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授業見学

 よし、先輩の授業を見学だ!

 と意気込んでも、午後も次の授業の開始までに一時間あるのがこの学園の時間割だ。

 しかも学校見学のようにクラス単位ではなく、個人で好きに見に行きたい講座を選ぶから、基本的に自由行動である。


 必然的に、俺には一時間が浮く。


 貴族様達はあまり急いで生活することがないから気にならないのかもしれないが、俺としては時間がもったいないように思える。



 ****



 教室にいても仕方がないから図書館にでも向かうかと思い至り、頭の中で昼に読んだ本の内容を整理しながら外を歩いていた。


 ………はあ。


 今しがた吐いた心の中のため息は隠しながら、俺はその場に立ち止まった。


 教室を出たのは相変わらず一人だった。

 まだ二日目とはいえ、随分と寂しい学生をやっているとは自分でも思う。


 ………だけど、ね。


 話しかけられるのは望み始めているが、こそこそと後を付けられるのが嬉しいはずはない。


「何か御用でしょうか?」


 追跡者とは数十メートル離れている。

 けれどその場で振り返り、慇懃に尋ねた。


 すると、その追跡者二人組はひそひそと何かを話し合った後、何食わぬ顔で隠れていた木の陰から姿を現した。

 聞き耳を立てることもできるが、その価値も無いだろう。


「いやいや、別に君に用があったわけじゃない。私達も図書館に向かおうと思っていてね」

「ああ、俺たちも勉学に努めようと思っていたのだ」


 仮にも騎士科のトップクラスの生徒が、木々に隠れながら図書館へ移動とはいいご趣味だ。

 そう、悪態をつきたくなるはぐっと堪える。


 彼ら自身はよくいる地方騎士の子供で、おおよそ身分としては取るに足らない。

 しかし、教室内の景色を思い出せば、二人のバックにはまず間違いなく一人の貴族がいる。学内での交友関係が学外にどこまで影響を及ぼすかを考えれば、迂闊(うかつ)なことは出来ない。


「それは失礼しました、エリオット様、ホーレス様」


 態度を保ったまま、頭を下げて彼らがヘラヘラと笑いながら歩いて行くのを待つ。


「全く、ずいぶんと自意識過剰なようだ」

「村育ちで体力があるというだけでいつまでも調子に乗れると思ってるのじゃないか?」


 下卑た目で俺を見下し、そんな言葉を残していく。

 実に嫌味な奴らである。


 だが、カイルやグレンがずいぶん感じ良く接してくれたものだから失念しかけていたが、これぐらいが元より俺の覚悟していた周囲の態度である。


 なんて考えてもやっぱり心のモヤは晴れず、二人が完全に居なくなったあと、俺は一人ため息を零すのだった。


 ………頭の中で何回かボコすけど、恨むなよ。エリオットくん、ホーレスくん、それからヴィクターくん。



 ****



 図書館に向かうのも、彼らが行くのであれば気は進まなくなる。

 入口をくぐらず脇の道をしばらく歩くと騎士科と魔法科を隔てる森林地帯にたどり着く。おそらく何かの実習で使うのだろうけれど、木立というよりは本当に森である。


 ………なんとなく、落ち着くな。


 手頃な切り株に座って春の木漏れ日を受けながら、久しぶりにのんびりと過ごしてみる。

 生まれてから多くの時間をトルナ村の周りの森で過ごしたからか、いつの間にか木々の中にいる方が心安らぐようになっていたらしい。

 頭の中の本のことも一旦忘れて、目を瞑りながらただただ肌に触れる空気を感じる。


 そして、学園都市に来てからは何かと忙しく、心のゆとりを持つ時間がなかったのだと気がついた。


 ………ルリやヒスイ、小精霊達ともっと自由に話せればちょっとは違うのかな。


 精霊達とは自室でこそ十分に話せているけれど、学園では彼女らを視認できるエルフらしき噂と気配があるからできるだけ繋がりすら薄めている。そのせいでいつも感じていた、彼女達の楽しそうな感情さえも分からない。


