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到着

「あー、疲れた」


 寝転がると、まだ板張りのままのベッドはギシリと音を立てた。そのままぐいと体を伸ばせば背中がごりごりと擦れて痛む。


『お疲れさま』

『お疲れ様です、レイ様』

『ありがと』


 労いをくれたルリと、水の小精霊のカイトに礼を言う。


『レイ様、癒しをおかけいたしましょうか?』

『ううん、大丈夫』


 もう一人の水の小精霊で、少々過保護気味なシズクが申し出てくれるが、この程度で癒されていてはいつしか骨抜きにされていそうで怖い。


 新たに名付けた小精霊の四人は、ヒスイのように元々名前を考えていたわけではなかったから、適当に日本の名前から付けた。


 小精霊は元々喋らず、姿も綿毛で、中精霊のような女性的なイメージに引っ張られることもなかったので、同じ属性の二人には男女それぞれの名前をつけてみた。それに引っ張られたのか姿も声もカイトは男性的、シズクは女性的に分かれた。これは風精霊の二人も同じだ。


 四人の大きさは、ニンゲンの二歳児や三歳児くらいで、俺とほぼ変わらない背恰好の中精霊達よりいくらか小さい。

 普段はルリやヒスイの話し相手をさせつつ、何かあった時は一番真面目なカイトをリーダーに仕事をさせようと思っている。小さい体だが魔法は当然に優れているし、皆それぞれBランクの冒険者よりよほど大きな力を使うことができる。

 お役に立ちたいなんて言ってくれるし、その通りにしてもらうつもりだ。


 ベッドから起き上がって、背中をさする。

 日が暮れる前に布団を買いに出ようかと思うと、散歩に行っていた風精霊の三人も帰ってきた。


『帰ったわよ』

『ただいま、レイ様!』

『………ただいま帰りました。フウマ、ヒスイ様が先』

『おかえり、みんな。ってまあ、まだおかえりって感じじゃないんだけど』


 俺が出迎えると、カイトたちを含めた小精霊の中で一番元気なフウマが俺の方に飛んで来ようとした。しかしそれは、物静かだがフウマには厳しいナギに腕を掴まれて阻止されていた。


 ナギの言う通りに、ヒスイがすっとこちらに寄ってきたので、彼女の手を取って魔力を渡す。


『何? また何か用事?』

『布団を買いに行こうかと思って』

『ふーん、ニンゲンは忙しいわね。じゃあもう少し外にいていいかしら?』

『うん。ああ、ルリ達も連れてってやって。俺は一人でいいから』

『分かったわ、行きましょう、みんな』


 俺が許可するやいなや颯爽とヒスイが飛んでいって、その後に五人も追随して行った。水精霊たちは俺の方を気にしていたが、手を振って送り出す。


「さて、布団と、あと何か夕飯と」


 六畳一間。多分そのぐらいの、ベッドしか置かれていない殺風景な部屋を見渡し、靴を履いてから部屋を出た。


 行く道は振り返りつつしっかり覚えておこう。まだ一度しか足を踏み入れていない我が家に帰って来られなくなるかもしれない。



****



 さて、ヒスイと契約した昨日の夕方、俺はついに学園都市に辿り着いていた。十二月の頭にある試験までは残り二週間となっていたことを考えると、実にギリギリである。

 マスターの言う無計画小僧の名が相応しいと感じてしまう。


 ウォーカーの街とは全く造りの違う学園都市の通りを歩いて、辺りを見渡す。


「さてと、布団ってどこに売ってるんだ?」


 慣れてはいなくとも、この通りはこの街に来てから既に二度ほど通っている。

 俺が覚えている限り、ここに布団を売っていそうな店はない。


「人に聞くのが一番か」


 俺はくるりと踵を返して、既に通り過ぎた店へ向かった。

 まだ一日も過ごしていないこの場所で、情報を聞ける人は限られていた。


「これはこれはレイ様、ようこそいらっしゃいました。何かご不便がございましたか?」


 俺が今朝に部屋を契約する際利用した不動産屋に入ると、随分と謙った態度で店員に出迎えられた。

 今日の朝、初めてこの店に入った時の態度とは大違いだ。


「いえ、それは大丈夫です。気に入りました。ただ日用品を売る店を色々尋ねたくて」

「それでしたらお任せ下さい。不動産を扱う者としても、この街は知り尽くしておりますから」


 よろしければご案内しましょうか、と擦り寄ってくるちょび髭を生やした小太りのエディに苦笑いしながら、色々と店の位置を聞く。今行きたい寝具店やこれから利用しそうな雑貨屋、あと適当な食事を売る店などだ。


