ギルドマスター
「うわっ、と」
切っ先が飛んできたと言っても比喩ではなくそのままの意味だ。木刀が切っ先の方を向いて飛んできた。
そう速くはなかったため、ぶつかる前にそれを掴む。
「えーっと、どうしたんでしょうか……?」
「本気を見せてもらいたくてな」
「本気と言われても……」
にやりと笑ったマスターに一瞬ギクリとなったが、惚けてみせる。
「お前、只者じゃねえだろ?」
あちゃー、バレてら。
いやまあ予想の一つには入ってたんだけどさあ。
と言うのも、目の前に立っているギルドマスターはこれまで相対してきた冒険者達とは格が違った。
そんな実力者を前にして、自分の力が露見する可能性は十分に考えられる話であった。
大切なのはどこまでバレてるかってことだな……
「よく分かりましたね」
手に持った木刀を下ろして、自分が警戒していないことをアピールする。
一瞬だけマスターの眉が歪んだ。
「十歳になったばかりの子供と聞いていたんだが……、違ったか?」
「いえ、ちゃんと十年前の夏に、母のお腹から産まれた十歳になったばかりの子供ですよ。些か大人びていると言われることは多いですが」
明らかに村で育った十歳とは思えない言動を見せる俺に、マスターはいよいよ警戒を深める。
俺も冷や汗が出そうになるが、そこは足掛け二十七年の人生で最大の胆力を見せて耐え忍ぶ。
紛れた間者とかと思われて即刻処分とか無いよな?
いや、それにしては目立ちすぎてるからセーフだ
ギルドは賞金首を取ったりして治安維持の役割も担っているからひやひやする。
「そう警戒しないでください。事情があって全力は隠していますが、怪しいものではありません」
俺がそう言って木刀を下に置き、両手を上げるとマスターはやや呆れた顔になった。
……間違えたかな?
「本当に気付いてないってことか⋯⋯」
「何がですか?」
いや、本当に何に気付いていないというのか。
全く検討がつかないのもなかなかに怖いものだ。
「魔眼の子だと聞いていたんだが、違ったか?」
「いえ、ちゃんと……って何だこれ!?」
普段はスカウティング以外に開くことはない魔眼を開くと、マスターから多量の魔力が放出されていてその殆どが俺に向けられていた。
「ようやく気づいたか」
ふうと一息をついてマスターが木刀を下ろすとマスターの風の魔力が霧散していき、緑がかった視界がクリアになっていった。
マスターは先程の魔力の放出で相当量の魔力を消費していた。何をしていたのだろう。
「今のは?」
「威圧ってやつだ。お前にゃ全く効かなかったみてえだがな!」
ハッハッハと愉快そうにマスターが笑う。
叶斗の知識と照らし合わせて、大体の予想がついてしまった。
「相手に魔力をぶつけてどうにかするって感じですか?」
「おお、知ってたか! 今の量ぶつけられりゃあ、普通の子どもなら血ぃ吐いて倒れてる」
……このおっさんは一体何をしてくれてやがるのだろうか。
「実は昨日、勢い余って同じくらいの威圧をお前にぶつけてちまってな。慌ててたんだが、何も無かった。覚えているか? 昨日、お前が一番俺に近づいた時だ」
すぐに記憶を辿ってその場面に着く。
軽く振られた横薙ぎを止めて、低く踏み込み、突き、それを払われた。この時か。
「突こうとしたのは覚えてます」
「そうだ、その時だ。そこまで覚えていて覚えてないのか……お前、洗礼式の魔力はどんなもんなんだ?」
ざっとあなたの数百倍です。
昨日あったばかりのAランク冒険者に向かって言えることでは出来ない。
「多いですよ」
「だろうな。少なくとも倍はあるだろ?」
「はい!」
満面の笑みを浮かべて素直に返事をする。
今のラスがマスターの五割増ぐらいだ、許容範囲である。
頭の中でここからどう誤魔化すか道筋を組み立てていく。多少強引でも大丈夫だろう。
「十の子供が持つ魔力量じゃねえ。洗礼式の頃にはその一割も無かったって聞いたんだが、何をした?」