 ………自分のことを第一に考えてくれる彼女らに甘えるのは弱さだろうか。


 そのまましばらく、風と共に時が流れるのに身を任せた。



 ****



 エリオット達に遭遇したのが、三時限目が終わってすぐぐらいだったから、ずいぶんと長いことその場にいたのだと思う。


「………あの子もエルフ?」

「騎士科よ? でも、どうかしら」


 四時限目が始まる午後三時の鐘が近づいたのだろう。

 先程までは誰も通っていなかった森の中の小道にも、選択授業に向かうための人通りができてきていた。


 そして、魔法科の女子生徒らしきグループに素晴らしい勘違いをされてしまったのが耳に入ってくる。

 


 俺はできるだけ慌てた素振りを見せず立ち上がり、ニコリと笑って会釈しながら、そのまま気配を消す。正直、居た堪れない。


 忽然と見えなくなった俺に、目を丸くして木々の中を眺め回しているが、彼女達は魔眼も持っていなければ魔力も使っていない。導師以外には見つけられたことの無いレベルの隠形を使った俺を見つけることはできないだろう。


 そのまま俺のことは幽霊エルフとでも勘違いしておいてほしい。


 俺は人の気配がない別の道に出て、隠形を解く。

 四時限目が近づいているのなら、そろそろ見学に向かおう。今居る見知らぬ森の中から中央塔の方へ足を動かす。


 学園はあまりに広く、三年生でも校内を完全に把握できている新入生はまずいないという。一年生ならなおさらだ。

 だから中央塔から各講座の会場まで、チューターをしてくれる先輩が案内をしてくれる手筈になっているのだ。



 ****



「魔法科、土魔法講座に案内します。 こちらです」

「騎士科の護身術は第八運動場! 今日は制服のままで構わん! 私に付いてこい!」


 中央塔前の広場は、講座を決め兼ねる一年生と勧誘をする上級生でごった返していた。


 ………部活の勧誘みたいだな。


 もっと言えば大学のサークル勧誘みたい、だろうか。

 結局行けなかったから知らないが、ドラマや漫画ではそんな感じだった気がする。


 授業はその場の興味で決めるもんでもないだろうに、と思いながら迅速に目的の講座を探す。

 ジェロームに配られた資料で、いつどの講座が開かれているかは既に把握していた。


「薬師科、二年の中級調合の講座はこちらから案内します」


 人混みの中に緑の紋章を見つけた。


 呼びかけているのは俺と同じくらいの背の女子生徒だ。

 とりあえず案内用の木の板は持っているのだが、明らかに人混みに埋もれている。


 もっと他の人選は無かったのだろうか。

 呆れそうになるのも仕方がないだろう。


「すみません、薬師科はここでよろしかったでしょうか?」

「はい!!」


 彼女はパっと顔を明るくして俺に答えた。

 そして、俺の顔を、というより俺の服装を見て驚いたように目を丸める。


「騎士科の方、なのですか」

「はい。こちらに興味がございまして」


 騎士科の生徒は今も大半が騎士科の授業に向かっているものだから、薬師科の方に来るのが珍しいのだろう。


 案内役の彼女は嬉しそうに頷いてから、ではあちらで待っていてくださいと指し示す。

 俺は既に他に何人かが待機していたその場所へ、できるだけ早く向かおうとした。


 すると、背後から声がかかる。


 ………くそ、見つかった。


「へえ、レイは薬学にも興味があるのか」

「昼はなかなか見つからなかったが、どこにいたのだ?」


 いつも通りの二人組、カイルとグレンである。

 先程から誰かを探すかのように辺りを見回す姿が目に入っていたが、やはり俺を探していたようだ。


 嫌な予感はしていたから、隠形はせずとも気配を薄めていた。

 ただそれも先輩に話し掛けた時には解かざるをえなかったために気付かれたのだろう。


 俺に声をかけた二人の背後には、見慣れない顔がいくつか並んでいる。

 先程まで彼らと談笑していた姿から、元々馴染みのある生徒であることは察せた。


 つまり他所のクラスのお貴族様達だ。


 面倒なことはよしてくれよと願いながら、きちんと態度を整える。


「これはカイル様、グレン様。先程までは少し学内の見知らぬところを散策しておりました。………薬学は、これまでも草木に親しんで参りましたので」

「なるほどね。レイが行くのなら僕も行ってみようかな」

「私は行こう」


