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レンの話

「あら、バレちゃったのね」


 あの後、じいちゃんたちに呼ばれた俺たちは師匠に別れの挨拶をして、村まで走って帰ってきた。


 俺は混乱を鎮めるために黙りこくって、ラスも困惑したままに何を言っていいか分からず黙っていた。


 そんな俺たちをじいちゃんたちは肩を竦めて眺めていて、帰ってきたらじいちゃんがいち早く母さんに耳打ちした。


 その反応が先の一言だ。実に軽い。


 その様子に俺も肩の力が抜ける。冷静さも取り戻していき、頭に浮かんだ変な想像は一気に萎んでいった。


「だって、別に隠すほどのことじゃないもの」

「師匠……ジョゼフさんとは知り合い?」

「そうね。けど、ジョゼフ様がここに来てからの話よ。向こうは私の顔も知っていたらしいけど、私は名前しか存じ上げなかったもの」


 俺の質問に、俺の知りたいことが全てつまった回答をする母さん。

 今度こそ体の緊張がすべて解ける。俺が一瞬想像した、師匠が実の父親だなんてことはなかったらしい。


 そんな俺の様子を見た母さんは目を細めて、その綺麗な長く伸びた指で俺の髪を撫でた。

 そして、何かを考えるように一度目を閉じた後、その目を開く。その瞳に母さんを鏡で写したように俺が写っていた。

 けれど、母さんはどこか遠くを眺めている、そんな印象だった。


「あなたが聞いてくるまで待っていようと思ったけれど、そろそろ私が待てないみたい」


 明日ギルドに行っていいかしら、ジョゼフさんと一緒にレンの話がしたいの、と、母さんは言った。


 レン。それが誰の名前なのか分からないはずはなかった。



****



 次の朝、俺とラスが護衛の真似事をしながら母さんを冒険者ギルドへと連れていった。

 母さんはこの街の冒険者通りに来るのは初めてらしく、治安の悪さで有名な通りの中であっても楽しそうに辺りを見回していた。

 顔なじみになった店屋の主人や朝の早い若手冒険者たちはそんな母さんに見惚れ、俺が大きくなったのかと二度見し、誰かと話をするというのをワンセットにしていた。

 話しかけようとする不埒者は周りに止められるか、俺と目が合うかですべて排除されている。

 軽い威圧をかける術ぐらいとっくにマスターから伝授されている。


「ほう、これは驚いた」


 八時の鐘から少し遅れてギルドに着くと、一番最初に顔を合わせた知り合いは導師だった。じっくりと俺と母さんの顔や髪、瞳を見比べている。

 こういった日に限って朝が早いのは導師の鼻が利くからだろうか。


「おはようございます、導師」

「アルノーさん、おはようございます!」


 俺とラスが挨拶をした後に母さんも丁寧に挨拶をする。


「はじめまして。息子がお世話になっています。レイの母、リーンと申します」

「はじめまして、アルノーという者じゃ」


 普段は抜けたところもある母さんだが、こういったところは流石は元王城メイドと言ったところか、言葉は砕けているけれど実に流麗な動作である。

 俺は家でのマナー講座で何度も見ているが、初めて母さんのこういった姿を見たラスが目を丸めていた。


 導師に今日はもしかすると修行が無いかもしれませんと告げてから修練場に出る。


 母さんは受付のお姉さんたちにも挨拶を済ませていた、やはり女性も見惚れる美貌が母さんにはあるらしく、いつもの三人もその限りであった。


「はー、こりゃ驚いた」


 マスターは導師と同じリアクションで俺と母さんを見比べる。

 ここでも俺とラスの挨拶のあとに母さんが初対面の挨拶を交わす。普段は雑な性格のマスターも一応は姓持ちであるからか、儀礼的な挨拶がなかなか様になっていた。


「ああ、リーンさん、やはり」

「はい、突然申し訳ありません」


