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二年生の学園祭:カイルVS

 ウェインの剣は強い。

 騎士剣術の理想を体現するような安定感と鋭さがあり、俺が思うに多分一番師匠のスタイルに近く、そのものさえものにできる。

 元々の筋が良いこと、剣の基本をAランク冒険者だったニールさんから叩き込まれたこと、体格に恵まれていること、真摯に向き合ったこと……理由はたくさんあるだろう。

 能力にも、環境にも十分に恵まれていたのだと思う。

 その一端を担ってやれているというなら、俺も誇らしいものだ。


 だが、ならば、広がる光景はなぜか。



 ****



「……ふうん」

「はぁ、はぁ……!」


 酷薄と言うべき目が少し歪められた。

 多くの目には楽しそうに笑っているよう写っているか。


「やっぱりなかなかやるね」

「……ふぅ……」


 しかしそれは作り物の笑みでしかなく、息が切れたように間を置く言葉はやはり演技で。


「さすがは彼の弟子だね」

「っ……」


 互いに距離を取って構え睨み合う姿は、分からない者なら互角の戦いを繰り広げている途中だと勘違いするだろう。


 それら全てがカイルの掌の上だ。


 カイルは今、華を持たせている。


 カイルが流麗に打ち込み、それらをウェインが何とか受け止める。

 しかしカイルは全てを予測しきっていて、いくらでも隙に切り込むことができた。

 都合六度はウェインも負けを覚悟しただろう。


「きついな」

「……ああ。あいつには悪いが」


 カイルを応援する歓声が時間と共にボルテージを上げていく中、マスターとニールさんが苦い顔をしていた。


 見る者が見れば分かる。

 一年生の中で指折りの実力があるウェインも、今この場では随分な格下として扱われているのだ。


 カイル・ヘンダーソン。

 学園騎士科の十組にして、ヘンダーソン伯爵の甥で、現財務大臣の長男という筋金入りの貴公子。

 文官を排出する家系に生まれながら火と水の反属性のダブルであるからと騎士科へ入学し、それでいてこの学年でウィルフレッドと比肩する実力を保ち続け、学業に限った成績では彼を上回る。


