決着
「はああああああっ!!!」
「!!」
俺が導師の時の様に魔法を目の前で消す前に、"聖壁"はそれを切り裂き、突っ込んできた。
彼の魔力はとっくに限界が近く、魔法の数百発分にはなるだろう魔力を溜め込んだ攻撃に無傷とはいかない。服は裂け、腕や脇腹、足には血が滲んでいる。
けれど、その足取りは力強い。
俺が再び剣を構えれば、視線が交錯した。
ひたすらに俺を捉えるその目から、姿から、気迫から、彼のあり方が伝わる。
構わずに来いと彼は構える。
……ああそうか、これが騎士か。これが”聖壁”か。
相手がどれだけ理不尽な存在だったとしても、状況が絶望的でも、決着を付けるその一瞬まで己の誇りとともにあり続ける騎士の姿の具現だった。
その気高い美しさに鳥肌が立つ。
魂の高潔さに勝ち目はない。
どこまでも格好良い騎士の姿に胸が震える。
だけれど、勝負だけは貰いに行く。
自分の力を知るために。
自分の力を知ってもらうために。
「……全開」
音を置き去りにして、師匠との距離をゼロにする。
そして胴への横薙ぎ。当てないように細心の注意を払っても、誰に対しても必殺であるはずの一撃。
しかし、それを師匠は未来を見たかのように捌いた。
「っ!」
速さが増せば、重さは増す。
なのに音速にも等しい速さで振られた剣に合わせて師匠は捌いたのだ。剣は一つも毀れていない。
でも、まだ勢いまでは殺されていない。そのまま一回転して切り上げる
「はあっ!」
予想以上ではあったが想定外では、ない。
だが、またしても軌道は逸らされ、師匠には届かない。
「はあっ!!」
「はあああっ!!」
三度、四度、五度……そして……。
ピタリと二人の動きが止まる。魔力の光を帯びた剣先が、下から突き出されるようにして喉元へと向かっている。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「……負けたよ」
計七度の剣撃を放ってようやく、勝負は決まった。
俺の勝ちだ。
勝負にはちゃんと勝った。
しかし、正直一発で終わると思っていたし、まさか師匠でもここまで粘られると思っていなかった。
剣を引き、距離を取り、向かい合い、鞘にしまう。
そして一礼をする。
制御がやや崩れ、呼吸を意識しなかったために切れた息で上下する胸を覆ったのは、喜びよりも安心だった。あそこまで言って勝てないなんてことがあっては格好がつかない。
このとんでもない……この国で一人、竜を退けた人に勝てるぐらいには俺の力はこの世界に通用する。
「ありがとうございました、師匠」
「……ああ、ありがとう。……それじゃあ休憩がてら、話を聞かせてもらっても、いいかな」
「はい、全て」
俺は、やや緊張しながらも、しかと覚悟を決めて頷いた。
****
『はい、ばっちり』
「ありがとうございますルリ様。⋯⋯しかし、中精霊とは凄まじいものだね」
「人前では力を借りれないですけどね」
『様だって、変な感じ』
ルリを呼び出して、最後の魔法を受けた師匠を回復してもらう。裂けていた皮膚はひとつの傷跡も残すことなく元通りで、血に濡れた服は破れたところ以外新品同然である。
これにはさすがの師匠も苦笑いを浮かべる他なかったようだ。
「そうじゃろうな」
「おう、レイ、詳しく聞かせろよ?」
「レイ、見てるって言ったけど最後のは何にも見えねえよ、あんなん」
導師、マスター、ラスもこちらに集まって来た。俺が促して車座になる。
「さて、どこから説明しましょうか」
「レイ、お前さん、なぜ光の属性を隠しておった?」
【聖盾】を使ったことで、光の魔力を扱えることは見せた。しかし、俺の隠してきたのはその程度ではない。
「いや、隠してるのは光だけじゃなくて、全部なんですよ。火も、土も、ほら」
六色の魔力を球のように生み出して、四人の目の前で動かし、全属性であることを伝える。
それぞれに純粋な魔力の色だから、偽物でないことぐらいラス以外は分かるだろう。
「はあ!?」
「あれだけの魔力を持ち、精霊に名を与え、さらには全属性とな」
「それじゃあまるで……」
「え? え? え?」
今日示したヒントは決して少なくない。
ラスはともかく、マスターや導師、特に師匠は、ある程度の推測ができているだろう。
「でも、どうやって」
「レイの顔を見れば、こちらのニンゲンであることは確かじゃしのう」
「リーンさんの子であることは間違いないだろう?」
「あの、昔の記憶を持ったまま、新しく生まれる、なんて話、こっちの世界にはありますか?」
これまでそちらに関する興味を頑なに隠してきたので、それに該当するこちらの言葉を知らない。尋ねてみると、師匠がすんなりと答えてくれる。
「『転生』や『生まれ変わり』のことか?」
「ああ、そう言うんですね」
「おい、レイ、んなもん法螺話でしか聞かねえぞ」
「生まれ変わり? いや、そっか、レイってガキの頃から……」
四人の顔が信じられないと物語っているが、それも仕方がないことだろう。
ここが日本で言うファンタジーの世界であっても、人は死に、蘇らないのが絶対だ。転生なんてものも聞いたことがない。あったとしてもそれは虚構の中の話なのだろう。
「全属性、精霊……ナガクラ? レイは今、十二……まさか!!!」
ようやく師匠の中で何かが繋がっただろうか。あの時の計画を詳しく知るのは、この中では俺と世話役の任を受けていた師匠だけだ。
「レイ、君はまさか、あの時の四人目か?」
答えに辿り着いた師匠に、俺はコクリと頷いた。ちょっと、笑ってしまいながら。
****
「にわかには信じ難い話だね⋯⋯」
