見習いDランク
「よく頑張ったな、ラス」
「ありがとうございます」
二度目のランク更新を終えて、戸籍メダルがマスターからラスへと手渡される。
俺も同時に更新を終えているのだが、こんなもんかの一言だった。随分と扱いが違うとは思わないだろうか。
……まあ、腹を立てるのはまたでいいや。
今は嬉しそうにメダルを懐にしまうラスを心の中で讃えておこう。春の初めから四ヶ月、本当によく頑張っていた。
「お前らもこれで見習いのDランクだ。一般には中級とも言われ始めるランクだな。正直見習いの間の三年をかけてもここまで来れるやつはそう多くない」
各種依頼の成功数、依頼先の評価、そして依頼の連続成功数。主にその三点からEランクからの昇格が決められる。
まず昇格に必要な依頼成功数が思ったより多く、監督者を捕まえることに苦労する見習いは必然的に遅くなる。
俺達は師匠や導師を引っ張れたし、彼らが揃って忙しくても興味を持った大人たちが声をかけてくれた。
次に世間慣れしていなかったり、礼儀に気をつけたりしていないことで見習いは依頼先から受ける評価が低いことが多い。この辺りは俺もラスに叩き込んだし、ラスも熱心に改善しようと努めていた。元から礼儀もできているし。
そして最後に、依頼で失敗したり、期限を守れなかったりでなかなかに連続成功というのは難しい。俺はここまで何とかなったが、ラスは二度ほど失敗している。ちょっとしたアクシデントや、思い違いで失敗する依頼も確かに存在するのだ。依頼を読んだ時点で何となく察して足を速めたりしないといけないことがある。
そんな感じでそれなりに家の生活に余裕のあるタイプの冒険者見習い達は依頼を余裕をこいて受ける頻度が低く、反対に生活が苦しく自分で稼がなければいけない見習い達は評価が低かったりがめつくて冒険者たちに敬遠されたりでなかなか昇格に進めないそうだ。
それを四ヶ月で達成したラスの努力は並のものではなかった。
「まあ、だが、こっからが冒険者生活も本番だ。あんまり調子に乗ってると……」
「分かってますよ」
マスターから、最近少し多くなったありがたい忠告を受けることを察したラスは食い気味にそれを受け入れる。
「……まあ、お前にそれはねえか」
そうマスターがごちると、すっかり師弟の信頼を築いている二人は、揃って一度俺の方に視線を下げてからその視線を交わして歯を見せ合う。
この数カ月でまたラスの背が伸びて、今では目算では百六十センチを軽く超えているだろう。日本では小学校六年生の年齢だと考えると随分高い方だ。声変わりも始まっている。
ちなみに俺はというと未だに小さく細いままで、喉仏は少しも出ていない。
成長によって目鼻立ちがさらにはっきりしたことでむしろ美少女化が進んでいる。一体この差はなんなのだろうか。
ラスも頑張ったが俺も頑張った。俺だってDランクになったのだ。自慢したかったり、褒められたいなんて気持ちは無いこともないが、それはここでなく、あとで母さんやルリにでもするとしておくとしよう。まあラスのちょうど半分しか仕事もしていたけれど。
気持ちを切り替えた俺は、Dランクの活動についてマスターに質問をすることにした。
「見習いのDランクって他の街に行けるようになるんですか? あと、街の外の依頼は日帰りじゃなくても大丈夫なんですかね?」
一般のDランクが得られる権利は領内の自由通行だ。ホームギルドのある領内であれば入市税無しに街を行き来し、その街のギルドで仕事を受けられる。それと、Dランクからは依頼の幅が広がり、泊まり込みの依頼なども増える。
「行くには行けるが、見習いのうちはホームギルドでしか依頼が受けられない決まりだ。あまり行ってもメリットはないな。泊まりの依頼はお前たち次第だ。ギルドでは何も」
……他の街に行く必要は無しか。
泊まりの依頼は家族との相談ということだろう。まだ未成年のうちは外泊には許可が必要か。
「じゃあラス、素材の精算してもらうから受ける依頼決めといてくれ。……面白そうなの選んどいて」
「おう!」
****
その後はいつものように特訓を始めた。ラスがマスターに、俺が導師に習って、師匠は時間まで稽古をつけて欲しいと言ってきた冒険者達を指導している。
「さて、早めに依頼主の待つところへ向かおうか。もしかするともう待っているかもしれない」
十時の鐘が鳴った頃に師匠がそう言い、いつもより早くに特訓を切り上げる。
「おうラス、轢かれて帰ってくんなよ?」
「はい! 気をつけます!」
気をつけて行ってこいとマスターに送り出された俺たちは、市場の方で待つ依頼主のところへ向かった。
「突撃猪が数体居座ってて、もしかすると牙狼もいるかもしれない、だったかな?」
「はい、ラスの初陣にはちょうどいいぐらいの相手だと思います」
