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近付く洗礼式

 

「ラスたちのバカぁぁぁぁ!」

「へ、女に捕まるかよ~だ」


 火精の活力が衰えても子供たちは村の中を元気一杯に走り回っている。まあ、いつもの光景だ。


 熱を司る火精が弱まることは夏が終わりに近づいていることを示していて、つまりここまで大過なく過ごして来たレイの人生における、第一の試練と新たな始まりとして位置付けた大イベント、洗礼式が迫ってきているということだ。



****



 洗礼式はこの世界、かどうかは分からないが、この国の住民にとっては人生初の大イベントとも言える通過儀礼だ。敢えて言うなら参加絶対の成人式。

 一年に四回、それぞれの季節の終わりに、その季節で六歳を迎えた少年少女を正式な国民として迎え入れるための儀式だ。


 ちなみにこの国の暦はしっかりしている。一年は春から始まり、きっかり400日。それぞれの季節が100日ずつだ。12か月に分かれていて、それぞれ33日ずつ。それぞれの季節の終わりの日は何月にも属さず、春の末、夏の末、秋の末、年の末、といったそれぞれの呼び名がある。

 曜日は光、火、土、水、風、闇の週6日で、闇の日は安息日ということになっている。

 それと、一日は24時間で、一時間は60分、一分が60秒と向こうの世界と同じだった。ただ、一分一時間があちらより長い気がするのは気のせいだろうか。村に正確な時計なんてものはなく、向こうの時間の基準とするものもなくて比較ができないのでこの時間で生きるだけなのではあるけれど。

 まあ、時計がないので村の中だと時間は関係ないし、街へ行っても1時間ごとの鐘が基準らしいため、分を考えるのはどういう人なのか分からない。


 話を戻そう。

 どうして洗礼式がそれほどに大切かというと、理由は三つだ。


 一つ目はくだらない理由で、ただただ村と近くの森以外の場所……この村の近くにある街に初めて行けるということ。

 だからいつの時代も村の子どもたちにとっては待望の一日となる。


 二つ目の理由は子供たちの身元登録、日本でいうなら出生届けの手続きみたいなものを兼ねるからだ。

 洗礼式を行うのは神殿で、政教分離なんて考えが有るか無いかは分からないが、国のシステムも神殿に深く関わっている。

 この洗礼で行う、絶対の神の下で暮らすことの誓約をしなければこの国の法の下で暮らすことは許されず、自由民として虐げられながら生きることになるらしい。

 洗礼がされていない子供も、同じようにルールの下には無い扱いなので、法的な安全保障が無かったりする。

 だからこそ、村から外に出てはいけないという決まりもある。


 とはいってもこの宗教、この世界の創世神と彼に仕えた精霊女王、そして生まれた精霊たちを敬いましょうというぐらいの教義で、精霊と仲良くしている俺としてはデメリットも見当たらない。

