初めての魔法!
「おはようございます、アンさん、ベッキーさん、シェリーさん。これ、お願いします」
「おはよう、レイ君」
「マスターももう出てきてるよ」
「今日も頑張ってねー」
顔馴染みになった受付のお姉さん達に、木刀以外の荷物を預けて、ギルドの裏にある修練場へ小走りで向かう。
ギルドに入るのは八時の鐘と同時なので寝坊が好きな冒険者達は全然見当たらない。
「おう、来たかレイ」
「おはようございます、マスター」
マスター、イアン・バークリーさんに弟子入りをした日から数週間が経った。
「相変わらず喋り方が堅ぇなあ、レイ」
「すみません。もうクセになってて」
叶斗時代から根付いた上下関係の基準はなかなかに無くならなかった。こちらの世界の常識に準拠して生活できているが、こういった部分は少なからず残っている。俺は年が近くて仲良くしてくれる先生にもタメ口は使えないタイプだった。
それから母さんがじいちゃんやばあちゃん相手にも敬語表現を使うことも影響は大きい。
「武器が無いようですけど、今日は何をするんですか??」
「まあまあまあ、そう慌てるな」
ここでの修練では、ギルドの修練場に元々置いてある修練用の様々な武器を使っている。
素手での戦闘や、長剣、短剣、槍、細剣などのオーソドックスな武器から、刺突剣、鎌刀、時には俺ほどの大きさがある大剣まで、種類は多岐にわたる。冒険者にも適性があるから、それを見出せるように準備されているようだ。
俺にも色々渡されたのは武器強化が使えるからといって軽い武器だけが使えるか分からないし、様々な武器を使えて損は無いというマスターの教えによるものだ。
ギルドに入っていない子供が独り占めするなという抗議がマスターに入ってからは、色々な武器を持って、色々な武器を持った色々なレベルの冒険者達と模擬戦を繰り広げたりしている。
慣れている刀ではないので、ハンデが無ければE級に不覚を取ることも多々ある。
俺に勝ったと調子に乗った冒険者はすぐに刀へ持ち替えて再戦を要求したりもしているのだけど。
閑話休題。
「今日の修練に武器は使わない!」
「素手ですか?」
「いや、こいつだ。◆◆◆◆⋯⋯【微風】」
「魔法! よっしゃあ!」
思わずガッツポーズが飛び出したのを生暖かい目で見られて慌てて引っ込める。
「すみません」
「ガキならそれでいいんだよ」
この人は俺が子供っぽい行動をするのを目敏く見つけてくるため、かえってそういうことがしたくなくなる。
「てかなんで今更なんですか?」
「今更ってなんだよ、お前も馴れやがって」
「お陰様で」
「本当はお前が、マスターっ! 魔法を教えてください! なんて言ってくるのを待っていたんだが」
「意地が悪いですね」
「そういうところだよ」
敬語はそのままでも数週間ずっと無礼講のギルドに通っていれば嫌でも空気感と雰囲気に慣れる。
伊達に空気読みなどという文化があった日本で生活していたわけでない。
「お前の魔力量が多いことは分かっているし、魔力の扱いにも慣れている。教えない理由もないだろう。ただ俺は剣士だ、教え方に期待するなよ?」
「……いいんですか?」
最初は大げさに喜んだが、魔法というのは習うのに大金がかかると聞いている。
こんなにあっさり教えて貰っていいものなのだろうか。
「金か? んなもん気にすんじゃねえよ。善意だ善意。俺もそうしてもらった」
「ありがとうございます」
ふんっ、と鼻を鳴らしたマスターの優しさに頬が緩む。
「変な顔してんじゃねえ。魔法はまず呪文の詠唱だ。これができねえと無理だ」
無駄に雰囲気を作るために生唾を飲み込む。マスターはそれを聞いて楽しそうにする。
「まあ、こんな風だ。◆◆◆◆……【微風】」
マスターが詠唱を始めると魔力が動き、呪文によって魔法陣が構築、その後魔法陣に魔力が満ちると魔法が発動した。
優しい風が頬を撫でる。
左目の魔眼、右目の精霊眼をかっ開いて焼き付けていたから目が乾く。
「……今日が見るのは初めてです」
「それも珍しいな。村には?」
「誰も」
「ありゃ、運の悪い」
記憶を何度か巻き戻しを繰り返して詠唱を頭の中に刻む。
「まずは呪文の復唱からだ。ゆっくり言うから俺に続け」
「◆◆◆◆……【微風】」
おおっ、これが魔法か⋯⋯!
