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氷解

 氷の面積が減ったのがアドバンテージになるかと言われたら、むしろよっぽど面倒になったというのが感想だ。

 明らかに反応速度が上がっているし、同時に他の魔法を使う余裕が僅かながら生まれている。


 飛んできた氷の礫を水の壁や風の刃で受け止めた。

 水が凍るのは分かるのだけど、風も凍るのがどうしようもなくファンタジーだ。


 凍らされた後の魔法は主導権を失ってしまい、全力で手繰ればまた話は別だが、余計な魔力を使うのにそうするメリットは今は無い。


 攻防で氷に邪魔をされているから、体力の消耗は非常に激しい。

 使える魔力の限界は近い。

 そろそろ決めに行かなければならない。


 だが、それでも相手はカイルだ。


 お互いに残る魔力量、集中力、腕前、全部を計算に入れても、確実な勝利は目に見えない。


 ……それでも。


 賭けに出よう。


 ああ、今の俺の、魔力に頼らない実力ではそうするしかない。

 絶対的に勝利を確信できるような力の差はない。


 だけれど、それこそ勝負の醍醐味だ。

 カイルはそれを味わわせてくれる。

 お前がどんなやつだろうと、それだけで嬉しい。

 お前にどんな思いがあろうと知ったこっちゃない。


 俺が楽しませてもらう。


 なんとも場違いな笑みだったと思う。

 それはこれまでのつり上がった笑みではなく、はにかむ子どものようなもので。


 見たカイルも、笑っていた。

 同じような、それでいて何かを受け入れたかのような。



 ****



 カイルは氷の中からまだ動かないから、必然的に俺が攻め込んで行く形となる。

 いや、試合が始まってからはずっとそうだったか。


 カイルは動かないといっても、それは氷があるから躱す必要がないだけだ。

 カカシのように突っ立っていても、俺の攻撃は届かない。


 間合いに踏み込めば彼の天賦の剣術と魔法の才を一心に浴びることになる。

 俺が転生することでようやく及ぶ才能を、カイルはどうしようもなく無条件に持っていたのだろう。

 本当に人生一周目か今度聞いてみようか。


 そうじゃなければ、ただの天才のままだ。


 けれど、彼のそれはきっと十全に発揮されていない。

 もしくは逆に、彼の才能はただ純粋な才能でしかない。


 それこそが俺との差だ。

 もしくはウィルフレッドとの差だ。


 カイルの氷の結界から逃れた。

 礫の追撃が来る。


 定石通りで、予想通りだ。


 これまでも何度も同じようにされ、全て躱すか防いできた。


「っ!」


 ……痛い!


 多分骨が折れた。

 けれど今のテンションなら骨を繋がずとも魔力で代わりに固めるだけでなんとでもなる。


 わざと直撃しながら、それでも再び接近する。


 最初の方にも同じことをやっている。

 だから大切なのは次からだ。


 間合いの踏み込みで、俺の足元が揺らぐ。

 そうだな、そうしたらカイルは追撃してくる。


 ただ魔法を受けても、足を滑らせても、カイルは俺に策があると思って疑っていた。


 ……疑いだけでは手が出せねえんだよな。


 疑いは思考を止める。

 謎は謎のままで、明かされてからカイルは反応する。

 確かにその反応は桁違いに速い。


 けれど先行は俺だ。

 俺はより速く動けて、まだ手札が残っている。


 剣を受け、再び足を滑らせバランスを崩す。

 カイルは隙を突いてもう一度打ち込むのにも、ほんの、ほんの少しだけ躊躇って、それから手を出した。


 ギリギリのタイミングで弾き、氷の上を全速力で逃げるようにして滑ってカイルを迷わせる。


 さあどうぞ。

 追撃のチャンスじゃないか?


 選択肢が二つになってそうだな。

 乗るか反るか?

 それで事足りるのか?


 次の俺の手を読んでいる余裕はあるか?


