入学試験(後)
「いや、悪い、気のせいだったようだな。昔の知り合いに似ていたものだから⋯⋯。座ってくれ」
「いえ、はい、分かりました。失礼します」
目の前の王国騎士はすぐに本題を思い出したようで、俺に闘技場の地面の上に置かれた椅子へ座るよう指示をした。
自分でも気のせいで済まないほど母さんには似ていると思うが、存外冷静なようだ。
席に座ると試験官の奥で、俺を見つめる若手騎士と目が合った。
………あ、魔眼持ちだ。
魔眼持ちは先程までの会場でも何人か見かけていたが、何故か全て直感だけでそう判断できた。
引かれあう何かがあるようにも思えてしまうが、俺は同性に運命を感じるのは遠慮したい。
驚いたように俺を見ていた彼に軽く頭を下げて、今一度居住まいを正した。
「さて、早速だが質問をしよう………」
ここからは簡単な面接である。
面接官が俺にプロフィールを聞いて、志望動機を聞いて、得意なことを聞く。
プロフィールは出身地と属性で、親の名は聞かれなかった。
志望動機が決断保留のモラトリアムを過ごすためでは正直すぎるので、婉曲にその部分にも触れながら大切な人たちを守りたいと語る。
得意なことは剣術と魔術、それから狩りと答えた。
面接官を務めたこともある師匠に、どんなレベルであっても自信を持って答えることが大切と言われたからだ。
それに今の俺はそれ以外にパッと思いつく特技もない。
面接はそれであっさり終わった。
いわく、ただただ適切な受け答えができるかどうかを調べるものだから、こんなものなのだろう。
面接官は立ち上がって少し奥への移動を促した。
次は武術、というより武器の扱いの試験である。
「ここから選んでくれ」
様々な武器が並ぶ場所に連れていかれて、長剣以外で最も得意なものを選ぶように言われる。
………槍、戦斧、メイス、弓、で、これはボウガン?
騎士も戦地に合わせて武器を持ち替えることは少なくない。
ギルドで色々な武器を使っていたから扱える武器がほとんどだ。
どれにするか迷ってしまう。
さんざん悩んで、結局俺は弓を選んだ。
ソロの魔物狩りにはあまり効果的でないので使わないが、獣の狩りではよく使ったし、ギルドでも腕を褒められた。
弦の張り具合などを確かめてから、三丁あった中から一番短いものを選んで持っていく。
「エルフみたいだな………」
若手騎士の呟きが聞こえた。
人が小声で話している時は耳に魔力を篭めるのが癖になっているから、こういう声もよく聞こえるのだ。
……耳は尖ってないぞ。
俺の心の声に精霊達がくすくす笑ったのが聞こえた。
「弓はあそこから、あの的に三回放ってもらうだけだ。頑張れ」
「はい!」
面接官たちに見守られる中、所定の場所へ移動して、矢を番える。
強めに風が吹いているので、調整。
風が弱まったので、調整。
風がまた吹き始めたので、調整。
冬の冷たい風が俺を嘲笑うかのごとく吹き荒れる。
ちらりと目に入った面接官と魔眼の若手騎士の顔に、気の毒そうなという表情が浮かんでいた。
………ああもう面倒だ。
なるようになれと力いっぱい引き、的の真ん中に目掛けて矢を放った。
調整は一切加えず、運と力に任せる。
すると、先程までの風が嘘のように止んで、矢は三十メートルほど離れた的のど真ん中に命中した。
また風が吹き始める。
二射目、一射目の矢を掠めて左横に的中。
三射目、一本目の矢を貫いて命中。
全射皆中で最後はロビンフッドにでもなった気分である。
………いやあ、ラッキーラッキー。打つ時になると風が止むなんて本当にラッキーだ。
「以上でしょうか」
「あ、ああ。弓は得意なんだな」
俺の幸運に面接官も驚いている。
視線の先が俺の耳元に来ていたのが分かったので、耳を隠した髪をかき上げる。
当然の事ながら俺の耳は尖ったりしていない。
「"精霊の気まぐれ"じゃないのか⋯⋯」
若手騎士が、今度は俺に隠そうともせずに声にした。
