決闘
この国における決闘、それは騎士同士に諍いが起こった際に正々堂々と決着を付けるための手段だ。
いつか師匠にそう聞いた。
決闘を申し込む理由は様々。
同じ女を好きになったとか、相手が何かを侵したとか、ただただ叩き潰したいとか、特に理由もなく戦いたいとか。
くだらない理由も多いが、決闘を申し込むことも受けることも騎士としては誇るべきことであると師匠は笑っていた。
彼も何度か学園では応じたらしい。
どうして誇るべきかは残念ながらよく分かっていない。
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「ここまで噂になるのだな」
「ほんと。顔がバレてないだけありがたいけど」
食堂でローレンスと昼食を取りながら雑談を交わす。相手はやや小心なところはあるらしいけれど、慣れてみれば口数も少なくなかった。
耳に入る噂話は今日の放課後に行われる決闘についてのことばかりで、あまり新鮮な情報が入ってこない。
レイ、聖壁の弟子という名前が飛び交っているが、容姿まで付随した噂は少なくて結構だ。
決闘の日時や場所は向こうが学園に申請してくれたから、俺が何も関わらない間に今日までに決められていた。
決闘が開かれたものであるために、審判や会場準備などを学園が執り行ってくれるのだ。
一体何を推奨しているのか、学校としてそれでいいのか、甚だ疑問に思うところである。
「エリオットは随分と準備がいいのだな」
「申請とか、噂流しとか、ほんとお疲れ様って感じ」
申し込まれた次の日の朝には決闘のことや俺のことに関する噂が学園内に流れていて、その日の昼には決闘の日時が決まっていた。
向こうの陣営は随分と精力的に活動していたらしい。
「あれも闘うことにしか興味が無い奴だと思っていたが……」
「ん? ああ、手を引いてるのは全部ヴィクター様。エリオットはちゃんとお前と同類さ」
「ヴィクター様……なるほど」
目の前でベーコンのサンドイッチを頬張りながら、脳筋その一がうんうんと頷いた。考えることを放棄した姿勢が潔い。
同じクラスだというのにエリオットとヴィクターの繋がりが見えていないのは相当だ。
……でもまあ、脳筋その二はもうちょっとは考えてるっぽいけど。
今日までの脳筋その二、もといエリオットの様子を思い返すせば、彼が完全にヴィクターの下に付いているわけでないことが分かる。
おそらくエリオットはこの決闘で俺に勝ち、カイルやグレンの庇護を受けることを望んでいるのだ。
だからこそ、ヴィクターの指示を受け入れ、俺への決闘を申し込んだのだろう。
決闘の理由は建前としては"聖壁"の弟子がどれほどか確かめるため、その陰で噂に流れる理由は思い上がった貧民に現実を知らせるため、となっているけれど。
まあ、小物感が滲み出る下級貴族の庇護より底の知れない上級貴族の庇護を求めるのも分からないでもない。
俺が食事を終えても、俺よりよく食べる友人はまだ食事を続けていた。細いけれど美味しそうによく食べる。甘いデザートを平らげ、スプーンを置く。
そして、心配したように俺の顔を覗いた。
「……勝てるのか?」
「運が良ければ」
俺の言葉をそのまま受け止めたローレンスは「そうか、頑張れよ」とだけ言って、席を立った。
午後の講義が二つ終われば、決闘の時間だ。
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決闘は第二闘技場で行われる。
第二闘技場は何の変哲もない、ただの円形闘技場だ。収容人数一万人ぐらいの。
学生の総数がだいたい三千人くらいのはずであるのだが、学年末に行われる"学園祭"のトーナメントにはその父兄やヘッドハンティングを考える各地の騎士団が集まるから、席は全て埋まるらしい。
ちなみに第一闘技場は四万人近いキャパシティがあるという。騎士と騎士がぶつかりあえば魔法戦も行われるからフィールドが広めに取られているのもあるが。
ちなみに円形闘技場だが、コロッセオというよりは野球場なんかに近い雰囲気を感じる。
……予想以上だな。
周囲にバレないように気配を消しながら、入場列の横を通り過ぎる。
俺が授業を終えて会場入りをしようとしたら、同じ方向に向かって沢山の生徒が歩いていたのだ。
まさかと思っていたらそのまさかで、彼らは皆、今年始めての決闘となる俺とエリオットの決闘を観戦しに来たらしい。
他の騎士科生が見に来るのはなんとなく分かっていたが、入場列には様々な刺繍の色があったからさらに驚いた。
ピンクの刺繍をつけた侍従科の女子生徒が気弱そうな友人の手を引いていたり、金の刺繍を付けた貴族科の生徒が固まっていたり、ジェロームと他クラス、他学年、他学科の担任らしい教員の集団もいたりした。
もちろんクラスメイトたちも揃っており、見に行くと言っていたローレンスも一団の端のほうに確認できる。
どうやら決闘は娯楽の扱いのようだ。
皆の顔は一様に楽しみにしていると言ったようである。
決闘を受けたのは早まっただろうか。
あまり目立ちたくなかったのにどうしてこうなるのだろうなあ、とため息が出る。しかし、逃げるわけにもいかなかった。一応は騎士を志す"聖壁"の弟子なのだから。
俺は事前に学園側から説明のあった、競技者の入場口からスタジアムの中へと進んでいった。
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「よく来たな」
スタンドの結構な部分を埋めた観衆に囲まれて、騎士科に支給される全身鎧のエリオットが同じ格好の俺を見下ろす。
クラスで一番の長身である彼と、一番背の低い俺では三十センチ近い身長差がある。
その時点で、流れ聞こえる下馬評は圧倒的に不利だ。この世界でも身長差やリーチの差は決着を左右する重要な要素であることに変わりはない。特に魔法も身体強化も未熟なうちは。