ラスが選んだ依頼は、彼にとって初めてとなる魔物の討伐依頼だ。
トルナ村でも昔あったように、生活圏の森に近づいた魔物を狩る仕事である。
「どちらも単体ではEランクの魔物だからね」
「最後の一匹をラスがやる、でいいな?」
「⋯⋯おう」
軽い皮の鎧を纏ったラスが、腰に下げた両手剣の柄を触って真剣な表情で頷く。
つけている装備はラスが下級の依頼をこなして貯め続けてきた金で買った、初めての冒険者装備だ。
チョイスにはわざわざマスターが付いてきてくれて、その時に俺もラスと似たようなグレードでサイズの合う装備を買った。
ただ、両手で持つ長剣一本だけを買ったラスとは違って、長剣、片手剣、刀、細剣、小盾、槍、短弓、長弓をこれまで稼いできた小遣いで買って、今はその内から片手剣を選んで腰に提げている。
残りは【亜空間収納】の中に突っ込んでいて、いつでも取り出せる。
「緊張するのも分かるけど、あんまり無理しすぎるなよ? なんかあれば俺も師匠もいるからさ」
「おいレイ、わしもおるじゃろう?」
「導師はどうせギリギリまで何もしないでしょ」
ラスの緊張をほぐそうとみんなであれこれ話しているうちに依頼主らしき人物のところへ辿り着いた。
後々のための勉強だということで、ラスが代表者と思わしき男に声をかける。
「あなた達がセイト村の方々でいいですか?」
「ん、ああ、そうだが……君たちも冒険者かい?」
男は訝しげな目でラス、ではなくて、主にラスと同じ装備を付けている俺の方をじろじろと見ながらそう言った。彼の後ろにいる村人達も興味深そうにこちらを伺っている。
……うん、もう慣れている。
下級見習い時代にもこういった懐疑的な視線は受け続けていた。今更気にすることでもないし、依頼をちゃんとこなせば覆せることも知っている。
丁寧な態度を心がけ、母さん直伝の営業スマイルで対応する。ラスもそれに追随した。
「はい、僕は見習いですが、Dランクのレイと言います、依頼を承りましたのでよろしくお願いします」
「同じく見習いDランクのラスです」
「こちらが依頼の書類です」
俺とラスが名乗り、師匠が依頼の書類を見せるとどうやら納得してくれたようで、馬車に乗せて村へと案内してくれることになった。
馬車とはいっても、俺たちの村と同じように野菜を載せていた荷馬車が空いた場所なのだけれど。
***
「なあ、いるよな?」
「ああ、突撃猪が三匹かな」
正午前にセイト村に着いた俺たちは、昼食もそこそこに森へと入った。分け行って五分、ラスが魔物の気配を見つけたようだ。
魔物狩りで大切なのは常に先手を取ること。魔力を求めて人をも食らう魔物に遅れを取れば面倒なことになる。先に見つけるということが何より大事だ。
なかなかやるようになったなと感心しつつ、指示を出していく。これも指揮に慣れる訓練だと師匠に任された俺の役目だ。しっかり果たそうと思う。
「二匹は俺と師匠で行きましょう。師匠は一番近いのをお願いします。俺が右のやつを」
「分かった」
「導師はラスが大怪我しそうになったら守ってやってください。あと、アドバイスとかもあれば」
「分かっておる」
「じゃあラス、健闘を」
「……よし!」
ラスが気合を入れるのを見てから各自散開し、それぞれの獲物を目指していく。
突撃猪は体高およそ九十センチメートル、体長百二十センチメートル、体重五十キロ程あるEランクの魔物で、最大の特長はその速さだろう。
初速から爆発的に速く、時速に換算すると四十キロぐらいだろうか。逃げ切るのは一般には至難の業とされている魔物で、その体当たりを食らえばひとたまりもない。
……ラスの初戦にはいいぐらいだとは思うけど。
突撃猪の欠点として、やはり猪であることから直線的な動きになるという部分がある。
弱点は伝えてあるし、今のラスが集中して立ち向かうことができれば、なんともならない相手ではない。
俺は闇の魔力で気配を消してから、木の枝を伝って一番奥にいた突撃猪のところまで向かい、木の上から数発の【風弾】を打ちその脳天を貫く。
魔法が使えるというのにわざわざ手入れが必要な鉄剣を使うようなことはしない。
倒した突撃猪を解体せずそのまま【亜空間収納】にしまい、こっそりラスの方へ戻る。奥にいた牙狼は寄ってきそうにないから今は放置しておいてもいいだろう。
ラスのところに辿り着くと森の少し開けた場所で、たった今会敵していた。
「うぉりゃっ! ……っ!!」
最初の一撃を予測していたラスは、相手が動き始めてすぐ横に飛び退き、通り過ぎるその右前足に一撃を食らわせた。しっかり動きは見切れているようだ。
しかし、膝の硬い部分に当たったのか少し手が痺れているようだった。
「最初にしてはよくやった方ではないか?」
「そうですね、ダメージも大きそうです。気を抜かなければ無傷でも勝てそうですね」