「辻褄は合うのじゃが、魂だけとな」
「前代未聞って、レベルじゃねえぞこりゃ」
「元は十七歳……にしてはレイってけっこう子供じゃ、痛てっ、何すんだよ!」
全てのネタばらしと経緯をこと細やかに説明すれば、四人が口々に感想を述べる。
ラスの発言は自分も気にしていたところではある。体や環境に引っ張られすぎていたような気がする。
「そんなわけで、生まれてから洗礼式までは死ぬ気でバレないように頑張って、洗礼式から今日まではこっちの世界ではいきなり死んだりしないように頑張ってきたって感じですね。赤ん坊の時からなんとか、頭は動いていて、魔力も見れたので」
全て暴露してしまえばスッキリするものだった。これまでの苦労を知ってもらうべくか、滑らかに口が動く。
「そうなるだろうね」
「いやー、ずっと最悪を想定して生きてましたよ。上手くここまで来れて良かったです」
何度も言うが、バレれば飼い殺し以上は確定、下手をすれば、いや下手をしなくても処分される。ずっとそんな風に考えながら俺は今日まで生きてきた。
被害妄想が過ぎると思う時もあったが、楽観視できるほど、俺はこの世界に詳しくないし、他の召喚された三人の話を聞けば、あながち間違いではなかっただろう。
「して、レイ。お前さんはどうして今それをわしらに? 誰かが漏らすかもしれんぞ」
導師の疑問はご尤もである。
この世界でも相当以上の実力者である導師や師匠と接し続けてもバレなかったということは隠そうと思えば隠し通せたということだろうし、これからもバレずに済む可能性は大いにあるということだ。
それでも俺が暴露した理由は、基本的にルリの時と同じである。
「最初はこの人達に自分の力ってどれだけ通じるんだろうって知りたかったんです。これからを生きていくのに、自分の力が知りたかったから。あとは、道連れ……的な?」
「言葉を選べ、阿呆」
「おっと。いや、マスターだって俺が馬鹿なことでもしない限り黙っててくれるでしょう? 信頼です、信頼。ちょっとそこに俺の私欲が入っただけの」
指で弾かれた土塊を躱してから素直にそう答える。
ちょっと同情してもらえたり、何かしら力になってくれたり、秘密を共有できる人ができたりしないかなと思った以外は全てこれまだ築いてきた信頼によるものだ。
今更だが、隠しごとをしているという事実がある限り、後ろめたさが消えることがない。
「私たちになら、ってことかい?」
「そうですね、師匠。そこはもうはい、その通り。でも導師は人間性としては微妙だからまよ、って冗談です! 冗談!」
隠す必要のなくなった魔力をもって首元に迫った影を断ち切っていく。フルで力が使えるならそれぐらい造作もない作業だが、致死攻撃を狙うのはやめてもらいたいものだ。
「で、オレは? ガキだし⋯⋯一番ダメじゃねえか?」
「ラス、それはもうお前がルリに会ったことがある時点で結構手遅れだ」
「あ、そっか」
ラス、それからリーナに関しては森の深層で助け、ルリに会わせた時点でもう種を明かすことは決まっていた。本当に今更である。
『レイは結構寂しがりやだものね』
いつの間にかするりとルリが顕現していた。
出てもいい時は出てきていいと約束したのだが、気が抜けていただろうか。
それに、わざわざそうまでして言う必要があることだろうかと思う。
「へえ、寂しがりか」
「精霊様は嘘をつかんからのう」
ルリのせいで、マスターと導師はそう言ってニヤニヤしているし、師匠も生暖かい目でこちらを見ている。ラスもマスター達側だ。
「ああもう! この話は終わり! 俺が元々ナガクラの人間でもレイはレイ! 言いたいことはそれだけです! ほら、さっさと冒険の続きをしましょう、冒険! 俺が学園に行っちゃいますよ!」
居た堪れなくなって立ち上がり、皆にも起立を促してから背を向けて歩き出す。
「しゃあねえなあ。おいレイ、もっと稼がせてくれんだろ?」
マスターが隣にやって来て、いつものようにぐしゃりと頭を撫でる。
「子供をあんまり寂しがらせるもんじゃないからのう」
導師も珍しくポンと俺の頭に触れた。
「私もお陰様で回復できた。次はもう少しいいところを見せようか」
師匠は優しく頭を撫でてくれてから、俺の後ろを歩く。
そしてラスが俺の隣まで駆けてきて肩をぶつけた。
「レイ、お前に全部勝つ、なんてことはちょっと言えねえけど……絶対いつか、お前に勝ってやるよ!」
「⋯⋯ああ。けど、あんまり遅けりゃ俺が忘れてるかもな」
「すぐ追いつくさ! 絶対!」
ラスが突き出した拳に、俺も拳で答える。
一度死んで、前世から随分と恵まれていたことは思い知った。けど、生きてた時は知らなかったし、気がつけなかった。
今はどうか。得体の知れない存在だと言ったのに変わらず接してくれる人たちがいて、こんなにも信頼できる人たちがいて、恵まれていないと言えるだろうか。
「それじゃあ行きましょう!」
「おう!」
今の思いを、いつかのように、また魂に刻む。彼らとの繋がりを大切にして生きていこう。
そうして、最後の二日、俺が他に人目のないのをいいことに全力で山の魔物を狩り尽くし、マスターが今のギルドの手持ちでこれらの素材の支払いが可能か真面目な顔で計算を始めるぐらいになって、冒険を終えた。
ちなみに意気揚々と冒険に乗り出した俺たちだったが、あの後数分で昼食に戻った。
このこともいつかまた笑い話になるのだろう。その日を楽しみにしたいと思う。
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