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森の深層


 俺が生まれたトルナ村、その周りは森に囲まれている。

 その森は浅層、中層、中深層、深層と大まかに区分けされていて、深層のさらに奥には東部山脈がそびえる。

 トルナ村が面するのは東武山脈でもよく目立つ形をしたテリン山という二千メートル級の山であり、怖い魔物がいっぱい住んでいると村の子供たちは教えられて育つため、麓までは誰も近づこうとはしない。


 さて、森の層は浅層から中深層には明確な線引きがあるわけではないが、深層と中深層は小川に隔てられている。

 俺もその川を越えたことはないし、猟師も魔物が頻繁に現れるため近寄らない。

 魔物を狩るのは猟師ではなく狩人ハンターと呼ばれる冒険者の仕事だからだ。


 俺は今日、その小川を越える。



****



 マスター曰く、ハンデありでもマスターに勝つような奴に敵う魔物は深層にもいないらしい。

 魔物も冒険者ランクと同じようにランク分けされていて、森には高くともCランクの魔物までしか存在していないそうだ。


 このランク分けは同ランクの冒険者パーティーを基準に決められる。冒険者単体ではなく三人の冒険者パーティーだ。

 例えばFランクの魔物である単体のゴブリンは、Fランク……つまり一般成人男性が三人いればほぼ確実に討伐できるというものだ。

 ただこの世界のゴブリン、実体はそう甘いものではなく、武器を拾ったり徒党を組んだりすればDランクになるし、十体以上の群れを成したり徒党を組んで武器を拾ったりすればCランクにさえ上がる。

 繁殖力の強いゴブリン狩りも楽ではないそうだ。ちなみにこの森にはゴブリンは出ないと聞いた。



****



 中深層の果て、小川の前で一つ深呼吸をする。

 意識を高めれば、眼前の森の中からは魔物の気配を感じる。


 深層に入る前に装備の確認をしよう。


 まずは防具、というか服。

 夏の盛りということと動きやすさに配慮して手持ちで一番軽い服だ。RPGなら防御力は1か0だろう。汚してもいいという理由で選んだ。


 次に武器その一、木の棒、もとい木刀だ。

 魔物と相対するのには如何せん心許ない武器であるが、魔力強化を使えば問題ないと太鼓判を貰った。

 森の中での取り回しを考慮して、所持している数本から削ったものを持ってきている。


 武器その二は洗礼祝いに貰ったミスリルナイフ。

 切れ味で言えば俺の持つ最強の武器だ。しかし、リーチの問題で武器より素材回収に使うことになるだろう。猟師のギブさんからも熟練の冒険者であるマスターからも教えてもらっているが、倒した魔物から魔石を回収しないと別の魔物が取り込んでより強い魔物を生んでしまうのだそうだ。


 魔石、というのは魔物が体内に作る魔力の結石で、心臓の中から魔力を送り出しているという。

 人間には生まれず、エルフとドワーフにはできるらしいが、彼らは精霊の加護で理知を失うこともないらしい。

 魔石は魔力を溜める充電池の作用を果たす。

 冒険者ギルドが国営で整えられているのは、レアメタルの鉱員のような役割をもっているからなのだろう。

 

 肉も大概食えるそうだが、加工法を知らないのでパス。

 ただ、魔力をため込みやすいらしいいくつかの部位は素材として使えるそうなのでマスターから持ち帰りを命じられた。これは俺が持ち込んでもちゃんと換金してくれるそうだ。


 残る装備は素材回収用の麻袋ぐらいと中に入っているいくつかの石だけ。


 回復アイテムは魔力で代用。これでバッチリ。


 一足で小川を飛び越え、森の奥へと踏み込んだ。



****


 ピリピリとした殺気が肌を刺す。

 まだ見つかっていないはずなのにこれとは。

 口元を手で抑えて気配を探る。心臓が勝手に高鳴る。


 俺は身体強化を使って木から木を飛び移りながら魔物を探していた。

 魔物は魔力の察知が人より優れているため、外に漏れる魔力をゼロに抑えながらの移動だ。

 慣れていないとなかなかにしんどかっただろう。精霊を避けるために身に着けた技術が思わぬところで役に立った。


「いた……」


 小さな声が漏れてしまった。

 大丈夫、バレてはいない。


 見つけたのは全身を黒に包んだ、熊の形をした魔物だ。聞いた情報と合わせれば多分Dランクの殺人熊マーダーベアだ。 大きさは小柄な大人の背丈ほど、色やシルエットからするとツキノワグマを思い出す。特徴的な白い模様はないのだけど。

