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王都へ

 インターン制度はこの学園が王家のものになるより前、賢公がシアラー公爵領で実験的に学校を設立した当時から行われているらしい。

 二年生までに基礎技能を身に付け、森林実習以降から実践に入り、三年生の最初に仕上げをして、本格的な就活を行う後期になるまでに、将来の仕事に活きる経験をする。

 この段階的なカリキュラムは中々に現代的に思えた。


 賢公の前世の素性については詳しくまでは分からない。

 ただ、彼女の為した最大の功績はやはりこの明らかに近代化された学園の創設であり、そこには多くのかつての現代日本に通じるアイデアを見つけられる。

 以前に拝読させてもらった資料の中の記述を合わせると、彼女が教育を学び、伝えていた人間だったのはなんとなく分かった。


 ……多分、俺が生まれた頃の人だけど。


 レイではなく、叶斗の。


 手帳に使われている言葉や、彼女の服飾の趣味なんかで推測は立っている。

 アニメやゲームなんかの知識はあるのだと思うけど、俺の感性からするとやや古臭い印象を受ける。


 ()ならもう少し推論が立っているだろうか。

 いつか聞いたあいつの口ぶりからすると、相当に優秀な人材だったはずだ。


 フランク団長伝いに転移者であれば賢公の手帳が読み解けることは伝わっているはずだから、既に同じものを読んでいると思う。

 何やら最近は王都の周辺に新しい料理や服の流行が生まれているらしいから、そこら辺も手を広げているのだろう。


 そんなことを考えているのは、既にアイリ・トウドウだった彼女と会う日が近付いているからである。


「ほら、ウィル、君もレイを見習いなよ」

「……俺は結構だ」


 俺たちが王都に向かう日がやってきていた。

 今は荷物を置いていた騎士科の更衣室から必要な準備を持ち出して、転移陣のある中央棟へ移動しているところだった。

 ウィルフレッドやカイルを中心に、王国騎士団でインターンをする騎士科の三年生全員が共に行動している。


 ただの移動なのだから各自集合でいいのではと思ったのだが、それなりに理由はあったらしい。


「行ってらっしゃいませ!」

「お気を付けてー!」

「カイル様ー!!」

「ウィルフレッド様!」

「レイせんぱーい!」


 何やら道脇の人だかりが壮行パレードの様相を呈している。

 他の騎士科のところではこうはなっていないかったと思うのだが、やはりそれほどに王国騎士団へ向かうというのは大きいのだろう。

 それに今回、ウィルフレッド、カイル、それから俺の三人は例年ならありえない立場でインターンの仕事をこなすことになっている。


 というのも俺たちはクラリス副団長がトップに立つ部隊で見習いをすることになった。

 フランク騎士団長は騎士団を統括する立場で、彼自身が率いる隊を持っていないから、クラリス隊が王国騎士団の花形だ。


 そんなわけで周囲は大いに、なんなら俺たち以上に盛り上がっており、パレードにもその影響は現れている。

 というか、俺たち三人に対する個人的な応援がすごく多い。


 俺も知り合いの多いカイルを見習って多少の面識があれば笑顔を作って手を振り返しているから、その盛り上がりが落ち着くことは到着までなさそうだった。


「フランク団長はお得意そうに見えましたよ、ウィルフレッド」

「…………確かに、父上はそうだな」


 彼も学園祭では王国最強戦力として注目を浴びていたが、時には求められた握手を返すなど気さくに対応していた。


 しかしウィルフレッドはそんな父親とは少しも似ていない気難しい性格だから、今も仏頂面である。

 公爵家の息子であるから許されるが、将来的に騎士団長という立場に付くのであれば多少の愛想の良さも必要なんじゃないだろうか。


 ……いや、そういうのはカイルに任せればいいのか?


