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修練

 さて、アルノーさん、今は師匠に倣って導師と呼ぶようになった闇魔術師がやってきた頃に比べると随分と真昼の太陽の高さが低くなってきて、火精の元気も萎み気味。

 まあ、平たく言えば秋になった。


 月の無いこの世界も、太陽の位置が変わるってことはちゃんと惑星なのかなんてことも考えたりする。

 夜には地球よっぽど明るい星明りが照らしてくれるけど、あれが本当に恒星なのかは微妙なところだ。今日まで一度たりとも同じ星空を見たことがないから。


 それでも晴れれば常に夜闇を照らしてくれるありがたい星々の光の下ラスとの素振りを終え、朝食を取り、ギルドへ向かった。


「「おはようございます!」」

「おはよー二人ともー」

「今日も元気ね、マスターはもう外に出てるわ」

「レイくん、今日はジョゼフさんが来ないって」

「……そっか、ラス先に行ってて。素材売っとく」

「おう、分かった」


 ギルドの受付のお姉さんたちに二人で挨拶を済ませる。

 ギルド通いを初めて半年が経ち、最初は慣れない若い年上女性にタジタジになっていたラスもすっかり馴染んだ。


 アンさんがカウンターの裏から白い布を持って来て広げていく。


「レイくん、ここに全部素材出せそう?」

「あー、多分大丈夫です」

「多分なんだ……、まあレイくんだもんね」

「「ねー」」


 これでも出す分は自重しているのだけれどなんて思いつつ、その上に【亜空間収納アイテムボックス】から取り出した素材を並べていく。

 この魔法を導師に習っただけで素材運びの面倒が一気に省けた。


「うわ、すっご」

「やっぱり前より増えたわね」

「わー、この魔石大きい⋯⋯。あ、これグリズリーの爪と胆?」


 アンさん、ベッキーさん、クリスさんの三人の受付嬢以外にも、朝早くから依頼を受けようとギルドにやって来ていた若手冒険者の目に晒されているがもはやあまり気にすることでもない。


