白熱
カイル視点を挟んでいます。
両手持ちの騎士剣は学園で与えられたもので、トーナメントではこれだけを使って戦う。
魔法の行使はそれを決定打にしないのが暗黙の了解で、トドメは剣でのみ認められる。
一応、剣術トーナメントだからな。
「……軽装なんですね」
「君もじゃないか」
全身鎧の着用は先の試合の通りに義務ではない。
学園からの支給品であれば規定内だ。
魔法を多用したり、足さばきで差を付ける生徒はだいたい部分鎧を使う。
今も互いに同じ装備を纏っていた。
トドメとなる審判の判定が変わってくるから全身鎧の方が有利ではあるが、相手次第では魔法などで酷く動きを妨げられてしまうから一長一短である。
「そういうことでいいんだよね?」
「あなたに勝つためですから」
「ああ、嬉しいよ──」
カイルの目が弧を描く。
俺には何度も向けられている表情だが、彼が本心からの喜びを見せてきた相手は他にいるのだろうか。
財務大臣の息子にしてあらゆる能力に優れ、"二人の神童"と騎士団長の息子と讃えられた一人である正真正銘の天才は今確かに剣を手にして、ここに立っている。
最も厳しいと思われた組み分けを乗り越えて、俺に勝つために。
「──君と戦えるのが」
「ええ、私も」
互いに名乗りを上げる。
女性が目立つ観客席も、今は声が遠く感じた。
「はじめ!」
開始の合図が鳴った。
さあ、真剣勝負だ。
****
カイルとはローレンスの次ぐらいに多く手合わせをしていると思う。
クラスの中では一番相性がいいというか、互いにどこへ打ち込むかが読みやすいし、もっと言えば利害が一致する。
どちらも授業中は真剣でも本気でもないからな。
お互いに学生レベルの剣技を逸脱して、既にある種の完成系に近づいている自覚がある。
そんな二人で組むと時間制限のある授業中ではどうしても決着を付けられないから、割り切ってゲーム感覚で打ち合っていたりする。
これがなかなかどうして楽しくて、俺も相手をするのは嫌いではない。
大体、盛り上がってくるとカイルがどこかで手を抜いて俺の勝ちにしてくるのだが。
****
「ははははっ!」
「流石ですね!」
突き、払い、薙ぎ、相手の思惑が手に取るように透けて見え、反撃も応戦される。
踏み込みの間合いをずらし、力の拮抗を外そうとしてもやはり軽々と対応されて、次なる切り返しが迫ってくる。
が、それも見えていた。
擦るようにして剣をいなすと、互いに間合いを取った。
「聞いてごらんよ、レイ」
「ええ」
技の応酬は素人の目も楽しませられているのだろう。
こうして間が空けると、決着も着いていないのに拍手が上がる。
「じゃあ、ここからだね!」
「……」
無言で頷いた。
剣技のぶつかり合いはいつもより白熱したとはいえ、授業の延長戦上となんら変わりがない。
本番はここからだ。
****
「カイルはあまり魔法を使いませんね」
話の流れでそう尋ねたことがある。
二年生からは近接戦闘に魔法を交える騎士剣術の授業も時間が多く取られるようになったが、カイルはその際にも余裕を持った初歩の魔法を交えることしかしなかったからだ。
彼の練度であればきっともっと多くの手札があると、魔眼を持つからこそ分かっていた。
「そりゃあ、まあね」
意味ありげに俺を見て答えた理由も、今ならはっきりと分かる。
****
全身鎧にしておけばよかったかもしれない。
「性格が悪いですね!」
「よくわかってるじゃないか」
見た目は大して威力のない水の礫を、躱し、叩き落とし、また躱す。
目視可能な速度の水の礫に貫通力があるわけではない。
衝撃は剣先が少しブレる程度で済む。
だが、やってくれていることはもっと悪辣だ。
……あっつい!
冷水ならともかく、沸騰寸前の熱湯を浴びせかけてくるのは本当に悪辣でしかない。
俺が必死こいて躱しているのを愉快そうに見ているのがさらに彼の嗜虐性を強調していた。
視界の端で捉える観客席はそれを不思議そうに見ている。
湯気が見える前に魔法を消しているご丁寧な演出のおかげで俺はしょっぼい水鉄砲を全力で躱している可哀想な子扱いだ。
気付いている人は何人いるだろうか。
せめてカイルの魔力属性を知っているクラスメイトぐらい気づいていて欲しい。
……使うか?