「……なんじゃ気付いておったか」
隠れて俺の近くに来ていた導師が後ろから話し掛けてきた。俺に隠密の方法を教えてくれたのは導師だ。人の気配を眩ませるのも闇の魔法の特性の一つである。
「悔しがってないで導師、次が来ますよ、って、あの馬鹿」
膝に受けたダメージの影響で先程より向こうの突進は遅くなっていた。それなのにラスは躱しきれずに接触し、地面に転げた。
……直撃じゃないけど、油断したな。
一発目に成功したことで気が緩んだのか意識がそちらに行ったのか。まったく、あの巨体の持つエネルギーは半端じゃないというのに。
「ラっ、ぐえっ」
俺が救援に飛び出して行こうとすれば導師に腕を掴まれて肩が抜けそうになる。
「何するんですか導師!」
「何をするはこっちの台詞じゃよ。あのくらいのかすり傷で甘やかそうとするな」
魔力で強化されたその握力は、俺が動こうとすることをよしとしない。導師の目を見れば、俺に呆れているのは明らかだった。
「あやつは竜殺しの冒険者になるのじゃろう? 骨も折れておらんというのに邪魔をしてやるな」
そう言われてもう一度ラスの方を向けばなんとか突撃猪の追撃を躱して、体勢を整え直している。
「レイ、お前さんの気持ちも分かるがラスのためじゃ」
「……はい」
そこからは、大怪我をしないか、はらはらしながらラスを見守っていた。しかしラスはその心配をよそにほとんど攻撃を受けず、基本通りに着実に足を削り、突撃猪を弱らせていく。そして。
「はあっ!」
鉄剣の切っ先が、動きのキレを失くした突撃猪の首に突き刺さり、ドクドクと血が流れていく。それと共に全身の力が抜けていくように、突撃猪の体は地面に沈んでいった。
「はあはあはあ、やった……、……よっしゃあ!」
ラスの喜びの声が響き渡ったたところで俺たちも姿を現すことにした。
「よくやったな、ラス」
「記念すべき初討伐じゃの」
「おめでとう、ラス。よくやっていたと思うよ」
途中から俺たちとは違う方で見ていた師匠も出てきてラスを祝福すると、ラスは少し恥ずかしそうに、初めての実戦で上気した右の頬を人差し指でかいた。
「……見られてたのか」
「反省することもあると思うけど、初めての実戦で勝ったんだ。思いっきり喜んだっていいさ」
「……そうする。やばい、俺、魔物倒せるようになったんだぜ!!」
ラスは屈託なく笑った。
油断したという自覚は十分ありそうだし、ラスならきっちり自分で消化して成長の糧に昇華させられるだろう。
そのあとラスは初めての魔石を突撃猪の心臓部から取り出し、持参していた麻袋にしまった。マスター曰く、初めて倒した魔物の魔石は売らずにお守りとして持っておくものらしい。初心を忘れないためにするそうだ。この道四十年以上の導師も【亜空間収納】ではない巾着から小さな魔石を取り出して見せてくれた。
「よし、 それじゃあ残りの魔物を探して早く帰ろう」
「ふむ、牙狼が五頭と突撃猪が三頭……わしがやってもいいかの?」
師匠が呼びかけると、既に索敵を済ませていたらしい導師が申し出る。
「レイ、ラス、どうだい?」
「うちの森でもよく狩ってるので、どうぞ」
「オレはちょっともう、疲れました」
「そうか」
俺たちの肯定を聞くと、導師が何やら呟いた。生憎聞き耳を立てていなかったから分からないが魔力が動いたのを見れば何かの呪文だろうと検討がつく。
「ほれ、終わったぞ」
「!!」
「……流石は"常闇"だ」
そしてその次の瞬間には、導師の両手に合計八つの魔石が握られていた。俺とラスが驚愕に声を失っていると、師匠も感心した声を漏らして導師を賞賛する。
導師は今の一瞬で先数キロはあろう森を探査してそれぞれの魔物を特定し、魔物を狩り、体内から魔石を取り出し、ここまで送った、ということだ。
導師が深淵の魔法と言う闇魔法の多様さと、それを意のままに操る彼の凄まじさを改めて目の当たりにした。
……すごいすごいとは思っていたけど……
この人から教えてもらえることを感謝していこう、そう思わせる圧倒的な技量だ。
「ラス、これでAランクらしいぞ」
「……おう」
単独でのドラゴンスレイヤーになればその時点でSランクに認められる功績である。
目指す先は遥かこの上、ラスは神妙に頷いた。
****
その後は取れた魔石を村の依頼主に見せて完了を報告する。
ラスの戦いの痕と俺達が見せた魔石に、レイト村の村人達も俺たちに感心しているらしかった。
そして馬車でウォーカーの街へ送ってもらい依頼は終了だ。
帰り道、今日の戦闘は何点ぐらいかとラスに聞けば、六十点だと返ってきた。殊勝なことで何よりである。
ありがとうございました。
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