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道を繋ぐ鍵

『あなたと会えて嬉しいわ! 二人とも知っているんだもの! 私だけまだ会えてなくて寂しかったの!』


 水精霊と風精霊は大人しく佇んでいるのだけど、初めて会う光精霊は俺の周りを興味深そうにぐるぐる回っていた。

 精霊は属性が同じであれば、名前を持つ以前は存在として同じらしく、意識が繋がっている。

 光精霊も小精霊を通して俺を見ていたこともあるらしいが、中精霊として言葉を交えたことはなかったから初めましてである。


わたし(ルリ)が楽しそうでよかったわ』

『レイのおかげよ』

(ヒスイ)、あんまり私のイメージは下げないでね』

『そんなことするわけないじゃない』


 名前を受けると接続は外れるらしく、ルリたちの記憶は一旦ルリたちだけのものになる。

 名を失った時、つまり名付けた者が消えた時にその記憶はまた全体の記憶になるらしい。

 小精霊も中精霊もそれは変わらないそうだ。


 だから私ではあるけど、私でないというよく分からない状態になるのだけど、彼女たちはあまり気にしていないようだった。


「えーっと、今日は何の用だった?」


 ちらっと俺が視線を向けたのは光精霊の方である。


 そういうことかな、って思っていたら通じたらしい。


『嬉しいけれど、違うわ!』

「あ、そう」


 なんだか少しフラれた気分である。


『私たちはダメなの、エルフとの約束があるから』

「ここを離れられない?」

『そうね! しばらく精霊を渡せなくなっちゃう』


 聞けば彼女たちはここで成人したエルフに契約する小精霊を引き渡す約束をしていて、名前を貰うわけにはいかないらしい。

 ここに来たら契約できるという確定演出はないようで、また運が良かったら契約してねとお祈り申し上げられた。


 おまけとして出会うためのヒントを貰ったのだけど、光精霊と出会う条件を果たすには多分、夏ぐらいまで待たなければならない。

 よく光の差す日中に自由な行動ができるタイミングというと、今の生活だと夏休みぐらいしか思い浮かばなかった。


 気ままな風精霊だったヒスイや、間接的に俺が呼び出したともいえるルリとはまた出会い方が違うのだ。

 太陽に近づくって、飛ぶ前提なのが少しあれだったけれど。


「となると……」

『今日のお願いは、この先に進んで欲しいの』

「先って、あっち?」

『ええ』

『それが願い。私たちの、そして、姉や母の』


 ──母。


 そう言われたことで、ルリとヒスイが緊張したことがわかった。


『招かれたあなたを、母は待っているわ』

「……! 知ってるの?」

『当たり前じゃない』


 霊体とは言え派手にこの世界に乗り込んで、まだ名前を与える前のルリに語り、ラス達にも話していれば、自然そのものともいえる彼女たちの母、精霊女王が把握できない理由は無いか。


「だったら、他にも心当たりはあるんだけど」

『条件があるのよ!』

『私たちから招くことはできないの』

『エルフを守るためでもあるから』


 そういうものなのだと納得しておくべきなのだろう。


「わかった。先に進むよ」

『レイ、ここから先は一人で』

『ワタシたちはここで待つわ』

「……了解」


 彼女たちの表情は真剣で、理由を尋ねるだけ野暮だった。

 また後で理由は聞けばいいはずだ。


「行ってくる」


 社の裏戸を開き、目の前には精霊樹へ向かう一本道が示されていた。

 この社に向かうまでの道と似たようで、決定的に違う。


 今はその道しか目に入らない。


 少しして我に返ったけれど、この先へ俺を導こうとしていることだけ確かだった。



 ****



 道を歩こうとして、一つまばたきをしたら景色が変わっていた。


「うわっ……えぇ……」


 いつの間にか不思議な空間に居た。

 転移させられた感覚もなかったが。


 足元の道は続いている。

 緑と青に僅かに色付いた道は確かにあり、俺を導く。


 けれど、その道は透けていた。

 そして上下左右見渡す限りを満点の星空に彩られた夜空のような暗がりと彩りに包まれていた。


 ……なにこれ。


 足元を確かめても全く落ちる気配はなく、言葉はなくとも進めと言われている気分だ。

 例えるならば、ゲームのダンジョンでボス戦に続く不思議なルートというか。


 続く道の先は目視できない。

 どれだけの距離を歩けばいいのか。


 ……歩く必要ないか。


 進めと言われているだけだ。

 とりあえず走ってみよう。


 よーい、どん。


『ここまで』

『止まって』


 全速力で走り抜けようとしたらあっさりと道の端まで辿り着いてしまい、その先で現れた存在に驚いて思わず飛び退きそうになる。


「初めまして」


 中精霊や竜……それから俺自身といった、この世界で見てきた隔絶した存在を一括りに見下せるような存在が二人、いや、二柱と言わせてもらおう。


「大精霊様でよろしかったでしょうか?」

『ええ』

『そうよ』


 この世界に六柱、属性の頂点に立つ存在だ。

 この世全ての風とこの世全ての水を統合したような圧倒的な存在感と共に、話しかけてきたことがまず驚きである。


 だがやはり他の精霊たちと違って友好的な雰囲気はなく、ただ淡々とこちらを見下ろしている。


「……本日のご用件をお伺いしても?」


 竜のような敵意を向けられていなくとも、常人であれば魂を壊されるような圧がある。

 立っているだけで疲れを感じてしまいそうだ。


『全ては母から』

『外なりし人』


 ……外、という言葉が気になった。


 ただ、それも一瞬だけのことだった。


 ……!!!


