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見習いCランク

「まさか本当にこの早さでここまで来れるやつがいるとはな。ったく、呆れるぜ」

「今でもうイアンより優秀ではないかのう」

「うるせえ!」



 夏も終わりが近づいた頃、俺はCランクへと昇格していた。

 毎回の依頼を丁寧にこなしていたら、ギルドが定める昇格の規定をいつの間にかクリアしていたのだ。

 ちなみにラスはまだまだ程遠いらしい。あまり成功数は大差無いのに何故か、マスターに尋ねてみたら、ギルドへの累計売却金額なども評価に入ってくると言っていた。

 なるほど、森で狩ってきた魔物のほとんどを売り払っていれば必然ともいえるだろう。【亜空間収納アイテムボックス】が使えるようになってから普通の冒険者が迫られる取捨選択も無くなっているし、ソロでCランクの魔物も狩っている。差が生まれて当然だ。



****



 家で昇格のことを話せば、呆れ半分納得半分といった反応が返ってきた。母さんはよくわかっていないのか何なのか、感心していただけだったが。


「すごいわね! レイ!」

「普通では考えられんが⋯⋯レイだからか」

「勉強の時から物覚えはいいと思っていたけど⋯⋯」


 それでも結局は全員が祝福してくれた。



****



「どうすりゃ半年かからずCランクなんかなれるんだよ、ったく、俺は見習いから数えれば五年近くかかったぞ」

ひとえに基礎を教えてくれて機会を与えてくれたマスターや、剣術を教えてくれている師匠、魔法を教えてくれている導師、応援してくれてる家族や幼馴染、それからライバルのおかげですよ」


 俺がそう言って一つ笑みを浮かべると、目の前の二人は一瞬面を食らったあと、顔を見合わせてため息をついた。


「それだけおべんちゃらを並べられれば、Cランクになるのも納得じゃよ。依頼主の満足度も申し分なかろう」

「ったく、学園に入る前からよぉくそんなかしこまったことを」


 呆れているようだが満更でもないようで、マスターはグリグリと俺の頭をかき回していく。俺はその手に力が込められ、痛くなってきたところでその手を払い除ける。途中から明らかに頭を握り潰しそうな強さになっていた。

 俺がマスターを睨むと肩を竦めてそれは躱される。


「で、見習い史上最速のCランク様は次どこに行くんだ?」


 いきなりに尋ねられたが、それならもう一つに決めていた。


「Cランクだとテリン山の採集依頼とかありましたよね?」


 テリン山というのは広大な王国を広く縦断する山脈から少しだけ突出した部分であり、うちの村の真裏にあたる。標高は二千メートル程で、この山脈では至って普通の山らしい。

 この世界の山のほとんどに言えることだが、平野部に多い街の守りが効果を及ぼさず数多の魔物が跋扈するため、一般人は絶対に立ち入らない秘境である。


 今回の依頼は山脈のごく一部にだけ生息する色とりどりに輝く昆虫、ホウセキコガネの捕獲依頼だ。昔から御貴族様御用達の調度に用いられているそうで高値で取引されるし、コレクターも少なくないそうだ。

 冒険者っぽいなと思いながら目星をつけていた。



****



「レイお兄ちゃん、いつも言ってるけど、絶対気をつけてね?」

「ありがとうリーナ。一週間ぐらいで必ず帰ってくるから」


 村から出発する前、リーナは俺の目をじっと見つめてから手を取って、精一杯の安全を祈願してくれる。これだけでどんなところからでも帰って来れそうだ。


 この冬で十一を迎えるリーナも着実に成長していて、顔立ちがシャープになって美幼女から美少女と言える容姿になってきたし、身長が百四十センチと少しぐらいの俺よりほんの少し高いぐらいになっている。貴族とともに生活をする学園生活を見越して伸ばしている背筋をさらに張り詰めなければ、リーナの隣に立っているには些か格好がつかない。