「どこかに隠れれば恥をかくだけではありませんか」
「ふん、どうせ結果は同じじゃないか?」
……ムカつくー。
決闘は騎士にとって高潔であることの証明。
申し出を断っていれば、臆病者の名がこの決闘の広告以上に喧伝されていたことは想像に容易い。
学園ではただ勉強がしたかっただけだというのに、現実はままならない。
「準備はいいな?」
「はい」
学園の騎士科教官の一人が、審判として決闘を取り仕切る。
開始を今か今かと待ち侘びる観衆が一瞬静まった。
「始めっ!」
そして、大きな歓声が上がる。
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さて、この決闘、俺にはやることが幾つかある。
まずは本来のスタイルの封印。
「はあああっ!」
「ふんっ!」
気合いの声と共に身体強化を脚にだけかけて、長い剣身の、二本の剣で連撃を打ち込んでいく。
エリオットはこれらを全て、パワーの差で弾き返した。
「ふっ、軽いな」
フルフェイスの兜の奥でエリオットが嗤うのが聞こえた。
さらに耳を澄ませばしてみると、客席から様々な会話が耳に届く。
「二刀流か。珍しいな」
「リーチを埋めたいのか」
「あの身長差じゃあなあ」
「扱いはというところか」
秋にある騎士科の全生徒が参加するトーナメントに向けて上級生らも皆が情報を収集しているのだ。一年生でも十組であれば注目に値するらしい。
「はあっ!」
「……っと!」
重く、早いエリオットの剣閃をギリギリで躱したように見える所を狙って躱す。
観客達からは悲鳴も混じった歓声が上がる。どうやら上手く騙されているみたいだ。
やるべきことの二つ目は演技。
俺は今日までの訓練の時間でも、ヴィクターと引き分けを演じている。
それから10組であること、聖壁の弟子であること、背が低くパワーがないこと、体力や魔力はあること。
客観的な視点から見えてくる俺の姿を、そのままに演じている。
今の俺は、「背こそ低いが剣の扱いが上手く、パワーはないが身体強化はそこそこ出来る、体力のある剣士」なのだ。
その役割はこれからも崩したくない。
だから俺は役を演じきりたい。できれば三年間。安穏な学園生活のために。
魔力を隠して今日まで生活してきたように。
重みのある斬撃を、受け止めずに軽く当てるだけでいなしていく。
「はっ……!」
「くそっ……!」
上から抑え込まれる形は圧倒的に不利であるし、彼の剣をいちいち受け止めるパワーは持ち合わせていないことになっている。
「はあああ!」
一度間合いを切ったところから再び俺が距離を詰めて切り込んでいく。先程からずっと同じような形だ。
さて、手の内をさらさなくても、強くはない俺を演じても、俺も易易と負けるつもりは無い。
この数日で、まだまだ経験の足りない頭を使いながら、身の振り方について色々考えたのである。
ここで勝負に負けてしまえば、エリオットにカイル達の興味が向くかもしれない。
迷惑だなと思いつつも、ある程度弁えてもくれている彼らの庇護はできる限り利用していたい俺にとって、それは少々不都合だ。
さらに、負けてしまえばヴィクターはデカい顔をして嫌がらせを継続し、ヒートアップさせるだろう。
だから最後のやるべきことは決まっている。
観客を欺きながら、俺は勝つ。
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「くそっ、ちょこまかと……ハア、ハア」
「これしか取り柄もないもので…………ふぅ」
間合いが開いてから息を整える。
魔力もそれなりに縛りをかけているため、最初から魔力を体力の回復に回してはいないし、使える分は残り少ない。
十分近くになる長い闘いで、最初からずっと、似たようなシーンを何度も作ってきた。お互いに間合いと、クセと、呼吸を存分に把握した頃だ。
「あの小さいの、よく凌ぐな」
「小さい方が断然に上手い」
「ただまあ決め手には欠けるよな」
「大きい方はあのパワーだ、相手は踏み込めていない」
俺が突っ込んで手数で攻め、エリオットが力で防ぎ、途切れたところで返されて、何とかと見えるように躱して距離を取る。
この決闘に判定勝ちがあるとすれば、向こうの勝利だろうか。
俺はまだ一度もエリオットのガードを抜けておらず、逆にエリオットの剣が何度か鎧に当たっていた。
今さっきの接近でも、腕が叩き落とされる一歩手前だった。
観客の悲鳴が耳に残っている。
……よし、決めるか。
場は整った。
この身長差でもまだ勝負がついていないのだから、観客には大健闘であるように見えているだろう。
しかし、形勢は向こうの有利。
設定している魔力を雑に使い、身体強化は残り数秒分。布石も十分。
やりたいこととしてはほぼ百点満点だ。
ここまで来れば、あとはフィニッシュを上手くやるだけだ。
身体強化を足にだけかけて、低い体勢でエリオットに向けて切り込む。
「たあっ!」
「っ……軽いっ!」
刃のぶつかる硬質な音がグラウンドの上で響き、その音を掻き消す観衆の声が音量を上げる。お楽しみいただけているようで何よりだ。
そしていつものように連撃が途切れ、間合いが少しだけ離れた。
こうなるとリーチで有利を取れると知ったエリオットがこれまで通り反撃に出てくる。
受けに回らなければ、当たる。
しかし、俺は再び攻勢に出ようと行動を起こす。
身体強化に使える魔力も、限界が近い。
エリオットは好機と捉えただろう。
一歩、踏み込む。
「あっ」
「阿呆だな」
「うわ……」
客席からそんな声が聞こえた。
全ては崩れた体勢で踏み込んだ俺への失望と、エリオットの勝利を確信したものだった。
しかし俺はその上に行く。
……まあ、正確には斜め上かもしれないが。
ノーガードの俺に向けて、エリオットが剣を振り下ろす。
……予想通り!!!
