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舞台の上で

5/16中では二本目ですので前話を読まれていない方はご注意を。

ローレンス視点、シャーロット視点を挟みます。

 俺はなんというか、その、あまり鈍感でないのだ。


 好意を向けられているのはある程度分かるし、それが顔目当てだとかそういうのもなんとなく分かる。

 元々、あちらの世界で受けてきた視線の中に覚えがあるものや、覚えのないものが判別に役に立っているのだろう。

 レイになってアプローチを受けた回数は本当に増えたし、純粋な気持ちだけでなく、思惑が絡んでいるシーンにも遭遇していた。


 だからというか、森林実習後の行方不明から帰還した時、ローレンスの俺に見せる態度が友人のもので無くなったのもすぐ分かった。

 それが確かな好意であることも。

 少しのもの寂しさを感じた自分もいるが、それは別にどうだっていい。


 ローレンスが女子であるのは同じクラスになるより前、入学試験の時から分かっていたし、あいつが気付いていたか分からないが、俺もそれなりに気を使っていた。

 去年の夏なんか、カイルがいるからと誤魔化したが宿を分けたり、川に落ちたときに着替えもさせている。


 ただ、ローレンス自身がどういう扱いをして欲しいのかがあまり分かっていなかった。

 慣例に従って男の格好をしているだけの女なのか、それともそうありたいと願って男として生きているのかが。

 この世界で後者は有り得にくいだろうと思っても、俺の基準だとどうしてもデリケートな話だと、気を使う。

 ローレンスの振る舞いがあまりにもローレンスでしかなかったというのもあり、特に気にせず扱った部分は多いけれど。


 実は好意に気が付いた時も、男としてなのか女としてなのか、あまり分からなかった。

 ローレンスがナディアやシャーロット、リーナに頼ったりしたから、ああ、そういうことなんだなと理解したが。



 ****



 制服姿の俺たちを、観客たちは嘆息混じりに見つめているのが分かる。

 どういった事情があるのか邪推しつつ、あるいは名乗りから確信して楽しそうにしつつ、交じわされる剣技をドラマチックに楽しんでいるだろう。


 いやはや、すっかりと本物の見世物だ。

 今日の午後には学園中に知れ渡っていよう。


 まったく、面倒くさいことをしてくれたものだ。

 入場直前にもしかするとと思って着ていた鎧をそのまま【空間収納】に放り込む羽目になったりしているし。


「はぁっ!」


 それにしても、軽装をさせてくれたというのにローレンスもといローラ・フレッチャーという女性はなかなか容赦がない。


 いなした刃をそのまま返し、切り上げてくる。


 誰よりも愚直に、己の力で存在を認めさせようとしてきた鍛錬の結晶が存分に現れている剣速だ。

 つまりめちゃくちゃ速い。


 ローラはとても基本に忠実な戦士であるが、その基本のレベルがとてつもなく高いから準々決勝に上がってこれるほどに強いのだ。


 ……あっぶないなあ。


 直撃すれば腕一本を普通に持っていかれるような切り上げである。


 鎧があれば決着が付く程度で済むが、今は多少の術式が組み込まれているとはいえ、装備は布でできた制服だけだ。

 白の学ランが真っ赤に染まるシーンを、羨ましげにこの決闘を見つめている女性方には見せられない。


 俺が最小限のバックステップで回避すると、続けて踏み込んでくる。


 袈裟斬り、横薙、突き、振り下ろし。


 いやはや速い速い。


「……くそっ」


 ……あんまり汚らしい言葉を使うなよ。


 その全てを払い、躱し、切り返していると、少し悔しそうに顔を歪めた。

 ローラであってもいつも通りの表情だ。


「……【飛沫(スプラッシュ)】」

「っと!」


 ここで魔法を使ってきたか。

 卑劣にも目を狙った水魔法だが、上体を逸らしてこれを回避する。


 ……って、ブラフだなこれ。


 足元が動きそうなのを雰囲気で感じ取った。


 身体強化。


 後方へ弓なりに反らしていた身体を両足の踏み込みと上体の捻りで強引に一回転させる。

 ちょっと有り得ない体勢からだったと思うが、バク宙に成功して魔法の効果圏を脱した。


 おっと危ない、回転の途中に踏み込んできたのを深く潜り込むように着地してなんとか対処する。


「お前……」

「崩してみろよ。勝つんだろ?」


 ムカッときたらしく、素直に突っ込んでくる。


 正直隙だらけにも思えるが、ここは彼女に打ち込ませてやる。


 さあさあ、思う存分打ち込ませてやろう。



