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見習い登録

 つい昨日に年の末の日を迎え、今日から一月。この世界は春を迎えた。


 それにしても今年の冬はいつになく寒く、この辺りでは珍しいことに雪の降る日が多かった。

 雪が積もればギルドへ行けず、冬の間は村の中で過ごす時間が長かった。


 そんな中で俺は、家に遊びに来たリーナをラスが迎えに来るまで構い倒したり、リーナも交えて保護者からのマナー講座を受けたり、リーナに勉強を教えてみたり、ラスやリーナやほかの子供たちと一緒になって雪合戦をしたり、リーナの見守る中ラスに手合わせという名の剣術指導をしたり。


 ⋯⋯あれ、リーナばかり?


 思い出してみれば村にいる間はほとんどリーナと一緒に居た気がする。リーナがうちのキッチンに立っているものだから、ラスも含めて俺の家で夕食を一緒にすることもしばしばだった。


 でもそれも悪くはないだろう。

 あと一年で俺は学園に入学し、そのために今年の秋が終わる頃になれば俺はこの村から旅立つ。

 この村での最後の冬に俺を好いてくれる可愛い幼馴染と仲良くして何が問題だというのか。


****



 さて、今年は俺もラスも十二になる。十二と言えば俺たちも見習いになる時期だ。

 この村では街まで出ていって働くような子供が少ないから例は挙げにくいが、一緒に洗礼式をした街の子供たちなんかは皆それぞれ商家に入ったり工房に入ったりし始めるだろう。


 もちろんラスのような冒険者志望や、騎士志望の俺にも見習いになる権利はある。


「おっ、来たなお前ら」


 長い列を抜けてギルドの受付の前に立つと、うんざりとした顔だったマスターが、顔を明るくしてカウンターの中から声をかけてきた。

 その奥や隣に目をやれば、受付のお姉さんたちも総出で列を捌くのに当たっている。普段はいつ仕事をしているのか分からないマスターも事務仕事に駆り出されているようだ。


 今日、新年初日はギルドの仕事始めであり、新しい年代の見習い冒険者登録の解禁日だ。

 まあ、仕事始めと言っても仕事納めは昨日だったのだけれど。自由業にも近い冒険者ギルドに休みはない。


 俺とラス、俺の母さんとラスの母であるシェルファさんの四人はそれぞれにマスターへ新年の挨拶を述べてからそれぞれにメダルを取り出す。洗礼式の時に与えられた戸籍メダルだ。


「じゃあ二人ともギルド登録するぞ。お母さん方はメダルをここに置いてサインを」

「俺が書きますよ」

「オレも!」


 俺とラスは母親に渡されるペンを奪って、魔力の気配を感じる登録用の羊皮紙の指定された位置に、自分のメダルと母さんのメダルを置く。


 冬の間、リーナを呼びに来たり自分も遊びに来たりで俺の家に出入りしていたラスも基本文字や簡単な聖字は一通り読み書きできるようになっていた。

 母さんたちがくすくすと笑うのを聞きながら二人とも短い自分の名前を書き終える。お互い綺麗に書けたのではないだろうか。


「学園に行くレイはともかく、ラスももう字が読めるのか……」

「へへっ、すごいでしょう?」

「もう、この子ったら」


 俺や母さんやばあちゃん、その教育を受けているリーナに影響され、敬語に少しずつ慣れてきたラスが、それでもやはり子供らしく胸を張る。

 シェルファさんは呆れているがマスターは本気で感心している顔だ。


 ……字の読み書きとか苦手そうだもんなぁ


 ギルドマスターとして書類仕事はやっているらしいが、頭が良いだと知的だとかそういう印象をマスターからは全く受けない。


「よし、ちゃんと書けてる……な。これで二人とも見習いのFランクだ。せいぜい頑張れな」


 マスターが羊皮紙にギルドのハンコを押せば、魔力が流れてメダルにギルド登録の情報が保存されたらしい。このメダルひとつで個人情報を全て登録できるとは日本のシステムより便利に感じる。

 しかも使用者の魔力が一致しなければメダルは意味を持たないから悪用の心配も少ない。あまりにも便利だ。


 もう少し話すこともあったがら初日登録が待ちきれず早くから近隣の村からも集まってきた他の子供たちに配慮して、メダルを受け取ってからさっさと列から退く。


「レイ、ラス、本当は今日が初日だ。目立ち過ぎるなよ?」

「二人とも気をつけてね」


 最後にマスターからの忠告と母親たちからの声を聞いてから、俺とラスは裏の修練場へと入っていった。



****



「ラスには言ったが、レイ、お前も見習い登録しとけよ」

「……見習い登録、ですか」


 師匠との騎士修行と導師との魔法修行の両方を終えた後、ヘトヘトのラスを引っ張って来たマスターが俺に見習い登録の話を持ちかけてきたのは、珍しく晴れの続いた冬の盛りに近い日だった。

