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向き合う

 テリン山での冒険は順調に過ぎていった。アクシデントと言えるような魔物なんかにも出会うことはなく、誰かが怪我をしているということもない。


 だけれど収穫は大きくて、俺と導師の【亜空間収納アイテムボックス】に入っている軽く手持ちの金貨が2桁にはなりそうな量の魔物の素材と、大型の魔物との実戦経験を得られたし、それから師匠から学園騎士科の話や騎士団での生活を、マスターと導師からは冒険者パーティ時代の武勇伝もとい馬鹿話も聞けた。


「そろそろ本題も済ませておかねえか?」


 そんな山篭りも折り返しが過ぎた三日目の深夜。いつもより早くに起き出してきたマスターが、先に不寝番をしていた俺に尋ねてきた。俺は不寝番の時はラスとペアを組んでいるのだが、彼は隣でぐうすか寝ている。

 討伐にもやれる分だけ、少しずつ参加していて疲れも溜まっているだろうが、もう少し頑張ってもらいたいものである。まあ仕方がないだろうけれど。


「ああ、それなら」

「あ? って、いつの間に……」


 俺がマスターに応えて【亜空間収納アイテムボックス】から木箱を取り出して手渡すと、中身を見たマスターは呆れたように俺を見つめた。中には十分量のホウセキコガネが詰まっていて色とりどりに輝いている。


「一度見つければ形が分かるので、あまり探すのは難しくないですよ。導師直伝の技です。あとは見つけ次第ちょくちょくと」

「……あのじいさんの技を使える時点でどうかと思うが……。なあ、【亜空間収納アイテムボックス】に生き物は入らないんじゃないか? おい、まさかお前」

「殺してませんよ」


 木箱の中身は丁寧に並べた5センチほどの大きさの、色とりどりのホウセキコガネだ。生きたホウセキコガネを依頼主である商会に渡すのが今回の依頼なのだ、殺してなんかいない。


「でも、今は死んでるようなもんなんですけど。【解除ディスペル】」


 箱の中から全く動かない蒼の1匹を取り出して、一つ魔法を解けば、何事もなかったかのようにそいつは動き始める。

 星明りの強い夜だから、マスターが目を見張ったのもよく分かった。


「魔法か」

「はい、導師がかけた仮死の魔法です。俺も教えてもらいましたけどね。【仮死アパレント・デス】」


 再び魔法をかければコロンと手の平に転がって、本物の宝石のように動きを止める。


「相変わらずあのじじいはヤバい魔法を……」

「これも上級魔法らしいですからね。相変わらずって、導師は他にそういう魔法って使ってるんですか?」


 教えてもらった魔法の中にあまり心当たりがなく尋ねると、マスターは嫌なものを思い出したと言いながらも楽しそうに導師の魔法とそれにまつわる思い出を語ってくれた。


 五感を全て遮断する魔法に、体を動かす時に意識と左右が反転するあべこべ魔法など、俺が教えてもらっていないマッドな魔法が続々と紹介された。そして、新しい呪文の実験台としてマスター達が度々食らってきたそうだ。


 話が盛り上がって来た頃に、マスターと一緒に不寝番をする導師もテントから出てきた。


「おいイアン。あまり人の手札をべらべら喋るもんではないぞ」

「じじい、珍しくお前が色々教えてるじゃねえか。今更何言ってんだよ」

「全くこやつはいつまでも……レイは寝んでええのか?」

「はい、大丈夫です」


 魔力をやや多く消費するが、寝ずとも体の調子を整えたりリフレッシュしたりすることはできる。それより今は、普段聞けないマスターの話を聞いていたかった。


「ふむ、それならラスだけテントに放り込んでおくかの」


 言うと同時に無数の影の触手がえっさほいさとラスを持ち上げ、テントへと運んでいく。本当に呆れるほど芸の細かい人だ。


「よし、わしからも色々昔話をしてやろう」


 そこから語られるAランクパーティ「鉄火の剣」の昔話。メンバーは目の前の二人と、リーダーで女重戦士のカルラ、グレッグという名の陽気なヒーラー、それからマスターと同い年で最後までソリが合わなかったという剣士のニールという五人。ソリが合わないといっても、本当に合っていないならパーティなんて組んでいなかったと思うけれど。