「今日持ってきたのはこれだけです。帰りまでに精算できますか? 明日でも大丈夫なんですけど……」

「私がやっとくわ」

「ありがとうございます、ベッキーさん。じゃあ僕は修練場に行くので」

「「「頑張ってー」」」


 大銀貨何枚になるかなと今日の収入に思いを馳せつつ修練場に向かう。

 しかし、今のままだとやることがない。


 いつもは最初に師匠の騎士修行、最後に導師との魔法修行なのだが、今日は月に一度ほどある師匠が居ない日だ。街に来てまで一人で特訓するのも面白みがない


 ……マスターは今ラスに付いてるし、俺はその邪魔をしたくない……。


 仕方が無いので踵を返して受付の方に戻る。



「ベッキーさん」

「あれ、レイくんどうしたの?」

「今月もあれやります」

「ああ、お師匠様がいないからか」


 精算を始めていたベッキーさんに声をかけると、彼女が裏から張り紙を持って来てくれる。


「目立つところに張っとくね」

「お願いしまーす」


 ベッキーさんがカウンターから出ていき掲示板のど真ん中に一つの張り紙を張る。


「今月もやるわよ! 『少年に勝てば大銀貨1枚 (ランクフリー)』! ええっと、レイくん期限は?」

「導師が来るまででお願いします」

「だって!」


 一攫千金、と大げさに言うにはちょっと少ないが低ランク冒険者には大きすぎる賞金を目指して列を成したのを一人ずつ捌いていく。


 この企画の発端は俺の相手をしてくれる冒険者がいなくなったたことにあった。


 見た目は美少女、身長は子供、しかしギルマスに縋り付くくらいに腕が立つ。

 そんなやつを相手するのは負ければ恥をかくだけで割に合わないと、多くの冒険者たちにこちらから声をかけても逃げられてしまっていたのだ。


 マスターに仲介してもらってもそれでも数が足りない。

 ギルドに来る限り相手がいなければ意味が無いので俺がとった方法がモノで釣るだった。


 最初は俺が狩ってきた魔物の素材、次に銅貨、銀貨、そして今は大銀貨まで値上がりしている。

 俺が金に困っていないことはこのギルドでは周知の事実になっているため冒険者がどんどんと吹っかけてきたのだ。


「うおー、いいぞ嬢ちゃん、そのまま勝て! 勝ち続けろ!」

「やるじゃねぇかこの坊主、けっこう粘ってるぞ!」

「おい、見えねえぞ! 立つな前列!」

「頑張れ、オッズ四十倍! てめえに酒代賭けてんだ!」


 挑戦する者と挑戦者した者が輪になって戦場を作り観戦する中、両手に持った槍で相手の突きをはたき穂を突き出す。


 使う武器は相手に合わせたものを使う。槍なら槍、刀なら刀、珍しい武器を使う相手にはそれに近い尺の武器を。


 今の相手は最近Dランクに上がったばかり、前世の叶斗ぐらいの青年だ。筋は良いけれど、こちらもそう簡単に負けてやるわけにはいかない。

 盛り上がる観客にもいいところを見せないといけないしな。


 先程の攻撃は回避されたが、そこからはずっと俺の攻勢。そして最後に繰り出した俺の突きが相手の喉元で静止していた。


「ありがとうございました」


 敬意を表して笑みを深めて一礼する。


「これで十連勝だ!!」

「やっぱ化けモンだなこの嬢ちゃん!」

「あたりめぇだ! 鉄火の剣の"風爪"と"常闇"、それからあの"聖壁"の直弟子だぞ??」


 ますます盛り上がる歓声を聞きつつ息を整える。格下相手でも連戦はきつい。俺を嬢ちゃんと呼ぶ声に突っ込むまでの元気は無かった。

 いつの間にか現れている胴元のオッズを聞き流しながら、列に並ぶ顔を見て得物を槍から剣に変えた。


「次!」

「俺だ! 俺は"森林の牙フォレストファング"のギド!」

「トルナ村のリーンの息子レイ!」


 ……新進気鋭Cランク剣士。魔力使わず勝てるといいな!!



****



「これで二十四連勝!!! 次は誰だ!!!」


 連戦に次ぐ連戦。次で二十五戦目となり開始からは一時間半以上が経過しただろう。マスターとラスも休憩がてらに観客の円に加わっている。

 途中の試合中に息を入れられてここまで続けてきたけれど、導師はまだ見当たらない。老人なのに朝が遅いってことはないだろう。


「⋯⋯わ、んんっ、私が行かせてもらっていい?」


 そこで名乗りを上げたのは見慣れぬ、顔から判断すれば若い女性。冒険者らしからぬ風体で手も肌も綺麗だ。

 その手には短剣を握っている。


「……誰だ?」

「さあ」


 周囲の冒険者たちも疑問の声を上げる。


 ……ああ、来たか。


 俺は相手に合わせて置いてある武器入れから短剣を取り出した。


「名乗りはいらないわ」

「はい、分かってます」


 そう言って無造作に構える相手に向かって潰れた刃の切っ先を向ける。

 コインを高く弾いてから、両手で短剣を握り直し、息を吸った。


 握っているのは剣だが、さしずめ気分は西部劇のガンマンだ。問題は俺が主役か、相手が主役か。


「「【目隠し(ブラインドフォルド)】」」


 コインが落ちる乾いた音と同時に、勝負は決する。



****


「まああれはしょうがねえか」

「しかし嬢ちゃんも魔法を使った……よな?」

「嘘だろ!? 詠唱してたか??」

「なあ、ところであの女何者?」

「おいおいそれは気づけよ」


 引き払っていく冒険者達の声が遠いところで聞こえる。視界を奪われたままの聴覚は敏感にはたらいていた。


 俺は近くにさっきの試合の相手がいることを気配を探って確認する。


「あのー、そろそろ解いてもらってもいいんじゃないんでしょうかね?」

「そのくらい自分で解きなさい」

「はい分かりました、っていつまでその喋りなんですか、導師」


 魔力を込めて俺を縛る【影糸シャドウスレッド】を断ち切っていく。しかし未だに短剣を構えたままの格好である。この人はいったいどれだけやれば気が済むのだろうか。


「気づいておったか」

「そりゃまあ、魔力を見れば。というか結果を見ればだいたい誰でも」


 導師が一つ呪文を唱えると目の前で女性の格好をしていた姿がぐにゃりと曲がり、元の老人の姿に戻る。【目隠し(ブラインドフォルド)】を外すと奥でラスが目を丸くしているのが目に入る。


「ほんに面白くない小僧じゃのう」

「十分面白いですよ、ほらまだこの格好のままですし⋯⋯おりゃっ、ってまだあるのか」


 影の糸を全て断ち切り、体を動かそうとしても、まだそれはかなわない。

 自分の影に魔力を流し込んで【影縛シャドウバインド】の効果を外す。


 同時だった【目隠し(ブラインドフォルド)】、勝負を決めた【闇球ダークボール】、俺を縛っていた無数の【影糸シャドウスレッド】と俺の影を固定する【影縛シャドウバインド】、さらには自分にかけていた変化魔法⋯⋯

