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対決①

 マスターの攻撃は一つ一つが鋭いうえに、手数が多い。

 このやり方が双剣では基本だとマスターは言っていた。しかし、基本とは突き詰めれば隙のない戦法ということである。そして、普段は面倒くさがりなマスターはそこを突き詰めている。


 俺は一本の剣でなんとか乱撃をいなすが、反撃に行けるチャンスはほとんどない。


 今までの訓練でもマスターにはもう何度も勝ってはいるが、その勝率は三割ほどである。母数が多いから勝ち星の数こそ増えるが、勝率の点ではまだまだ。剣術で互角と言うにはまだ及ばない。


 強化のない、傍から見れば示し合わせた剣舞にも見えると言われるような打ち合いを終えた。

 マスターもウォーミングアップという認識は同じだろう。


 俺がすっと距離を置くとマスターが、俺の握る両手剣を見て呆れたように笑う。


「その剣で打ち合って刃こぼれ一つ無しかよ」

「そりゃあ、マスターに弟子入りした時よりも成長してますよ」

「ったく、誰が育てたんだか……」


 彼と出会った次の日、俺は木刀で木刀を切り落とした。そして今はただの鉄剣で魔剣と打ち合っている。

 普通なら数度、あるいは一度でも打ち合えば鉄剣にヒビが入るほどには耐久性が違う武器同士だ。


「もうあれ程に武器強化が使えるのか」

「何をしても恐ろしい子供じゃのう」

「あれ、レイは何してるんですか?」


 少し離れところで座りながら見守っている師匠たちの声が耳に届いた。

 これまでも、彼らの前でこういった小技をあまり見せていない。最初にギルドでマスターと会った時以外は、異常な魔力を使う特訓は人目のつかない森でしかしていなかった。


「じゃあ、こっからが本番だな」


 俺は頷いてそれに応える。


 ……さて、まず何から知ってもらおうか。



****



「らあっ!」

「っと、と」


 刃のぶつかる硬質な音が山の中に響き続ける。かれこれ何分になるだろうか、息をつく暇のない連撃が二人の間で交わされ続けていた。


「ったく、魔力切れは、絶対しねえ、ってか」

「さあ、どうでしょうか」


 衰えない速さの中でも既に魔力の半分近くを使い果たしたマスターと、全体から見ればほとんどゼロに近い消費量の俺。息を切らしているのは必然的に一人だけだ。


 この試合で俺の身体強化の出力はいつもから上げていなくて、最大値での力や速さでは圧倒したりしていない。技で劣る部分は持久力だけで補っている。


 俺が少し余裕を見せたからだろうか、自嘲気味に口角を上げてから、マスターが口を開いた。


「じゃあ、ラストだな。……ふぅ」


 間合いを切って一つ息を吐いたマスターが、剣を握った両腕を交差して構える。

 彼の体の中で魔力が高められていくのが魔眼を通さずとも分かった。


 ……隙はあるよなあ……


 今攻めれば勝敗を決することもできるだろう。

 しかし、そうするつもりは起こらなかった。


 この勝負、ただの思い出作りではなく、俺はマスターを、導師を、師匠を、どれぐらいの力で強者を超えていけることを知るために仕掛けたのだ。

 それならば全身全霊を懸けた彼の一撃を受け止めるべきだ。


「⋯⋯◆◆◆◆⋯⋯【空刃エアカッター】【突風ブラスト】」


 詠唱の完了とともに高速の二枚刃が左右から飛び出した。それと同時に、背後から風を受け、飛んでいるような速さで俺の眼前に双剣が突き出された。


「はああああっ!!」


 ……多分、ラスは目で追いきれてないだろうなあ


 常人には視認すらできない速さでの切り込み。これが、Aランク剣士"風爪"のイアンが見せる全力か、と感心する。当たれば、確実に死ぬ。


 魔力任せに加速させた思考と感覚の中で、できるだけ冷静に対応策を見出していく。


 魔法の相殺と、上空への回避。


「【空刃エアカッター】、【空舞エアリアル】」


 マスターに教えてもらった【空踏エアステップ】の応用、ルリの見守る森の中で鍛えた、魔法の出力上昇と身体強化を重ねての連続使用だ。