 見習い制度があることは知っていたが、俺は学園に行く騎士志望という扱いのはずだ。他の職種の見習いになって大丈夫なのだろうか。


「ああ、レイ、言っていなかったね」


 そこから俺に説明してくれたのは師匠である。

 なんでも、他の騎士志望者は十二になれば自領の騎士団が開催する騎士学校で見習いをするのが一般的で、学園を目指す者も、十二の冬の入学試験までの約一年の間を見習いとして訓練を積むそうだ。


「え? 俺は、それじゃあ」

「レイが今更騎士団の見習いになったところで無意味だよ」


 俺がそのことを全く知らなかったのは問題じゃないかと言おうとすれば、師匠がそれを否定する。

 どうにも騎士見習いのやることは正騎士の雑用だったり基礎体力の訓練だったりであまり実践的なものではないらしい。現場を知る師匠が言うのならば間違いないだろう。


「自分が言うのもなんだが、ここには私もいるし、イアンも導師もいる。騎士見習いになるより、冒険者見習いになってここで訓練する方がよっぽど環境は揃っている……今更何も気にする事はないしね」

「それにだ、レイ。お前、学園まで何で行くつもりだった?」

「あ、えーと、歩きか乗合馬車とか、そんな感じで。多分、大丈夫でしょうし」


 俺が答えると、マスターはひとつため息をついてから、ならば尚更だと言う。

 トルナ村のあるウォーカー伯爵領はこの王国の東方の辺境と言える場所に位置しているらしく、王国西部の学園都市とは真反対に位置しているそうだ。

 聞けば、この王国は予想よりはるかに広大で、毎日馬車を乗り継いで行っても着くのにはひと月はかかるらしい。縫うようにしか繋がっていない街道を歩いて行こうと思えば半年を見ろと。


「冒険者見習いに登録していれば俺の紹介で領地の移動にもある程度融通を効かせられる。騎士見習いになるよりよっぽど有意義だ」


 なるほど、騎士見習いになるメリットもなく、冒険者見習いになるメリットが大きいのであれば否はない。

 ということで俺も冒険者見習いとして登録することになったわけだ。


「見習いの活動には本登録をした監督者が必要だが……ここには適任がいる。ジョー、アルノーそこら辺は任せた」



****



「師匠、導師、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 修練場にたどり着いた俺とラスは、新年の挨拶を済ませてから今日から監督者として俺たちを見てくれることになっている二人に頭を下げた。

 Aランク冒険者パーティ「鉄火の剣」で活躍した導師と、十年の国内を巡る旅の片手間にBランクまで冒険者ランクを上げていたという師匠。冒険者としては超一流にあたる。


 本当はマスターも来たい来たいとは言ってくれていたのだけど、ギルドマスターがひょいひょいと出払っていると怒られるらしい。修練場はギルド内だから許されているそう。

 師匠の方も指南役という役職はあるが、ほとんどお飾りの役職に拘束力はほとんどないそうだ。


「今日は午前が訓練、午後は依頼でよかったね?」

「はい!」


 これまでは送迎の都合もあって午前だけの活動だったが、見習いになってからは自分たちで行き帰りの許可が出る。日が暮れるまでに家に帰ればいいし、それまでは街に居ていいということだ。


 本気で冒険者をやるつもりのラスはこれからはずっとこの街で生活したいと言っているぐらいだ。

 きっとラスは毎日街に来て毎日依頼をこなしていくだろう。

 俺はその生活はパスだ。特訓のために毎日街には来るし、興味はあるし、ランクを上げるためにいくつか依頼はこなそうと思うが、街から動くことのできない低ランク冒険者の依頼は何でも屋や日雇い労働の様相を呈している。積み荷を下ろしたり、捜し物を手伝ったり、子供に剣を教えたり。

 実践に即したことをするために冒険者見習いになったというのにそれでは意味が無い。基本的に隔日ぐらいで冒険者活動をするつもりで、それ以外はこれまで通りに森に入って色々していく。あまりルリを蔑ろにするのもよくないし、誰にも見られていない時間が俺には必要なのだ。


「レイ、行こうぜ!」

「慌てんなってラス、飯も食ってねえだろ」


 午後を告げる鐘が鳴って少しした後、俺が訓練に使った装備を片付けているとラスが待ちきれないと行った様子で俺の腕を引っ張ろうとする。


「弁当は作ってもらってるんだから、食ってから行くぞ。依頼は逃げない」

「……分かったよ」


 もちろん逃げる依頼もあるが、素材採集系の常時依頼は逃げることがない。午前の様子を見れば後者しか受けられる依頼は残っていないだろう。焦る必要がない。


「私たちも食事を取ってくるよ。次の鐘が鳴る頃にギルドの前で待っていてくれ」

「分かりました」

「ジョゼフとの飯は楽しみじゃのう」

「全く、導師も蓄えは十分でしょう?」

「ほっほっほ、人の金で食べる食事はいつになっても美味いもんじゃよ」



****



 そして食後はマスターに見送られて、村の東門から出てすぐの郊外の森へと薬草採集へ向かう。マスターからは午前に複数の見習いが向かっているから奥の方がいいと教えられた。