 ※※※※



 少し腹が立ってきた。


 渾身の切り返しも、あらゆる攻めも、魔法を使った絡め手も、どれもこれもレイを崩すことはおろか、その余裕を奪うことすらできない。


 何が楽しくてニヤニヤしているのか。


 こうされると、なんとしてでも勝ちたいという気持ちが強まる。


 いや、だが、最初から勝ちたいとは思っている、うん。


 レイに勝てるのであれば、わたしはわたしとして生きることに何の心の引っかかりもないだろう。

 それだけの強さがあれば騎士の世界でも生きていける。


 あの女傑、クラリス・ランバート副団長もトーナメントで輝かしい結果を残したから王国騎士団へ進んだのだ。


 契約を持ちかけてくれていたグレンやジェシカとも話はつけてある。

 ここで勝つことができたならば、他に道を探すと。


 ……負けてしまえば。


 負けてしまえばどうなるのだろう。


 ローラとしてではなく、ローレンスとして生きることになるのだろうか。

 護衛騎士として求めてくれたグレンとジェシカの所に行くことになるのだろうが、あまり考えてはいなかった。

 そもそも決闘だ、負けることなど考えない、はずだ。


 そして今の勝負はそんなことを置き去りにするほど、楽しい。

 やはりレイは強い。

 レイに向き合うこの時間はやはり楽しい。


 ああ、できるならば、もう少しこのままで。



 ※※※※



「ふふふ、やっぱり素敵ですわ」

「ええ……本当に」


 隣に座らせたリーナに同意を求めますと、彼女は少し寂しそうにしながらも頷きました。

 その顔もやはり美しいものです。

 彼女の美しさは一年生だというのに大人びた内面から溢れるもので、不満を言うのではなく、心の中の葛藤を自制している今であれば殊更素晴らしい顔になっています。

 ああこの美しさを見せてくれる彼には存分に感謝しなければ。


「相変わらず趣味が悪いね」

「あら、あなたもそう変わらないでしょう?」

「それはどうかなぁ」


 私の誘いを断ったというのにカイルは我が物顔で隣に座っています。

 その奥に座っているのは彼が今しがた下したばかりのグレンで、なんとも意地の悪いことをしているのが分かりました。


「そなたらはどちらもどちらだろう」

「あら、やはり婚約者を連れていると余裕が違いますわね」

「本当だよ、羨ましいね」

「……関係のない話だな」


 ジェシカと婚約をしているグレンが呆れたように言っています。

 今も二人で隣同士に座っていますが、仲は随分と懇ろになっているようです。


「グレンとしては、彼女には負けてもらった方がありがたいんじゃないの?」

「……どうだかな。あれは」

「まあ、そんな感じだね」


 将来的に領地に領騎士団の団長候補として戻るグレンは使える手駒としてローレンスを求めました。

 領内に女性騎士が少なく、領主夫人やジェシカの護衛が足りなくなるからですが、それはあまり美しくない理由です。


 カイルはカイルでらしくもなくレイに執心していますから、この勝負の結末は既に信じきっているようですが。


「そういえばシャーロット、そなたはローレンスからレイへの願いを聞いているのか?」

「ええ」


 私が決闘で叶える願いを聞き出した時、ローレンスはそれはなんとも愛らしい女性として顔を赤らめ、教えてくれました。

 そのいじらしい願いは到底この大舞台での決闘に似つかわしくないほど些細で、なんとも可愛らしく、美しいものでした。


「リーナも知っていますものね」

「えっ、それは、ええっと、はい」


 戸惑う彼女が様々な感情を目に浮かばせながら頷きました。


 不器用なローレンスと無頓着なレイの板挟みになった彼女は、それでもレイを信じ、ローレンスのために動いたのです。

 ですがやはりどこかに猜疑や嫉妬もあり、その心のうちでのせめぎ合いがところどころに顔を曇らせます。


 ……ああ、そんな顔をするリーナもやはり美しい。


 頭を撫でてしまいましょう。


「シャーロット……あまりいじめてやるな」

「あら、領民を思う領主一家からの命令でしょうか?」

「一般的な良心だ」


 リーナの領地の一族に注意されてしまいましたので、最後に一撫でしてやめにしておきましょう。

 本当はもっと深いところまで慰めてあげたいとも思うのですが、彼女の美しさにそれは無粋でしかありませんので普段から控えています。


「ところで、騎士科の方々には決着が見えているようですわね」

「まあね」

「ああ」

「そうね」


