単刀直入
お久しぶりです
その間の思考は少し魔力も割いて手短に行った。
どうするべきか、と。
自己紹介を終えた後の受け答えで、その答えを口にしてみる。
「トウドウ・アイリ、あなたに用がありましてこのような場を設けていただきました」
「!?」
アイリス……髪を金に変えたアイリがそのブルーの瞳を見開き、その隣に立っていたギルバートが即座に彼女と俺の間に立つ。
落ち着いているのは母親に抱きかかえられている生後数か月の娘、オリーヴだけだ。
すやすやと眠っていて、安心しきっているのがわかる。
その立ち位置のままギルバートは剣呑に、傍観していた二人に説明を求めた。
「なぜ?」
「事情は色々、だな」
「せっかくの再会にすまない。私としても、急を要すると思っていてね。……いささか、大胆だとは思うけれど」
「……」
「席についてくれ。食事をしながらにしよう。悪いようにはならない」
「……本当ですね、団長?」
「ジル、いいわ……話を聞く」
アイリスは会話の間にずいぶんと慎重に団長や師匠の顔をうかがっていた。
真偽の判断でもしていたのだろうか。
「でも、そうね……」
そして今、その視線が俺の方に浴びせかけられていた。
当惑を隠しながら、とても理知的な目だった。
そういえば、俺と同じ転生者である賢公の手記は俺の後に彼女も読んだのだったか。
『自己紹介だけいい?』
『はい、トウドウ・アイリさん。初めまして。スエヨシ・カナトと以前は名乗っていました』
『漢字はすえきち?』
『はい。名前の方は叶えるに斗は北斗七星とかの』
『……私は藤に建物とかに使われる堂、名前のアイリは愛に、くさかんむりに利用の利。それで藤堂愛莉』
あれから十六年が経とうとしているが、互いに忘れられるはずないのだろう言葉で挨拶を交わした。
「お話したいことがありますが、それは後に」
「ええ、いいにおいがするものね」
まず最初の関門はクリアしたと言っていいだろう。
異国語で話す俺たちを見ていたギルバートにも少しだけ、頭を下げた。
難しい顔をしていたが、納得したところもあったのだろう。
特に疑問は向けられず、すぐにアイリスに向けて何か話していた。
****
夕食の間彼女はアイリス・ウィリアムズとして振舞っていて、主にギルバートとの結婚と、今は使用人に抱かれている生まれたばかりの娘オリーヴについての話が中心になった。
子煩悩なギルバートのエピソードに団長が茶々を入れて、俺がそれをたしなめながら話を聞き、師匠が場を回すという風に会話は進む。
ウィルフレッドという息子と彼とは少し年の離れた妹になる娘を持つ団長は家庭を顧みず仕事をしている節があるが、それに対する罪悪感も大きいらしい。
それでも王国騎士団の団長であり、なおかつそれ以外でも裏の仕事として国中や近隣各国まで目を光らせている彼の行動は到底責められたものではない。
実際、ウィルフレッドは団長のことを強く目標にしているし、恨んでいる様子はない。
師匠はおそらく王国貴族で最高齢の未婚男性らしい。
恋愛ではなく武に一筋であり、騎士団に所属していた頃は国を守るためにその身を捧げた美談となって語られていたこともあったようだ。
本人は特に必要性を感じなくて貴族の役割を放棄した放蕩息子だと言ったが、真相はわからない。
ただ、当時から容姿も悪くなく家柄、人柄、実力が揃っていたため女性に人気があったのは確かで、熱烈すぎるファンも存在していたらしい。
心当たりがあるなと、先日俺の顎を蹴り砕いてくれた女性を思い出したが、そういえば彼女は独身の貴族女性としては珍しい歳だと言えるだろう。
今後どうにかなることがあるかもしれない。
「君のご両親は……」
「ご想像の通りかと」
「なるほど、数奇なことがあるらしい」
「?」
そんな話をしていたからか、ギルバートは俺の生まれに気が付いたらしい。
オークスさんから話が漏れていたということはなかったか。
彼らは一つか二つだけ年が違うだけだ。
どうやらアイリスは母さんの顔を知らなかったようで、ギルバートの方に疑問符を投げかけていた。
どうにも口にしづらそうなので、俺から言わせてもらおう。