 ………やっぱりこうなったかー。


 教室でのグレンとのやり取りを考慮すれば、この流れは推測できた。


 俺がどうするべきか思案していると、外野から驚きの声が上がるのがいくつか聞こえた。

 俺について行くと、上級貴族の中でも名の知れているらしい彼らが決めたことに対してだろう。


 俺を見る貴族の目が一様に変わり、胃が締めつけられる。


「ど、ど、ど、どうすれば⋯⋯」


 慌てているのは俺ではない、先程の薬師科の先輩だ。

 どうやらカイルのような貴族様には慣れていないらしい。


 しかししがない平民の俺には、あなたも我慢してくれ、と心の中で言うことしかできない。


 するとそんな様子に気がついたのか、カイルが彼女の方に向いた。


「お名前は存じませんが、今日はよろしくお願いします、先輩」


 そして慣れたようにニコリと微笑む。


「はっ、はひっ!」


 それだけで相手の顔が赤くなり、力が抜けていく。


 さて、ここでひとつ説明しておこう。

 赤い髪に青い目をした色白のカイルは、将来は見事な色男になるだろう美形である。



 ****



 カイルとグレンに挟まれて移動した先の薬師科棟の講義室では、教師から簡易なレクチャーがなされた後、実際に調合をしてみることになった。

 そこで少し問題が起こる。


「じゃあ、みんなの前で一人にやってもらおう………そうだな、君がやってみようか」


 白髪の老教師に指名されたのは、残念ながら俺だ。

 全力で拒否したかったが、カイルとグレンにニコニコと送り出されてしまえば行くしかなくなる。


「まずは名前を聞こう」


 ………ああ、嫌だ。


 今は同じクラスの二人以外は俺が名字を持たないことを知らない。もしくは、苗字を持たない騎士科生徒が俺であることを知らない。


 それはこの先生も同じだから責められないのだが、ここで名乗れば調合に失敗した場合に待っているのはきっと嘲笑である。

 だからといって、名乗らないわけにはいかないのが辛いところだ。


「レイです」

「そうか。じゃあレイ、これを細かく刻んで。それから瓶に水を入れて、水の魔力を流して混ぜていく」


 指示の後、俺の耳に口を近づけて彼が続ける。


「量は見ていたかい?」


 それは他の生徒に聞こえない小さな声で発された。

 だから俺も反応を頷くだけに留める。


「じゃあみんな、レイの調合を見ていてくれ」


 与えられていた薬草の山から良質なものを選別して刻み、先に先生の水魔法で用意されていた水とともに調合用の魔法具である瓶に入れる。

 そこから左手で瓶に触れて、水属性の魔力を流していきながら、右手に持った魔力を通さない金属の混ぜ棒で中身をかき混ぜていく。

 魔力は薬草と水が馴染むようにゆっくりと、少しずつ均等に流し込まなければならないようだ。


 しばらくして魔力が通りにくくなったところで、俺は魔力を流すのをやめた。

 そこから少しだけ混ぜ棒でかき混ぜれば、もう液状の回復薬と呼べるものが完成しているようだった。


「完璧だ。才能に、みんな拍手」


 ぱらぱらと拍手が鳴った。

 俺は一礼して前から退く。


 なるほど、教師が俺を選んだわけだ。

 水属性であるし、魔眼があるとずいぶんと楽に調合ができる。

 彼も魔眼持ちであるから、同じ魔眼を持つ俺を選ぶのも無理はない。


「………上手いな」

「本当に騎士科の魔力の流し方かしら?」


 ひそひそと先輩達が話すのが聞こえて、少し誇らしい気分になる。

 それから先輩の言うとおり、俺も騎士科の魔力の扱いは雑だと思う。



 ****



「調合をしたことがあるのかい?」


 席に戻ると、右側にいるカイルが尋ねる。


「いえ、初めてでした」

「それにしては先輩達も驚くような結果だったようだけど?」

「魔力の調節については、はい。幸運なことに」


 俺が含みを持たせると、次に尋ねたのは左にいるグレン。


「魔眼か?」

「さようでございます」


 俺の肯定を聞いて両隣の、俺より背の高い二人の視線が頭上で交錯する。

 俺は何故か二人の顔を見てはいけないような気がして、二人の分の調合が始まるまで、ひたすら前を向いたままでいるのだった。

ありがとうございました。

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