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幼馴染

ラス視点です

 レイってやつはいつもオレの前にいる。オレがあいつより上なのは年齢と身長ぐらいだ。あと、魔力も俺の方が多いらしい。

 レイと違ってオレには魔力が見えないからよく分からないけど。



 母さんや父さん、リーンおばさんが言うには、オレとレイは幼馴染ってやつらしい。生まれた季節が同じで、洗礼式も一緒に受けた、生まれてから今までずっと一緒。そういう関係が幼馴染なんだって。

 けど、母さん達の言う幼馴染って言葉に、オレはあまりピンと来ない。

 あいつとは確かに一番年が近いけど、あいつより一つ上のロンとか一つ下のダンの方と一緒にいる時間の方がよっぽど長かった。

 あいつは変なやつだから、よく分からないことを一人でずっとしてるんだ。何をしてるのかは本当に分からない。


 レイが変なやつっていうのはみんな思ってることだ。

 ロンもダンも、二つ下のホーレスも二つ上のポールも、うちの父さんと母さんも思っているし、あのリーナだってそう思っているはずだ。

 あいつは普通じゃないしよく分からない。あいつは絶対に変なやつだ。あいつが違うと言ってもそれは変わらない。



 あいつの変なとこ。ずっと難しい顔をしているとこ。

 オレが一番見慣れたレイは右手を口に当てて、難しい顔でどこかを見てるレイだ。年下にしか見えない顔に、同い年には見えない表情で、年上でもしないぐらいに何かを考えている。

 その格好のレイにどうしたんだって聞けば、「ちょっと考え事」か「なんでもない」としか返ってこないことをオレたちはみんな知ってる。なんでもないと言う時は、言えない考え事なのもバレバレだ。変な笑い方をするから。


 あいつよりいつも何かを考えているやつは他にいないんじゃないかと思ってる。

 だって、村長も、その息子のハリーおじさんも、頭が良くて頼りになると父さんがいつも言っているモルドおじさんもエレナおばちゃんも、母さんがあんなに素敵な女の人は村の外にもいないわよといつも言っているあいつと同じ顔のリーンおばさんも、あんなに何か考えたりはしてないんだ。


 きっと、あいつは生まれてくる前から何かを考えてるんだ。何を考えているかは教えてくれないから分からないけど。


 あいつの変なとこ、頭がいいとこ。

 エレナおばちゃんもモルドおじさんもリーンおばさんも頭がいい人達だと、父さんも母さんも村のみんなも言っている。

 だからレイも頭がいいのだ、と言うけどオレはちょっと納得できない。

 なんでって思われるかもしれないけど、あいつの頭の良さはなんか変なんだ。


 レイだから変。そう言ってももういいぐらいだけど、あいつはどうして洗礼式の前から「うちゅうふへんのしんり」とか「人のしゃかいのほうそく」とかを知っていたのか。


 そんなことを言われたのは、洗礼式の前の、オレがあいつをからかった時のことだった。その時もちんぷんかんぷんだったけど、今もよく分かっていない。破ってはいけない約束だって意味なのはもう分かるけど。


 女の子をいじめちゃいけない、性別で人を判断しちゃいけない、見た目で人を判断しちゃいけない、人を泣かせちゃいけない、年下には優しく、人には優しく……あとは何があったかは忘れたけど、あいつはそんなことを誰に教わったのか。


 リーンおばさんも、エレナおばちゃんも、モルドおじさんも教えていないと言う。

 そう言われた俺がふーん、そうなのか、と思ってしまったことで、あいつは変なやつだと分かってくれるだろ?


 あいつは教わっていないのに何かを知っていることがある。

 そういう時は決まってバツの悪い顔をするけど、オレ達が騒がないとほっとしたように息をつく。みんな怪しいとは思うけど、レイはレイだから、みんなそれ以上はなんとも思わないんだ。


 あいつの変なとこは他にも一杯ある。


 みんなと遊んでいる時にもふらりとどこかに姿を隠すとこ、すごく具合の悪そうな顔をして帰ってきても笑ってるとこ、頭一つ大きいオレとかロンをなんでもないようにすっ転ばせて身動きとれなくできるとこ、人の心を読んだみたいに狩りに誘ってくれるとこ、昼寝といって木にもたれていたら全く動かなくなって心配になるとこ、ギブさんも驚くぐらいに狩りが上手いとこ、村で一番剣が上手いというモルドおじさん以上に剣が上手いとこ、何も無いところを睨んだりしているとこ、リーナを見てる時たまに泣きそうな顔をしているとこ、冒険者を相手にしているはずなのに肌が綺麗なとこ、冒険者に勝ったとしれっと言ってくるとこ、魔物を狩っているのに自分からはなんにも自慢しないとこ、剣を握る手にマメ一つできていないとこ、真夜中に光るナイフを振って踊っているとこ、雨が降っても何があっても毎日剣を振っているとこ、見てるこっちが心配になるくらい真剣に剣を振り続けているとこ、誰にも何も話そうとしないとこ……


 あいつは変だ、本当に変だ。変なんだ、あいつが。



****



「ラス、レイお兄ちゃんのとこに連れてってほしいの」


 リーナがそう言ったのは、昨日の晩のことだ。もう寝ようと父さんや母さんより早くにベッドに入った時だった。


「レイのとこにって……そんなの無理だ」


 さっさと寝たかったオレは当たり前のようにそう返した。

 あいつが森の深層に入っていることはみんなが知っている。あそこには魔物がそこら中にいて、子供が、いや、大人だって入っていい場所じゃない。狩りの先生であるギブさんから魔物の怖さは十分と聞いているオレはそのことを分かっている。