「おい、お前、どういうことだ」
「覚えました」
「はあ!?」
大きくなったマスターの声に耳を塞ぐ。
五秒にも満たない呪文なら覚えるのはレイにとって全く難しいことではない。頭の中でマスターの音声を再生しながらリピートするだけだから。
ふむ、なるほど呪文で魔力が勝手に動くのか……魔力の循環、魔法陣の構築、魔法の組成、発動ってとこだな。あとは精霊たちが手伝ってくれる。詠唱は呼びかけ、かな?
「俺、記憶力も異常なんですよ。忘れたことが無いんです。◆◆◆◆……【微風】」
「それは、忘れたことを忘れてるんじゃなくてか?」
「かもしれないですけど、一年前の今日の天気と何食べたか、誰が依頼に来たかぐらいなら言えますよ?」
マスターが唖然とする。ただ、これで唖然とされては少し問題がある。
「動き方、動かし方なんてものも覚えてるんです。それがこれまで剣に役立って来たんですけど……出来るかな、【微風】」
数秒の詠唱を無くして魔法を発動する。無事に成功した。
「……」
マスターは言葉を失っている。
というのも、感覚まで覚えてしまうのが俺の記憶力だ。呪文によって動かされた魔力の抜かれ方やその後の構築の感覚も体に刻み込まれていた。あとは詠唱が代替しているのだろう、精霊へ呼びかける意識。
「異常なのは自覚してますよ。でも、俺はこうなんです」
俺が笑顔を作ればマスターは眉を寄せた。
「……分かった。なら、呪文だけ教えちまえばいいんだな?」
「お願いします」
****
「俺の倍ぐらいと言っていなかったか?」
「俺はそうとは言ってませんよ?」
マスターの頭上から返事をする。
倍以上かと聞かれて認めただけだ。嘘はついていない。
「十倍以上……?」
ボソッと漏らした言葉が聞こえたので捻りを入れながらマスターの前に着地する。森の木々を足場に立体機動していたのが役に立ちそうだ。
循環によって鍛え上げた魔力回復によって、中級魔法ぐらいまでならコストを踏み倒して常に発動できることは言わない方がいいだろう。
俺がマスターから教わった魔法は風の基礎魔法から中級魔法までの七つ。
基礎魔法の【微風】、初級魔法は探知魔法の【風探知】と攻撃魔法の【風弾】と補助魔法の【突風】、中級魔法が防御魔法の【空緩衝】、攻撃魔法の【空刃】と補助魔法の【空踏】だ。
マスターはこの七つを発動するだけで魔力が半減していたので、俺の魔力が量が如何に異常か察していただきたい。
発見としては回復力がマスターでさえ俺の初期状態と同じくらいだったことだ。
俺の方法は一般的でないのかもしれない。
「将来は魔法剣士か?」
「まあそれが妥当でしょうねえ」
「なんだ? 乗り気じゃないのか?」
「いやいや、そんなことありませんよ」
実際そう出来ると思う。ただ今は。
「けどマスターから一本も取れないのに将来を考えられないというか⋯⋯」
「ハッハッハ、それじゃあお前の将来は永遠に決まんねえな」
マスターの自信満々な物言いにムッとする。
「ああそうか、魔法剣士になれば今からでも一本ぐらい取れるのか」
「おい、まさか……」
「そんなことしませんよ、基本の技術があってこその発展です。ちゃんと勝つまで応用はなしです」
先程【空刃】を教わった時、加減し損ねた俺の一撃は軽く地面を抉った。それを無詠唱で乱発すればマスターも刻めるだろうが、それでは意味が無い。
「お前はどこからそんなことを学んで来たんだ、全く」
「自分で気付いただけですよ」
俺が嘯くとマスターが胡乱な目でこちらを見下ろす。
マスターはこの数週間、俺の言葉の端々に子供らしからぬ部分を感じ取っているはずだ。