 途切れた道の続く先から、重さが伝わる。

 自然そのものであると感じさせたのが大精霊だとするならば、もはや世界そのものではないかと思わせるほどの、重さ。


『まだ少し、足りない』


 水の大精霊に指摘された。


 ……余裕は持たせてるはずなんだけどなぁ!


 新しい精霊と出会った時のことや何かがあった時のことを考えて、学園に来てからも魔力を増やすことに余念がなかった。

 毎晩毎晩、魔力は使いきって増やしてきた。


 それでもまだ、足りないか。


 《はじめまして》


 魂への圧の中に、言葉ではない概念としての意思が流れ込んでくる。

 ぶつかって、見落とさないように、気を張ってそれを受け入れる。

 なるほど、ルリたちがこれを受ければ内側から壊れてしまいそうだ。


「ええ、はじめまして。お会いできて光栄です女王陛下」


 この世界で最も格の高い存在にお目通りできたのだ。

 外から来た身ではあるが、敬って当然だった。


 《来訪、感謝》

「こちらこそお招きいただきありがとうございます」


 さて、今の俺ではずっと彼女の前に立っているだけでやっとである。

 不躾だが、さっさと用件を聞こう。


「どうして、私をここに?」


 尋ねれば、答えは返ってきた。


 それは概念ではなくもっと、はっきりとした目に見える情報であり、まず映ったのはこの世界を俯瞰した全容だった。


 ……ちゃんと球形なのか。


 場違いな感慨を抱いていると視点は移り、空を見上げる。

 そして、一つの光、この世界の人達が星と呼ぶものへと目が向いた。


「え……?」


 視線が見つめたのは光であり、さらにその奥だった。


 そして見せられた景色に感情が跳ねる。


 《来、道、鍵、無》

 《行、道、鍵、私》


 それだけで言いたいことは伝わった。


「ぁ……」

『また会いに来て』


 頭が真っ白になり何も言えずにいると、彼女は優しい声で言葉を作って、俺を立ち退かせた。



 ****



 目が覚めたら社にまで飛ばされていて、中精霊たちからもこれ以上の話はないと言われ、すごすごと戻ってきた。


 ジークリンデ先生は何も言わずに俺を案内してくれて、今後も訪れるかもしれないことを話すと、やはり部屋を用意してくれることになった。

 実際に内見をしに行くと、そこは生活区からはより社に近い、エルフの巫女たちが住まう区画の一部屋だった。


 男性用と定められてる場所らしく、今はほとんど使っている人がいないという話をされて、ありがたく頂戴する。

 ここへなら転移して来ても警戒されないし、好きに使っていいだろうとも教えてくれた。


「はぁ……」


 エルフの森から帰ることになり、早速転移魔法を使う。

 飛ぶ方が魔力の消費は少ないけれど、時間がかかる分精神的な疲労が大きい。

 今は少し道中に考え込んでしまいそうで、移動はさっさと済ませたかったのだ。

 この世界の空はひどく過酷で、気を抜いていれば魔物や竜の群れに襲われかねない。


 止まらないため息を吐きながら、一先ずは学園都市ではなく、秘密基地で頭を冷やそうと転移した。



 ****



「エルフの森で、何があったんだ?」

「襲われた」

「はっ!?」

「嘘」

「なんだよそれ……」

「いやまあ、警備に引っかかってバカスカ魔法とか弓とか撃たれたのはほんと」

「なっ」


 それでも冬の日常は回って、みんなとまたデートに出かけたり、食事を共にしたりと元の生活を送っていた。

 けれど、やはり皆どこかしら俺の様子が変わったということには気が付いていたようで、ローラも恐る恐るだが切り出したという風だった。

 茶化してしまったのを少し申し訳なく思う。


「そこは別に何とでもなったんだけど、その後が」

「……どうかしたのか?」

「偉い人と会ってちょっと話をしたんだけど、それがなー」


 武器や装備品巡りばかりだったのから気分を変えて、普段ナディアとも来ない所にある喫茶店に足を運んでいる。

 まあ、最近俺の噂が変な方向に広まっているから仕方がないのだけど、三股かけてる状況は事実だから何も言えない。

 三人の仲が良いことも次第に広まっていってくれるだろう。


 机に突っ伏しながら、話をぼかしてしまう。

 どうしても今現時点では転生のことから全てを彼女らに詳らかにできる気はしていなくて、悩みは自分で解決するしかないのかと諦めているところだ。


「……助けになれるのなら、言え」

「ありがと、ローラ」


 そう言われるだけで救われてるように思うのが答えなのだろうか、と考えつつも、消えない風景が眉根を寄せさせる。


 ……どうしようかね。


 そして鍵を手に入れてしまえば、より一層思いは強くなりかねない。


「困ったらちゃんと相談する」

「そうしろ」

ありがとうございました。



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