 眼前に迫っていた風の刃は完璧に掻き消え、二度の空中機動でマスターは俺を見失った。


「【突風】!」


 さらに空中で方向を変えてから、背中に突風を受けて突っ込む。


 マスターの背中、初めて会った時は手も足も全く出すことのできなかった彼の、俺がこの二年間追い続けてきた、広い背中に切っ先を突きつけた。


「ふう」

「負けだ負けだ。やってらんねえ」


 悔しがる素振りだけ見せたマスターが両手を上げる。初めて会った時から異常な子どもだと知っていた彼は俺がここまで使うことに何の疑問も持っていないようだった。


「さて、次はわしじゃのう」


 その勝負を見守っていた導師が間髪入れずに立ち上がった。ラスの隣に腰掛けに行ったマスターとすれ違い、俺の前に立つ。

 俺より小柄で、油断を誘う姿。さりとて内に渦巻く黒の魔力は底が見通せないほどの密度である。


「お願いします、導師」

「さて、どこまで引き出せるかのう⋯⋯」


 礼をしてから、剣を鞘ごとアイテムボックスに放り込む。

 マスターとの戦いで見せたのは、育ててもらった剣術と教えてもらった魔法の応用、それと少し多いぐらいの魔力量だけだ。


 ……さて、どこまで出そうか。いや、出させられるか。


 次なる戦い、"常闇"と呼ばれる男との魔法戦のために、俺は広く距離を取った。



「【目隠し(ブラインドフォルド)】」

「はっ! 【空刃エアカッター】!」


 迫り来る影を、拳に魔力を込めて殴り霧散させていると、その隙を突いて導師は視界を奪いにくる。これも魔力を放出する力業で抵抗レジストしていく。同時に背後へ迫っていた、俺を縛ろうとする【影糸シャドウスレッド】を魔力を纏った蹴りで断ち切っていく。

 風の刃をいくつか導師の方に向かわせたが、こちらも影を相殺させることで防がれていた。


「無茶苦茶な……どこまで魔力を隠しておるんじゃ」

「どこまでも、ですかねっ!」


 とても魔術師とは言えない、俺のアクロバットでの魔法抵抗に呆れたような声を導師は漏らした。

 お互いに強化は万全で、聴力も跳ね上がっているために、離れていても呟きのような声を拾う。


 俺が魔力を隠していること自体に今さら導師が驚くことはない。

 魔法を教わる時は、大抵俺は成功するまで何度も挑戦していたし、無理難題を押し付けられても魔力の物量攻勢で押し切ることも多々あった。

 その過程を導師はこの一年で散々見てきている。


「魔力量そのものを隠す方法など教えておらんだろうに」


 ……それは死ぬ気で隠そうとし続けてましたからね


 次は心の中に応え留め、襲い来る散弾の如き【闇球ダークボール】の連発を、横に移動して回避する。追尾してきたものだけは同じ魔法でたたき落とした。

 逃げる先に張り巡らされていた影の糸も腰に差していたミスリルナイフで叩き切る。さすがは魔法金属、魔法への干渉力が高い。


 導師と俺の魔法戦もほぼ拮抗させることができた。

 お互いに初級や中級の魔法を駆使し、導師はその発動時間の短さと手数で上回り、俺は一発に込める威力と魔法への抵抗の強さで上回っていた。全体に俺に迫る魔法の方が多くても、俺は抵抗できるし、俺が打つ魔法は当たれば一発で勝負が付くようなものだ。


「どうせ最後なんじゃ、聞かせてもらおう。魔力の隠蔽に圧縮、操作に展開……剰え”前借”まで。そんな真似どこで習った」

「全部自力ですよ。必死でしたから」


 互いに魔法を撃ち合いながら言葉を交わす。この程度で魔力操作への集中が削がれるような鍛え方は他ならぬ導師にさせてもらっていない。


「バレれば本気でまずいと思ってましたからね」

「洗礼式前の子供が、か?」

「ええ、もっと前からです」


 ⋯⋯【影縛かげしばり抵抗レジスト、【影鞭シャドウウィップ】相殺、【風弾ウインドバレット】は逸らされたか⋯⋯


 淡々と進められていく魔法戦に、魔法に関してもこの一年で随分と成長できたものだと実感する。以前は一発打つための間合いが長すぎて、そのあいだに導師の影に何重にも縛られたりしていた。