いや、まだだ。
逡巡を放棄する。
魔法を使えば一旦は防げるだろう。
だが、彼の半分程度にしか設定していない魔力量をここでいたずらに減らしてしまえば、最後まで競った時に力負けする。
カイルの手札を読み切れていない現状では下策だ。
だが、この局面を引っ張るわけにもいかない。
魔法を使わないのならば、剣の届く距離まで飛び込まなければ。
いくつかを諦め、踏み込んでいく。
「へえ」
カイルが向かってくる俺へ散弾状に魔法を放った。
躱すことはできない。
だが、進めないということはない。
「はぁ!!」
「!」
気合いの声を上げ、露出した顔を剣の腹で守り、腕や胴の焼け付くような肌の痛みはただ、気にしない。
「君って馬鹿だったっけ?」
呆れも感心も知ったこっちゃない。
熱かろうと火傷しようと、この程度で死ぬことは無い。
それに、この程度で動かなくなるようなやわな体じゃない。
「なら馬鹿に負けますか!」
「言うじゃないか!」
再び剣の間合いへ。
この距離であれば魔法の発動より剣の一振りの方が早くなる。
膠着を生ませなければイーブンだ。
「ならこれはどうかな!」
魔眼を開く。
使われる魔力は赤と青の両方。
しかし魔法陣の展開はなく……
「っつ!」
剣を打ち合おうとして即座に引っ込め、向こうの横薙ぎを躱すと再び間合いの外に出てしまう。
「やっぱりレイには気付かれるか」
カイルの剣はあの一瞬で高温の熱を帯びた。
一度や二度なら多分、大丈夫だろう。
それでも普通なら鋼も赤熱するような温度まで上げられた剣とまともに打ち合っていたらこちらの剣にガタが来る。
おまけにカイルの剣は火の魔力の向きが調整されている上に水の魔力でコーティングしていて完全にノーダメージという寸法だ。
……芸が細かいな。
去年から武器強化をしていて、繊細な魔力の扱いができることは知っていたが、これほどというのは想定以上だ。
しかし、離れ続けていればまた振り出しに戻るだけ。
またもや熱湯をひっかけようとしてくるのが見え、一瞬のうちに決断した。
魔法は躱し、剣がぶつかり合うと、甲高い音が鳴った。
「っ! 君は本当に最高だよ!」
「光栄ですね!」
カイルの魔力の扱いを部分的に拝借して、俺の剣を水の魔力で纏った。
そのコーティングは確かに熱を相殺し、魔力同士の対消滅は甲高い音を立てる。
武器強化すら学生では難しいというのだから、到底学生レベルの攻防ではないだろうな。
まあこのぐらいならまだまだ見せられる。
観客席もどうぞ驚いてくれ。
何してるか分からない地味な小技が大半だろうけれど。
熱された剣を躱し、打ち合い、魔法を受け止め、躱し、踏み込み、打ち払い。
息つく間のない攻防が続いていく。
身体強化は最小限に、無駄な魔力を食う魔法はまだ使えず、水のコーティングもカイルが熱剣を使うのにだけ合わせて。
「はははははは!」
カイルがまた高笑う。
俺も頬がつり上がっているのが分かる。
これほどの拮抗、これほどの伯仲、これほどの白熱、きっとカイルも味わったことの無い真剣勝負の醍醐味が互いの速度を上げていく。
ああそうさ、俺もここまで楽しかった勝負はない。
ただただ気持ちよく、これほどに喜ばしい勝負だなんて。
見守る観客たちもボルテージを上げていく。
カイルの放つ歓喜に俺が応じ、そのやり取りの間に膨れ上がり、周囲へ波及していくこの高揚感を、中心で存分に味わっている。
テンションがいつまで続くか、そんな不安はさっぱり無い。
すでに全開の脳内麻薬はお互いがひたすらに気分を上げ続けることができると考えるまでもなく察する。
──だとすれば。
この拮抗を崩し凌駕するために必要なのは。
****
『魔力って不思議だよね』
『そうかしら?』
ルリに魔法を教えてもらいながら、何の気なく言ってみた。
魔力そのものを司るような彼女からすれば不思議に思うことはないかもしれないが、ファンタジー世界初心者からすれば不思議にしか思えないことも多い。
『水に癒しの効果なんて無いけど、生き物の傷が治るし』
もちろん菌を押し流したりすることはできる。
それでも痛みを和らげたり傷そのものを防いだりする力は水という物質には無い。
聞いては見たものの、ルリは答えを持ち合わせていなかった。
精霊たちは感覚的に自分の使える能力を扱っているようで、言語や具体的なイメージを作る必要が無かったらしい。
『光は固さも持つし、闇は手を突っ込めるし、風は人も浮かすし、土は鉄とかも作るし』
今なら少しだけ、魔力がなぜそんな力を持つのか分かる。
光は人の守り手として、闇は見えないからこその拡張性、風は物を動かすことから力学的な法則、土は何かを作ることなど、属性それぞれにまつわる概念が付与されて使われているのだ。
水の属性は汚れを押し流すからこそ消毒に通じ、治癒にまで至っている。
人が魔法を使い始めた原初の頃は魔力にこれほどの多様性は無かったと本に記述されていた。
つまり人の願いに通じ、実現する媒体こそが魔力であり、その願いを形にされてきたのが魔法だった。
であるならば、誰がその願いを広げてきたか。
それは十全に魔法を行使する一部の人間の中でも特別な発想を持つ、天才とも呼ばれる人種であった。
※※※※
なぜ火の魔力は熱を出せるのか。
そんなことを疑問に思ってしまったが、理由は見つからなかった。
家庭教師に聞いてみたが、火が熱いからというつまらない答えしか返ってこなかった。
なぜ水の魔力は熱を奪うのか。
そんなことも疑問に思ってしまったが、やはり理由は分からなかった。
水が熱を冷ますからという答えなんて、僕は望んでいなかった。
だから僕は考えた。
いや、自分の中で一番納得がいくように決めてやったと言うべきかもしれないね。
水の魔力は火の魔力を消してしまう。
熱を作るものが消えるから冷たくなるのだと。
少し、面白いなと思った。
だから僕はその時に試してみたんだ。
それでできてしまったから、あまり面白くなかった。
※※※※
誰もが手に汗を握っていよう。
俺もずっと心と身体が熱くなったままだった。
それでも構わず戦い続ける。
ただただ楽しいから。
外された間合いを詰めるべく、二歩三歩と踏み出していく。
あと数足の間合いがある。
カイルが構えた。
その瞬間に直感としか言えない部分が働いた。
まだ間合いの外、振りかぶったカイル、水の魔力、火は無く、剣は届かないはず、なのに、振った。
好機。
いや、違う。
振られた剣の水平方向にはぴたりと俺の首筋が合っている。
展開されているのは実態を持たないただの水の魔力。
……揺らぎ?
一瞬もない刹那の後、それを見たのは魔眼ではない。
光を受け取る視界が揺らぎを映した。
「!!!!」
……まずっ!
ありがとうございました。




