氷上に舞う
ウィルフレッド視点とカイル視点挟んでます。
肝が冷えた、本当に。
おかげで頭も冷えたというものだ。
首筋は物理的にひんやりしているが。
「君じゃなきゃ絶対当たってたよ」
「どうでしょうか」
不満そうでも楽しそうなカイルはすでに遠い。
互いに魔法戦で仕掛けるべき距離である。
「でも、使ったね?」
「負けるわけにもいきませんので」
危うくすっぱりと首筋を切られるところだったのを、風の魔法で自分の体を吹っ飛ばして強引に逃れている。
カイルの剣の間合いを広げたのは剣先で僅かに光を屈折させている程度の、透明な付け刃であった。
光属性で似たようなことはできるが、水と火のダブルであるカイルがやったのはまた別の魔法だろう。
……というか。
「氷、ですか」
「やっぱり分かるんだ」
俺が色々と漁った文献とかでも氷の魔法の記述は見つけた覚えが無いのだが、なぜ使えるのだろう。
カイルの家は魔法使いの家系でもないから秘伝とかでも無さそうだし理由が分からない。
まさか、と頭をよぎるがそんなことが有り得るのだろうか?
熱の減算という発想を思いつくのは並大抵では無理だと思うのだが。
……俺も全く考えたことがなかったな。
氷を作ったことはあるが、土属性の【物質想像】を応用して作っていた。
進んだ化学の知識は確かにあったのに、アイデアで敗北している。
そもそも自分自身で魔法を作ったことは無いけれど。
「来なよ」
じり、じり、と間合いを調節する。
初めて見る氷の魔法もあれほど滑らかに発動できるのであれば、その応用を剣の強化だけと考えるのは愚かでしかない。
何をしてくるか、どこまでできるのかは未知数。
恐ろしくもあるが、それも十分な楽しみになる。
「……」
頷きも、返事もせず、ただ切りかかることで答えとした。
※※※※
「まったく、あいつは」
「……」
「ウィルフレッドは気付いていたか?」
悔しさを隠そうともしないグレンが俺に尋ねてきたが、なんとも言えず曖昧に頷いた。
二人共が十二分にできるということは確信していた。
しかし、あのようなことができるとはまったく予想していなかったというのが本音だ。
見下ろす試合の内容はここまで試合を重ねてきた二人とは全くの別人を思わせるもので、ずいぶん驚かされている。
先程死力を尽くしてなおカイルに負けてしまっていたグレンの悔しさは計り知れない。
手を抜かれていたという証明に他ならないからな。
「しかし、何があれほどレイを警戒させているんだ?」
「熱と氷ね。ちょっと、凄まじいわ……」
俺も分からなかったタネを、魔力を鋭敏に感じ取ることのできるアリスが解説してくれた。
火と水のダブルであることは知っているが、氷の魔法?
「多分氷の方はカイルのオリジナルよ」
「はっ! 大したやつだとは思っていたが」
グレンが呆れ返って笑う。
俺も同感だ。
魔法科ですらない一生徒が自ら作った魔法を行使することなど聞いたことがない。
……俺の頭では未来永劫ありえないだろうな。
新しい魔法を覚えることすら苦手だというのに。
「まあだが、それを受けきっているあいつもあいつだな」
「そうね、嫉妬していいかしら」
剣を振ることと魔法を展開することはただ両立させるだけでも難しい。
だというのに、二人の身体強化の抜き差しに一度の間違いも無く、どれもこれも決定打になりかねない鋭さは失われない。
レイもカイルも器用なのは知っていたが、あれでは騎士団の一線級だ。
父が連れている騎士たちも難しい顔をしているのが分かる。
剣同士が触れ合うと時に湯気が立ち、時にレイの剣が凍りつき、それも幻のように消えていく。
一太刀ごとにカイルの剣の効果が切り替わり、レイはいちいち合わせたやり方でやり過ごしているのだと推測できた。
「わざと水の魔力で受けてるのね、ほんと訳わかんないわ」
アリスの魔法も俺からすれば十分に繊細だが、彼女の口ぶりから推測すればあの二人はさらに上回っているということのようだった。
「ウィルフレッド、自信はどうだ?」
「……」
あれの勝った方と戦う。
そう考えると昂るものがある。
「さっきからだんまりじゃない」
「まあ答えは顔を見れば分かるが」
「カイルがあんな風に笑ってるのも意外だけど、ウィルはこうなるのねー」
「……」
「ほんと、目も逸らさないじゃない」
あそこまでの相手と明日戦うというのに、敵を知ることを怠っていれば敗北は必至だろう。
「ウィルフレッド、其方はどちらとやりたい?」
未知の魔法を使うカイルと数多の術で柔軟に対応するレイ、どちらも戦う価値のある相手だ。
だが、元より答えは一つだった。
「レイだな」
「ほう、なぜだ?」
「父の因縁もあるからな」
「其方そういうことも気にしていたのか」
「一応はな。だが、もっと別にもある」
「なんだ?」
カイルのことはもちろん子どもの頃から知っている。
しかしながら俺はレイの半分もカイルのことを理解できていないだろう。
レイの隣に居る時だけ、あいつは随分と違う顔を見せる。
「カイルが俺にあれほどを見せるとは思えん」
「なるほど、それもそうだな」
カイルにとっての釣り合いというのはどうも、貴族と平民の違いなど全く考慮しないようだ。