 しかし、互角のままでは勝負はつかない。導師はガス欠になるような戦いをしていないし、してこないだろう。そう考えれば俺の方から仕掛けるのが得策だった。


『じゃあルリ、簡単なの数発いいか?』

『任せて!』


 思念で立案していた作戦の実行を伝える。

 いくつもの魔法陣が展開され拮抗する戦況に、突然の水の礫が現れて導師の方へ向かった。


「っ!! ……なんと……」


 不意打ちは身体強化で飛びのかれて回避された。しかし、当たりはしなかったものの、流石の導師もこれには驚いたようだ。いや、それは驚くだろう。


 人が使う魔法は詠唱を省略しても必ず魔法陣が展開されて構築される。しかし、ルリ達精霊の使う魔法は魔法陣という段階が飛ばされる。魔法陣とは結局、詠唱と同じく精霊に呼び掛けるためのものだ。


「……精霊っ?!」

「ははっ! ウソだろ、おい」


 流れ弾が飛ばないよう、先程よりさらに離れたところから観戦していた大人二人から驚愕の声が聞こえた。さらに目をやれば、その隣にいたラスはようやく出てくるのか、といった様子であった。まあラスはルリのことを知っているからそんなものだろう。


「レイ、お主まさか……エルフか?」


 一瞬押し込んだものの、導師はすぐに状況を立て直している。そして先程の攻撃が精霊によるものとは疑いもしないようだ。


「髪の色とかは似てるらしいんですけど、違うんじゃないですかね? 導師に色々教わってますし」

「そうじゃったの」


 俺はそう言って闇魔法の手数を増やしていく。

 純血のエルフは皆が精霊を見られるそうだが、彼らの持てる属性は水と風と光で、その反属性はクインティプルだった始祖の直系にも発現していないらしい。


 母さんの属性や髪色、それから顔の美しさを考えればもしかすると少し血を引いている可能性もあるが、純エルフということはないだろう。それにしては母さんの魔力が小さすぎるし、耳も尖っていない。


 俺が精霊を見ることができて今ルリと契約できているのは多分、全部俺の生まれつきだ。


『ルリ、包んで』

『分かったわ』


 一度見せた手札はその後も有効活用するのがいいだろう。容赦なくいってやる。

 決してルリに大きく頼るのは、これまで無理難題を押し付けられてきた腹いせなどではない。決して。


「……チッ!」


 だから、いつも飄々としている導師の、らしくない舌打ちが出たところで溜飲を下げたりはしない。


『レイ、ずいぶん嬉しそうだけど、逃げられちゃったわよ?』

『……やっぱり導師はすごいや』


 導師は何をしたのか分からないが、魔力がごっそり減った代わりに水の牢獄から抜け出していた。


『すごいわね、光を使わない転移ができるなんて』

『何したの?』

『自分の影を伝って出てきたわよ? 見てなかった?』


 決して気が抜けていた訳じゃない。ちょっと他の魔法の構築に気を取られていただけだ。多分。だからルリはそんなに呆れた感情を送ってこなくていいと思う。


 そんな俺の集中の欠如を見計らったのか、これまで以上の連撃が無詠唱で飛んでくる。俺の今の魔法制御では防ぎ切れるかどうかの瀬戸際だ。次に形勢を優位にするためここは全力で守る。


「◆◆【失感覚ロス・センス】」


 連撃の最後に小さな詠唱が聞こえて、首筋にぞわりと鳥肌が立った。

 普段、導師が詠唱をすることは滅多にない。過去に、詠唱が必要な魔法なんぞ人には使わないと、導師は言っていた。


 ……俺も人なんですけど?


 それだけで一瞬の焦りが生まれた。

 そして、目の前に現れた特大の魔法陣の対応に力を入れようとすれば、俺の真後ろに展開されていた、隠された魔法陣からの魔法が直撃した。


 知覚の全てが闇に落ちる。

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