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 二人を助けた次の日も、日の出の前に目が覚める。

 洗礼式から今日まで毎日、この時間に起きている俺には当たり前のことだ。


 外は珍しく雨が降っていた。こちらに来て殊更に雨が嫌いになった。向こうでは部活休みの恵の雨でもあったし……ちょっとした思い出もある。帰り道の。

 でもこの世界では舗装されていない地面がひどくぬかるむし、木刀は水に弱く、服を汚せばばあちゃんに小言を言われる。いいことがない。それに……


 ⋯⋯今日はギルドに行けなさそうかも。


 馬車がぬかるみに嵌るといけないので雨の降る日は村の人達が市場への野菜売りへ行くことが出来ない。そうすれば俺の街へ行く足もなくなる。

 ここら辺は雨の降る日も少ないが、実はそういう日はしばしばあった。雨の降る日は家の中にいる、そんなことも随分と自分の中で常識として扱っていたらしい。


 ⋯⋯それでも毎日泉には行っていたのだけど。


 俺は魔眼は閉じたまま、家の外に出る。

 毎日の素振りは怒られたところで止めないことをみんな知っている。魔眼を閉じたのは、ただでさえ雨が鬱陶しいのにその水が持つ魔力が視界に入るのはさらに鬱陶しいからだ。

 魔力を含んだ雨といえばなかなかに体に悪そうにも思えるが、魔力も養分として育つ農作物にとっては本当の恵みの雨となる。


 魔力で光精を呼べば視界も持てるが、必要はない。感覚だけでいつも剣を降っている木の下にたどり着く。ここなら雨の日でもあまり濡れない。


「やっぱり出てきた」

「やっぱりラスか」


 暗闇の中から突然声をかけられて驚いた、なんてことも無く、誰かの気配があると気がついていた。


「気付くんだ」

「まあな」


 獣や魔物の狩りは魔眼に頼ることが多いが、かれこれ五年近く狩りをしていれば嫌でも気配に敏感になる。視界が弱い時は尚更だし、少しずつ魔力の気配にも気づけるようになっている。

 ラスが家を出た音で目が覚めたとも言えるし。


「……答えは出た?」

「うん」


 俺は昼の話の続きを持ちかけた。

 夜微かな生活の光も星明りもない、完全な闇の中で、雨音にも負けないハッキリとした声だけが返ってきた。

 表情は見えないが、どんな顔をしているかぐらい容易に想像がついた。


「ラスは、なんで強くなりたいんだ?」


 そう、問いかける。

 少しの沈黙のあとに声が聞こえてきた。

 変声期になったばかりの少年の、たどたどしくも強い声が。


「……オレは多分、一回死んだ。あのクマと目が合った時、死ぬんだと思って、目が合った獣とは目を離すなって言われてそうしてたけど、リーナを、妹を守ることを諦めたんだ……」


「お前だったらって、思ったよ。お前みたいに毎日こんな時間から剣を振って、毎日魔物を狩ってたら、後ろにいたリーナも守れたのかなって、思った。そしたら、多分、お前が来た。……ちゃんと見えなかったけど、なんか分かった」


「ぶっ倒れて起きてお前がいた時、自分が情けなかったんだ……ありがとうって言わなきゃいけなかった俺が、かっこ悪かった」


「……嫌なんだ、かっこ悪いのはもう。誰かを守らなきゃいけないのに、自分が戦わなきゃいけないのに、泣いて、チビって、助けられなきゃいけないっていうのは、もう嫌だ。あんな思い」


「オレの強さにお前は関係ないんだな。お前みたいになりたいって思ったけど、それだけじゃないんだって。俺は自分で強くならなくちゃいけないんだって、分かった」


「俺が誰かを守りたいって思うなら、ダサいって思いたくないなら、俺が強くならなくちゃいけないって、分かったんだ」


「……だから、俺は強くなるよ、レイ」


「あんな熊からも、ドラゴンからだって、誰だって守れるくらい」


 最後まで静かで固い、確かな決意だった。


 降っていたはずの雨がいつの間にやんでいる。春の暖かい風が吹いて雲が流れると、微かな星明りが届いた。


「だからさ、俺に色々教えて欲しい、頼む!」


 彼はそう素直に頭を下げた。

 表情がまた見えなくなったが、一瞬だけ見えた表情に、迷いなんて一切見られない。

 いつも俺の前にいたラスとは見違えるようだ。


「分かった……と言いたいところだけど、先にシェルファさんとテッドさんに相談。今日は地面が悪いから俺も街に行かないけど、晴れたらまた行くから話をつけれると思うから。教えてくれる人もいっぱい心当たりがあるし、ラスも来い」