調べさせた、ということでいいのだろう。ギルマス権限ぐらいありそうだし、あの時勧誘に来ていた商人連中に聞けばすぐ分かりそうなことだ。ギルドの関係者もいたかもしれない。
「頑張って増やしました」
「その方法を聞いたつもりだったんだが?」
「毎日全部使い切りました!」
他にも色々やっているが量を増やすのはそれだけだ。嘘はついていない。
俺の宣言にマスターが訳の分からないものを見たというような目で俺を見下ろした。
いつか咲良が変態が起こした事件のニュースをこんな目で見ていたような気がする。解せぬ。
「な、なんでしょうか?」
「本当にそうしたのか?」
「……はい」
「はあ……、お前みたいな子供にそんな趣味があるのか。いや、だからこそ大人びて……」
「はあ??」
いきなりドM認定を食らって態度が崩れる。
マスターも少しビックリしている。俺もビックリしている。
「いきなりそんな変態だと思わないでください!」
「数年で俺の倍になるほど魔力を枯渇させているんだろう!? 十分変態じゃねえか!」
「強くなるための努力です!」
「あの反動が無ければそう言ってやったわ!」
そう言われれば言い返す言葉が無くなる、いや、あれぐらい強くなるにはどうってことないだろう。
「まさか反動が無いのか?」
「反動って、あの全く体が動かなくなった上で死にたくなるような罪悪感に心をやられそうになるあれですか?」
「あるんじゃねえか!」
いや、賢者モードだと思えば耐えれるものだ。
体が動いていれば今にもナイフで首を掻っ切りそうなぐらいに死にたくなるが実際やっていないからそのくらいどうってことない。
魔力が戻るころにはそうは思わないし、その為に回復速度も速めている。
「魔力を増やしたい一心だったんですよ」
「何がそうさせたのか知らねえが、そうじゃなきゃ無理だろうな。圧縮ならまだしも。いや、あれもくそみてえな気分だが」
「あ、圧縮もしてます」
その技術もこの世界にあると確認した俺はそれも申告する。
「ド変態だなお前」
「失礼ですね! 強くなるための努力ですって!」
圧縮も圧縮で立っていられないレベルの酔いが体を襲う。
新車の匂いがキツいバスの最後尾で、つづら折りの峠道をスマホを弄りながら下った時になる車酔いを想像して、それよりやや酷い程度の酔いだ。
これも命の危険は感じないものなので大した問題にはならない。
「はあ……お前の考えはよく分かった。どうして強くなりたいんだ?」
部屋の中の空気が変わる。
何を試しているのかは分からないけど、マスターは何かを試そうとしている。
俺を見下ろした黄色の双眸をしっかりと見つめ返して宣言する。
「ただ、守りたいからです。最初は自分の命でした。命と生活を守りたかった。そのうちに力をつけて欲が出て、今は自分以外の人も守れるようになりたくなった。だから、強くなりたい」
偽らざる本音以外、言うべきことは無かった。
直感的にそれが答えだと分かっていたかのようだった。
そしてレイとしての直感は往々として、当たる。
「本当にそれだけか? それだけで、子供があんな試合を毎日やれたとは思えんが。随分食らってたらしいじゃねえか」
「それ以外は特に。やりたいことが無いわけでは無いですけど、二の次です」
「⋯⋯見上げた小僧だな。じゃあ最終試験だ。本気を見せてみろ」
マスターが下ろしていた木刀を構えた。
最初に戻って最終試験とは何事だろうか。
聞きたいところだがそういう雰囲気ではない。
「本気……となるとあれなので、勝つだけでいいですか?」
「随分と舐めたこと言うじゃねえか。昨日はボコボコにしてやったと思ったんだがな」
そもそもこの部屋で本気を出せば普通に床が抜ける。踏み込むことすらままならないのだ。
でも、勝ち筋だけならいくつでも用意できる。
「そう言えるほどの自信があるんですよ」
俺も最初に投げられた木刀を構える。
バレてしまったものはしょうがないので、マスターの倍ぐらいまで魔力を高めた。
「じゃあ口だけじゃなく、来い」
