光輝く君
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君ならば、と思ってしまった。
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僕は恵まれてる。
父は財務大臣で、母は公爵家に生まれた当時の社交の花。
何不自由ない生まれと、何不自由ない暮らしがあった。
火と水の反属性で、魔力量も多い。
父と母を上手く混ぜ合わせた容姿も幼い頃から社交界で注目された。
だけどそれ以上に僕は優れていた。
なんでもすぐに分かってしまった。
勉強も、魔法も、剣も。
人の気持ちだって手に取るように読めてしまう。
学べば身についてしまうのだ。
見れば分かってしまうのだ。
洗礼式を終えるとすぐに学園に入るためと家庭教師を付けられたけれど、一年も経たないうちに彼は用無しになった。
あまりにも僕がすらすらと覚えてしまうものだから、彼が次へ次へと教えてしまったのが悪いだろう。
だというのにそれほど広い知識は持ち合わせていなくて、プライドだけは少し高いのである。
せいぜい、算術が少し人よりできる程度で、魔法や剣は基本的なことしか分かっていなかったというのに。
プライドを守ってやるために少しの演技をしてやって、少しそそのかせば彼を暇に出すのは簡単だった。
その後になって、二人の魔法使いがうちに来た。
どちらもそれなりの人物ではあったが、それなりの人物でしかなかった。
火属性と水属性をそれぞれ教わったが、別にあってもなくても変わらなかったと思う。
二人とも前と同じようにさっさと暇に出した。
最後に父が一度、フランク様を家に呼んだ。
自分が知る中で一番格の高い人だとは分かった。
快活に振る舞いながら、その隙の無さは裏に騎士としてだけではない仕事を隠している証左である。
興味が湧き、せがむ演技で剣を振ってもらった。
兵士や他の騎士が剣を使う姿を見たこともあったが、確かに一番上手かった。
喜ぶふりをして、彼の技術を盗んだ。
確実に首を刎ねる為に振るわれている技術だったからそのまま流用しているわけではないけれど、基本は残して今も使っている。
そんなのだから、八歳の頃にはほとんど自分が完成してしまっていると思っていた。
体格こそまだまだだったが、それだけだ。
だから、学園に入るまでの四年間は得るべきことの何も無い生活を漫然と過ごしていた。
思い出せないことはないが、思い出す理由も無いような時間だった。
その間には勉強も魔法も剣も、積み上げる理由は見つからなかった。
僕はカイル・ヘンダーソン、ヘンダーソン家のカイルだ。
貴族として家の名をいたずらに傷付けることはしない。
何もしなくても評価はされていくのだから、突出してやっかみを受ければ面倒だけが増えていく。
それでももちろん妬みも嫉みは受けたけれど、そんな至極単純な感情は懐柔するに安かった。
相手の思うこと、望むことなどすぐに分かる。
面倒ではあったけれど、それだけが四年間の手慰みにはなっていたかもしれない。
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学園に入ってもそれは変わらないだろうと思っていた。
「父上、僕は騎士科に行こうと思っています」
十一の夏にそう父に伝えれば、反対を受けることなく承諾された。
父は僕に甘かった、というわけでもない。
甘いだとか厳しいだとか、そういう話ではなかった。
僕は父の望むことを言われるまでもなく過不足なくやれていたから、何かを求められることすら無かったのだ。
騎士科に行く理由はあまりにも単純で、そこが一番面倒は無さそうだったからだ。
もちろんヘンダーソン家として跡を継ぐために文官科へ進むことも考えたけれど、あそこへ行ってしまえばやっかみだけを受けることになっていただろう。
近い年代にあまり優れていると言える人材は居らず、ヘンダーソン家の跡取りとして求められる成績を残せばどうしようもなく孤立する。
だけど、騎士科にはウィルフレッドが居た。
剣の腕や軍略の知識では僕は彼に多少劣っている。
それは彼の研鑽ゆえである。
ただ優れただけでなく、彼は彼の父のような突き詰めた先をひたすらに目指していた。
それと彼の性格を知っていたから、後ろに居ても対抗心を持たれないという利点があった。
一番、面倒にならなかったのだ。
魔法科は論外だ。
