内してもらって、国立技術養成専門学校、通称"技専"へ辿り着いた。
俺の寮は技専の生徒がほとんどであるのから分かるように結構近く、学園と反対側に歩いて十分もかからないほどに近い。
流石に街の半分を占める学園とは比べられないが、それでも高校なんかより余程広いキャンパス内では、どこを歩いていても鉄を叩く音や指示を飛ばす職人の声が聞こえている。
常に静かな学園の中とは雰囲気が違う。
「闇の日でも賑やかなんだな」
「うん、ドワーフの先生達だよ。あの人達は休みなんかより、労働と、その後のお酒の為に生きてるから」
「なるほど」
技専で鍛冶を教えているのは、スカウトされて王国に来たドワーフの職人達だ。
整った技専の設備と、将来のエリートが育つ学園都市で個人の店を構えるという条件のために、レベルの高い職人も多く集まっていると不動産屋のエディから聞いた。
どうやらそのドワーフ達は休日返上で研究開発や修行に励んでいるらしい。
ドワーフとはまだ会った事が無いから、一度きちんと話してみたいところだ。
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それからも技専のちょっとした話をダニーに聞きながら歩いていると、レンガ造りのガレージのような場所へ着く。
中には俺のように集められただろう風属性持ちと、同数居るその友人、それから一人、作業着を着た女性が居た。
すると、今回の発起人らしく何やら準備をしていた彼女が、こちらに気が付いた。
「わあ、あなたも協力してくれるの?」
「ダニーの友人で、レイと申します。今日はよろしくお願いします」
「あなたみたいな子が来てくれて嬉しいよ」
俺は手を差し出し、握手を交わす。
その時彼女は、俺のことを上から下までじっくりと見回してから楽しそうに笑って、手を離した。どうやらお気に召されたらしい。
その後はすぐにまた準備へ戻っていくのが技術者らしいか。のんびりとした口調にそぐわず、その足取りと手の動きは速い。
何の目的で風属性を集めたのか気になっていたが、なるほど、彼女が準備しているものを見て納得した。
「面白いものを作ってるんだな」
「……レイには何か分かるのか?」
「あー、いや、よく分からなかったから。トンボみたい」
……おっと、いけない。
ついつい叶斗の時の知識を基に話してしまいそうになった。
適当に微笑んで誤魔化せば、ダニーは顔を赤くして有耶無耶にさせてくれる。カイルと違って楽でいい、いや、別の意味でよくはないのだが。
……しかし、ダニーには分からないってことは結構な技術革命なのか、あれ。
機体に翼。コクピットも意識した有人飛行機のミニチュアだ。
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「みんな、ありがとうねえ」
先輩、シンディ・コールはみんなから集めた風の魔石を両手に持って満足そうに笑うと、急いで発明品の方へ向かう。
魔石から簡単に魔力が漏れたりすることはないから、一刻も早く実験に移りたいだけなのだろう。
俺たちの今日の仕事は、実験の度に空になる魔石に魔力を込めるタンクの役割だ。
他の皆は体を休めて、魔力の回復に努めている。
「レイは、あれだけ魔石に入れたのに大丈夫なのか?」
「うん、まだまだいける。伊達に学園騎士科にいるわけじゃないし」
「やっぱすげぇなあ、学園は」
他のアルバイターが魔石一つや二つだけ渡されている中で、俺には魔石が五つ渡されていた。
しかし、俺になんのダメージはない。
俺の、制限をかけた状態での魔力量であってもだ。
学園生というのは、伊達にトップエリートなわけでなく、生徒全体を見ても魔力量は多い。
その中でも騎士科や魔法科は平均からして違うのだ。
「さっきぐらいなら、毎日のノルマより少ないぐらいだよ」
「技専だとあれ一個分ぐらいだ」
「学園でも少ないとそんなもん」
「レイは、貴族が居ても多い方ってこと?」
「まあね」
その違いは学校での生活にも現れる。
学園の魔法具がノーコストで動くわけではないから、エネルギーの供給を生徒も担っている。