「まあいい、魔力も少しは回復したし、やるか」
「お願いします」
自分の木刀を手に持って、数回振る。
技量も筋力も上がり、速度は随分と上がっている。
マスターが倉庫から長さが不揃いの二本の剣を取り出してきた。
「双剣ですか?」
「ああ、これが"風爪"のスタイルだ」
見下ろすままに見下し、歯を見せるマスターに思わず俺からも殺気が漏れそうになる。
「おいおい、お前の威圧なんか受けちゃあ洒落になんねぇ」
「マスターが俺に本気を出さざるを得なくなってきたと思っておきます」
「好きにしろ」
お互いが構えて、俺が飛び込むところから仕合が始まる。
****
初手から、突き。
刀による最速の攻撃から勝負を始める。
様子見などこの人に対しては一切不必要だ。
「おいおい、馬鹿正直かぁ?」
左の短い方で突きを逸らされる。右の横薙ぎが舐めたスピードで飛んでくるのを刀を戻して凌ぐ。すぐに左も攻勢に出てきたので最低限の間合いを空ける。
「そう深くは出てこないか」
余裕綽々なマスターであるが、やはり隙は見当たらない。
……一本でも隙が極端に少ないマスターの剣が二本になるとさらに反撃が飛んできて厄介すぎる。
いや、本来前がかりになりやすいスタイルだからこそ、常から隙が無いのか。
「身体強化はまだ使わないのか?」
そう、俺は修練で一切身体強化を使っていない。
突発的に魔力量の上限を見定められないためだ。
「速さに慣れる必要はあるぞ?」
魔力量の隠蔽という点では今日の時点で失敗している。初めての魔法に少々はしゃぎ過ぎた。
自分を只者扱いしないマスターしか見ていなかったからだけれど。
「じゃあ、はい、一割」
「うおっ!!」
俺が一気に肉薄する。完全に懐の中だ。
マスターの左膝が持ち上げられるのがスローに感じる。体感速度の引き伸ばしも魔力による脳の強化を使えばそう難しいことではない。やればできた。
先程まで死角になっていた部分から剣の柄が向かってくる。やっぱり多彩だ。
けれど、今の俺には遅すぎる。
俺は安牌のために上体を逸らしつつ、いつもの数倍の速さの横薙ぎを放った。
「俺の負けだ⋯⋯」
剣を引く。マスターからの初めての白星だ。
「初勝利なのに不満そうだな、おい」
「魔力を使えばこんなもんですよ。マスターは身体強化を使ってないし、イーブンじゃない試合なんて」
マスターは呆れたように肩を竦める。俺も初めての勝利にはもっと喜べるものだと思っていた。
「ところで、さっきので一割と言っていたが、お前にはまだ上があるのか?」
「はい、十倍速まで出ますよ」
「……バケモンだな」
バケモン、化け物か。言い得て妙である。
突然変異のように現れた俺の存在はこの世界において化け物だろう。イレギュラー、怪物、化け物。
はっ、魔物と大して変わらねえな。
「自覚はありますよ」
俺が嘲いを含んでそう微笑むとマスターはまたいつもの目を向けてくる。
「身体強化にも随分慣れてるみてえだな」
「はい。村の近くの森のちょっと奥の方で、バレないように修行はしてます」
「なるほど、お前ならさらに奥にいる魔物も狩れるんじゃないのか?」
「ええ、今日からそうするつもりです」
これは当初の予定通りだ。
というのも、魔法が十全に操れるようになったらいよいよ魔物狩りを始めようと決めていた。
「そうか、だったら……」
そこからマスターにトルナ村付近の森の深層の魔物についての軽いレクチャーを受けて今日は解散した。
さあ午後からは魔物狩りだ。
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