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彼の横顔 ーリーナー

リーナ視点です。


「いただきます」

「うん」


 ローラは既にインターンに向かってしまい、ナディアさんは寮で食べると言ってましたから、今日はレイと二人きりです。

 冬以降、寮の仕事はあまり人気のない朝当番によく回っていました。

 そうすれば放課後はこうしてゆっくりとレイと一緒にいられるのですもの。


「やっぱ料理上手だなぁ」

「へへへ」

「美味しい」


 そして、彼の食事をじっくりと眺められます。


 貴族様と食事をしてもむしろ彼の方が様になっていると思わせるほど整ったテーブルマナーを垣間見せながら、それでも少し雑に、パクパクと食事を進めていくレイに料理を振る舞えるのはとてもやりがいを感じることでした。

 品の一つ一つに言葉をくれますし、それが無くとも好き嫌いなく本当に美味しそうに食べてくれるのです。


 普段の学校で作っている大人びた表情の仮面は外され、年相応の、いえ、むしろどちらかというと子どもっぽい表情を見せてくれるのも嬉しく思えます。


 私は彼のこういう表情も好きなのだと、最近になってようやく気が付きました。

 ラスをからかっていた時の顔、リーンさんにからかわれていた時の顔、エレナおばさんに叱られていた時の顔、モルドおじさんを手伝う時の顔、それから私に街での出来事を話してくれていた時の顔……