「鉄火の剣ができたのもイアンとニールの争いからだったと聞いておる」

「おいじじい、その話は、おい」


 結成秘話は、カルラさんとの縁で誘われて一番最後にパーティに加入したという導師もグレッグさんやカルラさんからよく聞かされた話だそうだ。


 何でも、当時まだDランクだった若き日のマスターとニールさんが、当時Cランクに上がって新進気鋭の女流冒険者として有名になっていたカルラに同時に惚れ、アピールを重ねるうちにカルラさんに二人とも気に入られパーティが結成されたというのだ。


「ありゃあ仕方がねえ。カルラはイイ女だった」


 照れ隠しか、素っ気なく言うマスターに導師も首肯する。


「あれはドワーフじゃからのう。容姿はもちろん、腕前、性格から……わしから見ても文句無しじゃったよ」

「へえ、ドワーフですか」

「ああ、あいつ曰くドワーフの中では落ちこぼれだったらしいけどな」


 この世界のドワーフは背が低くてずんぐりという体型ではなく、総じて大柄で、火と土と闇の精霊の流れを引くために容貌も美しい種族だ。

 彼らの鍛冶や建築での活躍や、力強さ、長命種であることあたりは前世のイメージ通りでもあるが。


「カルラは火のシングルじゃったからのう。殆どが火と土のダブルなドワーフの中では低く見られておったんじゃよ」


 ドワーフ社会というのは男女同権であるが、徹底的な実力社会らしい。鍛冶や建築の腕前で優劣が決まり、火のシングルというのは、一番のマイノリティーである闇のシングルの次に損をするそうだ。


「あの頃はカルラにいいところを見せようとこやつとニールが張り切り、グレッグに煽られ、馬鹿をやってはカルラが張り倒す。そんなことばかりしていた楽しい毎日じゃったよ」

「それは本当に楽しそうですね。他の人達は、今どうされているんですか?」

「ニールは俺と同じで地方のギルドマスターになってる。グレッグは治癒魔法の価値を知れ! なんて言って昔ギルドで掴まえた嫁と一緒に王都で塾を開いているな。二人とも結構上手くやってるみてえだ」

