二年生の学園祭:お願い
自前の整髪剤で髪の毛を撫で付けながら振り返る。
いやー、負けた負けた。
あそこで上回られたら認めるしかあるまい。
あの攻防、気配操作でタイミングをずらしてから最高速度で二枚の風刃と共に突撃して、それを転移で躱されるまでは想定内だった。
転移先はすぐに読めたし、風刃も新しく発動させたのを含めて三つ全て対応させた。
だが、予想以上だったのはそこからのウィルフレッドで、目隠しが直撃したのを意に介さず自らの剣を光の魔力で強化して躊躇なく振るったのだ。
何も見えていないはずの彼は三つの風の刃も残る鉄の刃も見事に切り裂き、最後は砕けかけた刀身を俺に向けた。
まあ、彼の武器強化もギリギリだったらしく、試合終了と共に剣は壊れていったからもしかすると、ぶっつけ本番か火事場の馬鹿力だったのかもしれない。
勝負どころで覚醒したと言うべきか。
かつてよく見た主人公的なそれだ。
悔しいとは思うが十分に楽しかったし、力を制御した状態では彼に勝てないぐらいの技量しか無いということだから、結果は甘んじて受け止め、俺も拍手を送った。
来年は彼にも勝てるぐらい腕を磨こう。
「さてと……」
姿見の大きさに水鏡を作って服装に乱れが無いか確認した。
初めて袖を通したが、よく似合っているものだ。
いつの間にか完全にぴったりなサイズのオーダーメイドを母さん経由で渡してきたシャーロットのセンスが光る。
……学園側に制服とかで情報渡しているとはいえ、なぁ……
個人情報の流出で訴えることのできる社会ではない。
ましてや貴族様から一平民へのプレゼントであれば、服飾店も何の疑いもなく服を作るはずだ。
まあそうなると、昨日の俺の心配なんて杞憂だったのだろうけど。
それならそれで都合がいいだけではある。
「行きますか」
着替えは授業でいつも使っている専用の更衣室で行った。
今から歩いて中央塔へ行けば、いい時間に晩餐会に着くだろう。
****
この晩餐会、別に学生の間は婚約者が居ないのが当たり前だから、エスコート役を連れる必要はなかったりする。
許嫁を連れてきたり、好きな人を誘ったり、まあ色々あるのだが、やはり公式の場ということでそれなりに互いの覚悟が必要だったりするからだ。
去年の俺はさて置いて、当時ローレンスだったローラやナディアもエスコートはしていなかったし、されていなかった。
貴族たちは色々体裁を気にするから大変なようだが、まあそれでも平民も入り交じった場だからそれほどに重要視していないことは、今年は来年入学する弟を連れ回しているシャーロットを見れば分かる。
「ああ、二人が並ぶと素晴らしいですね」
「シャーロット様に喜んでいただけて何よりです」
「衣装もありがとうございます」
俺の手を取って礼をしているのはリーナだ。
彼女もシャーロットから送られたドレスを身にまとっていて、既に褒めちぎって可愛らしい赤面と肩への優しいビンタをいただいた。
正直、エスコートで彼女以外の選択肢は無い。
シャーロットやセシリー様の方に付いている母さんも嬉しそうに笑って俺たちを見ていて、やはりそうなることを望んでいるのだと感じる。
それはきっとリーナ次第であるが、まあそこも、うん、ご存知の通りだ。
「……」
とはいっても、隣のお嬢様は嬉しさ満点というわけではない。
初めての晩餐会に楽しそうではあるし、俺のエスコートに不満も無いようではあるのだけど、これからは少し複雑なようだ。
もうほんと、ただただ申し訳ない。
「大丈夫だよ。ちゃんと、後でお話するから」
「……ほんとごめん。ありがとう」
それを怒りもしなくて、なんなら嫌とすら思っていなさそうなのが意外なのだけど、そろそろ失望されても仕方がない気はしている。
女の敵として今でも針のむしろになっておかしくはないからだ。
……でも、なぁ。
そうせざるを得ないというか、大切なものは一つだけではないというか。
ざわざわとし始めたホールの中を突っ切って、少し離れたところに飾られていた壁の花の前へ向ってみると、周囲からの視線が集まっていることが分かった。
着飾った俺はただでさえ目を引く外見だし、そんなことより話題性がある。
そして、エスコートしていた女性の手を離して、もう一人の話題の人物の元へ向かっているとなると、もちろん周りは気になるだろうさ。
一曲目というのはエスコート相手と踊るのが当然で、その手を振り払い別の所へ向かう意味はあまりに大きい。
「よう」
「な……お前!」
しかし周りの望むようなロマンチックな情景は一旦、彼女の死んだ人間が生き返ったかのようなリアクションによってかき消されてしまった。