 トルナ村でのレイはとても表情豊かだったのです。

 この前の学園祭でのバークリーさんなんかとのやり取りを見ているときっと、ウォーカーの街でも同じように過ごしていたのでしょう。


 けれど、学園に来てからのレイはいつも貼り付けた笑顔ばかりで、少し寂しく感じていました。


 それは私も澄ました顔を意識しているように、村生まれでありながら騎士やメイドを目指す身としては当たり前のことなのですけれど、レイはそれが特に顕著ですから。

 私は仲の良いクラスメイトの前では気を張ることも少なくなってきましたし、貴族様でも親しくさせていただいている方には素で振る舞っています。

 学園の生徒の多くは三年間の生活を通して公私の使い分けを学んでいくものです。


 それでも、レイは三年生になってもずっと、クラスメイトを相手にしていても笑顔の仮面を外しません。

 大人びていて、私だけでなく多くの女子生徒に途方もなく魅力的に思わせる表情を、彼はずっと続けているのです。

 シャーロット様やグレン様がお茶会にいらっしゃる時にはそれがとてもよく分かりました。

 カイル様とは随分打ち解けているようで、作り笑いの中に色々と表情を混ぜてみせますが、それ以外の貴族の方々には全くです。


 レイに実力があって、なおかつ話も立つので上手く行っているのだと思いますが、あれではきっと、親しい友人はそう増えないはずでした。


 ……実際にそうだったのでしょうけど。


 去年まで、彼と友人らしい付き合いのある友人はただ一人だけでした。

 今は色々と関係の変化がありましたが、仲のいい同性の友人もいないまま、よくこの学園で今の立場を築いたものだと、変なところで感心させられます。


 ……そう思うと、本当に彼女は大きな存在だったのでしょうね……


 私にとっての友人であり、とてつもないライバルであり、けれどもう仲間のような関係にも思っているローラの、脳天気な顔が浮かびます。

 彼女は下心でそうしていたわけではないのでしょうから、全くもって憎めません。


「ご馳走様」

「早いよ、レイお兄ちゃん」

「リーナの料理が美味しいから」


 お世辞、とも捉えられそうですが彼の気楽そうな顔を見ると本心だと信じたくなります。


 ……レイお兄ちゃんはずっと、私の料理を食べてくれるかな。


 私は彼のために、料理を振る舞い続ける覚悟があります。

 私は彼のために、この身を捧げて尽くす覚悟があります。


 首にかけたネックレスの魔石に触れました。


 ええそうでしょう。

 でなければ男性の一人暮らしの部屋に押しかけたりしません。

 この歳にもなればもう、将来を意識するのは当然です。

 まだ少し伸びる兆しのある身体は成長途中ですけど、それでも十分に、成熟しています。


 であればあとはもう、私は彼を待つだけなのですが、その最後までがとても長い。


 そして私はその日が来ることにまだ確証を持てていません。


 周囲はあれやこれや言います。

 寮の中では何も言わずともレイは私の婚約者として認識されていますし、学園内でもそのように広まっています。


 ローラも、彼女がレイに対して行動を起こすとき、真っ先に伺いを立てたのは私でした。

「レイには、リーナが居るから」と。


 ……ああ、それならどれほど良かったでしょう。


 その時私はローラの好きにすることを咎められませんでした。

 ローラはきっと、私のことを度量の大きなニンゲンだと思っています。


 けれど、そうじゃない。


 私はレイを支えられていないでしょう。

 私がレイを追い求め、手を伸ばしているから、彼はそれを認めてくれているだけなのです。

 私にはレイしか居ませんが、その逆は、違うのです。


 だから学園で彼の隣を歩んできたローラがレイの隣に立つことは、私には仕方がないことなのです。

 むしろ私が二人の邪魔にならないかとさえ思います。


 それに、ローラは森林実習の時には不可抗力とはいえ魔力を交わしたというのですもの。

 彼女の言い分からすると本当に医療行為としてのものなのでしょうけれど、レイがどれだけ彼女に心を開いているのか、どれだけ大切な存在なのかはハッキリとします。

 私が初めてルリ様に会った時してもらった頃のように、魔力を交わすことの重大さを知らない歳ではありませんから。


 こうして今レイと私は部屋に二人きりで居ますけれど、このような時間が去年からあったわけでもありません。

 最近はもう恒例になっているデートも、去年までは私が街にやって来た時と、夏にレイが帰ってきた時ぐらいだったのですから。


 ひどい、なんて言えません。


 レイは優秀で、彼には彼の人脈があります。

 一人で冒険に出かけたり、技専ではパトロンのようなことをやったりしているとも聞いています。

 夜にはこの街を影から守っていることも私は知っていました。


 だから今こうしていられるのも実は全部、ローラのおかげなのかもしれません。


 彼女がレイに、言葉こそ無くとも確かな想いを伝えたから、レイは私にも意識を向け始めてくれました。

 そもそもレイは真面目で優しく、義理堅い人ですから、学園都市まで追いかけてきてしまった私のことをぞんざいに扱うことができなかったのでしょう。


 私の好意とローラの好意、それからナディアさんの好意も含めて全て受け入れるという選択をして、行動に移し始めたのだと思います。

 複数の妻を持つことは一般庶民には縁遠い話ですが上流では珍しいとも言い切れないことですし、レイならばそれを可能にしてしまうだけの手札を持っています。


 そうして考えていくと、レイを動かしたのは私ではなくローラなのです。


 だから私は彼女に嫉妬もしています。

 当然ではありませんか。

 私一人にはできなかったことを彼女にされてしまったのですから。

 殿方として振舞っていたからこその距離感でレイの懐に入り込んでいることもそうです。


 だから私は彼女に感謝もしています。

 彼女がレイを変えてくれたおかげで、私にとっても今のような幸せな時間を過ごせるようになりました。

 ローラと一緒に居る時も、彼女は私を尊重してくれていることを感じますし、何より役割が違うことが分かりますから、それなりに割り切れているのです。


 そして、彼女が大きな重石になれるのであれば。


 私一人ではダメなのだと思っていました。

 彼女が居てくれることで、それが変わるかもしれません。

 ナディアさんも同じです。


 レイが優しく真面目で義理堅くある限り、希望がありました。


 ……村に居た頃より、不安は減ったのですもの。


 今のように、彼がふと何か思い詰めた顔をしていても。


「レイお兄ちゃん?」

「ん、何?」

「考えごと?」

「あー、うん、インターンのね」


 それに気が付いた私に、嘘を吐いていたとしても。


 私は色々なレイの表情を知っています。

 それは喜びや悲しみだけではありません。


 森で眠っているのを見た時、酷い顔色をしていました。

 街から帰ってきた時、笑顔は強がっていました。

 私が好きと言った時、いつも心の奥が苦しそうでした。


 ねえ、レイお兄ちゃん。

 私はずっとレイお兄ちゃんだけを見てきたんだよ?


 子どもの時からずっと、異常なまでに強さを求め続けていたのはなんで?

 私やラス、ナディアさんやローラも助けられたのはどうして?

 エルフの森に招かれてからまた、村の頃のように遠くを見つめることが増えたのと関係があるの?


 そしてきっと、彼が私に手を伸ばしてくれなかったことには大きな大きな理由があります。


 ……ねえ、レイお兄ちゃん。あなたの初恋のひとは誰?


 きっとずっとずっと遠くにいて、私が、ローラが、ナディアさんが、ルリさんが、どれだけ近くに居ても癒されない傷があるんだよね?


 あなたに全てを与えられた、恋する女として、私は分かるのです。

 あなたの見つめる遠い先が、この大陸の果てなのか、それとも遥か星々の先なのか分からなくても、誰か他の大切な人がいることが。

 私の知る前から知っているのです。


 レイが遠くに行ってしまう夢に、村にいた頃からずっと、今でも、私は度々魘されているのです。



 ****



 だから少しでも遠くへ行ってしまうのは本当に寂しくなってしまいます。


 最初は彼が街に行ってしまうことでした。

 それから彼は学園に行ってしまい、この前の夏にはフランクールまで。

 森林実習の間も、ああなるとは知らずともずっと不安でした。


 そして今日、彼はまた王都へ行ってしまいました。

 学園の過程であり、仕方がないことだと思います。

 私はきっと、今日もまた夢に魘されるでしょう。


 ……だけど。


 泣いても意味が無いと、知っています。


 ただ私が彼を好きなだけなのですから、私は彼を待つことしかできないのだと痛感してきたのです。

 泣いていたって、彼を引き止めることはできません。


 私はただ待つだけです。

 彼には大きな力と自由があります。

 空を自由に飛び回る鳥……いえ、ともすれば竜のようなものかもしれません。


 ならば私にそれを御することはまだ叶わず、彼が彼の気まぐれでこちらに帰ってきてくれることを祈るだけでしょう。

 巣のように、寝床のように、彼が戻って来るのを動かずに待つだけです。


 ……いつかは手綱を持ちたいとも思いますけどね?


 そうできる日はいつになるのでしょうか? 訪れるのでしょうか?


 今は不安ですが、私は私の素直な彼への気持ちのままに、次会った時、また彼のためになることを考えるだけなのでした。


 それが苦にならないぐらい、私は昔からずっと、優しく私に触れてくれるレイお兄ちゃんのことだけが大好きなのですから。


ありがとうございました。


昨日7/3、本作の総合評価が1万ポイントを越えました。

皆さんにブックマークや評価を頂けているおかげであり、本当に感謝しています。

これからもよろしければ変わらぬお付き合いをお願いします。


次回からレイ視点に戻ってインターン編です。

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