「…………ありがとう……!」


 さっき、感謝しなきゃいけないのが格好悪いって言っていたのにそんなに真っ直ぐ言えるラスが眩しかった。……目には見えていないけれど。


 ラスが強くなりたいと本当に願うなら、ギルドに連れていくと決めていた。

 ギルドと顔が繋げる俺がいるのだから、使うのが一番だろう。あそこには頼りになる大人が大勢いる。


「じゃあ、そういう風に。あと今日はこれ使え」

「……ありがとう」


 俺が渡したのはずっと家に置いてある予備の木刀だ。予備と言っても将来的に使おうと思っていた削っていないやつである。将来を見越して買っていた。

 決して、調子に乗って長いのを買ったのを削らずにいたわけじゃない。


 そこから明るくなるまで、口も聞かずに、二人で素振りをしていた。

 服は泥だらけになっていたから、きっとラスも家に帰った時に怒られただろう。街へ行く交渉に響かないか心配なところだが、まあ杞憂だろうな。



****



「はじめまして! トルナ村から来ましたラスです! よろしくお願いします!!! 」

「おう、レイの言う通り元気があるやつじゃねぇか」

「はじめまして、ラス君」


 二日後の朝、ギルドの修練場に大きな声が響き渡る。ラスが、俺の教えた敬語での挨拶をそのまま言って、マスターとジョゼフさんが微笑ましげな目で答えた。


「なかなか骨のありそうなやつじゃねえか」

「すみませんマスター、無理を聞いてもらって」

「なあに、子どもはワガママ言うもんだ」


 頭皮を削るような強さで、頭が撫でられる。母譲りのやわらかな髪の毛が抜けそうであまり嬉しくない。


 一昨日はやっぱり雨のせいで街に行けなかったため、マスターに友人を連れてきていいか尋ねるのは昨日になった。

 街での依頼の後にマスターから特別な許可を得た俺と違って、まだ見習いにもならない歳でギルドに来るのも初めてのラスを勝手に連れてきていいかは分からなかったからだ。


「珍しいレイのワガママだ。聞いてやらんこともないだろう」


 それでもマスターはも許可をくれた。

 正式に冒険者見習いになれるのは十二からで、本来この修練場に出入りできるのはそれ以降らしい。そうでもしないと自分の息子を鍛えてほしいと求める人が出てくるそうだ。

 でも、その時も条件次第では応じるらしい。


「えーっと、ラスが言うには一人でドラゴンも倒せる冒険者になるのが目標らしいので、マスターはそのレベルになれるよう扱いてやってください」

「おい、レイ!!」

「ハッハッハ、そりゃまたデカい夢だ! なあジョー」

「……そうだね」


 この世界でドラゴンという存在は常人の手には大いに余る脅威で、一人で相手をするなど、まず不可能だ。少なくとも、現代の王国にそれを為した人間はいないと聞く。

 それでもになることは、冒険者になる子供なら誰でも夢見ることであり……当然に夢で終わる。


「んで、坊主。本気か?」


 だからこそマスターのそう尋ねる目は真剣だった。


 彼は冒険者であっても、誰かが死ぬことを殊更に嫌っている。子供であっても、無謀な目標を立てていれば気になるのだろう。

 まあ、だけど。


「……本気だ!」


 ラスは真剣な目で見つめ返した。

 屈辱に叩きのめされたばかりのラスの信念は相当に固い。

 その面持ちと真っすぐすぎる強い目。


 一度死んだ彼にとって、それは無謀ではなくて、絶対に死なないくらい強くなって成し遂げる本当の目標だ。


 マスターもそれに気づいたようだ。少しだけ目を丸くした後、口角を斜めに釣り上げた。


「いい面構えじゃねえか、気に入ったぜ。じゃあレイ、しばらくこいつは俺が教えればいいんだな?」

「はい。基本ができてないんでまずはそこからですけど、冒険者としての心構えから何から全部教えてやってください」

「分かってる。まあ、そこら辺は適当な奴に任せるさ。おい、ラス、俺は厳しいぞ?」

「レイから聞いてます! よろしくお願いします!」

「はっはっは。じゃ、ジョー、そっちは任せる」


 これでラスの方は一安心だろう。マスターもビシバシと鍛えてくれるはずだ。彼との修練は実際本当にビシバシと攻撃されるので厳しいという言葉も誇張じゃない。

 頑張れよ、ラス。


 ラスの肩に手を回しながら修練場の反対側に連れていったマスターを見送った。


「彼は素晴らしい少年だね、以前と随分と表情も変わったようだ。私も何か力になろう」

「ありがとうございます、ジョゼフさん。実はあいつも属性が火と光なんです」

「ああ、それはいいね」


 ……以前?