俺がちらと視線を向けると、彼は苦笑いをしてから一歩引いた。
彼の言うとおりである。
先程のは精霊の気まぐれで起こったわけじゃない。
ああ、"精霊の気まぐれ"というのは、エルフが弓を放つといい方向に精霊が風向きを変えたりすることを言う。
エルフがこの世界で弓の名手とされるのはこれ故だ。
しかし、今回のは一切そんな気まぐれに関係がない。
何しろ俺は、できるだけ魔力が漏れないように注意を払って弓を引いていたからだ。
漏れた魔力を食べたお礼に当たれというお願いを精霊が叶えてくれる"気まぐれ"が起こることはありえない。
ただちょっとだけ、気まぐれではない何かが働いたのかもしれない。
………うん、今日は帰ったら疲れているだろうから魔力を温存しよう。それで明日のルリにその分いっぱいあげよう。
「次、お願いします!」
「ああ、最後は剣術だ。私と打ち合ってもらう。あちらへ戻るぞ」
「はい!」
『なんでよー!』と怒る声が聞こえた気がしたが、きっとそれは空耳だ。
ばれるといけないから気をつけてほしいものである。
****
「さあ、どこからでもかかって来なさい」
剣を構えた面接官が言う。
状況と相まって、乗り越えフラグとも言うべきだろうか。
………けど、勝つのはどうなんだろ。
構えを見ればその剣士の大体のレベルが分かるようにはなっている。
彼はやはり王国騎士団員で、魔力も相当に多く、強い。
それでもおそらく対人戦の実力は精々マスターくらいで、師匠には遠く及ばない。
ということは向こうが本気でやってもきちんと打ち合えて、もしかすると、勝てる。
さらには向こうが明らかに俺を舐めていて身体強化さえ使う気配がなさそうなので、身体強化を少し使えば、勝てる。
じゃあ身体強化をお互いに使わなければどうなるかなら、六、四くらいで向こうの優勢だ。
………丁度いいくらいか。
身体強化は危ないシーンがない限り使わないことにする。
「では、推して参ります!」
「来い!」
俺は一気に間合いへと踏み込んでいった。
****
「まさか、⋯⋯ここまでやるとは思わなかった。少し自信を失くすな」
勝負を終えて、試験官は苦笑いだ。
俺も釣られて似たような笑いが出てしまう。
勝負だけの結果で言えば、俺が勝った。
というか、勝ってしまった。
最初の攻撃に驚いた彼が、俺の予想より遥かに滑らかに身体強化を発動させ、そこそこに危ない反撃を返してきたものだから、こちらもつい反射で身体強化をして防いでしまったのだ。
縛り勝ちを目指していたのにそれを破って勝ってしまった。
まあ、数ヶ月ぶりに気持ちよく剣を振れて楽しかったが。
「………誰から剣を習ったんだ?」
「ウォーカーの街でギルドマスターをしている、イアン・バークリー様です」
少し考えた後に彼は尋ねた。
俺の回答は隠し事さえあっても間違ってはいない。
マスターも確かに、俺に剣を教えてくれた。
「イアン・バークリー………ああ、かの"風爪"か。でも、彼は冒険者だろう? それにしては随分騎士の動きが分かっているような気がするが」
マスターを知っているのかと感心する暇もない。
突っ込まれると少々まずいのだ。
というのも師匠から聞く話の節々に、「穏便に退団した」だとか、「貴族の責務に興味はなかった」だとか、どうにも彼が強引に騎士団を抜けてきた部分が見え隠れしていた。
それから、マスターが呼ぶジョーという呼び名も冒険者として名を通す時に使っていたもので、長くジョゼフの名は隠していたそうだ。
それは多分、簡単に居場所を探らせないため。
ここで王国騎士団、しかも恐らく父さんと同じ世代で、間違いなく師匠のことを知るだろう目の前の面接官に、師匠の話をしていいものなのか。
「昔、騎士をしていた方に教えてもらいました。えっと、あの、母親の知り合いで」
「母親の?」
………あ、やらかした。
考えた上で考え無しに出た言葉は見事に地雷を踏んだ。
そう、彼は俺の母親だろう人物を知っている。