 ウェインは恵まれていたと言ったが、ならば最も恵まれているのが誰かと尋ねられたら、俺は迷わずカイルであると答える。


 ……だってなぁ。


 俺は彼が努力している姿を知らない。


 あらゆる時間をあらゆる予定で埋め、常に笑顔を保って行動している彼が、授業中でも放課後でも、真剣に取り組もうとしている瞬間を俺は見たことがないのだ。


 面白そうにしているか、もしくは笑顔の下の目が本当に退屈そうにしているか、その二つだけしか俺は知らない。


「今煽ったな?」

「ええ。魔法を使わせるみたいです」


 カイルが何かを言って、ウェインが応えるように土魔法を展開した。

 基本的だが、的確に足首を狙った地形変化だった。

 魔法の扱いはあまり教えられなかったが、よくできている。


 それでも、カイルは難なく対処していた。


「はっ、あいつまじかよ」

「蹴り抜いた?」

「一応、水の魔力で緩めたみたいです」

「もっと上等だな」


 カイルは身体強化ではなく、靴を纏う形で水属性の魔力が流していた。

 あれだと固めた土も崩されてしまう。


 魔力の扱いも淀みがない。


 ああ、これで全部見せつけ終わったらしい。


 カイルが土魔法を無効化しながら、瞬時に肉薄する。


 ウェインも対応しようとするが、魔法の行使に意識が割かれて剣術がぞんざいになっていた。

 そのまま後手に回り、あとは実力通りに押されていく。


「……!」

「あいつ、わざとかよ」


 勝負を決めに行った一太刀はカイルの腕前としてはあまりにもタチが悪く、寸止めされずにウェインの首元を抉る。

 鎧を裂き、皮膚に触れる直前まで行っただろうか。

 その鋭さがむしろ、ぶつかった衝撃すら感じさせなかったかもしれない。

 ご丁寧にカイルは武器強化まで使っていた。


「どうよ、お前。師匠としては」

「……」


 立ち上がり拍手をしつつ、マスターが聞いてくる。


 ウェインには少し悪いことをしたかもしれない。

 俺がカイルを煽らなければああいう展開にはならなかっただろうから。


「……何とも」

「へえ?」


 けれど、だからといって俺がウェインに謝るのは違う気もする。

 確かに俺も弟子と認めているが、それ以前に一人の騎士科の生徒だ。


「慰めるより、反省会ですかね」

「厳しいな、おい」

「もちろん励ましはしますけど」


 今回ウェインはこの試合に目標を絞っていたが、何かを達成できた感触は得られていないと思う。

 それ相応に処遇しなければ、甘やかしているだけになる。


「でもきっと、強くなれますよ」

「……そうかよ」

「そうだな、頼むよ、レイくん」



 ****



 学園祭の一日目の日程もさっきの試合でおおよそが消化された。

 そろそろ周りが一旦解散しようとしているところで、先程まで観客席に集まっていた顔ぶれがぞろぞろ集まって動いていたからよく目立つ。


「オレ、師匠の弟子なのに……あんな試合を……」

「そんなんでヘコむな。勿体ない」


 それでもウェインは躊躇なく俺の所へ向かってきた。

 己の無力を悔いる表情は、こちらも見ていて苦しくなる。


「カイルは強かっただろ?」

「……はい。前の時より、よっぽど。甘く見てたかもしれません……」

「まあ、とりあえずは何が悪かったか、全部反省してみて……話はそっからだな」

「はい!」


 今勝つことができなかったことが今度からも勝てないという理由にはならない。

 まずは負けた理由を全部整理して、一つずつ潰して、それからさらに伸ばすところを伸ばして、ようやく互角に戦える。


 俺だって、マスターや師匠にずっと勝ち続けていたわけじゃない。

 数百数千相手してもらって、剣を磨いた。


「学園祭が終わったら、また特訓で」

「お願いします……!」


 頭を下げたウェインの肩を叩き、両親の待つ所へ行くのを促す。

 顔を上げたら、理由は分かったらしい。


 近付いてきていたカイルの表情は、先程までと微塵も変わらない。


「その顔だと、頑張った甲斐がありそうだね」

「ええ、カイル。それがあなたの狙い通りでも」


 そちらが笑顔を見せるのなら、こちらも笑顔で相手してやろう。

 傍から見れば美少年同士の爽やかな語り合いかもしれないが、その互いを映し合う瞳はそんな綺麗なものじゃないと気付きあっている。


「レイ、僕は、君を倒したいんだ」

「ええ。先の弟子の分まで、私がお相手しましょう」


 俺のエンジンも十分にかけさせられた。

 弟子をいたぶる真似をされたなら、黙っていては師の立場が廃るものだろう。


 ああ、カイルが笑う。

 どこまでも楽しそうに、嬉しそうに。


 細めた目の奥に見えるのは誰かを相手する時の退屈そうな瞳ではない。

 俺を見据える時の、感情を見せ付けてくる目だ。


「楽しみにしているよ」

「ええ、ご所望のままに」



 ****



「レイはすごい子たちとお友達なのね。わぁ、これ美味しい」

「……まあ、そうかも。ほんとだ、なんの味だろうこれ」


 その日の夜、俺と母さんは二人で学園都市のレストランに居た。

 貴族や富裕層御用達の店で、入るのにとてつもなくハードルが高い店であるが、家族水入らずでとファーディナンド家に推薦状を頂いてしまえば断ることはできない。


 ところで料金を聞かされないまま中に通されて食事が出てきたのだが、これは俺が支払うのだろうか。

 多分俺も母さんも財布に余裕はあるから大丈夫だろうが。