 禁忌としては殺すな、無闇に自然を傷つけるなというぐらいだ。

 酒も煙草も精霊の生み出す自然からの恵みものという扱いなので禁止されることはない。

 魔物の扱いに関して触れられている部分は何もなかったりする。


 洗礼式が六歳で行われることを遅いと思われるだろうが、これは子供の生存率の問題がありそうだった。

 医学知識の発展なんてものは見込めなさそうなこの世界だ。新生児が五歳まで生きる確率は半分くらいらしい。

 恵まれているこの村でも、病弱に生まれた二人が一年も経たず亡くなってしまったと聞いた。


 三つ目の理由が俺にとっては一番大切だ。

 魔力の属性判定と魔力の測定。

 そんなものが公衆の面前で行われてしまうのだから。



****



「うぅ、ひぐっ、ぐすっ」


 ああ、ラスたちにからかわれてリーナが泣いてしまったようだ。

 そろそろ無駄話はしていられない。

 こういう後始末とリーナのアフターケアが俺の役割になっている。

 これは俺が勝手に決めただけの役割でなくて、俺の母さんやラスとリーナの母親であるシェルファさんにも頼まれている大切な役目だ。


「リーナ、おいで」

「レイお兄ちゃぁん……ぐすっ」


 リーナはラスの年一つと季節半分下の妹で、この村の外で遊ぶ年の子供では唯一の女の子だ。

 生まれた時から見守っているから、俺にとってもほぼ妹みたいなものだ。


 こちらに向かってトコトコ歩み寄って来たリーナに俺も近づいて、親指で涙を拭いてやる。

 叶斗ではこんなことできたこと無かったが、レイでは初めからこうしているのであまり抵抗もない。


「ラス達が……ぐすっ……リーナのことブスって……」

「リーナはちゃんと可愛いよ」


 どこからそんな言葉を身につけて来たかは知らないが、男子諸君は言葉の意味をちゃんと知っているのだろうか?

 リーナがブスなら美形の多いこの世界でも九割の人間がブスになってしまうところだろう。

 ちなみに俺に幼女趣味はないところは知っておいてほしい。本当によく整っていて、可愛らしいのだ。


「またリーナがレイのとこに逃げた!」

「弱虫!」


 幼稚園児に値する年齢の子供がする喧嘩に、高校生だった俺が介入することはあまりない。

 喧嘩が終わってからが俺の仕事だ。


「女同士仲良くしてろよ!」

「おい、バカ、それはダメだ!」


 ふむ、勇気ある発言をしたのはロンか。

 リーナの頭をぽんと撫でてからそちらへ向かう。今日はやけに肩がよく回る。

 後から聞こえてきたのはラスの声だ。流石によく分かっているものだ。


 そう、それはダメだ。


 穏やかな表情を浮かべて俺が近づくと、ロンが顔を引き攣らせて一歩後ずさった。

 おいおいロン、半年も前に洗礼を済ませた君の方が年上だろう。


「俺はもう知らねぇからな!!」


 ラスが逃げて、それを追うように他の男子たちも慌てて逃げ出した。

 ロンも遅れて走り始めたが、残念ながら速さも早さも足りない。


「ロン君、ちょっといいかな?」


 すぐに追いついた俺はロンの肩を掴んでそう言った。


「あ、え、いや」

「勘違いならいいんだけど、なんて言った?」


 俺、レイは正真正銘の男である。

 だから先程の場面で、ロンが「女同士で」と言ったこと自体がそもそもが大きな間違いだ。

 子供同士で全裸水遊びなんてのは、この村では普通に行われているので、ロンもしっかりとそれを知っているであろう。

 ついてるものもついている。


 ここでどうしてロンが俺のことを女と呼んだのか、それはまあ、俺の容姿に問題というか原因がある。


 まず、思い出して欲しいことが一つある。二十歳という若さで俺を生んだ母親、リーンのことだ。

 この世界で最も美しいと髪色の一つとされるらしいプラチナブロンドの髪に、艶めく黒の瞳。それに転生してもなお忘れることができない程の美貌を持つという、俺が知る中で一番美しい女性だ。