 Dランクと聞くと大したこと無さそうだれど、こいつがトルナ村に下りてきたら討伐までに村の男の半数が死ぬだろう。魔物というのはそういう存在だ。


 殺人熊はまだ数十メートル先にいる。


 ある程度開けた場所を探してから、ゆっくりと木から下りて麻袋から石を取り出す。


 弓なんかがあっても良かったのだが、飛び道具としては石を投げた方が早い。

 戦場となる場所への導線を確保してから殺人熊に石を投げる。

 身体強化を使って百数十キロ程の速度で石を投げ、命中させ、めり込む。


 それじゃあ、狩りを始めよう。


 猛然と迫ってくる殺人熊を前にして一切の恐れはなかった。

 魔物狩りは初めてではないし、今の回復力を持つ俺なら即死でも無ければ死なない。そもそも即死の攻撃も通らない。


 理性というものを一切感じさせない殺人熊の初撃の突進を近くの木の幹を足場にして躱す。

 そこで俺も木刀を構えた。


 もう一度迫ってくる殺人熊。次はご自慢の爪を武器にするようだ。


 鍔迫り合いをしてもパワー負けするとは思わないが、彼には牙という武器もあるのでそれは遠慮する。


 殺人熊が振った右腕をギリギリで躱してその腕に一撃を与える。

 魔力で強化された木刀の刃が魔物の肌を深く抉り取り、血が吹き出す。


 瞬殺する手立てはいくつかあるが、魔物との戦闘に慣れるためにもそれは使わない。


 怒った魔物が頭から突っ込んでくる。牙が最凶の武器なんだっけ。

 木刀を口の中に突っ込む。

 さあ、そのご自慢の顎で砕いてみせろよ。


 ── GUUUUUU ──


 って、やっぱり無理か。三割の強化を施した木刀はピクリともしない。

 鉄の鎧も砕くと聞いていたのだけど、所詮その程度か。


 採取部位の牙が折れるのも癪なので突っ込んだ木刀の強化を強めてから引っこ抜く。

 牙の一部は折れたが全て持ち帰ろうとは思っていないので許容範囲だ。


 んじゃあ、次は……



****



 数分の戦闘を終えて地に伏した殺人熊から剥ぎ取りを開始する。

 取るのは魔石と牙と爪だけだ。

 皮を全て剥げば数千の稼ぎになるそうだが、嵩張るためパスだ。

 剥ぎ取り中に他の魔物にエンカウントすると面倒なのでミスリルナイフでさっさと剥ぎ取っていく。


 Dランクの魔石は親指の爪ほどの大きさだ。それより大きな心臓を開いて手に入れる。

 含む魔力は闇と土。魔石には作られた魔物が多く持つ魔力を蓄えやすい。


 いつもの狩りの要領で手早く素材回収を終えて、次の魔物を探していった。



****



 一時間程度魔物とじゃれ合っても、俺は無傷であった。

 千切れなければ回復できるのをいいことに数回腕を噛ませてみたが、全力で強化をした腕を貫く牙を持った獣はDランク程度には居なかった。


 もう十数個の魔石を集めている。


「しかし、これは考えてなかった⋯⋯」


 大変なのは返り血だ。

 魔法でさっくり狩ったりもしたが、基本は近接戦闘をしたし、魔物を倒すたびに心臓を開くから服が赤黒く染まっている。


 何とも血生臭くて耐えられたものではないし、このまま家に帰れば確実に怒られる。というか卒倒される。狩りに行ってくるとは言ったが……これはダメだろう。


「どっかで洗わないと」


 水辺を探そうにも森の深層に来るのは初めてだ。全く土地勘はない。

 右目に魔力を集めてから水の魔力を放出する。


「やあ、水の精霊さん、僕に近くの水辺を教えてくれ」


 一人で居るのをいいことにふざけた調子でそう尋ねる。

 服を綺麗にしてもらうことも考えたが、あれは魔力を吸われ過ぎる。ここまで汚れていると枯渇するかもしれなかったから、水辺を教えてもらうことにした。


『水辺はこっちよ? ? あなた、精霊が見えるの!!?』

「ああ。そうだよ。って、ええ! 喋った?!!!?」


 精霊が喋ったあああ!!!