「よければ地図なんかあれば見せてもらいたいのですが………」

「ああ、そんなことに気が付かないとは、このエディ一生の不覚。すぐにご用意いたしましょう。写されますか?」

「いえ、結構です」


 急いで奥へ飛んでいったエディにまたチップを弾んだ方がよさそうかな、なんて思いつつ、今朝のことを思い出す。


 金の力というものはどこに行っても実に偉大だと実感した話だ。



****



「いらっしゃいませ、お部屋をお探しで? おひとりですかな?」


 学園都市に着いてからはまずは宿に泊まり、今日の朝、俺はこの不動産店に入った。この時に出迎えてくれたのがさっきのエディだ。

 エディはまだ、ただ丁寧な接客をする普通の店員であった。


「はい、試験のために一人で」

「それはそれはご苦労様です。ではおかけ下さい」


 俺を席に座らせると、エディは奥から資料の束を持ってきた。少し目を凝らして見れば、それらが条件ごとに整理された物件情報だと分かった。


「どのようなお部屋をお探しで?」

「冒険者学校や技専の生徒が多いような学生寮です」


 ほとんどが富裕層の学園生向けではなく、やや格の落ちる庶民向けの学生寮がいいと伝えると、エディが手元の資料を捲り、何枚かを彼の手元にあるテーブルの、俺に見えない所に置いた。


 やや態度が乱れたのは俺の気のせいではないだろう。


「ふむ………ああ、まずお名前を伺ってもよろしいかな?」


 ああ、やっぱりそう来たか、そう思いながら俺は名乗った。


「レイです。名字はありません」


 ここでエディは、手元に数枚を残して、残りは全て先程のテーブルに置いた。


 行動からもわかりやすいことに、その目は明らかに俺への丁寧な接客など考えていないものになり、さっさと相手をするのも終わらせてしまおうとしていることが見て取れた。


「それでしたら、これらのお部屋なんてどうでしょうか」


 エディが手元に残していた数枚を受け取って、普通は一つ一つ説明されるところなんだろうな、と思いつつ目を通した。


 食事なし、トイレはフロアに一つ、部屋はベッドもなしで小さなクローゼットのみ、このぐらいの格で相場は色々込みで年間で金貨2枚ってとこか。


 やはり安いなと思いながら、他の細々した条件も頭に入れて、エディに資料を返却する。

 まあ、こんなものだろう。


「ありがとうございました、他の店と比較してから、また来るかもしれません」

「ちっ………またのご来店をお待ちしております」


 俺がそう言って席を立つと、小さいものだったが、舌打ちが俺の耳にしかと届いた。


 内心ではこのままドアノブを握り潰してやろうかと思いながらも、俺はきちんと笑みを作り、当初の計画通りに【亜空間収納アイテムボックス】を開いて、硬貨袋に手を突っ込む。


「これはお礼です。ありがとうございました」

「なっ! レイ様、またのご来店をお待ちしております!」


 俺が無造作に大銀貨を投げて、そのまま店を出ようとすると、背中越しに声が聞こえた。


 ………さて、次に来る時はどうなるだろうか。


 俺はドアを開けて、先に見回っていた次の不動産店へ向かったのだった。



****




「こちらの二つ、あと少し格は落ちますがこちらとこちらにも寝具店はあります。こちらなどは貴族向けですので向かうのは準備されてからの方がよろしいでしょう」


 不動産の情報が記された地図上で、 エディが布団を買える店を示していく。その一つ一つが実に丁寧な手さばきである。


 俺は、あの後他の不動産店でも同じような、もしくはさらに酷い処遇を受けたためチップも払わず、結局この店に戻ってきた。その時にはもうエディはこんな態度になっていた。人としては気に食わないが、働いてくれるなら良しとしよう。