「グレッグはどうなるか心配したが、あれは要領のいい男じゃったからのう」


 二人が楽しげに昔話を話すこととドワーフが長命であることに、俺はすっかりある可能性を失念していて、迂闊に次を促してしまった。


「カルラさんは?」

「……あいつは……」

「カルラは逝っておるよ」


 マスターが言い淀んだので初めて、ようやくそれに思い当たった。が、既に遅い。導師がその答えを教えてくれる。

 やってしまったという思いが胸を占めた。


「ご、ごめんなさい……」

「謝るこたあねえ」

「イアンの言う通りじゃ。わしらは冒険者、死ってものとはきちんと向き合わねばならん」


 謝ることしかできずにいると、二人は揃って首を振る。


「受け止め方はそれぞれじゃがの。わしはもうあまり気にすることもない。それぞれに悲しんでおったら身が持たんからのう」


 冒険者をしていれば、死のリスクはこの世界のどの職業よりも高い。この中で一番長く生きている導師は、きっと多くの別れを経験してきたはずだ。



 俺がギルドに通ったこの二年でも、いつも居たはずの誰かが居なくなったりすることは幾度かあった。

 そして、その度にマスターの眉間の皺が寄っていたのだ。


 ……ああ、そうか。だからマスターは……


 そう思うと同時に、俺の記憶が重なって、鼻の奥がツンとした。


 彼は多分、殊更に誰かが死ぬことを嫌っていること、誰かが死ぬことが割り切れずいつも引きずっていることには俺も気がついていた。

 誰かが居なくなった次の日はいつも動きが鈍い。寝ていないのだろうなと思うし、時には甘い匂いがする時もあった。

 そこそこに裕福でありながら、妻子を持たないことにも今の話を聞いて納得がいった。


 マスターの人生にも一つの死が横たわったままなのだ。


「そんな顔すんな、レイ」

「だって……」

「せっかく楽しく冒険してたんだ、しんみりさせんじゃねえ。もちろん、あいつが今も居てくれれば良かった。けど、そりゃあ考えたって仕方がねえのさ」


 一度俺の方を見れば、彼はふっと優しく笑った。

 ひでえ顔してんぞと、いつもと違って優しい強さで俺の頭に触れ、彼は続ける。


「あいつが居たから得られたもんがある。けど、あいつが居なくなったから気づけたもんもある。俺はそれと、生きてくだけだ」


 あとは任せてもう寝ろとマスターに促されて、俺はテントの中に入った。

 ルリが心配してくれていることを感じ、一声だけかけてから眠りについた。


***



 短い眠りの中で夢を見た。幸せな夢だった。

 母さんと『母さん』が楽しそうに話をしていた。咲良の隣に叶斗がいて、リーナの隣にレイが居た。その周りで、みんなが笑い合っていた。

 叶えばいいなと心から願うような幸せな夢だった。


 夢から覚めた時、一つの決心が付いていた。山に入る時から、もしかするとそのずっと前から、言おうか言わまいか、迷い続けていたことを告白することだった。



****



 みんなでの朝食の際、俺は全員に問いかけた。


「俺が学園に行くまで一回お願いしようと思ってたんですけど……みなさん、勝負しませんか?」


 ラスやマスターがキョトンとした顔をしている。師匠や導師もいつもやっているだろうと言ってきそうだ。

 でも、違う。


「本気での勝負、してみたかったんです」


 マスターの食事の手が止まり、師匠は何やら思案げな表情だ。導師は年の割にシワの少ないと思っていた顔にくしゃりとシワを増やした。少々不気味だ。


「失礼なやつじゃのう。しかし、ようやくか」

「ようやく、っていう程長くはないですよね?」

「いやいや、そうでもなかろう」


 マスターと師匠とは知り合って二年が経つが、導師が街に来たのは去年の秋で、まだ一年ほどしか経っていない。

 あと、さらりと心の内を読まないで欲しい。


「まさか今日まで底が見えんとは思わんかったからのう。どれほどか、楽しみじゃよ」


 最近は少し落ち着いてきたが、最初の頃は導師に色々試されるような場面も多かった。

 これは隠す側の俺としては逃げ切ったという認識でいいのだろうか。導師との隠密合戦では一度も勝てていなかったから少し新鮮な気分である。


「それ、オレもやらなきゃダメか?」


 弱気にも取れる発言をしたのはラスだった。


「別に、嫌ならいいけど……」

「いや、拗ねんなって、レイ。嫌なわけじゃねえけど、見てたい。まだまだ全然追いつけてないって、分かってるから」


 少し照れ混じりにラスが言った。素直な評価に俺も照れそうになるが、ここで男同士照れ合っていても仕方がない。剣を通して分かり合うってのもありだと思ったが、簡単に了解だけしておいた。


 ラスはこの中で唯一本気の俺の片鱗を知っていて、ルリのことも知っている。

 それに昨日までの三日間で自分がまだ全然ステージに上がれていないことが改めて分かったと、共に不寝番をしていた時俺に話していた。いつか成長した頃に手合わせを願おう。


「ジョー、どっちからやる?」

「イアン、わざわざ朝食の途中に剣を気にしなくていいだろう。そうだな、先は譲ろう」


 あとの二人は全く文句が無いらしい。話し合いの結果、マスター、導師、師匠の順番で戦うことになった。導師曰く実力順だそうだ。何となくそうかなと思っていたし、誰も否定はしなかったあたり、それぞれに分かり合っていることなのだろう。


「連戦でいいのかい?」

「はい」

「随分自信があるんだなぁ、おい」


 マスターの言葉を否定することはない。

 魔力が底を突くような戦い方はしない。体力も全て魔力で補える。心配なのは精神力や集中力だが、なんとかなるだろう。

 というか、なんとかする。


 朝食を片付けてから、一昨日見つけていた模擬戦の出来そうな開けた場所に全員で移動した。


「行くぜ、レイ」


 魔剣を構えたマスターの掛け声で、第一試合が始まる。

ありがとうございました。

次回更新は1/25(木)19:00の予定です。

書き溜めが増えてまいりましたのでどこかで更新頻度が上がる、かもしれません。

追ってご連絡致します。

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