「………大事な面接の途中に個人的な話ですまない、君のお母さんの名前を聞いていいかな? ………よければ、お父さんの名前も」
確信に近い目で、彼は俺の目を見つめた。
ここで面接官相手に心証を悪くするは悪手だ。
素直に答える。
「リーンです。母に名字はありません。でも父は、レンです。レン・タウンゼント、だと。母から」
「………! そうか、やっぱり!」
彼の目に浮かんだのは、懐旧と、安堵。
やはり彼は母さんと父さんの知り合いなのだろう。
「そうか、リーンは無事に生きていたか。ああ、すまない、名乗ってすらいなかったな。私はオークス・ドノヴァン。レンとは級友だった仲だ。この学園でね」
そこからは彼、オークスさんのちょっとした昔話が始まった。
彼と父さんは三年で初めて同じクラスになったが、実力も近く、そこそこ仲が良かったそうだ。
母さんとの繋がりは………推して知って欲しい。
俺の後ろに待つ受験生もおらず、ついつい長話になる。
「………それで、君の母親の知り合い、と言ったな?」
脱線したまま話が終わらないかと思っていたが、また師匠の話に戻る。
オークスさん曰く、「アホほどモテた」母さんは、強引な人間の多い騎士科生からは距離を置いていたり、父さんのガードが堅かったりで、繋がりのある者などほとんどいなかったらしい。
だから、俺に剣を教えられるような退役した騎士を考えると、すぐに答えが出てしまうようだ。
「まさか!!!」
彼は目を見開いて俺の肩を強く掴んだ。
間違っても子供の肩を掴む強さじゃない。
「君に剣を教えたのは、"聖壁"か!?」
「ええ!?」
師匠の二つ名を口にし、俺の肩を激しく揺する。
そこで驚きの声を上げたのは、頭が揺れている俺ではない。
置き去りにされていた魔眼の若手騎士だ。聖壁の名を知らぬはずも無いのだろう。
「どうなんだ?」
オークスがじっと俺を見つめる。
………あ、えーと、身体強化………!
魔力を脳に供給して頭を回す。
言っていいこと、悪いことを仕分けていく。
が、今はそこではない。
どう誤魔化すか頭を激しく回しているうちに、師匠の言葉がふと浮かんだ。
………もしかして、覚悟か対策が済んでる?
「いつでも名前を使ってくれてもいい」と師匠は言った。
考え無しのマスターならともかく、師匠が不用意にそんなことを言うとは思わない。
「困った時」というのは身分なんかでというニュアンスだったが、今俺は非常に困っている。
師匠を信じて、首を縦に振った。
「そうです。"聖壁"、ジョゼフ・スターリングが私の師匠です」
「やっぱりか! ハイラム! 今すぐ団長に報告だ! "聖壁"発見! 場所はウォーカー伯爵領、領都! 行け!」
「はっ!」
オークスの指示を受けて、すぐにハイラムと呼ばれた魔眼騎士は走り去って行った。
どうやら師匠はずいぶんと上手く身を隠していたらしい。
まるで指名手配犯を見つけたかのような騒ぎ方だ。
するとそこで、午後四時を知らせる鐘が鳴った。
当初の予定では、試験はこの鐘までに全ての行程が終了していたはずだった。
「あの………、そろそろ………」
「ああ、そうか、そうだな。付き合わせてしまってすまない。試験結果は来週の闇の日の朝八時から学園正門の東側で張り出される。合格者はそのまま手続きがあるから、皆メダルを持って行くように。お疲れ様」
「ありがとうございました」
俺に事務連絡だけ残したと思うと、オークスは辺りを見回してから誰も居ないのを確認して、俺の頭をぽんと撫でた。
どうしていいか分からないまま固まっていると苦笑して、そのまま去っていった。
無事、と言えるかどうかは微妙だが、試験が全て終了したらしい。
俺は他の受験生が誰も残っていない学園を後にした。
………さて、またここに来れる、かな。
ありがとうございます。
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