進路
この国では十五歳になった年の末に成人として認められる。飲酒が公に許されたり、正式に結婚ができるようになるのが成人以降だ。
成人式のような成人の儀……実際は魔力の測定と単なる認定手続きを神殿で行って社会から一人前として扱われるようになる。
じゃあ職を決めるのもそのくらいだ、となるのが現代日本人的な発想だろうが、成人した時に職が決まっていない者など街の隅の隅に押し込められるような人間しかいない。
すなわち、大抵の人間は成人になった時にはとっくに手に職が付いていて、それ以前に進路の決定があるってわけだ。
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「やっぱりまだ長剣は苦手だね」
「……自分と同じくらいありますから。振り回されます」
この街にいよいよ住み着いたジョゼフさんが俺への指導を終えてそう言った。
彼は今、このギルドの武術指南役として正式に職を得てこのウォーカーの街に定住を始めた。
俺がギルドで訓練をするようになってから季節三つが過ぎて、ここに毎日通っているから三百以上の対人戦闘の経験を積んできたことになっている。
ここでの修練でこれまでに使った武器は幅広く、今ではその多くに適応こそしている。
しかし使う武器は全てが大人用で、この夏で十一歳になるというのに140cmにも満たないだろう上背の俺はどうしても苦手な武器というものが出てくる。
主には長柄の斧系や鎚系の武器と長剣以上の長さがある武器だ。
ラスはもう150cm以上はあるし、リーナも俺に追い付きそうだ。城勤めで培った母さんを真似て伸びた背筋の綺麗なリーナの横で、俺も精一杯背筋を伸ばしているのが常である。
武器に関して、子供用がなくとも女性用があるだろうという質問は受け付けてやらない。
マスターに「ほら、お前にはこれで十分だろう」とニヤニヤされながら子どもの武器を差し出されて、受け取れるものか。
「それでも私に一撃は与えるのだから大したものだよ、騎士でもなかなかないのだが」
「長剣じゃまだ絶対勝てませんけどね」
俺はむくれてそっぽを向く。子供らしい仕草を時には織り交ぜることは忘れていない。というか子どもとして接されると勝手に出てくる。
秋の時点で一勝もできていなかった俺だが、冬の中月頃からちらほらとジョゼフさんから白星を掴んでいる。一番得意な刀……とは言っても木刀と、両手の使い方がしっくり来た槍、何より軽くて取り回しやすい細剣での勝利だ。
精霊との関係については進展の見られなかった冬だったが、武術の方面ではなかなかの成長をしていた。
その冬を越えた今の目標は、彼が最も得意とする長剣を使いジョゼフさんからの一本くらい勝利することと、本気のマスターからの勝利することだ。
元王国騎士団部隊長に勝つなんて凄いじゃないかと思われるかもしれないが、最近の修練では俺も身体強化を使うようになっている。
いつもの森での活動で使い慣れているとは思っていたが、僅かな感覚の違いで勝敗が決する対人戦闘での身体強化は、やはり勝手が違うと言って、使えるのならそうするべきだと助言をくれたからだ。
強度は普段見せている魔力量に準拠している。
そしてその状態での勝率は身体強化なし剣一本のマスターに五割、強化なしジョゼフさんと強化なし双剣装備のマスターに三割、強化あり剣一本のマスターに一割といったところだ。
癖も見えてきているから十回戦えば勝ちも拾えるが、一度勝てれば常に勝てるというのは無い。
それに身体強化を使ったジョゼフさんと強化あり双剣装備のマスター、すなわち本気のジョゼフさんとマスターにはまだ一度も勝ちを奪えていない。
さてここで補足をしておこう。この世界で身体強化というものは常時発動が一般ではない。
身体強化は効率が悪いと魔力の消費が中級魔法並みに大きいので、連続発動では一分持てば魔力が多い方である。
そうであるからして部分強化がこの世界の常識だ。踏み込み、必殺の一撃、それに対する防御、また時にはフェイント。攻撃や守備の局面の一瞬に魔力を使い、持久戦になっても闘えるようにするしなければならない、そうだ。
俺もそれに則って戦っている。一割なら常時発動でも半永久的に使用が可能だが、それではつまらない。それに、今後余所で活動する時に目立ちすぎるのもよくないのだ。
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「さっきのは体から剣が離れすぎていたね、もう半歩は踏み込んで……」
ジョゼフさんの話を聴きながら記憶と照らし合わせていく。
ジョゼフさんの指導は優しく、丁寧で、とても細やかだ。時に厳しさが垣間見える時もあるが、そこもまた指導の上手さの一部とも言える。
武術指南役という他のギルドには無いらしい役職に付いたのも、その指導力の高さをマスターが認めていて、給与を払ってでもこの街に留めようとしたからだ。
最初、彼はボランティアのままでいいと報酬を受け取ることを固辞していたが、どこかに出ていかれる可能性を少しでも減らしたかったマスターが粘りに粘って了承にこぎつけた。
騎士として彼が身につけてきた、守るための剣術や心得は、時に味方の命を守り、時に仲間の命を守る。
マスター曰く、ジョゼフさんがここに来てから冒険者達の死亡率が目に見えて落ちているそうだ。
給金を想定の倍額にしてまでオファーをするのも頷ける話だ。結局、心意気を買って元の額で受けているけれど。
