将来の話
もう間もなく春が来る。
この世界は季節の変わり目がはっきりしていて、あまり春の訪れを感じる時間がないのが少し寂しいかもしれない。
結局、冬の間はのんびりと平和に暮らしていた。
勝負感が鈍っていないか少し心配だけど、ローラとは真剣に鍛錬していたし、ストレス解消に夜中の森を荒らし尽くしたりもしたから、多分大丈夫だ、うん。
生態系が変わっても人の迷惑にならない場所を選んだつもりだから、根こそぎ魔物を刈り取ってみた。
魔石や素材の卸先はまだ決まっていないから、全て保存したままであるけれど。
そんな発散もこなしつつ、どこかで王都に行かなければならないと心に決めていた。
鍵を手に入れられるということを、伝えなければならない人がいる。
「今すぐか?」
「いえ、あまり急ぐ必要はないかと」
秘密基地へと騎士団長を招き、エルフの里での顛末を話すと彼は一瞬だけ、ひどく難しい顔をした。
俺の顔を見ると少し自嘲的に鼻で笑って気を取り直し、何かやれることはあるかと聞いてくれている。
それで、アイリ・トウドウに会えるかを聞いた。
彼女は今、王都に居る。
フランク団長は色々と彼女の世話をしたようであったから、取次を頼んでみたのだ。
本当はヒロト・サクラギの方にも伝えたいのだけど、彼の所在を掴むのは困難だ。
北の大国の方で張っていれば捕まえられるかもしれないけれど、この前の様子を思い出す限り、友好的にというのはなかなか難しいだろう。
最悪市街で正面衝突する羽目になる。
俺がエルフの森で光の中精霊と契約できていたら話は別だったかもしれないけれど、無いものねだりをしても仕方がない。
「そうか、ならちょうどいい。インターンの時ならば君も王都に居るだろう。その時でどうだ?」
「分かりました。……お誘いありがとうございました」
「礼はいらん。その方が都合が良いのだ」
学園の三年生は前期のうちのひと月を使って、それぞれの就職候補先でインターンを行う。
新学期になれば通達が入って、皆が準備なんかを始めるのだけど、普通はそれまで配属先が分からない。
一応希望調査は受けていて、大体はその通りになるのだけど。
「君なら大歓迎だからな」
「はは……他のメンバーも決まっていますか?」
「……それは楽しみにしておけばいい」
……まあ、大体分かるけど。
未来の騎士団長候補であるウィルフレッドや、優秀でも特に行先の決まっていないカイルなど、王都生まれの貴族や騎士の子どもたちだろう。
コネがある方が希望は通りやすいという現実もある。
それに、地方生まれがだいたい故郷に戻るように、王都生まれは王都に戻ることが多い。
グレンに声をかけられているエリオットのようにヘッドハンティングに合えば、待遇次第で地方に行くといったところか。
……そういえば、ローラはグレンの方だな。
今度グレンやエリオットには釘を刺して、ジェシカにちゃんとお願いをしておこう。
そんなことを俺が上の空で考えていると、フランク団長は何か決心したような顔をしていた。
「レイ」
「なんでしょうか」
「俺の下で働くつもりはないか?」
「身に余る光栄、ですが……」
騎士団長閣下から直々にお声かけいただけることは、確かに身に余る光栄だ。
だけれど、そもそも俺は、騎士になることすら決めかねている。
「王国騎士団に入れるとなれば、皆が喜んでくれると思います。私も光栄です……けれど」
騎士になることも考えて、学園に来た。
けれどやはり、悩まなくてはならない。
「職務を全うできる気が、まだ」
騎士は人を守る仕事であり、それだけならば喜んで働いただろう。
だが、この世界はどこまでも過酷で厳しく、公権力であればこそ残忍な部分もある。
「殺せないか?」
「……」
この国で騎士となれば、盗賊や強盗の対応もしなければならないし、戦争にも行かなければならないかもしれない。
制圧において確実に息の根を止めることが是とされるこの世界のやり方を、俺はまだ受け入れられる気がしていなかった。
「騎士にならないのなら、どうするつもりだったんだ?」
「……冒険者を、気ままに。生活には困らないでしょうから」
「それもそうだな」
魔物の討伐は狩りの延長戦で、既に自分の中に馴染んでいる。
ソロの冒険者としてでもやっていける自信があるし、縛られる仕事じゃないから、力に関しても融通が効きやすい。
……まあ、それも少し、悩むのだけど。
学園に送り出してくれた人たちがいる。
ただそれだけで、勝手にするのがはばかられていた。
それに、できれば手に入れたいものがあるのだけれど、手に入れるのならば騎士の方が都合はいい。
「なぜ悩むんだ?」
「姓を、母が得られなかったものを、渡したいのです」
「……」
背中を押してもらってばかりで、あまり孝行をできていないと思っている。
感謝の言葉こそ伝えてはいるが、贈り物は要らないと言われるし、他に何か与えられている自信もない。
きっと、何も無くても母さんは気にしないのだけど……
「それ以外には?」
「特に、ありません」
