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新しい出会い

 

 そしてまた季節は巡って俺が十歳になる夏のなかの月、五月を迎えていた。街での腕試しを始めててからもう二年半が経過している。

 この世界に来てからも十年が経過したことになる。向こうでも十七年弱しか生きていなかったわけだから、すっかりとこの世界に馴染んできたと思う。多分。


 さて、冬には精霊へのお願いが使えるようになったけれど俺の生活は何も変わらなかった。


 素振りして、畑を手伝って、街へ行って、戦って、リーナと話して、森へ行って、たまには遊んで、家

族と話して、早く眠って、素振りして。

 そんなサイクルが冬も春もそしてこの夏も続いていた。


 だけど、変わる日なんて一瞬だ。



****



 今日はいつもよりずっと早くに広場へと冒険者がやって来た。

 まだ八時の鐘が鳴って十分も経っていない。


「お前が噂の子供か、随分と小柄だな」


 立っていたのは百八十センチ半ばぐらいの身長で細身。緑がかった髪を刈り揃えた黄色の瞳の男だった。


 一目見て思う。


 ……これはおかしくないか?


 いつも通り体を動かしていたため元から汗は掻いていた。

 しかし、この男が目の前に立ってから、汗の質が変わったことを自覚する。素振りをしていても滑らなかった手が、剣を握るのもやっとというぐらいだ。


 ……何者だよこのおっさん。


 冷や汗が止まらない状態で、俺はその男に向き直った。


 俺の依頼がいよいよCランクに上がるかもしれない。そんなことをじいちゃんから伝えられたのは三日ほど前のことである。

 Dランクの冒険者に全勝できたわけではないが、ほとんどの相手には勝利した。

 十歳に満たない少年が中級と呼ばれるDランク冒険者に八割を超える勝率を誇ったのだ。

 俺としても力に対する対応が相当に上手くなったとの感触があったのでいい頃合だろうとは思っていた。


 しかしこれは……


「本当にCランク、ですか?」

「まあまあ。とりあえずやってみようぜ」


 その男は俺の呟きを拾ったが、答えることはなかった。怪しすぎるだろう。


 今までの相手は、負けた相手であっても身体強化をフルに使えば確実に勝てる見当がつく相手ばかりだった。

 相手の構えを見れば大体の技量が分かったし、魔力での底上げがあるにしてもたかが知れていた。


 だが、目の前の男は違う。

 気軽に立っているようで、その姿に一切の隙は見当たらない。

 内包する魔力も美しいまでの深い緑、風の属性だ。


 ……本当に何者だよ。


 ここに来て一番に男がじいちゃんへ何か耳打ちをしていたのを聞いておけばよかったと後悔する。


「あの!」

「なんだ?」

「依頼の内容って、条件次第で変更してもらうことはできますか!」

「突然の変更は依頼主として関心しねえが⋯⋯、中身次第だ。聞いてやろう」


 この人との十本勝負ならきっと数十分と経たずに終わってしまう。

 それはよくない。

 俺は木刀を男に向けて構えて、言う。


「俺に、剣を教えてください!」

「乗ったぁ!」


 男は俺の申し出に即答し、愉快そうに歯を見せた。

 それを聞いて俺は一気に踏み込んでいった。



****



「あのー、クエストに来たんすけど、ってええ!?」


 九時の鐘がなってから少しして、俺が地面に大の字になっていたらそんな声が聞こえた。

 その冒険者の驚き方を聞けば、先程の男が名の知れた人物であることが推測できる。


「おっ、"森林の大牙フォレストファング"のギドじゃないか、悪いな俺の権限で今日の依頼はもらった」

「なんでギルマスがここにいるんすか!」


 やっぱりかよ、しかもギルマスって。

 いつか聞いたじいちゃんの話なら元Aランクじゃねえか。


 俺はそちらに顔を向ける元気もなく、ただ耳に入ってくる声を何とか情報として処理する。

 先程までの醜態を体に刻み込むように、魔力による回復は行わない。怪しまれそうだから。


 ギルドマスターとの、試合にもならない打ち合いは、結局俺がまともに打ち込めずに終了した。