 私は争いごとにはまったく理解がありませんので、今ああして二人の世界を築いているということしか分からないのですが、やはりカイルたちには読めているようでした。


「はあ……あんな顔を見せられるとな」

「ええグレン、あれほど楽しそうで嬉しそうな姿を、あまり悲しませてあげないでくださいな。……他にも候補は捕まえているのでしょう?」

「大変だったのよ。あなたも手伝ってくれたらもっと楽だったのに」

「あら、私は私のために動きますもの」


 しばらく、お互いが微笑みながら決闘を続ける素晴らしい一幕を楽しんでいると、カイルが口角を上げました。


「ああ、決まるね」



 ※※※※



 そろそろ満足してもらえるだろうか。


 右に左に動きを合わせ、互いに拮抗しているように試合を進めているが、いつまでも戦い続けるわけにはいかない。

 俺は最大限の節約をしたが、向こうはずっと全開だったからもう結構余裕が無さそうだ。

 ここまで格好をつけて、相手の体力切れで勝つというのはなんとも収まりが悪い。


「……行くぞ」

「!」


 というわけで、受け止めるターンはここで終える。


 今日初めて自分から積極的に踏み込んでいき、相手の余裕を窺う。


 それでもローレンスはここまで来られる使い手だ。

 生半可では仕留め切れない。


 身体強化のギアを上げる。

 全身ではなく、踏み込む右膝と返す手首に重点を置いて。


「くぅ……!」


 依然、闘志は失われていないが、体力と集中は十分に削れている。


 それが確認できたなら十分だ。

 再び、間をとった。


 しばしの膠着。


 見つめあうように映る二人に観客たちは釘付けだろうな。

 歓声さえ聞こえない。


 さて、不敵に笑ってみようか。

 どうせなら最後まで格好付けてやるよ。


「……ふっ」

「っ!」


 簡単に捌けそうな袈裟斬りのモーションを取った。

 当然、好機と見てそれに反応してくる。


 いや、いつもの俺もこんなぬるい剣筋しないでしょ。


 互いの剣同士をわざと強めに当て、膠着が生まれそうなところで、ギアを上げた。


「!!!!」


 今日の最高速度で踏み込み、剣の拮抗が失われる。


 切り返しのモーションには抜いた反動を流用し、強引な身体強化で一気に抜けた剣を跳ね上げた。


 切っ先がローラの首元に止まる。


「……」

「……」


 彼女は少し悔しそうな表情をしてが、それもすぐに綻んだ。

 俺も笑ってやろう。

 悔しくなさそうなのが本心だと思うと、照れ臭くもある。


「……私の負けだ、レイ」

「俺の勝ちだな、ローラ」

「むぅ……」


 そういう可愛げのある顔もできるのかと感心しつつ、互いに剣を引いた。


 決着の瞬間は互いの軽装もあってか観客も息を呑んでいたが、ようやくの喝采が、それから冷やかしの声や指笛が聞こえる。


 ……はあ、次の試合までが面倒そうだ。


 その世話も背負い込んだわけだから、別にいいけれど。


「俺はまだ「お願い」を決めてないけどさ……」


 離れると声がかき消されそうだったから、そのままの距離で聞いてみる。

 セーラードレスと言うべき黒の制服を着て、髪型もそれらしく整えてあるローラに男の時の雰囲気はなく、立派な一人の女騎士として見えた。


「俺に何お願いしようと思ってたの?」

「それは……」


 目線を逸らし、唇を尖らせる。


 ……あー、あんまり良くないなそういう顔。


 良くない良くない、実に良くない。

 面白くなってしまう。


「何?」

「だな……」

「ん?」

「あのだな……」


 ここまで溜められると、一体どんなに重いお願いなんだろうかと想像してしまう。


「………………表彰式のパーティで、踊ってもらいたかったんだ」

「ふっ、何それ」

「わ、笑ってくれるな!」


 思わず吹き出してしまった。

 ここまで大仰に仕込んでおいてそれかよ。


 ……変なところで信頼されてないんだろうか、俺って。


「分かった分かった。いやでもさ、ローラ」

「なんだ……」


 一歩離れて、ローラの視線が観客席の方へ向くように手で示す。


「さっきの俺たち、みんなには踊ってるように見えたんじゃないか?」


 少なくとも俺は、踊ってやったよ、まったく。


 あー、恥ずかしい。

 何だこのきざったらしい立ち振る舞い。


 ローラの顔も真っ赤になってるし。


 はてさて、帰った後どうしようかね。

 絶対いじられるし、みんなになんて言おうか。



ありがとうございました。


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