 ……いや、ありそうで怖いからこっちも賭けなんだけど。


 まあいいや、ゴーサインだ。


 氷の魔法と剣の挟撃。


 これまでずっと魔法は躱して剣と向かい合った。

 それはカイルも知っている。

 だから剣に熱を加えているんだろう。


 じゃあちょっと変えてみよう。


 フルスロットル。

 ここで決めなきゃ負けるかも。


 足元の水魔法制御から意識を切り替え、二重発動プラスアルファ。

 今日初めて使う闇の魔法で一瞬でも視界を奪い。

 二歩の【空踏】で空に跳び。

 自分の魔力の半分と少しは、地面に置いていった。


 この世界の気配は魔力が大きな比重を占める。

 目を塞がれたカイルは、視界の外で気配を薄めた俺とどっちを向くか。


 ……よっしゃ、ビンゴ!


 目を開ければそこに俺は居ない。

 影も形も見当たらない。

 視界に入らないよう、十分に調整したからな。


 彼が見上げ、ばっちりと目が合う。


 俺が空中で剣を振りかざすと、彼は握っていた剣を動かすこともしなかった。


 カイルは笑っていた。


 それは負けるというのにどこか嬉しそうで、そして少しだけ寂しそうだった。



 ****



 礼を終えたカイルは、既に普段の貴公子としての在り方を全うしていた。


「負けたよ、レイ」


 あれだけ一緒にはしゃいだ後によくこれだけ演じ切れるなぁと、いつもながらだが感心する。

 俺が言えた義理でもないけれど、本当に彼は隠すことが上手い。


「……随分、驚かされました」

「本当かい? それなら今日までとっておいた甲斐があったよ」


 本当に驚いた。

 氷の魔法もその応用もそれを操る技術や、剣術でさえも、全て。

 これまでに全く気づける要素がなかったのだ。


「誰にも見せたことはなかったからね」

「……あれだけの魔法を、一人で?」

「ああ、そうだよ。実戦では初めて使った」


 本当に本当の天才だったらしい。

 半ば確信していた部分があるとはいえ、彼の口から告げられると信じられない事実だ。


 そうなると、剣もほとんど独学なのかもしれない。


 勝敗を分けたのは、多分、経験の差だ。


 俺は何度も格上や同格の相手と勝負をしてきて、駆け引きも覚えた。

 その部分を、もちろんカイルも十二分にこなせてはいるのだけど、相手への対応と強制が甘かった。


 不可解な動きで選択肢を叩き付けて相手の動きを迷わせるのが、その場で考える必要のあるカイルに相性が良かったのは確かだ。


 俺や、多分ウィルフレッドも、そういうのはもう勘の領域で最適解を叩き出せるところにある。

 才覚だけでそれに迫ってきているあたり末恐ろしいが、今日のところは俺が勝った。


「まだ隠し球がありそうですね」

「はは、さすがにもう無いよ。あったらまだ戦ってたさ」

「半分嘘だと思っておきましょう」

「ひどいなぁ」


 いや、カイルなら普通にまだまだありそうで怖い。

 今日は彼が武器破壊を狙ったが、こちらがカイルの剣を潰しても普通に氷の剣とかで対応してきそうだ。

 実際できるだろう。


 ……炎と氷の双剣とかもカッコ良さそうだよな。


 今度自分でやってみて、それとなくカイルに言ってみようか。

 今日の切り替えより魔力は使うが戦術の幅もありそうだ。


「何考えてるのさ」

「次、カイルと戦う時のこと、ですかね」


 カイルがちょっと意外そうな顔をした。


「また来年もありますし、次も勝てる保証はないですから」


 もちろん俺が設定を調整してしまえば勝ち逃げもできるだろうけれど、彼の伸び代を考えれば本当に危うくなると思う。


「来年も、か……」

「……?」


 当たり前だろう、こんな舞台で戦っていても俺たちはまだ二年生で、トーナメントは来年もある。


「別に、授業とかでもいいですが……」

「授業……。そうだね。うん、いつでも戦えるか」


 さすがに授業で今日のような熱量を出すのは難しいだろうけれど、それでもせっかく手札を晒したのだ、経験のためにも使っていってほしい。

