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二年生の冬

「そういえば、お父様も村にいらしたの」


 そう伝えられたのは学園祭が閉幕した後、シャーロットが主催した打ち上げの喧騒の中だった。


 ナディアの一家、師匠やフランク団長、カイルとウィルフレッドも居て、並ぶ顔ぶれはとても豪華だ。

 晩餐会を遠ざけたウェインやマスター達も呼ばれているが、彼らは少し緊張気味である。

 導師や師匠が上手く話は回しているようであるからあまり不安はないけれど。


 俺はその輪から少し離れたところで、母さんも明日のうちに帰ってしまうから二人で話していた。


「お父様……ミルナー家の?」


 去年の学園祭で、俺に頭を下げた男のことを思い出す。

 スティーブン・ミルナー、血縁上は俺の祖父だ。

 母さんは義父としか呼ばなかったから、俺がどう扱えばいいのかわからなかったけど。


「ええそうよ。セシリー様がいらした少し後に、わざわざね。学園でレイと会ったって」

「そうだった」


 去年、俺は彼に母と会って欲しいと頼んだ。

 父娘としての思い出は無くとも、彼はあまりにも気に揉んでいたから、蟠ったまま終わって欲しくなかったのだ。


「お父さんって認めることにしたの」

「……そう」

「お母さんは多分、そう望んでると思ったの。お父さんが家に来ると、いつも嬉しそうだったから」


 祖母はスティーブンの正式な妻としては扱われていなかったはずだけれど、スティーブンからはそれなりの待遇を得ていたと聞いた。


「そっか。俺も、おじいちゃんって思うようにするよ」

「……ありがと。難しいかもだけど」

「そうだね」


 この世界ではじいちゃんは村のじいちゃん一人だからな、と思いつつ、なんとかなりそうな気はしている。

 元々は母さんも、じいちゃんも、ばあちゃんも俺にとっては赤の他人としか思えていなかったのだから、これからの関係次第だ。


「……ねえ、レイ」

「?」

「私は、ミルナーの家ではやっぱりちょっと寂しかったけれど、お母さんと住んでる時は幸せだったわよ。お母さんもそうだったと思う。お父様は、確かにお母さんを愛していたから」


 意味ありげに、実に意味ありげにリーナと、ローラと、ナディアが談笑する方に目を向けた。


 ……あー、それが理由かぁ。


「……それって」

「私はあんまり反対しないわ……ちゃんと、みんなが納得して幸せになれるなら、それもいいかもしれないって思うの」


 じゃないと、自分も母さんも幸せじゃなかったことになると、母さんは言う。


「よく、考える」

「考えてもらうのも忘れないでね。でもみんな、レイのこと大好きみたいでお母さん驚いちゃった」


 息子と恋バナしたいのだろうか。

 何があったのかと聞きたそうにしているが、俺は言葉を濁して答えない。


 上手く隠せてしまっているからこそ、言い出せないこともあるのだ。

 ここまで隠してきてしまったからこそ、踏ん切りもつかない。


「頑張ってね」


 母さんはそれだけ言って、会話の輪の中に戻っていった。


 俺が一人になったのを、リーナが、ローラが、ナディアが、それぞれに少し気にしてくれたけれど、軽く微笑み返すだけで声はかけなかった。



 ****



 学園祭が終わると生徒たちに優しくない学園はすぐに学年末試験に突入する。

 森林実習以降全く勉強ができていなかったらしいローラに内容を叩き込んでいると、それとなくリーナやナディアにも一緒に勉強しようと持ち掛けられたりして、それぞれに時間を作って勉強会を行った。