地位や名誉はどうだっていい。
名前が売れすぎてもやりづらいのは最近よく味わっていた。
「よし、ならば俺の下に来い」
思わず眉根を寄せてしまう。
話を聞いていたのだろうか。
「王国騎士団長のお誘いでも、私は」
「ふん、そちらではない」
「……! いえ、それこそ」
「仕事の自由はやれる」
王国騎士団がそちらであるとするならば、もう一面はフランク・A・チャールトンがこなす裏の仕事だ。
今彼がここにいるのもむしろ、裏で彼が担う役割ゆえだ。
情報局、と彼は言っていた。
その名前が公式の文書に上がることは無くとも、長い歴史の中で影の部分を支えてきた、王国の暗部組織である。
スパイ工作から暗殺、治安維持と扱う仕事は幅広いが、どれもこれも汚れ仕事であることに変わりはない。
「条件を言おう」
彼は三つの指を立てた。
「一つ、戸籍上では騎士団に所属させ、姓を与える」
つまり騎士団としての仕事はこなさせないということか。
「二つ、殺しは他にやらせる。基本は開拓のための魔物を退治してもらおう。……拉致や捕縛は任せるかもしれんが、構わんだろう?」
尋ねられ、頷く。
それなら今、ゼロやファイとしてやっていることと変わらないからだ。
人を殺せるつもりはなくとも、犯罪者は法によって裁かれるべきであるとは思っている。
あまり残忍な拷問があるとかであれば、考えなければいけないが。
「三つ、仕事は呼び出した時だけでいい。普段はレイとして冒険者をやってくれて構わない。これは他のメンバーも似たようなものだからな」
副業としての冒険者というより、冒険者の副業として情報局に所属するというべきか。
今の構成員も色々なところから集まっているようだから、元よりそれでいいのだろう。
「待遇が良すぎるのでは……?」
「君の協力を失うぐらいならば、騎士団一つ分の俸給も考えているが?」
「あまりにも……」
「そんなわけあるか」
国家財政としてどうなんだと思うが、フランクールでは一度の仕事だけで白貨を受け取っていることを思い出した。
あながち、誇張というわけでもないかもしれない。
「この国に仇なすつもりは毛頭無いのですけれど」
「ならば扱いやすい方がいいだろう」
くつくつと彼が笑う。
利用させてくれ、と素直に言ってくる彼の方が、遠回しに締め付けられるよりよほど、心象的には乗りやすい気はした。
「秋までは待てる。考えておいてくれ」
「分かりました」
それから、いくつかの情報交換と魔石や魔物の素材に関する相談に乗ってもらった。
まず学園の新入生について色々話を聞かされたが、あまり関わり合うことは無いと思う。
今年は現国王の末の娘で、「もし何か国際関係的な不手際が生じるとウィルフレッドに降嫁するかもしれない」と団長が言う第三王女殿下が入学するらしいが、それこそ俺とはあまり関係ない話である。
殿下は侍従科のシャーロットなどと同じ特別枠で花嫁修業に勤しむそうだ。
どうにもおてんばらしく、大人しくしていてくれるか分からないと騎士団長自らぼやいていたが。
「あまり気にいられてくれるなよ? 面倒だ」
「大丈夫ですよ、きっと」
それから、魔石の売買契約はすぐに成立した。
王国もルスアノの動きが気になる今は物資を集めたいらしく、俺の手持ちにある魔石の量を伝えると逆に売却をお願いされた。
提示された金額は今冒険者ギルドで売るのより少し安かったが、言い値で約束した。
出処不明の魔石を大量に流すと、値崩れして冒険者のみんなが苦しみかねない。
腐らせているだけであるし、さっさと懐を温めた方がいいだろう。
「できれば、あそこら辺の魔物を狩ってくれるとありがたいんだが」
「早速お仕事でしょうか?」
「……報酬は出そう」
微笑むと苦笑いされた。
指示されたのは南西部の未開拓領域で、直近の開拓候補地だそうだ。
Aランク相当の魔石を複数使うことで街を守る魔法陣を築くことができ、俺が売却する分を合わせてようやく目処が立つらしい。
騎士団の開拓任務があまり楽になり過ぎないぐらいに間引いてくれると一番ありがたいと言われたので、追加料金だけせびって承諾する。
ただ、最後に提示された金額が小銭一枚でも構わないとも付け加えておいた。
今晩だけでC級冒険者の生涯収入規模の取引が成立しているし、がめつくなり過ぎないように気をつけなければ。
****
それから数日が経った日没の後、一人の少女を見かけた。
「……」
どこかで聞いたようなブロンドの彼女の後をつけると、静かになりゆく街の中を時には忍び、時には駆けていた。
……嘘でしょ。
彼女の後方数百メートルには何人もの騎士が見つかる。
手分けして彼女を追い込もうという算段だろう。
ここで逃走劇に手を貸せば何かのフラグが立ちそうだ。
ゼロとして出ていくには時間が早すぎるのもいけない。
彼女がトラブルに巻き込まれないようにだけ一応見守り、近衛の騎士が追いつけるように物音などで誘導した。
オフィーリア王女殿下は本当のおてんばであるらしい。
気をつけなければ。
ありがとうございました




