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謁見

 これからしばらく厄介になる騎士団の寮は転移拠点からは目と鼻の先で、貴族区域と下町の境界を跨いで連なっていた。


 普段は王城やその近くの訓練場に向かうけれど、有事には寮からでもすぐに出動できるための位置取りだろう。

 下町の治安維持は騎士団ではなく一般人がやる衛兵の仕事だが、都市内での魔法犯罪などにはどこの街でも騎士団が関わる。


 例えば、去年の冬に公都の博物館で起こった盗難事件なんかがそうだった。

 犯人はまだ捕まっていないが、迅速な対応だったのは確かだと言わせてもらおう。


 代表のウィルフレッドが入寮の挨拶をして、各自の部屋に荷物を置いたら、休日の今日は一旦門限まで自由である。


 学生達は皆騎士寮に入りこれから生活するわけだが、週に一度の休日には外出ができるし、その前日には外泊の許可も降りる。

 今回参加する学生の半数以上は王都の出身だから、実家に顔を出したりしていくらしい。


「レイは観光なんかしていくのかい?」

「ええ、そのつもりです」


 寮でルームメイトとなった王都育ちであるカイルの問いかけに、ウォーカー伯爵領という言っては悪いが地方の田舎生まれである俺は笑顔で答える。

 いくらかの用事はあるけれど、暇になれば物見遊山に出かけるつもりだ。


 三代前の王朝に始まる大陸最大にして最古の都市には色々と観光スポットがあると本で読んできたし、小説でも歴史書でも描かれていたから、俺も気になっている。

 地方出身の生徒たちが王都出身の友人を案内人にして色々計画を立てている話は俺も耳にしていた。


 もっとも、最優先にはなりえないけれど。


 王都に居る間にアイリ・トウドウへ彼のことを伝えなければならないし、聞かねばならない。

 二人がどういう間柄だったかは垣間見ただけで詳しく知らないけど、それでも、彼女にとっては唯一の同胞であることに変わりはないのだから。


「これからは?」

「少し、ジョゼフ先生……師匠の家へ。招待を受けましたので」

「そうか。君なら大丈夫だと思うけど、気を付けて。学園都市とは勝手が違うから」

「はい。心得ています」


 王都の師匠の家は、スターリング侯爵家の屋敷の離れであり、貴族区域のど真ん中だ。

 ウォーカーの街ですら立ち入ったことのない貴族区域は、下町とは勝手が違うことぐらい理解している。


「それじゃあ、また夜に待ってるよ」


 ひらひらと手を振るカイルに頭を下げる。

 彼はこの部屋から出ていくつもりが無さそうだった。


 ……というか、なんでルームメイトなんだ。


 騎士団といえども、貴族と平民で待遇が変わるのは常である。

 今回も貴族生徒の多くは個室や貴族同士の部屋を与えられている。

 もちろん彼も望めば個室が得られたはずだ。


 まあ、カイルに関しては今さら考えるだけ無駄か。


 何を考えているのか分からないのはいつものことである。


 どうせ俺も王国を代表する騎士団のねぐらにいるのだから、夜中にはしゃぐつもりは元より無かった。

 それならば、友人と同室でよかったと思っておくのが一番だろう。


「ああ、来たね」

「はい、お願いします……師匠」


 貴族区域に向かう出口に師匠が待っていた。

 すれ違う、昼休憩なのか交代なのか、寮に戻り始めている騎士たちがチラチラと彼のことを気にしているのが分かる。

 十五年近く王都から離れていた師匠だから彼の顔も知らない騎士は多いけれど、その名前と髪や目の色は十分に知れ渡っている。

 騎士科の生徒といるのであれば、なおさら判別は付くのだろう。


「目立つ前に行こうか」

「はい」


 向かう視線は俺へ向かうものも少なくなかった。

 トーナメントもあったし、今回のインターンで聖壁の弟子も王都に来ているという情報は既に出回っていたらしい。


 今以上に人が増える前に、二人で師匠の呼んでくれていた馬車に逃げ込んだ。



 ****



「やけに草臥れていないか?」


 どこかで抜け出してくると言っていたフランク団長は昼下がりにやってきた。

 やはり仕事中だったのだろうか、腰には魔剣が下がっている。


 階段を下りてきているのは、この屋敷に転移陣を敷いているのが二階の隠し部屋だからだろう。

 物理的にも魔法的にも目隠しがされていて、彼が転移してきたのに気付くのが少し遅れた。

 気疲れのせいもあるかもしれないけれど。


「ジョージ兄様と、クラウス様が来ていてね」

「クラウス? ウォーカー伯か」

「今日ぐらいしかないだろう、と押しかけてきた。ご丁寧に昼食を作らせるための人員も連れてね」


 師匠の目がこちらに向いて、俺も少しうなずいた。

 それだけで伝わったらしく、団長が苦笑する。


「なるほど。放蕩弟の様子と、それから息子たちの様子の確認でもしに来たか?」

「そうですね。それからまあ……私のことも」

「私もレイも、ウォーカーの街では一度もクラウス様とは会わなかったからね」


 ジョージ・スターリング卿は師匠の次兄でジェシカの父親、クラウス・U・ウォーカー伯爵は俺の地元の領主様でグレンの父親だ。

 今日は俺と師匠がこの屋敷で昼食をとるという情報を仕入れたジョージ様が旧友のクラウス様をわざわざウォーカー伯爵領から呼び出して計画的に突撃してきた。

 俺と師匠がウォーカーの街で過ごした日々や、夫婦となる娘息子の学園での話、それから災難に見舞われた去年の森林実習やトーナメントの話を昼食中に色々と聞き出していくと、昼からはそれぞれ公務があると嵐のように去っていった。