毎日の朝のホームルームで魔石が配られたりするのだ。
魔力量に応じて毎日の供給量も変わって、俺はクラスでもカイルと並んでトップである。ラスより随分抑えた魔力量の設定は、それでも並外れていた。
カイルやグレンに目を付けられたのはこのせいもあると思う。
「でも、シンディはなんで分かったんだろうな」
「ん、ああ、それは」
「魔眼だよぉ。この子とお揃いだねぇ」
「えっ、そうだったんですか!? レイも!?」
「うん、言うタイミングが無かったけど」
会話に割り込んできたシンディ先輩は自分が魔眼持ちであることを隠してはいないらしい。
まあ、俺も隠していたわけではない。
言いふらすことではないので、言っていなかっただけだ。現にグレンには素直に答えている。
無用な面倒とか、何かを手伝うよう言われるのを避けたいとかは思ったりしないこともないけれど。
「それじゃあ、準備はできたよぉ。外に見に来る人は来てねぇ」
間延びした喋り方からも分かるマイペースらしい彼女はいつの間にかガレージの出口の方にいて、別に来ても来なくてもというように歩いていく。
折角だから見せてもらおうというアルバイター達と共にそちらへ向かった。
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「じゃあ行くよぉ。スイッチオーン」
多分何かしらの実験場なのだろう広場に着くと、シンディは持ってきた魔法具を起き、それの側部に付いていたひねりを回す。
彼女が身軽な感じでそこを退くと、魔力が流れ出して魔法具が動き出す。
「飛んだっ!?」
驚きの声を上げたのは他のアルバイト勢の誰か。
ダニーも目を丸くしている。
俺たちの頭の上を旋回して飛んでいるのは、緩くアーチを描いた双翼を持つ五十センチほどのミニチュア。先程集めた魔石に注いだ風の魔力を動力に、敷き詰められた術式で揚力を得ている。
たまたま近くにいた俺に、シンディは問いかける。
「空って、飛んでみたくないー?」
「鳥みたいに、ですか」
「うん。ドラゴンとかぁ、エルフみたいにでもいいんだけどねぇ」
やや垂れ気味な目な茜色の瞳は、空を飛ぶ自作の魔法具に釘付けで、不思議な熱を帯びていた。
この世界で自由自在に空を飛ぶのは魔法があっても難しい。
エルフが開発したらしい【飛行】の魔法は身体強化の何倍もコストがかかり、マスターも詠唱を知らなかった。
そもそも身体強化ですら、全力は数分も持たずとして途切れるのだ。
空を飛べるのは、翼を持った鳥と、馬鹿のような魔力を持つというドラゴン、それから風の精霊と契約したエルフぐらいだ。
彼女はその三者が占める空の世界に割って入りたいらしい。
「素敵だと思いますよ」
「でも、君なら飛べそうだけどねえ」
「……呪文が無いので、どうにも。少しだけ跳ぶことならできますが」
「……羨ましいなあ」
魔力も残り少なくなった、空飛ぶ模型を見つめながら、彼女は言う。
「小さい頃はねぇ、私も飛べると思ってたんだぁ」
彼女の魔力は風と光だが、残念ながら量は多くない。
上級魔法の【飛行】はおろか、中級魔法の【空踏】すら発動はできないだろう。
それでも、彼女は飛ぶことを諦めなかったらしい。
できる限り減らされているのだろう魔力、重さ。コックピットには重りの入った人形が乗っている。
「ところであれ、降りるんですか?」
「今はねぇ、まだ飛ばすだけなのぉ」
魔法具の魔力が尽きかけたところで尋ねると、予想通りの答えが返ってきてしまった。魔法具には着陸用の車輪も、着陸に必要だろう残存魔力も無かったのだ。
離陸、上昇、安定飛行までは考えただろうにどうして着陸を考えなかったのか。
「いいんですか?」
「残念だけどねぇ」
上空十メートル程を飛んでいる魔法具が、それほど耐久性に優れているようには見えない。
他の技専生が驚くような魔法具を作るのにも労力とお金がかかっただろう。今日渡すアルバイト代にしても、普通の学生が払うには決して安くないはずだ。
そして、機体が残らなければ改良も上手くいかないと思う。
それに何より、シンディ先輩は着陸の部分を表情をしていた。諦めたような、その目。