 今の騎士団長が気さくでも威厳のある理想的な人柄だからウィルフレッドにも同じように求めてしまうが、実際はどうなんだろうか。

 実力があれば何でも許されそうな気がしないこともない。

 ましてやカイルなんかがウィルフレッドをサポートする立場になれば対外交渉は丸投げできそうなものだが。


「ウィル、作り笑顔もできなかったけ?」

「……」

「殿下は何も言わないからなぁ」

「ああ」

「その感じで笑いなよ」


 ウィルフレッドをからかえるのはカイルだけだろうな、と二人を横目に見ていると、中央塔が迫っていた。


「失礼。少し外します」

「ほら、ウィルも行ってきなよ」

「……なぜ」

「じゃあそう言ったこと、僕から殿下にお伝えしに行こうかな」

「……」


 俺たちを見送る最後の一団は学園に残っている知り合い達で形成されていた。

 オフィーリア殿下と話しているのはシャーロットで、その傍にリーナも控え、隣にはナディアも居る。

 学園内と言えども、この国では王族の近くに立てること自体が名誉あることだった。


「わざわざお見送りしていただかなくとも」

「あら、わたくしがそれほど薄情だと思いまして?」

「いえ。お心遣いに感謝します」


 ウィルフレッドがオフィーリア殿下と二人で話し始めてくれたので、こちらは気楽に一時の別れの挨拶をする。意地悪な言い方をしているけれど、殿下はどこか嬉しそうだ。


「行ってくるよ、リーナ、ナディア」

「行ってらっしゃいませ、レイ」

「本当に気をつけてね?」


 快く送り出してくれるナディアとは対照的に、リーナはどこか疑わしげで不安そうな目を向けていた。


「大丈夫だよ。ウィルフレッドとカイル、それに師匠もいるから」

「僕に任せておいてよ。と言いたいけど、レイだから分からないな。前みたいなこともあるし」

「カイル……」


 ……不安にさせてくれるなよ。


 王都は治安の悪い街でもないし、ただお仕事体験に行くだけだ。

 多少なりの実践的な活動はあるだろうけど、滅多なことは起こらないと思う。

 起こったら、森林実習の時といい不運が重なり過ぎである。


「ちゃんと帰って来てね?」

「うん、必ず。三週間、待ってて」


 前回は心配をかけたが、今回こそきちんと帰ってきたいと思う。


「師匠、こっちは任せてください」

「あんまり無理はしなくていいからな?」


 最近のウェインは俺の周りで色々と働いてくれている。

 というのも、俺に弟子入りしたいという学生が今年は去年以上に押しかけてきて、ウェインはそれがあまり我慢ならなかったらしい。

 自分から防波堤を買って出てくれていて、まずは自分を乗り越えて見ろと言わんばかりであった。


 本気かどうか確かめますと、きりりとした目で言ってくれたのはいいのだが、未だにその試練を乗り越えられた者を知らない。

 あまり無茶なことはやっていないといいのだけど。

 最近はカイルとも何やらこそこそと話していたりするし。


「ええっと……お気をつけて!」

「帰ってきたら王都のお話を聞かせてください」

「楽しんできてくださいませ」

「ああ、ありがとう」


 一年生の三人、アレク、パメラ、コリンヌも随分学園生活に……いつの間にかトップサロンに所属していたという事実にも慣れてきているようだった。

 三人まとまって行動しているのをよく見るし、何かあるとリーナやナディア、それからウェインに頼っているのをよく見る。


 特にウェインはアレクのことをよく気にかけているようで、この前は休日に四人で出かけていたらしい。

 ウェイン曰く、彼女らは嫉妬を受けやすい立場だから何があるか分からないからとのことだが、どうだろう。


「俺が居なくて多少はあいつも暇になるだろうし、頑張れよアレク」

「へっ!? え、な、なんの」

「心強いねー」

「頑張りましょう、アレク」


 他の二人が生ぬるい目をしているのが何よりの証拠だろうな。

 凛々しい顔で白の制服を纏っていても、乙女であることを隠せない彼女へ応援を送っておくとしよう。


 それから、オフィーリア殿下やシャーロットにも見送りをもらって、いよいよ時間となる。


「行ってくるよ」


 リーナとばっちり目が合った。

 どうしようもなく心配そうされてしまっているが、死ぬことは無いだろうから安心して欲しいものだ。



 ****



「みんな集まったかい?」


 今回のインターンには引率が付く。

 普通は最初と最後の転移の時と、あとは何か緊急の用件が入った時ぐらいしか担当教員はインターン先に出向かないのだけど、今回は特別だ。


「ええ、揃っています。ジョゼフ先生」


 ウィルフレッドが代表して返事をすると、師匠は頷いて歩き出した。


 彼が引率であるのはなんということはなく、王国騎士団が師匠を指導に借りたいと要望したかららしい。

 システムが色々と決まっている学園だが、やはり貴族社会の色は濃く、何かと理由を付けて都合の良いように動くものだ。


「レイは初めてだよね?」

「そうですね。少し楽しみにしていました」


 隣を歩くカイルが尋ねてきたのは、これから向かう先、中央塔地下にある王都への転移陣のことだった。


 普段は結構なコストがかかるため貴族様しか利用できないのだが、インターンの際は移動の手間を省くためにほぼ全員が利用する。

 王都でのインターンでなくても、ここから王都の転移先に跳んで、そこからまた地方に跳んで行くのだ。


 後ろの方にはソワソワとしている生徒が結構大勢いる。

 なんというか、中学の修学旅行で初めて新幹線に乗るクラスメイトの雰囲気を思い出した。

 俺は転移なんて普段から自前で行っているけど、普通は滅多に利用できないものだから仕方がないか。


 当然カイルにも俺が転移できることを伝えていないから、しれっとした顔で嘘をつくしかないけれど、それもいつも通りである。


 いくつかのグループに分かれて順番に転移陣に入ると、魔法科の先生達が呪文を唱えてくれる。

 隣でウィルフレッドも小さく唱えていたのが分かった。

 俺たちの時だけ、少し先生達も楽をできたんじゃないだろうか。


「誰も居なくなっていない?」

「カイル……人が悪いぞ」

「はは、だって面白くて」


 転移魔法はノータイムだからこそ転移魔法であり、一瞬の明滅の後には既に目の前の景色が変わっている。

 だがそれこそが物珍しく、転移慣れしていない生徒たちは物珍しそうに周りや自分の体を気にしていた。


 そんな時にカイルがからかうものだから、何人かがばっと顔を上げて人数を数えようとし始めている。

 転移魔法の黎明期ならばともかく、今では成功するのが当たり前だ。

 でなければ貴族専用の移動手段になるはずもない。


「……」


 転移陣から降り、後続を待つ。


 土魔法で作られた特に面白みのない建物だが、窓の外が見えた。

 太陽を背に大陸の西に覇を称える王国を象徴する、王城がそびえている。


 魔法で外観が保たれているのであろうその姿はあまりにもあの日見たものと変わらなくて、何となく、外を見るのをやめてしまった。


 ……十六年、か。



ありがとうございました。

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