「早く行くんだろ、レイ!」

「おい、レイや、あまり先の短い老人を待たせるな」

「じゃあ行ってくるよリーナ。帰ってきたらまた色々話もするから」

「待ってるからね!」


 兄であり、Dランクでしかない自分の何倍も友人を心配していた妹に不機嫌なラスと、からかうような目線を向けてくる導師に促されて名残り惜しさを残すリーナの手から離れる。

 正直、自分からは振りほどけそうになかったからありがたいところではあった。


「あんなに可愛い幼馴染なんて、羨ましいなあ、おい」

「自分でもそう思います、よ、っと」


 マスターの飛んでくるからかいとデコピンを軽く躱してから師匠の側へ向かう。


 見習いでのBランクは前人未到の領域らしいからランク上げを考えるのはやめ、学園の試験に向けて師匠に一日中扱かれる日を作ったり、ルリと一緒に下見に散歩がてらに魔物狩りをしたり、あれこれと準備を買い込んで何週かを過ごした。

 実りになったと言えば師匠の馬にも乗せてもらって、騎乗ができるようになった。特に試験には関係ないのだが、入学後には騎乗訓練もあるそうだ。それで、どうやら俺はめちゃくちゃ馬に好かれるらしく、会う度に髪を貪られた。多分、あの様子だとあの馬は何かが見えていると思う。精霊とか。


「行きましょう、師匠」

「ラスの妹とは随分と仲睦まじいんだね」

「ええ、自慢したいぐらいに可愛い幼馴染です」


 俺が歩き始めると今回の依頼に参加する全員が森の方へ向かって歩き出す。

 俺、師匠、導師、それからマスターとラス。五人で今日から六日間、冒険をするのだ。



****



「かー、やっぱ現場は良いわ。おい、ラス、逸れんなよ?」

「大丈夫ですよ!……多分」


 森の深層を歩きながら、マスターがラスへと声を掛ける。

 ラスとしては苦い経験もあるからだろう、返事は最後に自信の無いものとなる。


「それにしてもレイ、なんで俺とラスも呼んだんだ? まあ、気分転換にもなって悪かぁないが」

「オレ、さすがに裏山に行くのは結構怖いんだけど」


 マスターが言うように今回の依頼には俺から頼み込んで二人にも付いてきてもらった。二人とも正式なパーティメンバーという訳ではない。ギルド側の人間であるマスターと、ランクの足りないラスは本当は依頼には参加出来ない。だから便宜上はただの随行員で、報酬も査定も出ない。まあ分け前は払うけれど。


 どうして二人に付いてきてもらったか、その理由はただただ俺のわがままだった。


「最後にみんなで、冒険にしてみたいなって」


 俺は率直に思いを語る。


「ふうん」

「……もう秋だもんな」

「時間というのはなかなか早いものだね」


 秋になってしばらくもすれば、俺はこの村を出る。入学試験のある冬の末月までに学園都市にたどり着けるようにするためだ。そして、それから三年間はここから遠く離れた学園都市で過ごすことになり、さらにその先は何をしているかは分からない。

 せっかくCランクには上がったところだが、冒険者として活動しているのも今だけかもしれないのだ。最後に近しい人達と、少しでもいいから冒険に出てみたかった。


 ……それに……


「次に会うことはないかもしれんからのう」

「おい、レイ、このじじいの寿命ネタをどうにかしてくれ」

「知りませんよ、マスターの方が慣れてるでしょう」


 俺が口を開こうとすれば導師が先んじて結局言えずに終わった。人の内心を簡単に穿つこの人のことだから、わざとか、なんの気もなしか。導師の行動はいつも判断に迷うところだ。


 途中の魔物を俺と導師がさくさくと片づけながらぐだぐだ話すうちに森を抜ける。初めてではド肝を抜かれた遠隔での魔物の同時処理も、依頼をこなしていくうちに要領を導師からしっかり習わせてもらった。