「私の母、リーンはあの当時メイドとして城に勤めていました」
「リーン。お父さんは……?」
「騎士だったと。……レン・タウンゼント、母にはそう聞かされています」
名を口にすればアイリスは目を丸くして、その後少し眉根を寄せる。
目は少し、潤んでいるようにも見えた。
「そう……レンさんの」
「はい。よければ父の話を聞かせていただいても?」
「……ええ、もちろん」
父さんと転移者たちは仲が良かったと聞く。
のろけばかりで人柄が脚色されていそうな母さん以外から話を聞けることはこれからあまりないと思うから、転移者だった彼女から見た父さんがどんな人物だったか知っておきたかった。
****
幕開けこそ波乱を感じたが、夕食会自体はつつがなく終えることができ、いよいよ話は本題に移っていく。
使用人などの人払いを済ませ、残ったのは席についていた五人と、母の腕に戻されたオリーヴだけになった。
ギルバートにも話を聞かせるとのことで、団長が端的に事情説明をしていく。
「秋にあった竜退についてはアイリスも知っているな?」
「はい、大変な武勇を上げられたと」
「あー、自慢がしたいわけじゃない。あれを行ったのはここにいる三人なのだが……」
ギルバートが驚きをもって俺の方を見る。
どれだけ目を凝らしても華奢な騎士見習いにしか見えないだろうから、当然だろう。
アイリスは合点がいったようだ。
「あれは竜の出現による偶発的なものとされていたが、我々は裏があるとみている」
「知らされていませんが?」
「知っていたとてどうしようもない。相手が相手だ」
「それは……」
「私にその話を聞かせる意味があるってことよ、ジル」
「!!」
「その件に関しては彼から」
話を振られたのでうなずいて答えていく。
答えはすでに出ているが、おそらくもうちょっと事情は面倒くさい。
「ヒロト・サクラギがあの件の首謀者と考えられます。彼は何らかの方法で竜を捕獲し、あの場に解き放ったのでしょう。実際、現場近くで彼を発見し、交戦しています」
「サクラギくんが……」
「その後逃亡され、竜も連れ帰られました。ですが、彼に関してはもう一つ」
「ギルバートも知っている、これだ」
団長の手元に新型の魔法具が現れる。
俺が北部連合と北の大国ルスアノの衝突する戦線で拿獲してきたもので──
『銃?』
「はい。魔力で運用するための機構で地球のものとは違うはずですが、おおよそ知っているものかと」
──おおよそこの世界の技術形態からは離れた形状をしているものだ。
ルスアノ兵が中心に使い、フランクールの議会派が暗殺者にも持たせていた。
ちょっと知り合いのコネを使って出所を割り出したところ、やはりルスアノから仕入れたものだということが判明している。
「こんなものを発明できるのはおそらく一人だけで、そしてそいつは今、友好国でも中立国でもない国に潜んでいると思われ、なおかつ、個人としてだが一度明確な攻撃を仕掛けてきている」
「……」
「アイリス、私は」
「そう思って当然よ、ジル」
狙いこそわからないが、あの竜による攻撃は戦争行為に等しく、到底この国の騎士として許すべきではない。
しかし、証拠の一つも残らず、竜の捕獲という荒唐無稽にしか思われないトリックを使われた以上、表立った反撃も抗議もできていないのが現状だ。
「……約束は覚えているな?」
「はい。私はすでにアイリス・ウィリアムズとして生きています。この国で」
転生者がこの国の敵になった時、国防に協力すること。
それがギルバート・ウィリアムズの妻として、王国の武を任せられるチャールトン公爵家次男であり、王国騎士団団長であるフランク・A・チャールトンの庇護下で身分を隠し、アイリス・ウィリアムズとして生きるための条件だった。
それが今、履行される。
「ありがとう、アイリス。できる限り、王国騎士団として民への負担はないよう尽力する。ギルバート、覚悟はいいな?」
「当然です」
さて、まず話はまとまった。
ここからは、転生者である俺と転移者である藤堂愛莉の話だ。
ありがとうございました。
本当に……お読みいただきありがとうございます。




