入学式
試験から一週間後の週末の休日、闇の日に結果発表があって、俺は無事に合格を果たしていた。
俺は10-B組ということだった。
四十人ずつ、能力ごとに十の階級に分けられ、さらにAとBの二十人ずつに分けられる騎士科のクラス分けだから、俺は、堂々の最上位クラスである。
オークスと互角にやり合ったのが一番影響しただろうか。
ただ、首席合格というわけではないようだ。
例年、10-A組で最も上に番号が載っている受験生が試験組………平民組の首席だという話を聞いている。
同じ階級での組み分けは貴族枠の生徒も含めて実力が互角になるように調整するらしいから、10-Bで一番上だった俺は多分三、四番手ぐらいまでに入っているだろう。
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発表から今日までの二週間は所定の店に行っての採寸だとか、物品の受け取りだとかで、学園都市内の色々な店をぐるぐる回っていた。
今日も必要物資や新しい武器の買い物などを終わらせてベッドの上に寝転がると、ぽふっといい音が鳴った。
少し目を閉じて耳をすませば、隣の部屋からガチャガチャと工具を整理する音が聞こえてきた。
音の主は技専、国立技術専門学校に入学するダニーだ。
最初は角部屋に俺一人だったこのフロアも、四日前に全ての部屋が埋まった。
それも当然か。
今日は年の末の日で、明日には新年を迎える。学園も技専も冒険者学校も、揃って入学式を迎える。
日も沈んで夕食も取り終わったこの時間は、ピカピカの一年生たちが明日に控える新生活の幕開けに胸を踊らせている頃だろう。
かく言う俺も、その一人だ。
『ヒスイ、ルリ』
『⋯⋯呼んだ?』
『何? レイ』
『今日はもう寝るから、魔力あげる』
『そ、おやすみ』
『おやすみなさい』
全員が精霊を見れるエルフや、稀に見れる者もいるドワーフも、この寮の近辺には現れないと分かったから、気軽に二人を呼び出す。
両手にそれぞれの手を握って魔力を流していくと、俺の意識は闇に落ちていった。
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翌朝、日が登って七時を知らせる鐘が鳴った頃、俺は真新しい制服に袖を通していた。
都合よく俺たちの学年からデザインが変わるなんてことはなく、ご丁寧に再現されている首元のカラーやホックを確認して、上体を軽く捻ったりして動きを確認する。
着方も型も日本での中学時代に着ていたものとほぼ同じだが、裏側に刺繍された魔物素材によって、微弱ながら魔術的な効果が付いている。
だから、こちらの学ランの方が薄くて動きやすく、やわな使い手のナイフでは破れないくらいには丈夫である。
デザインは日本の感覚を持ってくるとどうしても気恥しいが、そこは性能を考えて目を瞑ろう。
それから先日無償で支給された短剣を、こちらも支給された腰のホルダーに掛ける。
制服の胸元にそれぞれの学科の色で校章の刺繍が施されていて、騎士科の色は赤。
そしてその赤刺繍の特権として、校内での帯剣が義務付けられている。
剣を持つに見合う振る舞いを学園で養うためらしい。
………うん、いい感じ。
制服を着ていても、鞘から剣がすぐに抜けるかも確認した。
握る短剣はタダで貰えるものとは思えないほどに軽くて丈夫だ。
父さんの短剣には及ばないが、俺が道中に普段使いしていた鉄剣なんかよりよっぽど質がいい。
これらの制服や剣がただで貰えるのは、国の未来を背負って立つ生徒を育てるこの学園に寄付するのが貴族や富裕層のステータスだかららしい。裏口入学などがあるのだろうか、なんてことも考えるが、入学枠が自動で設けられる貴族様には関係ないのだから限定的だろう。
彼らのおかげでこの学園は入ることさえできれば学費もタダだし、制服も剣も全てタダだ。入れてしまえば思うところより感謝の念が勝る。
最後に白の学ランからホコリを完全に落とすため手で払って、準備が完了する。
「よし、ばっちり」
鏡は買っておらず、ベッドと時計とテーブルしかこの部屋には置いてない。服も全てアイテムボックスの中だ。それでも身なりを確認できているのは、シズクが気を利かせて用意してくれた水鏡のおかげである。俺の頭の中を読める精霊たちは、人の目がないと便利に手助けしてくれる。
『どうかな?』
『かっこいいわよ、レイ』
『なかなか良いんじゃない?』
『ご入学おめでとうございます、レイ様』
『『『おめでとうございます』』』
そういう時は他人の意見を、と思ったが精霊に服の善し悪しは分かるのだろうか。
とりあえず礼だけ述べておく。
何があるかは分からない学園には一緒には来られないみんなに魔力を少し注いでから玄関へ向かい、靴を履く。
これも例の如く支給されたものだ。
制服と同じく、丈夫で軽くて走りやすい。
入学式は八時から。学園内で最底辺身分の俺が遅刻するわけにはいかない。
余裕を持って行動するのが肝要だ。
「よしじゃあ、行ってくるか」
貴族から名字無しまで、幅広い階級の子供が集まる"学園"。
ここでの三年間には一体何が待っているのか。
できるだけ穏やかでありますようにと願い、俺は部屋のドアを開けた。
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早めに到着しても、正門の前では大勢の保護者が見送りに集まっていた。
人ごみを潜り抜け、誘導に従って歩いていく。
学園内に親が立ち入ることは許されていない。
新入生の顔と、胸に表された学科、それぞれの魔力を横目で記憶しながら歩いてみる。
見える顔はどれも誇らしげで、希望に満ち溢れた表情をしていた。