 師匠は母さんが来ることを予想していたようで、顔を見ても驚かない。

 二人が話を始めたところで俺の方からマスターに、三人で話すことがあると伝えておいた。


「私の方からもレンのことは、レイに伝えたいと思ってましたから」


 二人の話も何やらまとまったようで、ここではなんだからと今から師匠が借りている部屋に向かうことになった。神殿にほど近い、富裕層が住む場所にあるらしい一軒家だ。

 これまでに訪ねたことはない。


「ずいぶんと教育も進んでるみたいだね」

「家族のおかげです」


 師匠がそう言って俺と母さんの向かい側の席についた。

 師匠の手ずから入れてもらった紅茶は恐れ多く、なかなか手が伸ばせない。ここで緊張しないほどに年長者にもてなされることに慣れていなかったし、厚かましくもなれなかった。

 母さんは緊張する俺が珍しいのか、少し楽しげな様子でこちらに目をやっていた。が、すぐに居住まいを正す。


「さて、どちらから話そうか」


 師匠のその一言から始まった、レン・タウンゼントという若い騎士の話。

 それは俺がここにいる理由と深く交わる、一人の男が辿った悲劇の運命だった。



****



 レン・タウンゼント、いや、生まれた時はただのレンだった彼は、東部山脈が途切れるこの国の南東部に位置する村に生まれた。

 米農家をする両親と強気な姉、それから産まれたばかりの弟と共に、十歳の夏まで何の不自由もなく暮らしていたらしい。


「でもね、裏山で起こった大量発生スタンピードがその村を襲ってしまったらしいの」


 大量発生スタンピードというのはこの世界で稀に起こる、溢れるほどの魔物が一度に発生し、暴走する現象だ。自然的、人為的、に関わらず魔力が高まりすぎると起こる現象。その昔、まだ精霊に魔力を与えていなかった頃の俺が危惧した現象でもある。


 大量発生によってその村は一瞬にして崩壊した。豊かだった土地は魔物によって踏み荒らされ、魔力を持った人は魔物の餌食となり、文字通り壊滅した。


 しかしレンは、幸か不幸か大量発生には遭遇していなかった。

 親の言いつけを破り一人で村の外を探検していた彼は、その魔力の小ささから魔物に見つかることもなく、騒ぎが聞こえて走って帰ってからただ呆然と崩れ果てた村を眺めるしかなかったという。


「そこにキース・タウンゼントという老魔術師が現れたそうだ」


 キース・タウンゼント。彼はその昔は宮廷魔術師団に所属していた研究者肌の光魔術師だった。当時は魔力を持つ素材を求めて冒険者の真似事をしていたらしい。

 近隣のギルドで大量発生の報を聞きつけてすぐさまにレンの村へと向かい、残った魔物の討伐と事態の対処に当たっていたそうだ。


「そこでレンは彼に拾われたそうよ」


 キースは絶望の淵に立っていた十歳の少年を見逃せないぐらいにはお人好しだったそうだ。呆然としたレンをそのまま家に連れて帰り、心を開かれずとも世話を続けた。


 月日が経てばレンの方にも整理がつき始め、いつしか強さを求めるようになったらしい。次に大切なものが出来た時のために。大切なものを守るために。


「あなたもギルドに依頼を出したじゃない? あれはレンのやっていたことなのよ」


 キースは魔法こそ教えられたものの剣に関してはからきしで、レンに魔法の才能はなかった。それでも魔道具の開発を生業としていたキースは一財産を築いていたから、それを崩してギルドへと依頼を出していたそうだ。

 そして成長したレンは騎士になるため学園へと入学する。

 キースから助言を受け、自分で考えた結果だったそうだ。


 魔法の才能こそなくとも、詰め込んだ勉強と剣の腕でなんとか滑り込みで入学してしばらくすると、レンの剣の才能は常人の域を超えていることが明らかになった。剣を振るほどに強くなり、魔力が使えない一年生ながら、学園の中でもその実力は屈指だったらしい。