あそこにはアリスがいるけれど、その他では集まる顔ぶれがひどい。
劣等感の塊のような人間たちの間に僕が行ってしまえば、よっぽど恥ずかしい成績でバランスを取らないといけなかった。
そうして騎士科に行くことを決めた。
今となってしまえば、人生最良の決断だったかもしれないと言える。
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大したことのない成績でウィルフレッドの後ろになって、予定通りの入学を果たした。
渡された名簿は成績だけでなく貴族間の派閥も考慮されたクラス分けがされていていることを示している。
父の付き合いもあって社交界で共に行動したグレンやジェシカの名前なんかが並んでいた。
おかげでやるべきことは少なくて済んだ。
彼らの為人はとっくに見えていたから、どういう風に振る舞えばいいかもすぐに決まってしまう。
平民達にも有力な一族の名前は見当たらなくて、一番下に苗字の無い名前が置かれていたのが興味深かったけれど、それが大したことにはならないと思っていた。
そんな思い、すぐに覆されてしまったけれど。
まず聞いたのは、彼が飛び抜けての首席だったということ。
あらゆる項目で満点に近い成績を叩き出し、最後にはオークス・ドノヴァンから一発で勝ちを取ったらしい。
次に聞いたのはその受験生が女であったかもしれないということ。
男装をしていても分かるものは分かる。
信ぴょう性はあったから見てから確かめようと決めていた。
そして最後に、彼が"聖壁"の弟子であり、顔こそ知らなくてもフランク様と並んで語られる義を貫いた騎士の中の騎士に剣を教えられていたということだ。
調査に行った騎士団員から漏れ出た情報は十分に確信が持たれていた話だった。
フランク様がそうと言ったなら、おそらく間違いということはないのだろう。
十分に見所がありそうだった。
だけれど、彼は、そんなものでは足りなかった。
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初日の教室で彼が自己紹介を終えた後、自分の胸の内が大いに荒らされたことを忘れるはずもない。
驚き、興味、興奮、喜び……
僕は彼が理解できなかった。
ただそれだけのことが多くの感情を去来させた。
それまでに自己紹介をしていた良家や騎士の家系で教育を受けてきたのだろう騎士科の生徒らしい騎士科の生徒や、一つ前の腕が立つけれどだからこそ性別が邪魔をしていた生徒なんていう有象無象はどうでもよかった。
彼らの育ちなんて挨拶だけでほとんどが把握できた。
では、今そこに立つ彼は?
分かることは少なくない。
彼は強い。
そう見せていなくとも、分かる。
確実にウィルフレッドともいい勝負をする。
彼は美しい。
精霊に愛されていることを体現するような美貌と、それを一切翳らせない佇まいが身についている。
彼が彼自身の力のせいでそれを誤魔化しているのが、気に食わないと思ってしまうほどに。
彼は頭が良い。
抜け目なく周りを疑い、常に頭を動かし続けている。
貴族を畏れてただ固まっているのではなく、貴族を恐れてどうするべきかを思考し続けていた。
一つ前のローレンスと名乗った女とは随分と違った。
だけれど、分からないことがあった。
なぜ彼はここに居るのか、だ。
大志を抱いているようではなかった。
彼ほどの力があれば、騎士になるためには周りを顧みずにいればいいだろう。
それこそ、ウィルフレッドのようでいいはずだ。
全てを跳ね除けるだけの力がある。
僕とは違って、それで傷付けられるものはあまりに少ない。
けれど彼の穏便にことが運ぶことだけを考えているような姿はまるで、騎士になることなんて二の次に学園での生活を過ごそうとしているようで。
もちろん彼の性格がそうさせているのかもしれなかった。
けれどならば、なぜそういう性格に至ったのかが全く把握できない。
生まれた時から自我を持っていると仮定すれば有り得るかもしれないが、それは荒唐無稽な話だ。
それだけで興味が湧いた。
だから僕は彼に近づいて調べていこうと心に決めて、グレンたちとの話もそこそこに彼へ声をかけたのだ。
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それからの彼を見ているのは少々不快だった。
僕が認めているというのにいつまでも喜ぶことはなく、ただひたすらに自分を押し留めて振舞っていたのだ。