俺を運ぶ新入生の列はこの学園都市でも一番高くそびえる、学園の中央塔へと続いていった。
八時の鐘があちらこちらから一斉に鳴る。
どうやら学園内の塔や校舎のそれぞれに鐘が設置されているらしい。
普通は神殿にしか設置されていないその鐘の役割は、きっと日本の学校のチャイムと同じだろう。
鐘の音を合図に、コツコツと足音を響かせながらじいちゃんと同じぐらいの初老の男性が歩き出し、俺たちを見上げるようにして壇上に立つ。
「新入生諸君、まずは君たちがこの門をくぐる始まりの日を祝おう。おめでとう」
同時に壁際に整列していた教師陣から拍手がされる。
各学科合わせて三千人以上の新入生が収容された講堂でその音がよく響くのは、魔法具のおかげか、それとも静かに話を聞く新入生のおかげか。
そこから壇上の男、ケヴィン学長の話は続いた。
言うなれば日本でもよくあった校長先生の話だ。
やはり尺としてはやや長い。
………けど、流石は貴族様、なのかな?。
シアラー公爵家に連なる貴族である学長の話を聞いて、素直にそう思う。
上に立って話すことによく慣れている。
こういう話を聞かせて全く眠くさせないだけで尊敬に値するものだ。
俺は、彼の話が頭に入りやすいのをいいことに、最後列から前方を見回した。
身分を考えてそこに座ったが、功を奏したようである。
全体的にやっぱり魔力が多くて、反属性のダブルも何人か。
めぼしい新入生にチェックをつけながらそんなことを思う。
魔力が多いのはやはり貴族様だろう。
大きく見える者も後列にもちらほらいるが、そのほとんどは前列に固まっていた。
師匠もそうだったが、貴族は総じて魔力が多い。
人の魔力量はラスやリーナのように、親が関係なくランダムで決まるのが普通だが、親の魔力がどちらも多いと子供の魔力も確率的には多くなりやすいらしい。
いつか村の人達がラスの魔力の話をしていた時に耳にしたことがある。
貴族は魔力の多い貴族同士で結婚するから、必然的にそうなるのだろう。
貴族には魔力が必要なはずだから、もしかすると狙ってのことかもしれない。
そして反属性のダブルが多いのも、位置的に貴族だ。
多い魔力量がそれを可能にするのだろうか。
あと気になったのは貴族は総じて魔力が綺麗なことだ。
………圧縮ぐらいなら親とかから習えるか。
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「代表、ウィルフレッド・A・チャールトン」
「はっ!」
………公爵家直系か………。
学長の話の後、新入生代表挨拶で名を呼ばれたのは、この国のシアラー公爵家と並ぶ、チャールトン公爵家の少年だった。
公爵位は王家を除く貴族の最上位、しかもアルの名を持つということは現公爵の直系で、継承権を持つということだ。
きっと彼が新入生の中で身分が一番高いのだろう。
さて、どんなお坊ちゃまが出てくるかと思っていると、軽い動作で立ち上がった彼は腰に俺と同じ短剣を携えていた。赤の刺繡の騎士科の生徒だ。
俺の目は周りを見ることを止めて、その姿に釘付けになる。
………あ、こいつ、強いわ。
容姿はまだあどけなさも残る子供のものだ。
短く切られた銀の髪が美しく、まさしく貴公子然としている。
しかし、歩く姿勢と目付き、そして内包する莫大な白と黒の魔力が彼の力を示していた。
それでいて………光と闇のダブル。
「今日、この日──」
舞台に上がったウィルフレッドは真面目に、しかしどこか退屈そうに、紙に書かれた文字を読み上げていった。
内容はきっと無難な挨拶である。
そして恙無く挨拶を終えると、紙をしまい、降壇して席に戻る。
すると彼は、何の気まぐれだろうか、ほんの少し講堂に座る俺たちの方へ視線を上げた。
いや、少し違う。
その時彼は、何の偶然か、一番遠くに座っている俺のいる方へ視線を上げた。
ウィルフレッドの視線は、彼を見つめていた俺の視線と交錯する。
そして、彼は足を止めた。
けれどそれはほんの一瞬だけのことだった。
彼はすぐに再び歩き出すと、席まで戻り、何事も無かったかのように着席する。
ウィルフレッドの様子を見ていた周囲も、彼の挙動に少し不思議そうにしながらも、式が続く壇上に視線を戻す。
その中に、ウィルフレッドの口角が上がっていたことに気づいた生徒がどれだけ居たかは、俺には分からない。
ウイルフレッドの挨拶の後、すぐに入学式が終わった。
ここからは九時の鐘が鳴るまでにそれぞれの教室に移動して、自己紹介なんかをするらしい。
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………⋯さて、どうしたものか。
教室の席で机に肘を置き、顔の前で手を組みながら、考える。
もし俺がメガネをかけていれば、光が反射して奥が見通せないようになっている、そんなポーズだ。
俺のいる教室内は先程の講堂と同様に静まり返っていた。
しかし、その中で視線だけは雄弁にそれぞれを語る。
俺のように緊張から一点を見つめる者もいれば、周囲や人を興味深そうに眺める者もいる。
明らかに今から感じている緊張の差でだ。
前者と後者の比率は大体、六四くらいだろう。
九時の鐘が鳴ると、担任らしき男が教室に入ってきた。
教壇に立つと、彼はぐるりと教室内を見渡す。
「揃ってるようだな! ここからは学長の言う通りだ。さあ、早速自己紹介をしよう!」
テンションの高い彼の声が、教室内で見事に反響した。
同時に俺の胃が締まった気がする。
貴族のお坊ちゃまにお嬢様、騎士家の子女と、それから名字のない貧民一人。
身分差が隔てるクラスでの自己紹介が始まる。
ありがとうこざいました。