 いったいこの人はいくつまで同時に魔法を制御できるのか。


「ほっほっほ、今のが限界じゃよ」


 気を抜けば思考を読まれる。ルリのような魔力の反応はないはずなのだけど。


「しかし、お前さんも今の魔法ぐらいすぐに解けるじゃろう?」

「いえいえ、そんなことないですよ、ほんとにほんとの」


 この目の前にいる妖怪のような老魔術師相手に誤魔化しは無意味だと思うものの、一応の建前だけは通していく。

 あれだけの魔法を一度に解くためには、導師と同じくらいの魔法制御を身につけているか、導師以上の魔力量を見せるしかない。もちろん俺はそんなことをするつもりもない。


 ……どちらもできないことはないけどさ



「まあ、よい。ほれ、大銀貨一枚、わしが勝った分」


 俺が凝った体を伸ばしていると導師が何食わぬ顔で掌を差し出してくる。


 期限は導師が来るまででしたから、とニッコリ笑ってそれを撃退する。


「せっかくその金で良い店に連れて行ってやろうと思ったのじゃが」

「それ俺が行ったらダメな店ですよね。もう、本当にここの大人は……。行くならマスターでも誘っておいてください」


 あんたいくつだよと心の中でツッコミつつ、目の前で呆ける老人を見てため息をつく。


 ……全く、掴みどころのない人だ。


「そんなことより導師、今日の課題は」

「ほっほっほっほ」


 ここからは観衆がいるけれどいつもの特訓と変わりはない。

 気まぐれのまま、時にはそのままの呪文を教えてもらい、時には短縮された呪文から正解を導き出したり、時には師匠の魔方陣を書き写し、時には上級魔法の直撃を食らったり、時には魔力の限界を試されそうになったり……。


 見て、聞いて、学べとはいつかの導師が放った言葉だが、まさにその通りの修行だ。


「【変装ディスガイズ】」

「はいっ!  導師! 何度でも言いますが無詠唱では教えになってません!」

「見て覚えい。中級魔法ぐらいやってみせんと深淵は程遠いぞ」


 いや、それは導師でも無理でしょう。

 それでも無詠唱の魔法をそのまま真似ろなんていう無茶振りもこれで何度目か。


 初めての修行で俺が張り切りすぎて、呪文のコピーに見よう見まねの無詠唱、そのうえ上級魔法を駆使してしまったせいで導師はいよいよ俺への疑いを深めている。

 事あるごとに俺の魔力と魔力操作性能、それから記憶力について情報を得ようとしてくる。


「……はあ。なら導師、もう一回見せてください」


 どうせこの人は折れないし、無茶振りにも解決策は一応あってタメにならないことはない。

 今は一先ず導師の言うことに従ってやれることをやるしかないのだ。


「はい、大銀貨十四枚」


 一時間ほどかけて中級変化魔法【変装ディスガイズ】の呪文を全て聞き出した頃には帰る時間となっていた。


 アンさんから朝の素材の報酬を受け取りラスと共にギルドを出る。今日は大きな魔石と熊系の素材が高かったらしい、予想を上回る報酬だ。


「……お前、いくら稼いでるんだよ」

「さあ、Bランクくらいって聞いたけど」

「お前、Bランクって……ってまあレイだもんな」

 

 こんな大金はもちろん持ち帰れもしないので、特例でギルドに預けさせてもらっている。銀行の役割も果たしているのだ。


 それにしても最近は何かとつけてレイだからと納得されるようになってきた。学園に行くまでに自重を取り戻せるだろうか。


「早く戻らないと帰りに遅れそうだ」

「そうだな」


 駆け足で通りを下って、市を畳んだじいちゃん達のところへ向かった。


 十一歳の俺たちはまだ行きも帰りも村の、市へ向かう馬車の送迎が必要だ。入市の際にそういうルールだから。

 来年の春になれば正式な見習いになれて、子供だけでも街の門を通れる。午前だけの修練もそれまでとなるけれど、仕事にも出ることになるから結局変わらないかもしれない。


「わりい、遅れた!」

「すみません、みなさん、遅くなりました」


 駆け込むようにして食事処のテラスにいたじいちゃん達と合流する。いつもより数十分は遅れているだろう。


「構わねぇよ、なあ!」

「ああ、お前のおかげで美味いもんが食える!」

「お前も食えっ!  テッドのとこの分はねぇぞ!」

「リーン……さんには俺が買ってあげたって言っとけよ」

「てめぇは並んだだけだろうが!」


 昼からテンションの高い村の農家たちが、普通の村の食卓には並ばないような豪華な肉が挟まれた堅パンのサンドイッチを一切れ差し出してくれる。

 家に帰れば昼食があるはずの村人達からそれを受け取り、半分に割って片方をラスへ渡す。ラスも腹が減っていたのだろう、二口でそれを食べ終えていた。


「そんなこと言ってると奥さんたちに怒られますよ。食べ終えたんなら早く帰りましょう」



****



「あっ、師匠!」


 荷馬車と共に門の方へ向かうと師匠がちょうど街に帰って来ていた。普段見られない馬を引く姿に騎士というものの在り方をそのまま見せつけられるた気がする。

 馬も師匠に懐いている様子がありありと分かった。


「やあ、レイ」

「ジョゼフさん、こんにちは!」

「ラスもこんにちは」


 じいちゃん達にちょっと待ってと告げてから二人で挨拶をする。


「おはようございます、ご用事でしたか?」

「……ああ、少しね」


 困ったように笑ったのを見て聞かなかった方が良かったと思っていると、ラスがこんなことを言い放つ。


「用事って、レイの家っすよね?」


……は?


「は?」

「あっ」

「え? え? どうしたんすか?」


 師匠の反応が図星だ、ということ以外俺には何もわからなかった。

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