 ちなみに現在二十六歳バツイチでその美しさはさらに輝きを増していると言えよう。

 俺はマザコンでもないので、これもあくまでも客観的な判断によるものだ。美人としか言いようがない。まだ恋心なんて知らない村の子どもたちも


 さて、俺の容姿は簡単に説明ができる。

 まず母親を思い浮かべてみて、あとは二十年分若返らせるだけ。


 髪色も、瞳の色も、顔のつくりも、生き写しであると誰もが言う。

 母さんの持つ手鏡で、初めて顔を見た時に思わず目を疑ったのはいい思い出だ。


 それから四歳での魔物騒動の時に村に来た五人の冒険者中五人に嬢ちゃんと呼ばれてしまう始末。

 それ以来、母さんに鼻を伸ばす村の男連中にも嬢ちゃんやレイちゃんと呼ばれることも多い。


 美形に生まれたことは感謝はするけど、もう少しだけでも顔の知らない父親の遺伝子にも頑張って欲しかったものである。


 そんなだから、ラスを筆頭とした村の男子たちにもよくからかわれた。

 その度に主犯をとっ捕まえて組み伏せてから、地球式道徳教育を施しているので今ではからかわれることすらほとんど無くなったけれど。ロンは久しぶりに


 大人気ないだって? 俺はギリギリ子どもだったし、そうでなくえも子どもを正しい方向に導くのが大人の役割だろう。




「……レイ、もういいんじゃないか?」


 俺の道徳教育を一番多く聞いてきたおかげで年の割に随分と常識の身に付いてきたラスが、憐れみの目でロンを見下ろして進言してきた。


 まあそろそろいいだろう。

 ジェンダーとは何かという説明から始まった説教が差別の不要性についての説教に変わったあたりでロンを解放する。

 俺が「分かった?」と優しい笑顔で聞けば「はい」と素直に頷いたので素晴らしい教え子だ。


「ロンもああなるって分かってるのに」

「馬鹿だから」

「レイってなんであんなに転すの上手いんだ?」

「こうやってして、こう!」


 彼らの質問に、中学の体育で習った柔道のおかげ、なんて言うことは出来ない。

 あとはこのレイの体のスペックのおかげだろう。

 特にステータスなんてものの存在しない世界だけれど、ランク付けするとおおよそ以下の通り。


 力C、持久力B、敏捷性A、器用さS、記憶力S


 肉体面は運動神経が良いというレベルだけど、レイは器用さと記憶力がとてつもなく優れていると言うしかない。とてつもなくだ。常識外れなくらい。

 まずは器用さ。サッカー部でぎりぎりレギュラーだった叶斗時代なら、CかBだっただろう。ひと通りの運動はそれなりにこなすことができたけれどそれだけ。できないことはできなかった。


 しかし、レイの体の器用さ、ゲームで言うなら操作性ともいえる能力は異常に高い。

 何をするにしても体を思うように動かすことができるし、何かをすれば、「ああ、これが正しいんだな」とすぐにしっくりくるのだ。

 お陰で走るのも木登りも喧嘩も村の子供の中では一番である。こんな村でも、実力社会の影は見えているから、俺が一人で行動してもみんなに認められている。


 次に記憶力だが……はっきり言って異常だ。優れているとかいうレベルではない。


 この身体は生まれたその日からの記憶を一切忘れずに全て記憶している。

 その日は何を食べて、どこに遊びに行き、どの道を歩き、どこに魔力を流し、誰と何を話し、何を聞き、聞き、嗅ぎ、触り、感じ、挙句の果てには何を思ったのかまで。

 その全てを思い出せる。思い出せてしまう。


 別に常に頭でその情報を処理している訳じゃないし、常に関連づいた何かが思い出される訳でもないのでデメリットは全くない。

 過去に起こって記憶したもの全てをその時のまま思い出すことができるのだ。

 さらにそれだけでなく、その時注意していなかった音すらも思い出すことができる。不注意で聴き逃した言葉すら、耳に入っていた事実があれば記憶から探ることができる。我ながら訳が分からない。人間型ビデオレコーダーである。


 まあでも、レイにとってはこれが当たり前なので頭がおかしくなったりもしない。

 今のところ、変な記憶を思い出さない限りは便利なだけである。


 この記憶力と身体能力の特徴は、魂に影響されたと分かっている魔力とは違って、どうしてこうなったのかが分からない。

 元々のレイの才能か、転生者が脳を動かしている影響か、魔力と同じ魂の問題か。

 転生なんて事象も


 ちなみにやや優れているといレベルのフィジカル面は自分の手足の操作より遥かに慣れ親しんだ魔力操作による肉体強化で好きなだけ補正をかけられるから数値としては参考にならない。


 つまりほぼオールSなのだ。井の中の蛙かもしれないが、周りの子供達とは何もかも違っている。

 問題があるとしたらそのことで油断や慢心、思考の放棄をしてしまうこと。

 自分がイレギュラーであることは常に心に留めておきたいものだ。


 夕暮れ時になったということで今日は解散。


 とりあえず大切なのは洗礼式だ。



お読みいただきありがとうございます


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