やっかまれ、決闘になっても決して彼はまともな力を見せることなく、偶然の勝利に見えるよう立ち回った。
授業の時も、あれほどの輝きを持つ彼が端の方に追いやられているのを見て周囲に苛立ちを覚えた。
テストは比較すれば優秀な点を取っていたが、僕は見抜いている。
彼があの程度の問題を間違えられるように普段から気を使って調整していたことを。
彼が友人と定めたローレンスは驚いていたが、僕からしてみれば簡単に騙されてしまうことに呆れ返った。
ただ、そう思う僕であっても、彼がなぜそうしているのかが分からなくて、不快感は増していた。
あの時、ウィルフレッドが何も考えずにレイに突っ込んでくれてよかった。
おかげで彼の頬を引っ叩くようにして自分を押し留めることをやめさせることができた。
目付きの変わった彼は見ていて気持ちがよかった。
誰よりも低く思われてなお、誰よりも高いところから見下ろすようなあの振る舞いに気付いているのは僕だけだと思うと、気持ちが良かった。
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レイに関心を向ける日々はとても充実しているように思えた。
分からないことに腹が立っていた自分を過去にして、ただ彼を理解しようと手を尽くすことは、ようやく人並みに日常を楽しむためのスパイスになって。
いつしか、彼のことが欲しいと思った。
彼が居ればきっと、これからも人生に飽きることはない。
もし自分が彼の謎を解き明かせたとしても、その先に見られるものはやっぱり新鮮なものだろうと思った。
僕がこれまで無為に過ごしてきた日々には戻りたくない。
彼以前の生活なんて、考えたくもなかった。
学園が終われば、それも終わる?
嫌だ。
そんなのは嫌だ。
僕は彼に会って初めて、これほどに世界が退屈ではないと知ったのだから。
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その時間が失われてしまうかもしれない、そんな不安もあった。
「カイル!」
名前を呼ばれた時、大きく揺らいだ。
ああ、ああ、僕の追い求める君はきっとこの程度で失われるほど弱い輝きではなくて。
僕の知らない君はまだそれほどに大きくて。
「……任せても、いいんだね?」
自分の答えに自信を持てないのは、いつも君がいる時だ。
何かを失いそうな不安も、信頼を感じる喜びも、誰かへの期待も、全部君だけがくれるものだ。
ならば頷くしかなかった。
君に失望だけはされたくなかった。
もちろん、不安がなかった訳じゃない。
けれど君が僕を信頼してくれたなら、僕よりよほど素晴らしい君を僕はもっと信頼したかった。
拠点に戻った時、ジョゼフ様の顔を見た時にその答えが知れて安心した。
君は少しの心配もいらないほどに強くて、美しくて、賢くて、また戻ってくるのだろうと確信できた。
そして君はローレンスさえ救ってみせて、全てを解決してしまったんだ。
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僕は君に勝ちたい。
ずるくてもいい。
君が本気を出していなくてもいい。
それでも誠実な君ならどれだけズルい勝ちでもきっと理由として認めてくれる。
僕は君を繋ぎ止めるために、君に勝ちたい。
君はきっと僕を色眼鏡で見ているけど、時を無為に過ごしすぎた僕はそんなに立派なやつじゃない。
そんな惨めさを君に知って欲しいと思う僕もいる。
それが叶うぐらいにずっと君が傍にいてくれる理由を少しでも増やしたいだけなんだ。
君が不意に居なくなってしまうのには、やっぱり耐えられないだろうから。
君に信頼されていなければきっとその日が来てしまう。
だから、全てを晒して、君に勝ちたかった。
君という存在を勝ち取りたかった。
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凍った地面は徐々にその範囲を狭くさせていった。
スケートと空中ジャンプの組み合わせで攻略しているからだろう、と考えられたらいいのだけど。
……まあ、相手はカイルだ。
何を考えているのか分かんなくて、俺のアイデアなんて上回っていくことのできるカイルだ。
半径、二メートル。
剣の間合いだけ、氷が残された。
互いの目が合う。
ああ、ここからがクライマックスだ。
ありがとうございます。