 街の平均月収の三分の一に当たる大銀貨一枚をただのチップで支払ったのは随分効果的だったらしい。


 エディはオススメの物件情報をあまねく提示してくれた。


 まだどの学校も試験の結果が出ていない時期だから、それなりの空きはあるらしい。

 俺はその中から年間金貨六枚の契約で即日入居可能、四階の角部屋という部屋を選んだ。


 更には毎朝簡易な朝食が付き、俺は水の魔力が使えるからタダで水道も好きに使える。風呂はないがシャワールームも付いていて、冷水ならタダで、火の魔石を買えば温水シャワーも浴びられる。

 村の水浴び育ちの俺にとっては超がつくほどの好条件であった。


「助かりました」

「いえいえ、また何かございましたら是非ご相談ください」


 情報料として再び大銀貨一枚を握らせると、悪い笑みでエディが答える。


 入居時の礼金の加算額も加えて、既に余分に大銀貨五枚をエディには渡しているので、名字のない子供でも俺はすっかり上客として認定されたようだ。


 ………ありがとう、じいちゃん。大成功だ。


 心の中で、名字無しに対する都会での仕打ちとその対処法に関するあれこれを教えてくれたじいちゃんに礼を述べ、俺は寝具店へと向かった。

 正真正銘トルナ村生まれのじいちゃんもじいちゃんで苦労をしてきて、その中で苗字持ちでもサバサバと、分け隔てなく接してくれたばあちゃんに惚れて頑張ったそうだ。



****



 そこからの二週間は受験の手続きや生活の準備を整えたり、近くの森を散策したりするだけですぐさま過ぎ去り、俺は試験の初日を迎えていた。魔物狩りのできるような森はどうにも学園や冒険者学校に管理されており、立ち入ると面倒を呼びそうだった。


「えー、では今から試験を始める。受験番号ごとに指定された部屋へ並びなさい」


 集められた受験生の前で、試験責任者と名乗った初老の男性が指示を出した。


 俺の受験番号は騎士科の七一三番だ。十三番部屋に並んで待つ。

 周りの受験生たちは静かな会場にそわそわしていて、顔は一様に緊張していた。人生初の受験だろうから当然だろう。俺もかつて、高校受験をした際はそこそこに緊張していた。


「七一三番、入りなさい」

「はい!」


 でも、今は。

 母さんやばあちゃん、それから師匠にも習った作法を思い出しながら俺は部屋へと入っていった。



****



「七一三番、合格だ。来週は頑張るといい」


 その場で合格が通知されて入学が決まった、わけじゃない。


 今日の試験は一般生を対象とした一次試験で魔力量の測定、受け答えの態度を見る面接、それから軽い素振りをさせ、何の推薦も持たない者達を振り落とすものだ。


 ある種の難関ではあるらしいが、俺の能力や態度で落ちることはまずないと師匠にも言われていた。そして落ちなかった。


 自分で言うのもなんだが、当然である。

 魔力はこの会場で一番多いぐらいに設定したし、礼儀作法も家族にほぼ毎日厳しく指導してもらっていたし、出発の前に師匠に選んでもらった両手剣を振れば試験官も驚いたようだった。

 ここまでやって落ちるわけがない。


 本番は来週にある最終試験だ。今日の合格者と各領地の騎士学校の見習いからの選りすぐり、合わせて八百人ほどで三百人ほどの枠を争う。

 倍率で言えばそこそこレベルだが、一次試験の倍率で百倍近いと言われるし、騎士学校推薦の見習いは領地内での競争も苛烈だから残っているレベルが高い。


 涙を流す者、知り合い同士で笑みを浮かべる者、悲喜こもごもの受験会場を後にして、俺は自宅へと向かった。

 気疲れもしたけれど体力には余裕がある。ヒスイと出会った山脈まで戻って、狩れる魔物探しをしようと思う。


 街歩きや山歩きをしていると次の週はすぐにやって来て、俺は本当の本番を迎えた。

ありがとうございました。


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