「いやぁ悪いね、レイ、ウィル」


 そんなことをしていたからか、普通に受けたはずだったがカイルが首席を持って行ってしまった。

 今回の彼はほぼ全ての科目で満点に近い評価を取り続けたから、妥当ではあるのだが。

 俺が二位で、ウィルフレッドが三位だったからトーナメントの結果をひっくり返した形となる。


「来年は勝つさ」

「私も、負けていられません」


 カイルが本気を出したらトーナメントでも順位がどうなるか予想がつかない。

 テストや授業から楽しい戦いになりそうだ。


 そしてそのまま二年生の学園生活を終えた。


 貴族たちは王都に行くし、三ヶ月もあると多くの学生は学園都市を一度去って故郷に顔を見せる。

 学園祭から修了式までの間に保護者が残って一緒に送迎するのがよくある手段で、今回はウェインがそれで一度故郷の方に戻る。

 この世界の旅というのは気軽にできるものではない。


「今年は私も残るぞ」

「そうなの?」

「……ダメだったか?」

「全く」


 俺みたいにどう急いでも片道一月はかかる学生はこちらに残るが、ローラは去年も帰っていたし、今年も帰ると思っていた。


 冬の用事は一つだけ大きなものがあるけれど、あとは定期的な技専の手助けぐらいだ。

 夏から色々あってお金に余裕もあるから冒険を急ぐ必要も無い。


「それじゃあ、よろしく」

「……おう」


 嬉しそうにしてくれちゃってさ。

 大体の理由は分かったが、あまり特別扱いはできないぞ。


 俺と故郷を同じするリーナと、既に今年は帰郷しないことを表明していたナディアが後ろで談笑している。



 ****



 というわけで冬休み中は大体四人で行動することに相成った。


「これでいいの?」

「腕が、鈍るからなっ!」


 学園は図書館など一部が解放されていて、運動場もその一部に含まれる。

 だから寒空の下、朝はひたすらローラとの剣の修練に努めていた。


 女性として生きることに決めた彼女だが本質は変わらず、強さを求めていることも変わらない。

 むしろ認めされるためにと躍起になって持っていた余計な型への拘りも無くなって、戦い方の幅が広がり、相手していると危ういシーンも増えてきた。

 これまで培ってきた強さ速さにしなやかさを加えて、一段上の戦いぶりを見せている。


 リーナとナディアはそんな俺たちを見守りながら、一緒に勉強をしたり、編み物をしたり、魔法の練習をしたり、ニコニコと話したりしている。


「寒くない?」

「おかげさまで」

「このマフラー、すごい良いやつでしょ?」

「自分で取った毛皮だからそんなに高くつかないよ」


 彼女らが寒いだろうから最初はずっとローラの相手をしているのも遠慮していたのだが、二人ともがこれでいいと言い張るので一応そのままにしている。

 あまりに寒そうだから俺の防寒具を押し付けているし、こっそり色々手を回しているから体を壊すことはないだろうけれど、ちょっと不思議だ。

 朝の最初のランニングなんかは軽いペースだからリーナとナディアも一緒に走ったりして、たまに俺たちで護身術の相手もしているが、それでも寒いことには変わらないだろうに。


 昼食の時間は残っている学生用に食堂が開いているので、四人で一緒にご飯を食べている。


 午後からは修練を休んで図書館で勉強をしたり、食事処でまったりしたりと色々だ。

 それぞれの買い物に付き合ったりで街まで繰り出すことも多い。

 買い物は四人で行くこともあるが、順繰りに用事が重なる二人がいたりするから、多分、三人で何かしらの取り決めがある。


「レイお兄ちゃん、晩御飯何食べたい?」

「んー、肉があればなんでも」

「そっかぁ」


 リーナとのデートは以前からしていたが、最近はどこか所帯じみた話もするようになっていた。


「レイ! あっちには何があるんだ?」

「……ローラ」


 二人で冒険者通りを歩いた時に質問されて、首を振る。

 学生街ではあるが、大人もいるし、そういう世界も広がっているのである。

 あまり縁がないと思い浮かばないかもしれないけど、俺たち二人で行くべき場所ではないことを俺は知っている。


「レイはこの街をよく知っているのですね」

「一人でも出歩いていますからね」


 ナディアとはカフェでお茶をしていることが多いだろうか。

 こんな風に出歩くことが少なかったようで、連れていく先々を楽しそうにしてくれる。


 まだローラもナディアも二人で歩くのに慣れていないところもあるけれど、それなりに楽しんでくれていると思う。


 たまに三人で出かけるからと俺が追い払われる時は、素直に技専に赴いて時間を潰すだけである。

 シンディの飛行機模型は安定して空を飛び始めたし、ジェンナーロは一人前として働き始めているが、それでも色々手伝えることは手伝っていた。


 そんな日でも、夕食は大体リーナが作ってくれたものや買ってきたものを食べていた。

 リーナはいつもいるけれど、あとの二人は都合の合う時だけだ。

 今日は四人揃っている日で、彼女らを招くにあたって最近は色々と物が増えた部屋で食卓を囲んでいた。


 三人が俺をおいてけぼりにして楽しそうに話しているのを見ながら、これがずっと続くのだろうか、と将来を夢想してみたりした。


 幸せなことだと思った。


 来年のうちには俺とローラとナディアが学園を卒業して、再来年に俺達が成人すれば、その頃にはリーナも卒業間近だ。

 大人として認められる時は、もうすぐそこである。


 村にいれば二十になるまでに結婚するのが普通だし、街に出ても二十三ぐらいになるまでに結婚できていなければ遅れていると認識される。

 だからこそ、学生の間の恋愛も重要で、今こうしていることも大きな意味を持っている。


 もっとも、今のような関係にあることと結婚することには、それはそれは大きな隔たりもある。


「レイお兄ちゃん?」

「いや、ご飯が美味しかったから」

「なにそれ」


 こんな誤魔化しも見破られているのだろうな。


 ずっと子どものままだった。

 前世の頃からずっと今まで、子どものままだった。


 色々と考えなければならないことがあると、この冬を通してようやく身に染み始めている。


 ……ああ、ならばさっさと他の憂いは消しておこう。


 大人になるまで後回しにしてもしょうがない。

 既に招待は受けているのだから。


「ちょっといい損ねてたけど、来週一週間、出かけてくるよ」

「どこ行くんだ?」

「エルフの森」

「ぶふっ」

「汚いぞ、ローラ」


 吹き出しかけたのはナディアも同じだったようだけど、一口の小さな彼女は目を丸くしただけで取り繕えている。

 そういえば、ナディアはまだ俺が精霊と繋がっていることまでは知らなかったか。

 ルリと会ったことのあるリーナは驚くこともしていない。


 精霊のおかげで助かったはずのローラは完全に動転しているが。


「お、お、お前!?」

「隠しても、今更だし」

「……いいんですか?」

「はい、三人なら特に」


 誰も知らないということもないのだし、既に欠片を掴んでしまっている彼女らに秘匿しておくべき理由はあまりない。

 あまり大きなものを抱え込ませたくはないけれど、彼女らが俺と共にあることを考えるのならば必要な情報でもあるはずだ。


「少し招待を受けたので、行ってきます」

「学園祭のエルフ様たち?」

「そう。目当ては俺だったみたい」

 

 初日の夜にジークリンデ先生に彼らを紹介され、精霊の契約者としてエルフの森に招待された。

 招待無しにはなかなか立ち入れる場所でないから特に断る義理もなく、近い間に出向くことを約束していた。


「行ってらっしゃい。待ってる」

「きっと大丈夫でしょうけど、お気をつけて」

「ん、んん、怪我してくるなよ」

「ああ、行ってくる」



ありがとうございました。

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