二歩目を踏み込む。
その瞬間、身体強化に回せる魔力はちょうどゼロ。
だから、その剣は当たらない。
兜のバイザーの奥で余裕を見せていた彼が、目を見開いているのが手に取るようにわかる。
何度も同じ攻防を繰り返して速さも見切り、確実に当たると思った斬撃が見事に空を切ったのだから当然だろう。
彼の重みのある剣はいくら力があると言えどもある程度体重を乗せないと振れない。
必然、空振った彼は体勢を崩した。
その隙に素の体力で距離を詰めて、切っ先を兜の隙間に滑り込ませた。
「っ!!」
真剣を首筋に当てられたエリオットは、身動きの一つも取れなくなる。
「勝負あり。勝者、レイ!」
審判の判定は、何が起こったか理解できない観客に向けて高らかに響いた。
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「何か文句がありますか? エリオット」
俺が剣を鞘に入れても、エリオットは剣を抜いたままだった。
ざわつく観衆を背に、剣呑な声で警告すれば、バイザーの奥の眉根が強く歪められる。
「……何をした」
「何を、と言われましても。魔力を使いすぎました。出したい一歩が、ちょうど」
素直に剣を戻したから、態度を元に戻して、どうして彼の剣が空を切ったのかを説明してやる。
「私としても力不足を感じる勝利になってしまいました」
「………………負けは、負けだ」
悔しさは滲み出ていたが、エリオットは案外あっさりと引き下がってくれて、そのまま背を向けて更衣室の方へ戻っていった。
剣を鞘にしまわなかったのは減点だが、結果に激昂することがないあたりは騎士を志す者としての矜持か。
チラと見やったどこぞの子爵家の三男坊は、怒りで口をパクパクさせているけれど。
……はー、疲れた。
バイザーを上げて、兜を取る。
まだ春も始まったばかりだが火精も活気付く春の日差しは全身鎧の運動後には暑すぎて、蒸れて仕方が無い。
さて、決闘の幕切れは先に説明した通りだ。
身体強化のかかっていないことに気が付けなかったエリオットが、これまでの俺の速さに合わせて剣を振り下ろしたために間合いを間違えた。
その実それは向こうの間違いでなく、俺の技術である。
相手の動きが読めた時に身体強化を抜くこの小技はマスターが教えてくれたものであり、双剣のスタイルで今日の決闘に望んだのは実のところ俺にしかわからないオマージュのためであった。
全力疾走からの急ストップ以上の速度差に耐える筋力とバランス感覚が必要であるから、達人級に上手かったマスターの物真似をする方がやりやすかったのもある。
慣れてくると重心などの違和感で見抜けるものなので万能ではないが、まだ経験の浅いエリオットを出し抜くには十分だった。
⋯⋯ひとまず、計画通り。
春の風が、汗ばんだ顔をさらさらと撫でる。
計画完遂の達成感と相まってとても気持ちがいい。
早く鎧を全部脱ごう。
そう思って俺もグラウンドから立ち去ろうとする。
すると、観客達がさっき以上にざわめいていた。
……あー。
「え、女の子?」
「うっそ」
「ずいぶん背が低いと思っていたが……」
「ねえ、可愛くない?」
「可憐だ…………」
すっかり顔バレのことを考えていなかった。
俺はこちらを見つめる視線から逃げるように兜を再び被り、そそくさと更衣室へと飛び込んでいった。
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そもそも計画は穴だらけ、最後にちょっとした失敗もあった。
それでも決闘は無事に終了した。
次の日から、文字通りのジャイアントキリングを達成した俺には二つ名が付けられていた。
双剣を使ったから"双剣乙女"。
俺の人生最初の二つ名は安易安直な上、明らかに何かを間違えたものだった。
ありがとうございました。