少し見ていれば誰でも分かる。
視界の端に見えたグレンの納得の表情は、どこか寂しそうにも見えた。
「……なんだ?」
「ええ……嘘でしょ……」
アリスが頭を抱えていた。
局面はまた移り変わる。
※※※※
……なるほどなるほどなるほど。
さっきからやけに水弾を使う頻度が上がっていると思ったら、いつの間にか足元がぐっしょりと濡れている。
土の地面がぬかるんでいるのだ。
絶対何かあると思ったが、残念ながら俺の手持ちではそれを防ぐ術はなかった。
「【凍結】」
そして当然のように詠唱なんてせず、地面の広範囲に魔法陣が浮かび上がった。
戦闘中に組み上げられるほどの余裕を与えてはいなかったと思うのだが、まだ俺が彼を見くびっていたということか。
しかしまあ、この状態はまずい。
魔力の展開で何となく察せてしまうというものだ。
全力でその場を飛び退くと、俺がいたところには氷柱が突き上げていた。
一歩で四、五メートルは下がって魔法陣の外まで逃げたが、状態の変化は克明だった。
「それズルくないですか?」
「そうかな、できることをやってるだけなんだけど」
軽口を飛ばしてみるがそれで引き下がるカイルではないことはとうに分かっている。
今、彼を中心にして半径五メートルほどの地面が一気に凍結した。
足場を濡らしていたのはこれを展開するためのようで、俺は彼の策を素通りさせてしまっていたようだ。
「来ないの?」
無言で彼へ水弾を叩きつけてみたが、地面からせり上がった氷柱がそれを防ぎ、無残にも氷漬けにされて砕かれてしまった。
「……」
「僕から行くのは嫌だなぁ」
この氷の結界は地面を凍らせただけに見えるが、氷の上を踏みしめる覚悟はない。
足裏が滑って見事にずっこけるか、足元から氷漬けにされて身動きがとれなくなるか、あるいはその両方をカイルならしてくるだろう。
だが、氷が溶けるのを待つのも無粋だ。
それに、動いていなければ手足がかじかんできてしまう。
お望み通りそちらまで行ってやろう。
一歩の助走で氷の外からカイルめがけて跳ぶ。
身体強化を使っていればこの程度の間合いなら地を踏まずとも一気に詰められるのがファンタジーだ。
「けど、それでいいのかな!」
だが、足が地面から離れるというのは人にとって大きなディスアドバンテージであり、方向を変えられない空では動きが一気に単調になる。
普通なら、な。
ここで学園初披露だ。
「【空踏】」
カイルの間合いの直前で斜め上に一歩、身を捻りながら肩口から切りつける為の踏み込みで一歩。
「いいねぇ!」
それでも俺は彼の予想を越えられなかったらしい。
興奮しながらも冷静で的確な防御にあい、眼下から氷柱が突き上がってきた。
ならば、三歩目は空を踏まずともいい。
氷柱の先端を強引に魔力で踏み崩し、そのまま簡単な風魔法で加速しながら宙返りの要領で結界の外まで再び逃れる。
俺の足を捉えようと崩した氷は再び迫っていたが、わざと流した水の魔力を凍らせて足止めした。
「魅せてくれるじゃないか」
「ええ、ご協力ありがとうございます」
ワッ、と歓声が上がっている。
どこぞのサーカスのようなアクロバットに見えただろう。
実際俺もこういう身のこなしはヒスイ達との遊びで覚えたと言ってもいいから、見栄えを気にした動きしかできない。
まあけれど、これで大体分かった。
いかにカイルの腕が優れていようとも、魔法の同時展開には限界がある。
この結界の維持には相当のリソースを食うようで、現に今の攻防でカイルは剣の強化を行っていなかった。
足元に張られた氷はともかく、突き上げる氷柱も攻勢と捕縛を同時に行えるほど万能ではない。
いや、ならばもう一つ確かめるか。
【空踏】は結構消費魔力の大きい魔法だ。
有効だが、あまり多用したくない。
……何年ぶりだ?
この世界ではあまり雪や氷に縁がなかったから、一周回って高校の時以来か。
魔法を使ってとなるとぶっつけ本番だが、やってみるか。
※※※※
さっきは華麗に宙を舞っていたレイが、今度は迷いなく氷へと踏み込んでくる。
ならばお望み通り氷漬けにしてあげよう。
この領域内は僕の手中だ。
……いや、違うね。
彼ならば僕の手を逃れることができる。
ああそうだ、だからこそ僕はこうして彼と戦っている。
「本当に面白いよ、君は!」
「まだ不慣れなので、狙うなら今ですが?」
まさかこんなに早く攻略されてしまうなんて。
やっぱり君は面白い。
足の裏にわざと水を張って、自分から氷の上を滑っている。
凍らせようとしてもその水を入れ替えることで逃れているし、風の魔法で背中を押して加速しながら、足裏から展開する風の刃で切りつけるようにして方向を変えている。
不慣れと言っても、実に優雅だ。
ああ、やっぱり、それでこそレイだよ。
この氷の領域展開ならば支配できると、君を捕まえられると思った。
それでもやっぱり君はそんなことさせてくれない。
ああそうだ、だからこそ僕はこうして君を追い求めている。
二度三度、何度もこちらに迫ってくる間に、彼はどんどんと動きを洗練させていく。
彼の動きを楽しんでいる僕は、この舞台の上で彼と踊ったローラのことも笑えないだろうと思った。
ありがとうございました。