 約十年間精霊と触れ合ってきて初めての事態にどうしてもリアクションが大きくなる。


「あれ、でもどこにいるんだ?」

『私ならこっちの泉! 早く来て!』


 視界に入っていたのはいつもの羽虫のようなチビ精霊や綿毛のようなちょいデカ精霊だけだった。しかしこいつらは喋らない。

 というかこの精霊、心の中に直接話し掛けてきやがる。

 でもまあ泉にいるのも好都合だし、話はしてみたかったから誘いに乗ろう。


 一列に並んだ青の羽虫精霊や綿毛精霊たちが指し示す方向に向かって走る。

 先程から俺のものでは無い高揚が心に感じられて、足は勝手に速くなる。


 途中出会い頭の魔物は軽々と躱しながら、喋る精霊の待つ方へと向かった。



****



「⋯⋯」


 泉に辿り着いた俺は声を失った。

 目の前の光景にどうリアクションすればいいかわからなかったからだ。


 そこにあったのは確かに泉だった。

 ただ、目に映るのはそれだけでない。


 泉を覆う木々は鬱蒼としているが、一切のざわめきを見せず、静謐。

 これだけの樹に囲まれていれば暗いはずの水面は夥しい数の水精の光によって青に照らされている。

 夏だというのに冷ややかなその泉に火精はほとんど見当たらず、他の精霊の数も少ない。


 そして、泉に入るやいなや目に飛び込んで来た、青の魔力が構築したヒトガタ。

 容姿は人間の女性を模しているのだろう。

 腰まで伸びた髪の毛や、その容貌からそう推測できる。できるのだが。


「⋯⋯人智を超える美しさってやつか」

『ふふ。褒めてくれるの?』


 容姿に似合わない幼さを残した声がそう問いかけてくる。この距離にいても心を介しての声だ。彼女の口は確かに動いているため違和感はあまり感じない。でも、声帯がないのだろう。


 俺は母さん、リーンのことを絶世の美女と称した。だが、それは人の範囲でのことだ。

 目の前の少女を象った水精の美しさはそれを凌駕する。


「ああ。ちょっと驚くぐらい綺麗だよ」

『ありがとう』


 彼女から照れた感じの心情が伝わってくる。

 先程から彼女の感情が全てこちら側に伝わっている気がする。


 ……推測すると魔力、魂を介しての会話だからか?


『正解』

「!」


 微笑む彼女は本当に人じゃないのだろうと感じさせる。

 そもそも心を読んで来る時点で人外認定どうぞって感じだ。


『精霊を見れるニンゲンなんて珍しい』

「やっぱり?」

『ええ、まだ数人にしか会ったことは無いの。けれど……あなたは初めてのタイプね』


 数人のうちで初めてとはレア度が過ぎるんじゃないか、俺。


「エルフとかドワーフは精霊が見れるんだよね?」

『ええ。彼らは私たちの子とも、弟妹とも言える子達だから⋯⋯』


 やはり、おとぎ話の通りなのか。

 エルフの始祖はクインティプルのニンゲンだが、その始祖が水と風の精霊とそれぞれ男と女を産ませ、その間で子を成していったとされるのがエルフである。


 対してドワーフはニンゲンの姿となった火と土の精霊が祖とされる種族だ。

 なのでこの世界のドワーフは豪快で力強い部分は日本でのイメージ通りだったのだが、聞く話スタイルのいい美形しかいない。なんてこった。

 閑話休題。


「まあ、俺が珍しいのは百も承知だし。そのくらいはいいや」

『随分と変わっているのね』


 クスクスと笑う彼女はとても幼い印象を受ける。

 その慎ましい胸部や顔立ちのせいなのか、はたまた本当に幼いのか。


『私は私の中では一番幼いわよ』

「あ、読まれちゃったか」


 ……隠し事ができねえ。

 トップシークレットは心の奥底に沈めていく。


「そうなんだ。どのくらい?」

『季節が二十ぐらい過ぎたくらい。この泉に魔力が満ちたのがその時だったの』


 うん、きっと俺のおかげだね。

 突然、神秘的だった存在の成り立ちに自分が関わっていると知って一気に親近感が湧く。


『な、何?』


 ここは心が読めなかったようだ。

 魔力の防壁を張ったので俺から流れる感情と思考は無くなった。


「いーや、なんにも。ああそうだ。本題を思い出した。この服、洗いたかったんだけど⋯⋯」


 そう言って服と泉を見比べる。精霊が乱れ飛ぶこの神秘の泉でこんな穢れを洗っていいものだろうか。


『その血を洗えばいいの?』

「出来るの?」

『お話してくれたお礼』


 そして雫が落ちるような音がしたと思えば水の魔力が体を包んで、ついでに服も肌も髪もツルツルのピカピカになった。

 よし、帰り道にちょっと土で汚そう。


「今の、魔法?」

『精霊のね』


 あんな自然音、詠唱が無理ゲーなのでこれは真似出来ない。残念だ。


「ありがとう。ねえ、君の名前は?」

『そんなもの無いわ、あっ、付けちゃダメよ?  ニンゲンの、それも子どもなんかが付けちゃったらあなたが死んじゃう』


 なにそれ怖い。


「でも分かった、君とか精霊さんとか、そういう呼び方なら大丈夫でしょ?」

『うん、それでいいわ。あなたの名前は?』

「俺はレイ、気軽に読んでくれていいよ」

『分かったわ、レイ。綺麗な音の、いい名前ね』


 それにしても、ここにいると時間の感覚が狂う。

 日が見えないし、風もない。

 頼りになるのは腹時計ぐらいだ。


「そろそろ時間が怪しいから俺は帰るよ。ねえ、またここに来てもいい?」

『ええ、もちろん。出来たら沢山お話を聞かせてほしいわ!』

「じゃあ俺も、君の。君たちの話を聞かせて。また明日」


 そう言って手を振って泉を出る。

 時刻は日の入りが迫っている頃だ。


 身体強化で飛ばして、村に戻る。


 明日からの生活に新しい日程が加わりそうだ。


ありがとうございました




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