「だがまあ、時間が無い」

「そうだった」

「はい、お願いします」


 団長が口調を締めたのに合わせて、師匠と俺も居住まいを正す。

 今日、この屋敷に俺が来たのはこれからの打ち合わせのためだった。


「アイリス……アイリ・トウドウとは約束を取り付けてある。場所はここ。外聞もあるため、彼女とギルバートを招く」

「変更なし、ですね」

「ああ」

「名目は……私たちの謝罪でいいね?」

「それでいい。既にアイリス、ギルバートともに内々に話は通してあるが、正式な招待は明日にでも頼む」

「わかったよ」


 ギルバート・ウィリアムズというのは王国騎士団、それから情報局でフランク団長の補佐を務めている騎士だ。事務仕事が抜群にできるそうだ。

 年は36で、俺たちの召喚があったときは若い騎士の一人だった。


 父さんとは親交が深かったわけではないが、時を同じくして当時に親しかった友人を亡くしている。

 彼の遺志を汲んであれこれと陰ながら活動していくうちにフランク団長の目に留まり、アイリとも親交を深めたらしい。


 アイリ・トウドウが元の世界への帰還を諦め、この世界でアイリス・ウィリアムズとして生きる決断を下すにあたってのキーパーソンでもある。


「どうした、難しい顔をして」

「いえ……そうですね、状況的にギルバートさんは警戒しそうですが」

「それは大丈夫な、はずだ。あれも騎士で、俺も信頼されていると思う……無頓着でもあるしな」

「どんな人なんですか?」

「真面目、だな」

「昔と変わっていなければ本当に、ひどくとも言えるくらい真面目な騎士だったよ。何度か剣や作法を教えたとき、常にまっすぐこちらを向いていたのを覚えてる」


 団長が言うならともかく、師匠がそれだけ言うのだから本当に真面目なんだろう。

 それを踏まえて彼がアイリスという特大の秘密を渡されたのも納得できる。


「さすがに少しひねくれてきてはいると思うが」

「上司がこれだからね」


 そう思うと今も姿をくらました騎士団長を探しているんだろうなあ。

 どちらかというと苦労人な気がする。


 ……それを受け止める覚悟のできる人なのだろうが。


 できればアイリスとは色々と話したかったけれど、来週は彼の負担にならないぐらい手短に済ませようと思う。


「あと何かあるか?」

「いえ。特には」

「リラックスしてもらうために良い料理を用意するよ」

「そうしてくれるとありがたいな」

「お前のためじゃないさ。お代わりは相応に、だ」


 軽口を飛ばし合いながら会話が進むのに相変わらず気の置けない仲であるのを見せつけてくれると、団長がこちらを向いた。


「レイ、これからの用事は」

「……特には」

「ならいいな。少し来い」


 打って変わって団長がやけに固い顔をしていた。

 突然のことに困惑して師匠の方を向いてみたら、師匠はもっと険しい顔をしていた。


「どこへ……?」

「付いてくれば分かる」


 ……問答無用かあ……


「わかりました。師匠、少し外します」

「ああ。戻ってきたらまた送迎するよ」


 行くしかないのであれば、行かねばなるまい。

 先ほど団長が出てきた二階の転移陣に乗る。


 貴族区域は防犯上、転移魔法に対するジャミングが厳しい。

 慣れれば即興でも転移できるらしいが、あらかじめ準備したルートを通るに越したことはないと団長が言う。


「君に言う必要はないかもしれないが、冷静に頼む」

「?」


 疑問符が合致するまでの数瞬で団長はルート設定の詠唱を終わらせていて、目の前の景色は切り替わった。


「……来たか」

「はっ。連れて参りました」


 ……なるほどなあ……


 そこは誰かの執務室であるようだった。

 滅多にお目にかかれないような驕奢な机と椅子は持ち主の高貴さを存分にうかがわせる。

 撫でつけたブロンドの頭に今は装飾の類は付いていないだろうが、ああ、さぞお似合いなことだろう。

 俺の隣に立っていたフランク・A・チャールトン騎士団長が、表情を固めて彼の後ろに立つ。


「……」

「……そうか」


 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはその中年に差し掛かろうかという男性だった。


「私のことは?」

「ええ、もちろん存じております」


 騎士団長はよく腰の魔剣に手をかけなかったと思う。

 この国の守護者として、俺の今の態度は見過ごせるものではなかったはずだから。


「そうか、それでも名乗らせてもらおう」

「……」

「デイヴィッド・ハーディン・グランズ・エグラントという」


 視線が結び合わさる緊張感の中では余談だが、この王国の名をエグラントという。


「これはどうもご丁寧に。ならばそうですね、無作法ですが私も名乗らねばならないでしょう」


 その彼に丁重に扱われた「俺」が今名乗るべき名前は一つだ。


「末吉叶斗、名がカナトで、姓をスエヨシと言いました」


 彼の前で頭を垂れずに許される国民はいない。

 だからきっと、用があるのはこちらの方なのだろうよ、王様。


ありがとうございました。


積み上がっていたタスクが吹き飛びましたので更新できるようになりました。やったね。



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