 あまり待たされることもなく出てきたとてつもなく美味しいコース料理に舌鼓を打っているが、内心は慣れない食事スタイルに緊張している。


「シャーロット様に、フランクールのお姫様に、財務大臣様と騎士団長様のご子息に……ああ、領主様のご子息と、あとエルフの女の子ともお話してたじゃない」

「……そうだね」


 今思うと本当に驚くべき顔ぶれだろう。

 学園の十組であることを差し引いてもなかなか結ばれない人間関係だと思う。


「でも、母さんもセシリー様と仲が良かったんでしょ?」

「そうだけど、セシリー様と彼女のお友達ぐらいだもの」


 母さんは二年生まで人間関係に恵まれなかったと言っていた。

 セシリー様のお友達、というと多分取り巻きのご令嬢方だろうから、あまり家格の高い貴族では無かっただろう。


「でも、安心したわ。上手くやれてるみたいで」

「そう?」

「ええ、とっても。あ、こっちもすごい」


 美味しく調理された魔獣の肉を口に運びながら母さんがにこにこしている。

 俺としても否定しきれないことだから、少し照れる。


「リーナちゃんに色々聞かせてもらったの」

「……なんて言ってた?」

「レイお兄ちゃんはすごいからって」


 大した理由にはなっていないような気がする。


「でも、ちょっと心配」

「?」

「あなたに安心できる相手がいるか、ってね」


 そういう友達が大事じゃない。

 と、母さんが言った。


「……母さんは、そういうの、父さんだったわけでしょ」

「それは、友達とも限らないかもしれないけど!」


 当時のことを思い出したのか、ちょっとニコニコしている。

 どんな時間を過ごしたのかはかつて聞かせてもらった。

 母さんの主観がほとんどだったけど、心を開いて楽しいと思えていたということが、全てを表しているだろう。


「そういう子はちゃんといる?」

「リーナ、とか」

「……リーナちゃんは、そうね。そうかもしれないわ」


 何かしら思うところがあるらしく、ちょっと複雑そうな顔をした。

 あまり下手な嘘は付けない気がする。


 ……心を開いて、安心できる相手。


 真っ先に思い浮かんだ顔は、口に出した名前とは違った。


「……いるよ。うん。いる」

「そうなの?」

「今日一応、母さんも見てる」


 帰り際に両親と兄弟たちと居るところに出くわしてしまった。

 今年は一家総出で応援に来ているらしくて、リーナとナディアが挨拶に向かっていた。

 俺は行くと話がややこしくなりそうだったので、ガンを飛ばされたのを受け止めただけだった。


「ローレンス。今日は、喋ってないけど」

「……あの子かぁ」


 また少し複雑そうな顔をされた。

 それは俺も思うところがあるから、あまり母さんの顔が見れない。

 サラダにかかっているドレッシングがやけに美味しい。


「じゃあなんで今日は話さなかったの?」

「ええっと、それは、うん。ちょっと色々あって」

「喧嘩してるとか?」

「ううん……決闘を申し込まれたから」

「決闘」


 母さんはまだその話を聞いていなかったらしく、反復しながら目を丸くしていた。


「それって……」

「まあ、うん、予測は付いてるよ」


 母さんも学園の常識的な話には慣れているから、決闘の位置づけを理解している。

 トーナメントの大観衆の前で行う決闘の重要さも、それを俺とローレンスが行う意味もきっと。


「ねえ、レイ」

「何?」

「あんまり、リーナちゃんに心配かけちゃダメよ?」


 思うところがありすぎて冷静な風に肉を口に運んで頷いてみると、母さんが少し溜息を吐いた。


「……このお肉、美味しいわね」

「今度狩って来ようか?」

「ほんと?」


 この国では、買ってと狩っての発音は違うのだが。

 普通に流されてしまった。



 ****



 母さんはファーディナンド家の宿泊先でご厄介になるらしく、レストランの前で迎えの馬車に乗っていった。

 恐縮していたが、ウォーカー伯爵領からは貴族の使う転移陣に乗ってこちらに来たのだから今更の話だと思う。


 去年の春頃、セシリー様がわざわざトルナ村くんだりまでやって来て母さんを招待していたらしい。

 何やら現ウォーカー伯爵はセシリー様に強く出れない関係性らしく、色々と手筈が整っていたそうだ。

 あまり深い詮索をするのはやめておこうと思う。


「心配かけるな、ねえ……」


 リーナには今更だから全てを伝えてもいいと思っている。


 だけどそれで心配が無くなるかというと、それはよく分からない。

 大丈夫も、安心しても、言葉によるまやかしにしか聞こえないのがこの世界だと思う。


「そう思いませんか?」

「……ええ」

「え、何のことか分かりました?」

「……」


 分かってないじゃないか。

 もしかすると分かっているかもしれないが、沈黙は不能と捉えてよさそうだった。


「ええっと、それで先生、ご要件は?」

「……秘密裏に」


 エルフの里からのお誘いか。


 ……心配かけるな、ねえ。


 本当に、諸々落ち着いたら早めに腹を割る覚悟はしておいた方がいいかもしれない。


ありがとうございます。


ぼちぼち私生活が立て込みがちになりますがなんとかあんまりペース落とさずに進めたいですね……


応援よろしくお願いします!!!(露骨)

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