「行きます」
俺が身体強化もせず軽く距離を詰めて、仕掛けていった。
****
「本当に何者なんだ」
マスターは呆れた様子で木刀を両手に持つ。
残念ながらその質問に答えられるほど親密度は高くない。イベントもまだ二つしか起こっていないのだ。
「トルナ村のリーンの息子レイです。この夏で十歳になりました」
「自己紹介をしろっつったわけじゃねえよ」
結果だけ言えば、勝負は俺が一瞬で勝った。魔力を使えばそういうこともできる。
「器用、ってレベルじゃねえだろ」
両手に持った木刀を、真っ二つになったそれを見ながらマスターが言う。
今回の勝負、俺は魔力による武器強化で不意をついただけである。
一般的な技術かは知らなかったが、これが一番手っ取り早かった。
「いやー、物心付く前から魔力と触れ合ってましたから。あ、弁償とかした方がいいですか?」
「金まで持ってんのか? しっかし、ここまでの技術、魔法剣士くらいしか使えねえだろ」
「そうなんですね」
魔法剣士というワードを心のメモに置いておく。ロマンがある単語だ。
「誰かに教わったわけじゃない、ということか」
その後マスターが話してくれたことによると、魔法剣士というのは魔法使いと剣士を掛け合わせたそのままの意味で、その一部は土魔法や光魔法によって作った剣を魔力で強化することで振るうらしい。
なるほど、上手い使い方だ。俺の属性だと無理っぽいけれど。
「便利なのに勿体無いですね。難しくもないのに」
「あのな。魔力を直接操作するのは普通、難しい」
軽く俺が普通ではないと言われているな、これ。
常識の範囲内で普通から外れる程度の認識ならいいか。
「そうなんですか?」
「ああ。その代表格とも言えるのが身体強化だが、ちゃんと使えるやつはすぐBランクになれる。みんながみんなお前みてえな目持ってるわけじゃねえんだ」
確かに一理ある。
俺も魔眼があってこそ動かしている実感が持て、方法を知れた。それが無ければ魔力を動かすなんてことしようともしなかっただろう。
「それに武器を魔力で強化するより、金で良い武器を買った方がいい。武器は冒険者のステータスにもなる」
「ミスリルの武器とかカッコイイですもんね」
「良い武器がそのままその者を表すわけではないが、持てることに越したことはない。魔法金属の武器は持ち主が魔力を扱えることの何よりの証明だ」
ミスリルのナイフが上級のアイテムな理由はそういうことだったのか。納得だ。
「ところで、えーっと、ギルドマスター」
話が一段落した所で俺の方から切り出した。
「名乗ってすらなかったか、すまん。俺ぁイアン・バークリー。イアンか、マスターでいい」
「はい、マスター。あのさっき、最終試験だ、なんて言ってましたけど何のことだったんですか?」
「ああ、そのこと。明日からギルドに依頼は出さなくていい」
「⋯⋯はい?」
「お前がギルドに来い。俺が稽古を付けてやる」
「っ! 本当ですか!! ありがとうございます!」
びしっと頭を下げながら、心の中の俺が小躍りを踊っている。この人にこれからも稽古を付けてもらえるなんて。これまで以上の成果が出るに決まっている。
「午前なら相手ができる。それ以外でもいつでも好きな時にギルドに来い。上のやつでも相手をしてえ奴らは多いぞ? リベンジだってな」
八時の鐘でギルドは開く、あとはそれだけ聞いてマスターと別れた。
鼻歌を歌って村の野菜売りの所へ向かった。
「随分と嬉しそうじゃないか」
「ギルドマスターに剣を教えてもらえるんだ」
「ギルマス。今ぁ、えっと、剛健だったか?」
「そら前の前だ。ほら、あれだよ。風の爪。風爪」
どうやらマスターは随分格好いい二つ名を貰っているらしい。
俺が野菜売りを手伝ったお陰か、店の前には列ができ、すぐに野菜は売り切れた。
どれだけセクハラじみた目線を向けられても今日の機嫌なら許してやれる。
ああ、ここから俺はもっと強くなれる!
ありがとうございました。