「魔物もいないけど、獣も全然いないんだな」

「探してるけど、見つかりそうにねえなあ」

「……二人ともずいぶん森を歩くのに慣れているね」

「老体には優しくないペースじゃい」


 この郊外の森に来るのは初めてだが、村の森の浅層に比べてもまだ歩きやすいくらいだった。幼い頃から森を遊び場にしている俺たちにとって苦労することはない。

 師匠も俺たちを褒めてくれるが至って平然としているし、導師も口だけで全く苦にした様子は無い。もしも疲れれば身体強化を使うだろう。


「薬草は川の近くによく生えているとイアンが言っていたね。川の位置は分かるのかい?」

「まあ、大体ですけど、多分もうしばらくすれば」


 騎士育ちで採集依頼などは学園の森林実習以来だ、と言っていた師匠が俺に訪ねてくる。


 先程から歩きながら聴力を強化して水の流れる音を探していた。

 普段なら水を探すのは精霊に頼ることが多いが、今は師匠も導師もいる。

 特に導師は疑り深いからそんなことをしていれば精霊を見られることがバレそうだ。あれも僅かだが魔力を使う。


 ただ、俺が話すのを聞いてラスがやや呆れ顔をしているから、俺が精霊を見ていると思っているのだろう。残念なことにそんな迂闊な真似はしない。


「ラス、魔力で聴力を強化してるんだ。お前も出来るようになった方が狩りにも便利だぞ」

「え、ああ、そっか、そうだよな」


 そうこうしているうちに小川へとたどり着いた。地理的に考えれば村の森を流れる小川が続いた先だろう。

 しばらく前にルリがここにいた痕跡があるが、俺以外は気づいていないはずだ。

 ルリには、特に導師がいる前では、目立つ真似はしないようにと約束してある。


「で、レイ。俺は薬草を見たことないんだけど、どれ?」

「すまないね、私もあまり力になれそうにはないよ」

「ほれレイ。この草を齧ってみよ」

「導師、そんな馬鹿俺はしませんよ。⋯⋯はあ、ラス、薬草の元になるのはこの草だ」


 影の魔法で器用に持ち上げられた舌のしびれる草を払い除けてから、足元に生えていた草を一つ抜く。


「えっ、そんなに簡単に見つかるのか?」

「いや、これは薬草じゃない。名前も知らないただの雑草だ。けど、この草が上手く育つと薬草になるんだ」


 俺は薬草栽培の経験の部分は省略して、薬草がどういうものか説明していく。基本は何にもならない雑草、そのうち、魔力の高まった部分で育ち、魔力を溜め込んだものが薬草になるのである。

 俺の丹精込めた薬草栽培の時に発見したことだ。世紀の発見だなんて思ったが、葉の形が同じだから、多分知られていることだろう。


「それで⋯⋯どうやって見分けるんだ?」

「俺は魔眼で魔力があるかどうかで見分けるけど……薬草は土属性の魔力の影響でやや茎が黄色くなってるな」

「なるほど」


 そこからラスの薬草探しが始まる。基本的に大人は傍観だ。

 俺はラスに付き合って魔眼を閉じながら一緒になって探し、最後に魔眼で選別を行う。

 小一時間中腰になって二人で薬草をかき集め、採取した七割ほどが薬草と呼べる代物だった。依頼達成には十二分な量だろう。


「よし、それじゃあギルドに戻ろうか」


 そしてギルドに戻り、採取した薬草をベッキーさんに渡せば依頼はクリアとなる。


「まだ一歩目だぜ、ラス」

「分かってるさ。でも、こっからだろ?」


 ラスは初めての依頼の報酬を大切そうに受け取りながら、誇らしげに笑った。




 その日からラスは毎日、俺は誘われるものだから隔日で依頼をこなしていく。

 荷物を運んだり、森に採集に行ったり、時には街の中で害獣の狩りをしたり、ペットを探して下町を駆け回ったり……。

 たまの失敗をしつつ、忙しく働く日々が続く。いや、俺にもラスにも毎日が冒険で働いてるって感じではなかったけれど。



****



 そして、季節は過ぎ夏になる頃、俺もラスも、見習いではあるがDランクの扉を叩こうとしていた。

ありがとうございました。

遅くなりましたが、本年も『転移×転生 ~二転した先の異世界で~』を、そして、登場人物の皆を応援していただけるよう、よろしくお願い申し上げます。

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