「そのリアクションは酷くないか?」
「いや、だって、おっ、お前……リーナはどう」
「ちゃんと説明したし、頭も下げたよ」
浮かぶ驚きの表情はこれまでずっと見てきたものと変わらない。
それでも、彼女があるがままの姿を見せて存分に着飾っていると、どこか心を掴まれるものがある。
ああ、とても綺麗だ。
シャーロットにそれとなく俺の計画を匂わせておいてよかった。
彼女のために作られたのだろう、青を基調としたドレスはこれまでは押し込められていた彼女の美しさを最大限に引き出している。
「でも、先には」
「お願い、これだから」
「っ……」
全く誠実じゃないことは分かっている。
自分を求める女性の手を振り払って、遠慮する別の女性の逃げ道を消して、そのどちらも、自分が自分であるからと許しを作ろうとするこの姿勢。
まさしく女の敵であろう。
どこかでぶっ刺されそうだ。
それでも、やってやると決めたのだ。
目の前にいる彼女が、組まれていくペアを悲しそうに見つめていたのをやめてくれるのであれば、それこそが本懐であると心に刻んで。
生憎、悲しみにくれる女性というのは結構なトラウマでな。
「ローラ」
最大限気取って、彼女の心が求めるままに、名を呼んだ。
……ああ、そうさ。その目が見たかった。
「俺と一緒に踊ってくれませんか?」
もし眦に光るものがあるとしても、それが既に何によるものかは知っている。
お前があそこまでやって望むものがこんなに些細なものならば、叶えてやらない理由はないのだ。
この程度の幸福、いくらでもくれてやるさ。
それぐらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだ。
声にならず、言葉は出ず、空振った唇を真っ直ぐに閉じて。
彼女が頷く。
俺から歩み寄り、彼女が一歩前に出ると、互いが恭しく手を取った。
拍手は今、俺たちのために鳴っている。
****
ダンスの基礎は習ったと去年言っていたが、どうやら男側での話だったらしい。
背丈的にはローラを男役にした方がそりゃあしっくり来るんだろうけど、あそこまでやって俺が女役なんてみっともないにもほどがある。
けれどなんとか俺のリードで彼女の運動神経を引き出していくようにしていけば、一曲が終わる頃にはなかなか様になる踊りができていた。
演奏が止んで、周りと共に足を止めた。
「……夢みたいだ」
「そう? なら良かった」
普段のテンションではやっぱりやっていられないので、精一杯格好つけた返事をするしかない。
「……」
「……」
名残惜しいと目を伏せる彼女の沈黙は雄弁に語っていた。
「次はリーナと踊らなきゃいけないから」
「……そう、だよな」
ローラはひどく残念そうにしながらも、それでも素直に重ねたいた手を離そうとする。
俺が掴んで、そうはさせなかったが。
「レイっ?」
「お前もこっち」
「ちょ、それは」
ローラを連れて、俺は一度立ち去っていて、彼女はクラスメイトと入場することで明らかに避けていた所へ向かう。
「別に遠慮しなくていいよ」
「いや、でも!」
「俺が言うからいいんだよ」
気持ちは分かる。
ローラの最大の願いはただ俺と踊る事だった。
それはきっと、俺への想いを断ち切る最後のきっかけにしたかったからだ。
思い出を作って、それでおしまい。
あとは友人としてやるか、他人としてやるか、そこで迷うぐらいだ。
仕方がない、俺にはリーナがいる。
幼馴染で追いかけてきた存在がいる。
既に母さんも認めていて、今からでは叶いっこない。
そんなこと思ってるんだろう。
なんかもう大体分かる。
けれど、それでは寂しすぎる。
「勝手に諦められると、どうしていいか分かんないんだわ」
「は!? おま、お前がそれを言うのか!?」
「まあ、そこらへんはあとでリーナがお話するって」
「話すことなんて無いだろう……」
「さあな」
リーナの考えていることも大体読めているのだけど、それで本当にいいのかは今から俺がきちんと聞かねばならない。
というわけで強制連行して到着。
ローラをナディアとシャーロットに預けて、リーナの手を取る前に一言。
「母さんにちゃんと挨拶でもしといて」
「!!!!」
変な意味に通じてしまったらしいが、まあいいや。
「リーナ。好きなだけ俺を振り回してくれていいよ」
「なにそれ……初めてだからちゃんとリードして欲しいな」
「それでは仰せのままに」
彼女の手を握れば、しっかりと握り返される。
はてさて、リーナはそれでいいのか、ちゃんと聞かねばならない。
ありがとうございました。
一応タグにも付いてますし、そういう方向です。