考えなかったのではなく、機構の部分で最初からまだ無理だと諦めていたか。
……仕方がない。
「そろそろ落ちますね」
「そうだねぇ」
「取ってきます」
シンディがこちらを向くより早く、身体強化を重ねて駆け出す。
もう落ちる。
詠唱はいくつか短縮した。
「◆◆◆◆◆【突風】」
高速で飛んでいた機体は、正面からの突風を受けて失速し、墜落へ向かう。
……思ったよりもっと重いな。
機体が受けた風の影響を見て判断する。
そのまま地上で受け止めれば、上手く衝撃が消せそうにない。
「◆◆◆◆【空緩衝】、◆◆◆◆【空緩衝】」
落下の加速を、重ねがけた空気のクッションが減速させていく。
二メートル程の高さまで落ちてきたところで身体強化で跳び上がり、壊れないように両手で、できる限り優しく受け止めた。
「◆◆◆◆⋯⋯」
ただ、そのまま降りれば、ある程度の衝撃が機体に加わるから、唱えていた中級魔法の長い呪文を完成させる。
「【空踏】」
「おおー!」
「すげえ!」
着地と同時に、飛行を見学していた人たちから拍手と喝采を浴びた。
こういうのにも決闘などで慣れてきたの腰を折って答えて、シンディの方へ魔法具を渡しに行く。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
シンディが、魔法具を受け取るより先に、俺に抱き着いた。
どうやら感極まったらしい。
喜んでくれてよかったのだが、少し良くない部分がある。
シンディは俺の二つ上で、成長もそこそこに進んでいるのだ。俺よりいくらか背も高く、胸も小さくない。
というか、けっこう大きい。
「ありがとう、レイ!」
「あ、あの、ちょっと……壊れますから、魔法具が!」
シンディも魔法具も乱暴には扱えず、脱出が困難を極めた。
何とか上手く抜け出して、真っ赤であろう顔はさておき、魔法具を差し出す。
「着陸するための機構も組み込めますかねぇ」
「頑張るよぉ」
シンディは受け取った試作品の重みを感じたのか、今度は愛おしそうに機体を抱き締めた。
****
「レイも、男だったんだな」
「ダニーがようやく分かってくれて良かったよ」
帰り道、やけに俺に対して格好を付けていたようなダニーの態度が無くなっていた。
シンディの熱烈なハグに慌てまくっていた部分が評価されたらしい。何よりである。
説明の手間が省けたのを喜ぼう。恥ずかしさを感じる理由などないのだ、うん。
「シンディもレイが男だって分かってなかったのかな」
シンディ「も」という部分が気になるが、その答えは否だ。
「分かってたよぉ」
「わっ! シンディ!」
魔眼を持つシンディ先輩は俺の性別を魔力で判断できる。
おそらく、最初に俺のことを眺め回したのは、見た目と魔力にギャップがあったからだろう。
「先輩もこっちなんですか?」
知っているけれど、知らないふり。
「うん、彼と一緒のマンションだよぉ。あと、先輩なんていいよぉ」
「分かりました。なら俺もマンション一緒ですよ。ダニーの隣の部屋なんです」
「えー、気付かなかったぁ」
彼女は技専で寝泊まりする日も多いのか、寮への出入りが不規則だ。朝も俺が出る時間より遅いので、直接に顔を合わせたことはなかった。
俺は精霊たちが知っているから教えてもらっていたけれど。
「ほんとぉ? じゃあ、もしよかったらなんだけどぉ、またよろしくしてもいいかなぁ?」
「はい、ぜひ。魔力も、余裕がある分ならタダであげますよ」
「わーい、やったぁ」
「え! シンディだけズルくないか?」
「ダニーも、何かあれば言いに来てくれればいいよ。隣なんだし」
技専生との繋がりもできれば持っておきたかった。
全員に、という訳にもいかないが、ダニーやシンディのような仲の良い人達に常々余らせている魔力を渡すのは吝かでもない。
彼らの協力をしているうちに、製作方法とか、何か役に立つことが覚えられるかもしれないし。
精霊達の取り分は少しだけ減るかもしれないが、総量から言えば微々たるものである。
「それじゃあ、また、よろしくねぇ」
マンションの階段で手を振って、俺も自室へ戻った。
ありがとうございました。