 俺も最後まで身体強化は使わなかったが、Dランクにも時には無傷でやれるようになった俺の、持ちうる技術全てをぶつけた四十分ほどで、一度もだ。


 悔しい。


 そういう気持ちは確かにある。ここまで積み上げてきたものは確かにあった。先程までの試合はそれを全否定されたようなものだった。


 けれど、それ以上に楽しかった。

 そういう気持ちが今の自分を満たしている。思い出すのは初めて剣を握った後のじいちゃんとの特訓だ。

 ただ純粋に全部ぶつけて自分の力を試したい、この人から次を引き出したい、そう思わされた。


「おい坊主、生きてるか?」

「はい。ふへへ……」

「元気そうだなおい」


 息は整え終わっていたので、その場で返事をする。体を起こすことはまだできない。


「ひとまず報酬はいい。明日の正午にギルドへ来い。マスターに会いに来たと言えば伝わる」

「分かりました」


 そう言い残したマスターはじいちゃんに挨拶をして、後から来た冒険者を連れて去っていった。


「見事にやられたなあ、レイ」

「うん、でも」

「楽しかったんだろう?」


 体を起こしてじいちゃんの言葉に頷く。

 流石一年半以上毎日打ち合ってきて今でもたまに手合わせをするじいちゃんだ。

 孫のことをよく分かってくれている。


 マスターは俺より強く、俺より速く、俺より上手く、全てにおいて俺より上にいた。


「ああなりたいな」

「私でもそう思うよ」


 物語の剣士にも学園の騎士にも憧れたものだと言っていたじいちゃんが笑って俺の言葉を肯定してくれる。


「明日、何があるのかな」

「それは明日の楽しみにしておけ」


 じいちゃんは何かを知っているようだ。


「ギルドに行くのは初めてだからちょっと緊張するな」

「マスターが明日は一人でギルドに来させろと言ってきたから、明日は一人だぞ」

「え、うそ」


 冒険者ギルドは街の南門から神殿を繋ぐ、洗礼式で俺たちの歩いたメインストリートから何本か外れた、街で一番治安が悪いと言われる、冒険者通りと呼ばれる通りにある。

 二年半の間依頼を出し続けていても、まだそちらまで俺が出向いたことは無かった。


「お前ならなんとかなるだろう」

「頑張るよ」


 二年半も週五で依頼を出しているから顔を知っている下級冒険者は少なくない。というか剣士はほぼ全員知っている。

 誰がタチ悪かったか、誰が優しかったかはちゃんと覚えているから記憶を頼ればなんとでもなるだろう。


 それに、治安が悪いと言っても初めてのお使いぐらいこなせなくてどうする。前世は十七歳だったのだし。


 丁度俺の体力が動けるくらいに回復したところで、野菜が売り切れたと言って迎えが来たので、とっとと帰ることにした。



****




 西部劇に出てくる酒場のようなドアを押して、ギルドの中に踏み込む。

 このドアは、大人なら足元と顔が見えるような作りになっているのだろうが、同年代と比べてもやや小柄な、百三十センチほどの俺の身長では、目の前にドアの板がある。

 寂れた酒場なんかよりずっと多くの人が行き来するからこそ丁寧に建てつけられているのだろう。音もせずに開いた。


 正午の鐘が鳴った直後のギルドには予想より多くの冒険者たちがいた。


 どうやらギルドでは軽い昼食の提供もしているようだ。受け取り口に並ぶ列、中のテーブルで食べる人たち

 あたりを見回して、目が合った冒険者が少し苦い顔をしたのを見て緊張が解けた。

 彼は俺がいつか一本も取らせずに勝利したベテランDランク冒険者だった。


 ギルドを見回した印象は、まさにテンプレと言ったところだ。

 丸テーブルに丸太の椅子、ランクごとに依頼が貼り付けられた掲示板、受付には数人の綺麗な若いお姉さん。すごい、テンプレだ。


 俺は冒険者達の注目を集めながら、受付まで歩いていく。

 俺の話をする声が聞こえるが、街を歩いても似たようなことにはなるので、今更気にすることではない。


「すみません、お姉さん」

「あら、可愛らしいお客さんね、どうしたの?」


 じっとこちらを見つめていた受付のお姉さんが、カウンターから笑顔を見せてそう言った。