 森から山に一歩踏み込む前、明らかに今までとは違うプレッシャーが放たれているのを感じて俺とラスが息を呑んでいると、後ろから師匠が呼びかける。


「ここから先は君たちも初めての、魔よけの魔術の範囲の外だ。ラス、分かっているだろうが君は一番弱い。くれぐれも一人にならないようにね」

「はい」


 事実を事実として受け入れる美徳を培ったラスが素直に頷く。

 ただ、忠告はもう一人にも。


「レイ、この冒険の時間は十分ある。気負わずいこう。それから、私の方からも話したいことは沢山ある」


 その言葉に俺がばっと振り向けば、師匠は彼の黄金色の目を優しく細めた。

 俺が、彼や彼らに話したいことがあるのだということに彼は気づいてくれていたらしい。


「分かり、ました」


 胸が詰まって、歯切れの良い返事はできなかった。

 自分のことを気にかけてくれて、理解してくれている人がいるのはどれだけ幸せなことかを、改めて思い知る。


「では行くとしようか」



****



「◆【シールド】! ラスは後ろから他の魔物が来ないか常に確認しておいてくれ! 」

「はい!!」

「まだあまり魔力を浪費したくないのじゃが⋯⋯」

「導師、まだまだ余裕じゃないですか! ああもう!【影縛シャドウバインド】!! 【目隠ブラインドフォルド】!! マスターお願いします!」

「おおよ!」


 山に入って十数分、俺たちは早くも最初のエンカウントを果たしていた。

 相手は特大の猪型の魔物だ。頻繁に森で見かけた突撃猪アサルトボアと比べものにならぬ大きさで、体高は三メートル、体長は六メートルか七メートルほどあるだろう。重さは余裕で数トンあるが、


 ……いつか映画で見たような化け物だな。


 もう随分昔になった叶斗の記憶を辿りながら、動きを止めた巨大な猪を観察する。

 下顎から鋭く突き出した牙が一番の武器か。そう長さはないが、先程直径一メートル程の木を貫いてなぎ倒していた。

 特に触れて祟られるようなモノはツいていないが、その牙、サイズ、力の強さ、耐久力、速さ、どれを取ってもこれまで出会ってきた段違いの魔物であることが分かる。


「うおら!!」


 マスターが魔力を込めた両手の剣で、動きの止まった大猪に切りつけていく。握っている二本の剣はどちらもミスリル合金に風の魔石と素材を混ぜ込んだ逸品だ。この世界で限られた職人だけが拵えることのできる”魔剣”と呼ばれる装備である。初めて見せてもらって、俺もテンションが上がっている。


 鋭い連撃を食らった大猪の絶叫が鳴り響く。


「縛り解けます!」

「イアン、回避だ! 私が行く! 導師はラスを!」

「任せておれ」


 ここでも魔力の制限をかけている俺は、一旦【影縛シャドウバインド】を解く。いくら暴れられても、俺の魔力量を考えれば苦労せずに最後まで縛れるだろうが、それをやると出力と魔力量が人外の域だと宣言することに変わりがなくなってしまう。それは……もうちょっと後で。


「◆【聖盾ホーリーシールド】!」


 マスターとスイッチした師匠が突っ込んで来た大猪を短縮詠唱で繰り出された光の壁で受け止めると、つんざくような高音が鳴り響いた。何度か聞いた魔力的な衝突の音なのだが、ここまで大規模なものを聞くのは初めてだ。


 ……って、あれ? あんなに激しくぶつかったのにどっちもノーダメージなのか?


 見れば、頭から光の壁に突っ込んだはずの大猪は衝撃を受けたような様子が見受けられない。何事もなく壁を押しているだけのようだった。

 何かあるのかと思ったところで、師匠が呟く。魔力が輝く。


「【反射リフレクト】」


 衝撃が向かう先は光の壁の裏側、大猪が押しつけていた頭蓋だ。


 ……相手の攻撃を最大限利用したカウンターか……


 魔力の動き、師匠の呟きから、その衝撃が最初の衝突の際に大猪から発せられたものだと理解する。

 どうやら師匠の展開した光の壁はそれを吸収し、そっくりそのまま相手に返したのだ。


 時間差というのが肝だろう。魔力によって自らを強化することで身を守る魔物も、常に強化し続けることはできない。壁にぶつかる瞬間は岩をも砕く頭蓋も、ぶつかった後は多少弱くなる。意識の外からの攻撃は正面よりよく刺さるのもそれと同じ原理だ。


 悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた大猪に動く気配はなかった。討伐完了だ。


「レイは周囲を警戒しててくれ、私たちで解体するよ」

「オレも手伝います!」

「ああ、頼むよ」


 涼し気な顔をしたままの師匠はすぐに解体を始める。血の匂いを嗅ぎつけた次の魔物が寄ってくる前に終わらせるのが解体の肝だ。

 俺は休憩と見張りをしながら、解体が終わるのを待つ。


 ……初めて師匠の魔法を見たな。


 結局、ギルドで師匠は一切魔法を使っていなかった。ラスはまだ導師や俺から魔力操作の手ほどきを受けているところである。しかし、その腕前は相当の技量だろう。いや、それが当たり前か。

 あれだけの剣術の腕前を持っていながら魔法も一流とは流石"聖壁"だ。

 耳に挟んだだけだが、学園の首席卒業者であるだとか、竜退者の称号を持つなんて噂もある。


 師匠とはいつも訓練ばかりで、彼の話を聞いたのは母さんと一緒にレンの話をしてくれた時ぐらいだ。

 もしかしたら今回はそういう話もできるかな、なんてことを思いつつ、俺は近くに寄ってきた魔物の存在を知らせる。師匠が解体から外れて剣を構えると、その圧を感じとったのか離れて行く。強者という風で、かっこいいなと思っていたら導師がこっちを見ていた。手を動かしてほしい。


 その後、俺とラスが巨牙猪から獲れた魔石の大きさに驚いていると、Aランクの魔物だからねと師匠が教えてくれた。

 Aランクと言えば最上級の魔物であるが、それがあっさり現れたのと、あっさり狩れてしまったことに拍子抜けしてしまう。

 その表情をマスターがよく見ていた。


「俺が一人でやれると思うか?」


 そんなことをマスターが言う。おべんちゃらは求められていなさそうだった。


「…………やれないことは、なさそうですけど」

「言う通りだ。まあでもソロなら、五分五分で死ぬだろうな」


 確かに、そのくらいの魔物だ。元Aランク冒険者であり、腕前は衰えていないと皆が太鼓判を押すマスターで、ギリギリぐらいだ。そう言われるとBランク冒険者三人が束になっても敵わないだろうなと思うし、Aランク冒険者三人で狩れるくらいという強さなのは分かる。

 聞いてみれば牙の鋭さだけでなく、四トンを超える巨体は生身の人間が構える盾ではどうしようもない上に、断崖絶壁さえ駆けると言われる脚力で落とし穴からも抜け出してくるため、真正面からやり合う他ないそうだ。


 それでも無傷で討伐した魔物が最上位種であることに何となく納得がいっていないと、マスターが付け加える。鼻で笑って。


「そいつらがやべえだけだ」

「ただ相性がいいだけだよ」

「ジョーの言う通りじゃ」


 マスターは言う。普通の人間はどれだけ身体強化を重ねて盾を構えても吹き飛ばされるし、あの巨体の動きを縛ったり躱したりしながら、一撃で命を刈り取るだけの攻撃はできないと。


「あと、お前の思っている以上にお前もな」

「俺、マスターに勝ててないじゃないですか」

「でも、イノシシくらいやれるって思ってるだろ?」


 図星である。

 実際に動きが縛れて、まだ喋る余裕もあった。手の内を封じている今は師匠のような一撃で倒すような攻撃は無理でも、目隠しができて足場さえあれば、魔力を節約しながら単調な攻撃を躱して持久戦に持ち込めただろうと思う。

 

「ラス、お前が目指すのはこいつらみてえなバケモンの世界だぜ」

「……はい」


 心外だったが、師匠と導師と肩を竦めるだけに留めた。

人生のかかった塗り絵の準備に忙しかったので無事更新出来て良かったです。

お読みいただきありがとうございました。


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