「……レイお兄ちゃんが何をしてるか気になるんだもん……ラスは気にならないの?」

「そりゃ気になるけど、ダメなもんはダメだ」


 深層に入る許可なんて、オレには成人になっても出るか分からない。レイが変なのだ。レイが強いとあの人から聞いているからと言って、リーンおばさん達も深層に行く許可を出している方が変なんだ。


「……だって……ぐすっ……」

「おい、バカ、泣くなよ! オレが怒られるだろ、あー、ごめん、ごめん」


 ここでリーナを泣かせたと母さんにバレたらまた怒られるし、それが母さんからレイに伝わるともっと面倒だ。

 それにオレとしても泣かせるのは居心地が悪くなる。いつの間にか、レイの説教が染み付いてしまっている。


「……だって……レイお兄ちゃんが……ずっと……」

「あー、あー、分かるよ。あいつ最近、な。オレも気になってるけど」


 ……泣き止まないリーナを見て、怒られるのは俺じゃなくてレイじゃないと納得がいかない。


 最近のあいつはあいつらしくないんだ。前まではリーナが遊びに誘った時まで一人で森に入ったりしなかった。

 狩りで肉を取るのはいいことだけど、いつもリーンおばさんがうちだけじゃなくて村中にお裾分けに行くほど狩っているレイが遊びを断って森に入ったりしなくていい。

 でも冬になる前くらいからあいつは毎日難しい顔で森に入って、毎日ちょっと悲しそうな顔をして森から帰ってくる。

 あれだけ残念そうな顔をしているから、大量に獲物を背負っていることは関係ないんだろう。


「レイお兄ちゃんのことだからきっと何か考えてるのは分かるんだけど……」


 リーナが寝巻きの袖で涙を拭く。

 オレがレイならそんなことはさせずに指で拭うんだろうけど、あんな恥ずかしいことオレにはできない。


 リーナがレイを大好きなのはみんな知ってる。レイも流石に気づいているだろうし、リーナも隠したりしない。

 だけど、みんなが思っている以上にリーナはレイが好きだということを知っているのは、母さんとリーンおばさんとエレナおばちゃん、あとはいつも泣きつかれるオレぐらいだ。

 レイはきっと知らない。


 いつかレイを迎えに行った後にリーナが言っていた。


「お兄ちゃんが頑張ってるから、邪魔したくないの」


 だから、レイお兄ちゃんの前では絶対に笑っているんだと言っていた。


「お兄ちゃんがね……今日もボロボロでね……でも……」


 あいつが街に行き始めてから少しした頃、震えた声を堪えてそう言っていた。


「あんなに頑張らなくても、レイお兄ちゃんは強いのに……」


 リーナは誰に似たのか頭がいいし、いつもレイのことを一番に考えているから、レイの下手な誤魔化しに騙されたりしない。


 傷を作って、無茶して、それを隠して、笑っているレイの前で笑って、傷ついて、泣いて、それを隠して、レイを好きでいるのがオレの妹だ。

 女の子は弱いけど強いんだって言っていたレイは、やっぱりそのことを知らない。


「……行ってみるか、明日」

「いいの……?」

「やっぱオレも気になるから、行けるところまで」


 森の中深層にはオレも慣れている。深層の前の川のところまでなら連れていくことは簡単だ。


「ありがとう、ラス」


 昔からオレのことをお兄ちゃんとは呼ばない妹の頭を撫でて、オレは眠りについた。



****



 次の日、レイが森に向かってから俺たちもゆっくりと森を進んだ。

 森に入る時の心得はとっくに身についていた。最初にレイが狩りに誘ってくれてからもう五年ぐらい経っている。おれだって獣の狩りぐらいならギブさんにも褒められるようになった。

 リーナにもきちんと守らなきゃいけない約束を伝えて、賢い妹はちゃんとそれを守っていた。

 だけどオレには、オレなんかにはどうにもならないことが起こるかもしれないことは、馴れてしまっていたオレには気がつけなかった。



 小川の向こうでバキバキと木の枝が砕ける音がして、赤く光る、獣のそれとは違う目がこちらを見た。


 足の力が抜けて、悲鳴も出ない。森の深くに入ることに慣れていないリーナも同じだ。いや、オレがリーナと同じなんだと気がつく。


 ああ、終わりなんだ。そう頭に過ぎった後に思い出したのは幼馴染の顔。オレがあいつだったら、あいつみたいに頑張っていれば、あいつみたいに強ければ、立ち向かう勇気があれば、ここに連れて来たりしなかったら。リーナだって無事に。


 逃げることもできないと分かってしまっていたオレは、どうしようもないんだと笑いたくなる。

 そして浮かぶ家族の顔、父さん母さん、ごめん。

 オレが馬鹿だから、オレがレイと違って……


 もう目で捉えたりすらしていない大きな大きな気配が近づくのだけ分かって、涙だけが零れる。


 けど、風は吹いた。

ありがとうございました

初めてレイ以外の視点で書いたのですがいかがでしたでしょうか?




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