 一番顔が好みのお姉さんのところに狙って行ったわけではない、たまたま空いていたのが彼女の列だったのだ。


「マスターにお会いしたいのですが、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」

「わ、敬語!  え、君がそうなの??」


 ここらじゃ滅多に聞くことのないだろう畏まった表現を使ってお姉さんに尋ねると、お姉さんが反応を示す。敬語は街に行くようになってから母さんたちが教えてくれている。


「待っててね、呼んでくるから」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げるのに目を丸くしてから、水色の髪のお姉さんはカウンターの奥に下がって行った。

 階段を登る音がしたからマスターの部屋は二階にあるようだ。


「ねえねえ、あなたって、女の子だよね?」


 俺が待っていると他にいたお姉さんが俺に尋ねてきた。


 十歳になる俺だが、未だに女顔から抜け出せていない、というか美幼女から美少女にクラスチェンジしてますます母親の美貌に近づいている。

 魔力も使わず剣を振っていれば筋肉も付くはずなのだが、一向に腕は細いままだ。


 ……筋肉痛を魔力治癒しているせいだろうか?


 お姉さんが質問すると同時に、待合の方の声のボリュームが小さくなる。


「?」


 尋ねたお姉さんが戸惑うが、そんなに注目されるかと俺も戸惑う。


 しかし、そういえば気にしていなかったけれど、まだ性別を明かしていなかった気がする。

 ここにいる冒険者の多くはDランクまでの冒険者で、相当数の冒険者と手合わせしたことがある。

 みんなそんなに気になっていたのだろうか。


「男ですよ」

「え、ホントに?」

「見えないわねえ」


 俺が事実を告げると質問をしたお姉さんとは別のお姉さんも驚いていた。

 待合の方からもざわめきが伝わってきた。


「おいおい、男だってよ」

「嘘だろ、あの顔で?」

「あの剣の腕だ。男で良かったんじゃないか?」

「俺としては、男でもいいがな」

「ちげえねえ」


 うん、俺はよくない。



****



「マスターが部屋に呼べって……って、どうしたの?」


 帰ってきた最初のお姉さんがこちらを見て不思議そうな顔をしている。助けて。


「大変だったわねー」


 お姉さんに二階のマスターの部屋へと案内されながら、俺は熱くなった顔を両手で抑えてからぱたぱたと仰ぐ。

 あの後しばらくして、俺に興味を持った受付のお姉さんたちが、俺を取り囲んで色々あそび始めたのだ。

 髪の毛を触られたり、肌を触られたり、抱き上げられたりとなかなかに恥ずかしいものだった上に、普段から彼女らに下心を持っているのだろう冒険者たちからの刺すような視線が痛かった。


 こちらに来てから美人の存在に見慣れたはしたが、まだうら若いお姉さん方に囲まれるということはなかったので、どう振舞えばいいかまったく分からなかった。もちろん叶斗の時も、そんな経験なんて全くなかった。

 だからどうすることもできず、ただただ後頭部に当たる感覚を遮断しようと努めて、必死に子供らしさを演技することしかできなかった。十七歳の俺が反応しなくて良かった。


「この部屋がマスターの部屋なんだけど、一人で部屋に入れろって言われたわ。……君が男の子でよかったわね」


 また一人で来い、か。何かの目的があるのだろうか。

 ロリコンってのだけは遠慮願いたいところだ。俺が男だと見抜いた上ならそれこそである。


「分かりました、ありがとうございます」


 俺が礼を言うとお姉さんは戻っていった。

 一人でドアの前に立つとどうしてか体が緊張しているのに気付いた。

 中学生だった頃、怒られるのが分かっていても職員室に入らなければいけない、あの感覚を思い出した。


 服装を正して、一呼吸してからノックをする。

 目上の人への礼儀はばあちゃんからきちんと教えてもらっている。


「失礼します」

「あ? ああ。入れ」


 俺が部屋に入ると、切っ先が飛んできた。

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