 俺も攻略のアイデアをもう少し増やしたい。

 今日のスケートもカイルのやり方次第では崩されていたはずだし。


「ええ……今日はこれほど楽しかったんですから、また」

「……本当にいいのかい?」

「?」


 なぜそこで疑問を持つのか。


「なぜって、友だちではありませんか」


 いつまでも敬語のままだけど、さすがに二年もクラスメイトをやって、一緒に魔物狩りに行ったり、面倒ごとを押し付けたり、約束をしたりしていれば友人だろう。


 というか、もし敬語のせいとかで友人と思われていなかったら、いよいよ学園から友人と言える人物が消えそうになる。

 それは普通に困るのだが。


 ……それに、敬語のままなのはカイルが悪いし。


 カイルはなんというか、砕けたやり取りがしにくいのだ。

 いつも何か俺にさせようとしてくるし、いつも俺に何かを与えようとしてくるし、挙句の果てには俺を求めてくる。

 それは確かに貴族と平民のやり取りのままで、彼がそうである限り俺も言葉遣いを崩そうとは思わなかった。


 それでも、まあ、カイルは信頼が置ける。


 じゃないと森林実習の時にあんな無茶ぶりを頼めない。

 彼が、隠している俺を理解しようと踏み込んできてくれていたから、俺も彼を信頼できたのだ。


 じゃないと普段にあんな軽口も飛ばせない。


 カイルなら通じているかな、と思っていたけれど、俺の言葉を聞いた彼のリアクションはとても予想から外れたものだった。


「とも、だち?」


 ……嘘でしょ。


 受け止めきれないという反芻と共に、頬に一筋の光るものが。


 ……嘘でしょ?


「えっ、でも、え、あなたがいつも言うではありませんか。友人だって」

「ああ、そうだね。そうだ、そうだけど」


 涙は一粒で止まっていた。

 どうしたのかわからないが、そこまで制御できるのか。

 だけれど濡れた跡は確かに残っていて、カイルの感情は大きく揺れたままだ。


「私だけ、でしたか?」

「いや、僕はそう思っていたさ。けど……」


 ……ええ……


 俺ってそんなに分かりにくいのだろうか。


 カイルの方がよっぽど人の心の機微に長けていて、俺なんかの感情は筒抜けだと思っていた。


 というか、今更もうクラスの貴族様もみんな友人ぐらいに思っているのだけど、それでカイルが友人じゃないなんてことは有り得ないだろう。

 どれだけ一緒に行動してると思ってるんだ。


 ……前世感覚、なのだろうか。


 今度ちょっとリーナとかローラと擦り合わせてみよう。


 そんなことより、今は目の前の友人の方が大変だ。


「ええっと……」

「……そうだね、ああそうだ。君ってそうだもんね」


 何がだよ、と言えず、カイルの言葉を受け入れた。

 そういうところがあるらしい。

 今後改善していこうと思います、はい。


「……レイ」

「はい」

「また来年、戦おう。授業の時も、今度からはもっと楽しむよ」

「……望むところです」


 カイルが微笑んだ。


 そこにさっきの寂しさはどこにもなくて、ただ喜びだけが残されていた。



 ****



 今日一日で準々決勝、準決勝を勝ち進み、決勝戦に進んだわけだ。


 なんとも濃い一日だったし、凄まじい注目を集めた一日だった。


 目を瞑り、去年のことを思い出す。

 ウィルフレッドに負けた去年のことだ。


 正直、あの負け方は気に食わない。


 勝てる試合だったかは分からないけど、予想外の魔法の行使に試合を決められた。


 ……。


 もう既に全開は見せた。

 ならば存分に相手してやろう。


 ああ、明日も、楽しみだな。

ありがとうございました。


カイル視点のレイが

・最初からずっと敬語

・作り笑顔多い

・何考えてるのか分からない時多い

・一切踏み込んでこない


なので最後以外だいたいレイ視点のカイルとやってること一緒。

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