「でも、長剣が苦手と言っても必ず数発は当ててくるのだから、自信を持てばいい。何度も言うけど、正騎士でもそういないからね?」
「やっぱり刀とは勝手が違いますから。重さが何とかなればもう少し何とかなるかもしれませんけど、まあ、これも試練です」
「やっぱりよく出来た子だ」
優しく微笑んでジョゼフさんが大きな手でガシガシと俺の頭を撫でた。
時折こうして褒めてくれるが、精神年齢が見た目通りではない俺は、嬉しさよりこそばゆさが勝る。
「それだけの才能がある上で向上心も、知性も、気概もある。君のような人物に騎士になって欲しいものだよ」
「ありがとうございます……。そこについては、まだやっぱり考え中です」
「いや、分かっている。君の前にある道はそれこそ木々の枝ほどある」
ジョゼフさんは優しい笑顔のままだが、俺は将来について考えなくてはいけないことに少しだけ気が重くなった。
ジョゼフさんの言う通り、俺は何にでもなれる可能性がある。
そりゃあ、もちろんどんな人だってそうかもしれないが、持った才覚というものは平等ではないと目に見えてしまうのがこの世界であるからして、俺には圧倒的なアドバンテージがある。
魔力が少なければ、魔術師にはまずなれない。それは騎士も同様だ。冒険者になっても大成できる確率はぐんと落ちるし、どれだけ努力しようがBランクも難しい。
薬師や治癒師になるにも魔力が必要となるし、名工と言われる鍛冶師にも、天才と呼ばれる魔道技師にもなれない。一般職に就いても、魔力があれば使える機材が増えて有利だ。
魔力というものがこの世界の大きな、本当に大きな基準となる。
裏を返せば、精霊が驚いて逃げ出す程の魔力を持っている俺は明らかに恵まれている。
さっき言ったどの職業であっても魔力だけで大概のことはどうにでもなるだろう。
さらに剣に関しては、それなりの、と言うのをはばかられる程の才能があることが証明されている。
魔法に関しても、マスターの反応を見る限り異常と言える才能だろう。
だからこそ迷う。迷っている。
二度目の人生だ、間違った道を選ぼうとは思わないし、成り行きで何かになるだなんてことは考えられない。やれることが多すぎて迷うだなんて、叶斗の時からすると贅沢過ぎる悩みだが、そこはやっぱり後悔したくない。
けど色々言ってはいるが、目の前にある道は、もうほぼ二つに分かれている。というか分けた。
「もし君が騎士になりたいと望むならいつだって私は手伝おう」
そう言ってくれる目の前にいる彼の様に誰かを守るために騎士となるか、
「おいおいジョー、抜けがけは良くねえぜ。レイ、何度も言うが冒険者はいいぞ! 何より自由だ!」
そう快活に笑う彼の様に自由気ままに世界を巡る冒険者になるか、
その二択だ。
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春の賑やかになった森の中を、血しぶきをまき散らしながら駆け抜けて、精霊の泉にたどり着いた。
魔物を見敵必殺の方針で狩っていたが、冬の寒さから解放された反動かいつもより数が多く、境界の小川近くにも多く魔物が見られた。
お陰で魔石と素材はよく溜まって、また一枚か二枚は貯金に金貨が増えそうだと自然に笑みが浮かぶ。
「いやー、儲かるのは嬉しいね。川を越えない限り魔物に害を与えられるわけじゃないし、ただただありがたいよ」
賑やかな森とは無縁の静寂を保った泉に向かって、俺は、例の如く話を始める。
「今日もいつもみたいにマスターとジョゼフさんがさ……」
「……それで俺、どっちになればいいかな?」
尋ねた後に何も言わなければ、沈黙が耳を覆っていた。
一つため息をついてからその場に立ち上がる。
「じゃあ、また来るよ」
今日の収穫も無し、残念残念。
できるだけ軽い気持ちで心の中を整理して泉を後にする。
いつも通りの結末だ。
彼女と会うことはもう無いのかもしれないと思う心が日に日に大きくなっている。
彼女は精霊で、俺はニンゲン、魔力が多いだけでそこは覆ることがない。
けど、もう一度会えたら、きっと彼女と上手くやれる気がするんだ。
あの日に何があったのか、彼女が何を思ったのか、思い返してみれば、ヒントは沢山あった。
考える時間も十分あった。
「次に会ったら、絶対……」
泉の領域から外に出て立ち止まって告げる。
もう会えないかもしれない、そう思うとは言ったものの、まだまだ再会できると思っている。
出会いも、別れも、全てが突然だった。
なら、再会も……
『レイ!!!』
やはり突然に、待ち望んだその声が聞こえた。
だけど、感傷に浸る間もなく声から、魔力から、激しい焦燥が伝わる。
『あなたの友達が危ない!!!』
俺が返事をする間もなく彼女はそう告げる。
……俺の友達が?
全身に魔力が巡り、半年ぶりに出会った彼女の強い魔力を捉える。そこから一直線にどこかへ向かって青い線が並んでいる。彼女に従った小精霊たちの導きだ。
『行って!!!』
その言葉が伝わったかどうか、いや、多分それよりも早くに、俺は全速力で駆け出した。
以前に聞いた彼女の行動できる範囲、そこに辿り着ける人物、最近の俺の言動、春になったこと、俺を気にかけてくれる人物、そんなのは……
『多分、あなたの言うラスとリーナ! ピンクの髪をした兄妹よ!!!』
過去に一度だけしか使ったことがない、全力での身体強化の魔力が体を覆った。
……間に合え!!
ありがとうございました。
次回はラス視点からレイについてです。