 ジョゼフさんの言葉に疑問を覚えつつ、幼馴染に目を掛けてくれることを感謝する。


 二人は同じ火と光のダブルだからラスの参考になるところも多いはずだ。……本当は俺も習いたいけど風、水、闇にしたのは自分だから我慢だ。ちょっと覗かせてもらいたいけれど。


「さて、それじゃあ私たちも始めようか」


 ジョゼフさんが歩き始めた。

 だけど、その前にまず俺から伝えなければいけないことがあった。


「あ、えーっと、ジョゼフさんにもちょっと頼みたいことがありまして……」

「どうかしたかい?」


 俺は緊張していた。心の中の疑問は一旦奥の方に押し込まれる。


 決断というものはどれだけ生きても怖いものだ。

 でも、考え抜いた後だ。潔く踏み切る。


「ジョゼフさん、俺に騎士というものを教えてください」


 深く頭を下げる。

 言ってしまうと簡単なものだったが、まだ少しだけ先がある。速い鼓動はそのままだ。


「……! そうか、選んでくれたか……」


 予想に近い反応が示されて、胸が痛くなった。やはりこの人は俺が騎士になることを望んでいるようだ。

 理由は分からないが、これまでのやりとりの端々から随分とその思いは強く感じられる。


 ……でも、ここできちんと言っておかないとな。


 誤魔化せるかもしれないけれど、いつかの未来でこの立派な人に失望されるのは絶対に嫌だった。


「えっと、正式に騎士を選んだわけじゃなくて、ですね……、"学園"に行きたいな、と思いまして」


 しどろもどろになりながら正しく自分の思いを述べていく。一旦顔を上げてジョゼフさんを窺えば、困惑半分、納得半分と言った様子だった。


「正直に言うと、今のところは結論が出なくて。とりあえず学園に行ってしまおうかな、と思います所存です。学園の騎士科に行って、騎士になる道を残しつつ……それで合わないなと思ったら……あはは、ごめんなさい」


 テンパって言葉が怪しくなったが、結論の先延ばしのために学園に行く。要約するとそうなる。


「も、もちろん何の考え無しなわけじゃないです。学園は様々なことが学べると、家族に聞いたので」

「大丈夫、分かっているよ」


 俺がなんとか説明していこうとすると、ジョゼフさんが笑いながらいつもの優しい口調で納得してくれた。……本当に納得してくれただろうか。


「少し残念な気持ちもあるけど、君が騎士になる道を残してくれるだけ嬉しいよ。分かった、手を貸そう」


 いつもより眉も下がっているが、彼の口から俺を非難するような言葉は出てきそうになかった。

 ほっと胸を撫で下ろすとはこの気分か。


「ところで、イアンはこのことを知っているのかい?」

「はい、昨日の間に。さっきの、そっちは任せるっていうのは」

「なるほど。ならいい。じゃあ早速長剣を克服しようか。騎士の基本だ」

「……はい!」



 俺がこのルートを選んだのは、実のところラスの影響が大きい。もしラスが冒険者になると言っていなければ、このままこの地から冒険者生活をスタートさせていたと思う。

 けれど、ラスは冒険者を望んで、昨日の朝にこんなことを言ってきた。


「でもやっぱ、オレはいつかお前に追いつきたい」


俺はこう返した。


「お前が竜殺しになったら追い付くとかじゃないんだけど」

「……そんなことないと思う。多分」


 それから俺が何を言っても、ラスはそこだけは譲ろうとしなかった。ドラゴンスレイヤーになることより上位の目標に置かれるのは随分と過大評価な気もするが、ラスが決めたことにそれ以上水を差すのも止めておいた。


 そんなんだから俺は一旦、ラスの見えないところに行ってみようと考えたわけだ。違う道を行けばラスが無理をすることも減るんじゃないだろうか。


 もちろん理由はそれだけじゃなくて、騎士にもなりたいこと。他の選択肢が残せること。家族のみんなが学園を卒業していること。知識を広げたいこと。元日本人としてこの世界の学園生活が気になっていたこと。などなど様々ある。

 こう考えてみれば、学園に行くのが最善策に思える。うん、きっとこれでよかった。


 てなわけで、ひとまず冬から頭を悩ませていた問題は全て解決した。

 ジョゼフさんとの稽古の前に軽く体を伸ばす。


『よかったね、レイ』


 ん、ああ、聞こえてたか。あんまり人前では出てこないでね。


『ごめんなさい、でもレイが嬉しそうだったから』


 まあね、本当によかったよ。

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