 しかし、学園の中でレンは遠巻きにされ、見下される存在として過ごすことになる。

 理由はただ単純、彼の言動が粗雑で、そして姓がなかったから。

 貴族と共に生活をする学舎で、生まれという壁が立ちはだかった。

 話しかけても無視される日々、騎士科の授業でも常に一人溢れていたそうだ。その中でレンは荒れていく。


「レンの同級生から昔の話を聞くと面白かったよ。二年生の夏を境に人が全く変わったらしいからね。ちょうどその頃リーンさんに出会ったそうなんだ」


 ここで少し母さんの話を聞いた。


 母さんは本当に幼い頃、母親と二人で王都にほど近い街で暮らしていたらしい。不思議と生活に苦はなかったそうだ。

 しかし、洗礼式を終える頃にはその母親の体調が悪化。そのまま母さんが洗礼式の前に亡くなった。


 母さんが言うには彼女の……俺の祖母にあたる人の死の間際から、一人の男が頻繁に家を訪れるようになっていたそうだ。幼いながら、この人が自分の父親なんだろうなと母さんは実感していたらいし。男は、仕立ての良い服を着て見るからに裕福だったという。


 彼の名はスティーブン・ミルナー、市井にありながら多くの官僚も排出してきた名家の当主。


 母さんの母親とスティーブン、二人の約束によって母さんはミルナー家に引き取られることが決まる。

 二人の義姉と一人の義弟、それからその彼らの母である義母。

 母さんの、家の隅に押し込められ使用人の如く扱われる日々の始まりだった。


「私は小間使いでもあまり何も思ってなかったの。住まわせてもらえるだけありがたかったし、先輩たちはみんな優しかったしね、けれど、お義母さまと義姉さんたちは、ふす、冷たかったわ」


 義母は夫の愛人によく似た美貌を持ったその娘が憎かったのだろう。母さんを顎で使い、主人にバレぬよう水を被せ、時には手を上げられたそうだ。


 七年間はそんな生活がずっと続いて、見習いとなる十二の春。妻が毛嫌いしていることを知りながらもあれこれと理由をつけて教養を学ばせていたスティーブンの決定により、母さんは学園に入学することになった。ただし、ミルナー家の名を一切出さないことを条件にして。


「お義父さまはずっと謝っていたわ、私と、母さんに、ずっと。私としてはやっぱり、学園に行かせてもらえるだけありがたかったんだけど」


 ミルナー家は名士であっても貴族でないために、学園に入学するには試験を受ける必要があった。

 俺が今取り組んでいるような本格的な勉強はミルナー家に仕える数名の学園の先輩たちが手分けをして、あれこれと教えてくれたらしい。

 素直で明るい母さんは今もばあちゃんたちと住んでいることが分かるように、昔から年上から好かれるようだ。


 そして十三になる春に学園へと入学。

 ここでも初めは姓無しの壁は高かったが、ミルナー家で義姉たちに虐められていた日々に比べれば何の比でもなく、そのうち同じ侍従科に在籍した貴族家令嬢に気に入られてからは何の苦もなく生活ができるようになっていたそうだ。


「秋のお祭りのトーナメントでレンの名前を知ったわ。同級生だと、彼しか姓のない人はいなかったから。どんな人なんだろうって見てみたら、すっごく強かったの」


 そして二年の夏、リーンが学園の敷地で騎士科の男子に絡まれているところをレンが救うところから二人の恋は始まる。

 二人は言葉を交わし、互いに励まし合い、仲は深まっていった。


 ここからは、師匠もやや困った顔になるぐらいにちょっと熱っぽい話が続いたから割愛させてもらう。

 母さんとレンは随分ラブラブだったみたいである。


 そこから卒業までは平和な時間が過ぎたそうだ。

 卒業後、学園でそれなりの成績を残した母さんは王城のメイドとして、三年時のトーナメントで八強という結果を残したレンは王国騎士団員としてこの国に仕えることとなっていた。


 問題が起こり始めるのは卒業から数年後……今から十二年前の夏のことだったらしい。




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